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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.03 ムスティア大森林・洞窟編

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14 砂に還る竜、揺れる想い


 竜の魔力体が砂のように崩れていく。その様子を見つめているうちに、胸の奥へ、言いようのない切なさが滲む。


 崩れゆく身体にそっと触れた瞬間、唐突に映像が流れ込んできた。


 燃え盛る紅蓮の炎。四方を取り囲む、大勢の人影。誰もが武器を手にし、鎧へ身を包んでいる。恐らく、騎士たちだ。


「殺すな、生け捕りにしろ」


 狂気に染まった目。獣を狩るような熱気を纏い、人々が次々と押し寄せてくる。

 その光景を見た途端、胸の奥に深い悲しみが広がった。


 これは、俺の感情じゃない。この景色を見ている“誰か”の心だ。


『哀れな。何がおまえたちを変えた。やはり共存など夢物語。ガルディア様、この現実をご覧になっておられますか』


 声は次第に遠ざかり、流れ込んでいた映像も薄れていく。


 やがて意識は現実へ引き戻された。


「今の光景は、まさか……」


 砂のように崩れた魔力体を、両手ですくい上げる。


 あれは、赤竜(せきりゅう)の記憶なんだろうか。だとすれば、過去に何があったのか。


「共存など夢物語……」


 竜が姿を消した原因は、人間にあるというのか。


「リュシー、どうかした?」


「え? あぁ、何でもありません。竜を倒したら、気が抜けちゃって」


 シルヴィさんの問いを、笑みで誤魔化す。


 力を使い果たしたセリーヌは、再びシルヴィさんの肩を借りて立ち上がった。 手にした杖は先端の宝石が砕け、半ばから折れ曲がっている。


 やはり、竜の力には耐えられなかったらしい。


「賊どもも気になる。戻りましょうか」


「賊といえば、リュシーはどうやってあの商人の正体を見抜いたわけ?」


 歩き出すと、シルヴィさんが興味深そうに問い掛けてきた。


「思い込みですよ。いかにも“商人です”って格好でしたよね。逆に、それが胡散臭かったんです」


「なるほどねぇ」


「それに、俺を見てすぐ“冒険者の方”って決めつけた。剣を持ってるだけの農夫かもしれないのに」


「で、決め手は?」


「手です。商人にしては荒れていたし、傷も多かった。あれで敵だって確信しました」


 シルヴィさんは感心したように頷く。


「しばらく見ない間に、随分と成長したじゃない。彼、脅したら色々吐いてくれたわよ。リュシーの読み通りだったわ」


 そうだ。もっと褒めてくれてもいい。


「へぇ。意外と鋭いのか」


「意外って、どういう意味だ?」


 レオンを睨み返す。


「俺なら、最初から斬ってたけど」


 平然とした口調。その目には、どこか張り合うような色が宿っている。


「おまえ、後始末まで考えて動くタイプじゃねぇだろ」


「結果的に解決すれば同じだ」


 互いに視線を外さず、短い沈黙が落ちる。

 その時、雷鳴のような轟音が、大気を震わせた。


 身体の奥底、魂まで揺さぶられるような感覚に、思わず身震いする。

 危険を察した野鳥の群れが一斉に飛び去り、森は騒然となった。


「なんだ。地震か?」


「違う。魔獣の咆哮(ほうこう)だ」


 落ち着き払ったレオンが言い切る。さっきまでの張り合う空気は、もう消えていた。


「魔獣って……」


 もう、まともに戦える状態じゃない。それはセリーヌも同じはずだ。


「どうした?」


 目を向けると、セリーヌが青ざめた顔で辺りを見回している。


「この声は……まさか」


「大丈夫? 震えてるけど」


 シルヴィさんが自然な仕草で肩を抱き寄せる。その視線が、一瞬だけこちらを掠めた。


「大丈夫です。心配しないでください……」


 無理に笑うセリーヌに、不安が募る。


「どんな魔獣か知らねぇけど、余計な奴まで刺激しちまったか。さっさと逃げよう」


「はい。それしかありません」


 妙に素直な返答で、わずかに拍子抜けしてしまう。


※ ※ ※


「だから言ったじゃありませんか……」


 崩れた洞窟の前に戻るなり、俺は頭を抱えた。


 大木の根元には、切断されたロープだけが虚しく転がっている。 ドミニクもブノワも、その他の賊たちも、綺麗さっぱり消えていた。


「シルヴィさんが見張っていてくれたら、こうはならなかったのに」


「そうね。あたしが悪かったわ」


 素直に頭を下げるところは、なんだか憎めない。


「潔く認められても、解決しませんよ。報復されたらどうするんですか? ヴァルネットの街が狙われるかもしれないんですよ」


 そこまで言って、シルヴィさんだけを責められないと気付いた。


「いや……俺も同じか」


 あいつらにとどめを刺す機会は何度もあった。見逃したのは俺自身だ。


「それなら安心して。しばらく、あの街へ滞在することになりそうだから。何かあったら、責任を持って対処してあげる」


「は? どういうことですか?」


「その話は後でね。まずは街道に出て、馬車を拾いましょ」


「俺、馬で来たんで。ナルシスも街に向かってるはずですから、途中を確認しながら戻ります」


「あら、残念……」


 そう言いながら、シルヴィさんはセリーヌの身体をこちらに預けてきた。


 手を離す直前、ほんのわずかに間がある。


「この()、ちゃんと守ってあげるのよ」


 軽い調子とは裏腹に、その目は真剣だ。


「あたしとレオンは、この後の準備もあるから。夜に牡鹿亭で落ち合いましょ」


「馬車に乗せた方が……」


「レオン、行くわよ」


 腕を掴まれたレオンは、強引に連れて行かれた。


 俺は肩を貸しながらセリーヌを支え、獣道を抜けて馬の待つ出口に急ぐ。


「セリーヌ、ひとつ聞きたかったんだ」


「なんでしょうか? いやらしい質問以外でしたら、お答えします」


「おまえなぁ……俺がいつもスケベなことばっか考えてるみたいだろうが」


 呆れて溜め息を吐くと、セリーヌは頬を膨らませた。


(わたくし)の下着姿を見ていたではありませんか。まさか、気を失っている間に何か……」


「そこまで非道じゃねぇよ。聞きたいのは、洞窟の神殿についてだ」


「え? 神殿、ですか?」


「意外そうな顔をするな。俺を何だと思ってんだ」


「綺麗な女性に弱い冒険者、ですよね?」


「ちっ。否定できねぇのが腹立つな……」


 セリーヌは肩を震わせ、少しだけ笑った。


「あの神殿は、竜へ祈りを捧げるための場所です。地底湖がありましたよね。あの水で身を清め、竜へ祈っていたのでしょう」


「竜に祈る? なんで街じゃなくて、あんな場所で?」


「恐らく、竜が人々の前から姿を消した後に造られたのでしょう。信仰は禁止されたと聞いていますから、一部の信者が隠れて祈りを続けていらっしゃったのでしょう」


「禁止された?」


「過去の諸王国会議で決定されたと聞いております。それ以上のことは存じません」


 それ以上踏み込めば、無知を晒すだけだ。これ以上、印象を悪くしたくない。


 竜と人の共存。そして断絶。あの記憶が示しているものは、あまりにも重い。


※ ※ ※


 大森林を抜け、ようやく馬を見つけた。その背へ跨がり、セリーヌを引き上げる。

 沈みかけた夕日が地平を赤く染め、大地一面を茜色に染め上げている。


「綺麗だな……」


「何ですか、急に。誰にでもそういうことを平然と仰るのですか?」


 むすっとした顔で返される。


「は? セリーヌのことじゃねぇよ」


「はわわっ。違うのですか?」


 目を丸くする姿に、思わず笑みが漏れる。


 こういうやり取りが戻ってきたことが、素直に嬉しい。


「まぁ、君も綺麗だけどな」


「何か仰いましたか?」


「なんでもねぇよ」


 前を向き、馬をゆっくり進める。


 こんな時間も、悪くない。

 今はただ、無事に助けられた余韻に浸りたかった。


「セリーヌの新しい杖も探さねぇとな」


「はい……見付かるでしょうか……」


「大丈夫だろ。俺だって、この竜骨魔剣を見つけたんだ」


 遠慮がちにベルトを握るセリーヌの手が、視界に入る。

 その小さな仕草が、やけに愛らしい。


 あとは、余計なボロを出さないことだ。


 竜眼(りゅうがん)による記憶の改変は、二十四時間以内に限られると言っていた。どうにかやり過ごして、この記憶を保持してみせる。


「なぁ」


 意を決して、口を開く。


「杖を失った以上、今までより苦労すると思うんだ。その……守るって言い方は違うかもしれねぇけど……手伝わせて欲しいんだ」


 言葉を選びながら、続ける。


「俺と、パーティを組まないか?」


 どうして、こんなにも緊張するのか。


「報酬は半々だ。そこはちゃんとする。俺と組めば、ランクAの依頼も受けられる。悪い話じゃないだろ」


 すると、背中に柔らかな感触が触れた。

 鼓動が、一気に速くなる。


 この音まで伝わっているんじゃないかと、熱くなる顔を抑えきれなかった。

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