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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.03 ムスティア大森林・洞窟編

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15 眠る背中、動き出す影


「ん? 交渉成立ってことでいいのか? 街に戻ったら、ギルドで正式に書面契約が必要なんだけどな……って、あれ?」


 緊張のあまり早口になってしまったが、なぜか返事がない。

 背中に、柔らかな重みだけが伝わってくる。


「セリーヌ?」


 肩越しに呼びかけると、額を預けたまま静かな寝息が返ってきた。


「おい……」


 なんなんだよ、こいつ。


 張り詰めていた空気が抜け、思わず苦笑が漏れる。


「まぁ、無理もねぇか……」


 洞窟での戦闘、神器を失った衝撃、赤竜との死闘。限界まで気を張っていたんだろう。


 そのまま馬を進め、日没後にヴァルネットへ帰還した。


 まずは衛兵の詰め所へ向かい、借りていた馬を返却する。応対に出てきたのは、大森林で助けた若い兵士だった。


「あっ、碧色さん。昨日はありがとうございました」


「元気そうだな。兵長のシモンさんにもよろしく伝えてくれ。それと、ひとつ頼まれて欲しいんだ……」


 軽く世間話を交えながら、さりげなく情報を探る。すると、思わぬ話が転がり込んできた。


「そういえば、街の入口に、ナルシスさんを乗せた白馬が現れたんですよ。ナルシスさんは傷だらけだし、急いで寺院に送り届けたところなんです」


 びゅんびゅん丸だ。欲しいと思うほど利口な馬だ。


「なんだか悪かったな。ありがとう。俺たちも危険な依頼の帰りなんだ」


 ナルシスは洞窟で刺され、殴られ、おまけにレオンの応急処置付き。どう考えても安静が必要だ。


 むしろ一生、寺院に閉じ込められていても構わない。


 詰め所を後にして、セリーヌと夜の大通りを歩く。


「ナルシスさんもご無事で良かったですね。明日、お見舞いに甘辛ボンゴ虫を差し入れに行って参ります」


「面白そうだな。俺も行くよ」


「面白そう? どういう意味ですか?」


「あぁ、こっちの話だ」


 涙目で虫を食べるナルシスを思い浮かべ、ひとりほくそ笑む。

 そこで、ふと気づいた。


「天使の揺り籠亭って修繕中なんだよな。今晩の宿はどうするんだ?」


「はうぅ……考えておりませんでした」


 しょんぼり肩を落とす姿に、妙な庇護欲を刺激される。


 宝石入りの革袋も、高そうな首飾りも失われた。今の彼女には所持金がない。


「牡鹿亭で待ち合わせてるし、一緒に来ないか? 二階に空き部屋があったし、ひとりくらい泊めてくれると思うぜ」


「いえ、ご迷惑は掛けられません」


「俺が癒やしの力を借りたいんだ。右腕の感覚が戻らなくてさ」


 それは嘘じゃない。赤竜を倒してから、右腕の痺れが抜けない。感覚も鈍く、力の入り方がおかしい。


 加えて、ラグの姿が見えないことも不安を煽っていた。


「恐らく、相当な体力と魔力を奪われたのだと思います。心配ですね」


「だろ? だから来てくれ……っと、その前に最後の仕事が残ってるんだ」


「仕事、ですか?」


「あぁ。今回の黒幕を制裁する。証拠は揃い始めてるんだ。次は冒険者ギルドだ」


 昨日助けた恩を売り、若い衛兵が持ち出してくれた書類を魔力映写で控えさせてもらった。


 点だった情報が、少しずつ線になり始めている。


※ ※ ※


「おかえりなさいっ」


「がふぅっ!」


 冒険者ギルドに入るなり、腹に強烈な体当たりを受けてよろめいた。


「おいぃ、殺す気か」


「いつも同じじゃつまらないと思って。恋する乙女の愛情突進(ラブ・チャージ)です」


「同じでいいんだよ。同じで。変化や刺激なんて求めてねぇ」


 シャルロットのお下げを掴み、ぐりぐりと頭を揺らす。


「いたたたっ。リュシアンさん、もっと優しくしてくださいよぉ……」


「ギルドが二十四時間運営だからって、何時だと思ってんだ? 二十時過ぎだぞ。良い子は寝る時間だ」


「また子供扱いして!」


 むくれた彼女の視線が、不意に俺の背後へ向く。


「あれ? セリーヌさんも無事だったんですね。命が危ないって聞いて、すっごく心配してたんですよ」


 勢いそのまま、今度はセリーヌに抱き付いた。

 同姓とはいえ、うらやましい。


 羨望の視線を送っていると、別方向から殺気のような圧を感じた。


「まさか……」


 恐る恐るカウンターの奥を見る。


 そこには、赤竜以上の威圧感を放つ大男。シャルロットの父、ルイゾンさんが腕を組んで立っていた。


「見なかったことにしよう」


 そっと視線を戻し、本題に入ろうとシャルロットを呼んだ。


「そういえば、リュシアンさん。あのふたりに会いませんでしたか? (くれない)戦姫(せんき)さんと、二物(にぶつ)神者(しんじゃ)さん。ムスティア大森林の護衛依頼に受注情報があったんです」


「おまえ、知ってたのか!?」


「え? 教えてあげようと思ったら、後で聞くって言うから……」


「そういうことか」


 人の話は、最後まで聞くべきだな。


「あぁ、会ったよ。この後、牡鹿亭で落ち合うんだ」


「いいなぁ……私も会いたいです」


「明日紹介してやるよ。それより、頼みがあるんだ」


「エッチなお願いとお金の話以外なら何でも言ってください。あ、軽めなら頑張りますけど」


 頬に手を当て、腰をくねらせている。


「いや、それはいい」


 追加の情報収集を頼み、最後に軽く釘を刺した。


「情報の扱いには気をつけろよ。素性の分からない相手には、簡単に喋るな」


「はい……すみません」


 肩をすぼめたシャルロットの頬を軽くつねる。


「これは罰だ。反省しろ」


 そうしてギルドを後にして、セリーヌと共に次の場所へ向かった。


※ ※ ※


「ここは……」


「あぁ。目的地だ」


 不思議そうに建物を見上げるセリーヌ。


 それもそのはず。なにしろここは、襲撃された天使の揺り籠亭だ。

 既に封鎖は解かれ、表向きには落ち着きを取り戻している。


「悪い。そこの屋台で飲み物でも買って、少し待っててくれ」


 紙幣を数枚渡し、ひとりで宿に入る。


「こんばんは」


 襲撃を受けたのは、セリーヌが泊まっていた一室のみ。四十過ぎの夫婦が営む、小綺麗な安宿だ。


「いらっしゃいませ。あいにく改装中で、宿泊はお断り……あれ、リュシアン君?」


 店主のジャコブさんが顔を出す。


「様子を見に来ました。災難でしたね」


「いやぁ、驚いたよ。夜中に突然の爆発でね。妻と飛び起きたら、ウチの二階だもの」


 苦笑するジャコブさんの背後から、妻のバルバラさんも現れた。


「まさか部屋を壊されるなんてね。“いつも通り”なら、窓を破るくらいでしょうから」


「え?」


 ジャコブさんの顔が強張るのを見逃さない。


「この宿、襲撃されるのは初めてじゃないですよね」


 静かに続ける。


「まぁ、冒険者向けの宿だ。多少の騒動は付き物ですよね。でもな……」


 ここまでは、ナルシスからの情報だ。そして二階の中央部に泊まっていたセリーヌが、なぜか襲撃の前日に端の部屋へ移されたとも聞いている。


「これを見てくれ」


 カウンターに書類を叩き付ける。


「これは大森林の依頼を受けた冒険者の名簿。こっちは衛兵が保管していた、この宿の宿泊名簿だ」


 指先で紙面をなぞり、ゆっくりと視線を上げる。


「名前が重なってる連中が何人もいる。そいつらは例外なく行方不明だ」


 ジャコブさんの喉が、小さく鳴った。


「偶然だろ?」


 絞り出すような掠れ声だ。

 本人ですら、説得力がないと理解している。


「偶然、ねぇ」


 短く笑う。否定もしない。

 そのまま、視線をバルバラさんに向ける。


「賊のブノワに吐かせたよ。贄の確保、名簿、部屋替えの指示……全部だ」


 腰から短剣を抜き、カウンターに突き立てる。


「賊は全員始末した。安心しろ。口封じされる心配もない」


 逃げ道を、ひとつずつ潰していく。


「冒険者を泊める。目星を付ける。賊に流す。失敗すれば、事故か喧嘩に偽装して処理する。手慣れすぎてるんだよ」


 バルバラさんを正面から見据え、ゆっくりと笑みを作った。


「セリーヌを狙ったのは宝石も目当てなんだろ。革袋と首飾り、返してもらうぜ」


「言いがかりよ! いい加減、怒るわよ!」


「もう怒ってるだろ」


 カウンターを回り込み、距離を詰める。


 ふたりの呼吸が乱れていくのが、はっきりわかった。


「顔見知りに刃を向ける趣味はねぇ。本当は衛兵に任せるつもりだった」


 わずかに間を置く。


「だけどな……」


 短剣の切っ先を、バルバラさんの喉元へ添えた。


「嘘をついたら、その気遣いは消える」


 声を荒げる必要はない。

 静かに、淡々と告げるだけでいい。


「衛兵はここまで調べないだろうな。でも俺は違うぜ。賊の死体を転がして、金銭揉めで殺し合った。そう書類を整えれば、それで終わりだ」


 震える瞳を逃がさず見据える。


「どうする。吐くか」


 刃が、わずかに沈む。


「それとも……」


 笑みを深くした。


「ここで終わるか」


 軽く脅すつもりだった。

 だがもう、自分でもわかっている。


 引き返せる線は、とっくに越えていた。

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