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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.03 ムスティア大森林・洞窟編

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13 生き延びるための最善


「とは言っても、たったこれだけか」


 手持ちの道具では心細いが、やるしかない。


 大事なものは、自分の力で守るんだ。


 意識を切り替え、竜骨魔剣を鞘(さや)に戻す。代わりにスリング・ショットを構え、足元から拳大の岩を拾った。


 狙うのは赤竜(せきりゅう)じゃない。死角を突き、大きく弧を描いて遥か後方へ射出する。


 岩は木々を揺らしながら地面へ落ち、乾いた音を響かせた。狙い通り、赤竜がゆっくりと首を巡らせる。


「今だ」


 その隙に森へ飛び込み、赤竜の背後まで駆け抜けた。木陰へ身を潜めた直後、赤竜の放った火球が岩の落下地点に炸裂する。


 爆音と共に土砂が吹き上がり、生木が軋みながら倒れた。巻き込まれた魔獣たちの悲鳴まで混じっている。


「こんな怪物、倒せるのか……」


 木々の隙間から覗く赤竜の身体は、想像以上に巨大だった。百八十五センチある俺でも、足の付け根に届くかどうかという高さだ。


「伝承では、眉間と喉が弱点だったよな」


 だが、攻撃が通る保証はどこにもない。


 再び岩を拾い、今度は左奥へ放った。草木を揺らし、遠くで乾いた音が響く。


 赤竜が、またゆっくりとそちらを向いた。


「どうだ」


 その隙に、青い大型魔法石をいくつか取り出し、足元へ投げる。砕けた瞬間、冷気が一気に広がり、地面を氷が覆った。


 竜相手では水たまり程度にしかならないと思っていたが、足を滑らせるには十分だった。


 左前脚を踏み込んだ赤竜が、盛大に足を滑らせる。轟音と共に巨体が転倒し、間抜けなほど大きく口を開いた。


「よし」


 道具袋から、最後に残った白い魔法石を抜き取り、赤竜の眼前に立つ大木へ射出した。


 空中で砕けた石から、真空の刃が横一線に走る。木々を斬り裂きながら赤竜へ迫るが、本命はその先だ。


 切断された大木が次々とへし折れ、倒れ込むように赤竜へ襲い掛かった。土煙が舞い上がり、怒号にも似た咆哮が響く。


 真空の刃と倒木の二重攻撃は、さすがに効いたらしい。


「ここで決める」


 走りながら竜骨魔剣に持ち替え、倒木の上を駆ける。


 足元でもがいていた赤竜が、怒り狂ったように身体をよじった。次々と木々が払い落とされ、その奥から怒気に染まった瞳が覗く。


 だが、俺もその頃には無傷の大木に飛び移っている。


「ご苦労さん、っと」


 枝を蹴り、落下の勢いを乗せて刃を向ける。


 竜骨魔剣は眉間に深々と突き刺さり、絶叫が森全体を震わせた。


「このまま消えてくれ……」


 その願いはあっさり打ち砕かれた。赤竜の抵抗は想像を遥かに超えていた。


 激しく頭を振られ、剣先が弾き飛ばされる。気付けば、身体は空中へ投げ出されていた。


「くっ!」


 無我夢中で振り回した剣が、偶然にも赤竜の右翼を掠めた。翼を斬り裂き、落下の勢いがわずかに鈍る。そのまま背中から倒木の茂みに突っ込んでいた。


「死ぬかと思った……」


 枝葉を押し退けて起き上がると、心臓を鷲掴みにされたような感覚と共に、息が止まる。


 怒りに震える赤竜が、正面で大口を開けていた。喉奥では、灼熱の炎が脈動している。


 死の影が、すぐそこまで迫っていた。


「くそっ」


 咄嗟に剣を竜の口内へ投げ込み、なりふり構わず走り出す。背後で咆哮が轟き、猛烈な熱気が背中へ迫ってきた。


 息が切れる。脚が重い。


「清流創造(ラクレア・オーサント)!」


 横手から冷水が叩き付けられ、赤竜の悲鳴が森へ響く。


 振り返ると、水流弾(すいりゅうだん)を受けた赤竜が苦しげに頭を振っていた。


「レオンか……助かった」


 息を整えながら振り返る。


「助かった? 随分と軽いな」


 レオンは鼻で笑い、長剣を構える。


「俺が来なかったら、今ごろ骨の一部だ」


「否定はしねぇ」


 近くに落ちていた竜骨魔剣を拾い上げる。


「でも、来るのが遅い」


 一瞬、空気が張りつめた。


「何か言った?」


 レオンの眉が跳ねる。


「待ってるように伝えたって聞いたけど」


「聞いてたら、間に合わねぇ」


 短く言い切ると、レオンは小さく息を吐く。


「だから単独で突っ込んだ? 英雄気取りも大概にしろ」


「英雄になる気はねぇよ。生き残るために、やれることをやっただけだ」


 赤竜の唸り声が、張り詰めた沈黙を揺らす。


「無謀だな。力も足りないくせに、退く判断もしない。死線を越えれば何か変わるとでも思ってる?」


「変わるさ。少なくとも、守れなかった後悔は残らない」


 レオンの指が、柄を強く握る。


「ぬるいんだよ。守るっていうのは、生き延びた奴だけが言える」


「なら、生き延びて証明する」


 互いに視線をぶつけ合うと、赤竜の咆哮が森を震わせた。


「話は後だ」


 レオンは竜に視線を戻す。


「あの竜は俺が倒す。そこで、俺とあんたの違いを見てなよ」


 そう言い残し、赤竜を陽動するために駆け出していく。


 悔しいが、返す言葉はない。そもそも俺自身、セリーヌの力を当てにしていた。疲弊した俺の役目は、時間稼ぎに過ぎない。


「そうだ、セリーヌは?」


 炎の壁は消え、白煙の先に人影が現れる。


 セリーヌに肩を貸している女性を見て、思い浮かぶ人物はひとりしかいなかった。


「シルヴィさん、なんでここに?」


「待つだけなんて退屈だもの」


 艶っぽく唇へ指を当てている。場違いな余裕が、逆に不安を煽った。


「賊の見張りは?」


「木に縛ってきたわ。大丈夫よ」


 まったく安心できない。


「で、ナルシスも放置ですか?」


「金髪君のこと? 綺麗な白馬が迎えに来て、そのまま乗せていったわ」


 びゅんびゅん丸だろう。本当に利口な馬だ。


「あいつには、ちょっと勿体ないな……」


 安堵すると、セリーヌと目が合った。


「すみません。爆発で気を失ってしまい……」


「無事なら、それでいい」


 セリーヌは小さく笑い、シルヴィさんから身を離した。そのまま、レオンと対峙する赤竜を見る。


「ちょっとリュシー。あたしにはそんな優しい言葉、掛けてくれた覚えないんだけど。違うものなら掛けられたけど……ねぇ?」


 意味深に笑い、剥き出しの腹部をさする。


「シルヴィさん、話は後。セリーヌの魔法が完成するまで、一緒に竜を引き付けてください。右翼は傷付けた。もう飛べないはずです」


 今は余計な感情を挟む場面じゃない。


「シルヴィさん、行きますよ」


「あん。なんだかその響き、たまんない」


 苦笑しながら、ふたりで赤竜へ駆ける。


 竜の鱗は並の武器では傷付かないと聞いたが、今の相手は魔力体だ。竜骨魔剣が翼を斬り裂いたように、魔力を帯びた武器なら通用するはずだ。


「ついに竜と戦えるのね」


 深紅の斧槍(ハルバード)を構え、シルヴィさんが躍り出る。


 深血薔薇(フォンデ・ロジエ)。その名に恥じない魔導武具(マジック・ウェポン)だ。


 さっき赤竜の口内へ投げ込んだ竜骨魔剣。あれが舌を傷付け、吐息(ブレス)を封じている。


 炎も飛翔も奪われた竜なら、並の大型魔獣と変わらない。戦況は一気にこちらへ傾いた。


「清流創造(ラクレア・オーサント)!」


 レオンの水流弾が、再び赤竜の顔面を打つ。


「もう逝(い)っちゃうの? まだまだ逝かせてあげないんだから」


 シルヴィさんの斧槍(ハルバード)が、脚や胴へ鮮やかな傷を刻む。


「くらえ」


 振り下ろされた前脚をかわし、その隙に斬撃を叩き込む。


 そうして時間を稼ぐうち、セリーヌの魔法が完成した。


「皆さん、下がってください」


 竜臨活性(ドラグーン・フォース)を使ったんだろう。黄金色の髪へと変わり、全身に光を纏ったセリーヌが駆け込んでくる。脇へ構えた杖の先には、巨大な黒球が形成されていた。


 俺たちは散開し、距離を取る。それを待っていたように、セリーヌが大きく跳ねた。


 強化された脚力で宙を舞い、赤竜の顔面へ黒球を叩き込む。


「闇竜堕徨《リミテ・オプスキュリテ》」


 俺たちを警戒したのか、囁くような詠唱だった。それでも、確かに耳へ届いた。


 漆黒の球体が弾け、闇が霧となって広がる。赤竜の頭部を包み込み、その存在だけを綺麗に消し去った。死神が、首から上だけを刈り取ったかのような破壊だ。


 闇が晴れる頃には、赤竜は頭部を失ったまま崩れ落ちていた。


「たった一撃かよ……」


 遅れて言葉が漏れる。シルヴィさんもレオンも、しばらく動かなかった。


「凄いじゃない……なんなの、あの娘(こ)」


 驚愕するシルヴィさんの声を背に、力を使い果たしたセリーヌが膝をつく。黄金色の輝きは消え、濃紺の髪が頬へ落ちた。


 自然と、全員の足が彼女へ向かう。


「凄まじい力だ。あの魔獣を一撃で消し飛ばすなんて、信じられない」


 剣を納めながら、レオンが呟いた。感嘆と同時に、わずかな悔しさも滲んでいる。


「それにしても、この娘さっきは金髪だったわよね? リュシーも銀髪になるし、ふたりとも何なの。魔法?」


「シルヴィさん……飲み過ぎですよ」


 肩に手を置いた、その時だった。


「冗談で済む話じゃない」


 レオンの声が空気を断つ。


「あんたたち、身体強化の力を使えるのか? 御伽話だな」


 吐き捨てるような口調。その奥には、隠し切れない苛立ちがあった。


「だけど……」


 一拍置いて、視線が俺に向く。


「その力を持っていて、なお死にかける。それが現実なら……俺たちは、何を頼りに生き残ればいい?」


 その問いから、俺は目を逸らさなかった。


 否定なんてできない。それこそが、この戦いの重みだ。

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