12 竜骨魔剣
気が付くと、シルヴィさんの軽蔑するような眼差し。これはさすがに痛い。
「勘弁してくれ……って、そうじゃねぇ。こんな姿ですけど、助けた仲間です」
「こんな姿? きゃああっ!」
その一言で、ようやく現状に気付いたらしい。加護の腕輪と下着だけの姿。それを惜しげも無く晒し、俺と口論していたのだ。
恥ずかしさの余り、膝を抱えてしゃがみ込んでしまったセリーヌ。先程までの鋭い剣幕とは打って変わり、顔を赤らめた涙目姿のギャップがたまらない。しかも膝を抱えた姿勢だというのに、太ももからはみ出した横乳。これがまた、何とも言えず男心をくすぐる。
「リュシー、乙女のあられもない姿を見過ぎ。これを持って来て正解だったわね」
斧槍を背中へ固定したシルヴィさんは、純白のロングコートと紺の法衣、そしてブーツをセリーヌへ手渡した。
そう言うあんたは、逆に晒しすぎだ。常に大差ない姿だろうが。
「こんなものが籠に入っていたから不思議だったけど、何があったわけ?」
「情けない話ですけど、賊に捕まった俺を逃がすために、彼女が裸になるっていう条件を突き付けられて」
「まったく……腕が鈍ったんじゃないの? そんなんで、あの赤竜に勝てるわけ?」
説教を垂れながら、腰へ下げた革製の水袋を取るシルヴィさん。中身は絶対に酒だ。
「赤竜? 何があったのですか?」
法衣を身に付け、背中の革紐を結びながら声を上げるセリーヌ。どうやら眼福タイムは完全に終わりを告げたらしい。それに釣られるように俺も上着を身に付けた。
だが、どう説明したものか。俺でさえ何が何だかわからないというのに。
「洞窟で戦っている最中に、突然アレが出てきたわけ。なんなのかしらね」
シルヴィさんが見上げる先には、優美な姿で空を駆ける竜。まるで何かを探すように大森林を旋回している。
あいつを倒すには、セリーヌの竜臨活性に頼るしかない。まずはどうにかして、シルヴィさんを引き離す必要がある。
「そういえば、レオンはどうしたんですか?」
「向こうで金髪の剣士君を手当てしながら、賊たちを見張ってるわ」
これは好都合だ。ぜひ利用しよう。
「申し訳ないんですけど、レオンを呼んできてもらえませんか? 魔法なら、竜にもどうにか届くはずですから」
「あら、そうなっちゃう? どうせあたしは役立たずか……悔しい! 戦ってみたい!」
拳を握り地団駄を踏んでいるが、あれを相手にどう戦うつもりなのか。
「シルヴィさんには別件をお願いします。商人の姿をした、ブノワって賊がいますよね?」
セリーヌに聞かれないよう、シルヴィさんへこっそり耳打ちする。
「オッケー、そっちは任せて。レオンを呼んでくるから、ここにいて」
草木をかき分け、慌てて引き返して行った。
「セリーヌ、行くぞ」
「え? ここで待たれるのでは?」
「うまく追い払っただけだ。走るぞ」
その手を取り、慌てて駆け出した。
生い茂る草木が鬱陶しいが、それを嘆いている暇はない。レオンに追いつかれたら、それはそれで面倒だ。
「あの竜には、俺の力と剣が関係してるみたいなんだ。剣から赤い光が立ち昇って、突然あんな姿に」
「赤い光? その剣ですか?」
走りながらも鞘から刃を引き抜き、セリーヌへ見えるように示した。
「お待ちください」
不意に立ち止まり、剣を覗き込んできた。
「どうした?」
「この剣をどこで? これは恐らく竜の骨を削り出して作った、竜骨剣です」
「竜の骨!?」
これは驚いた。確かに、竜骨の強度を活かして武器や防具が生産された時代があったと聞いている。だが、その希少性と加工の難しさ、竜が消えたという要因から、今では幻の品と言われている。
「ですが負の力を感じます。恐らくこの竜は、強い未練と恨みを持ったまま命を落としたのでしょう。その力が、リュシアンさんの力に作用したのだと……」
「つまり、竜骨剣の呪いみたいなものか?」
名品どころか魔剣とは。名前を付けるとしたら、竜骨魔剣か。
「間違いありません。赤い光の正体は竜の残留思念です。それが魔力を得て、仮初めの身体を造り上げたのです」
「ってことは、この剣を破壊すれば赤竜は消えるんじゃ……」
「いえ。力は既に剣を離れています。竜を討ち、魔力体を破壊する以外にありません」
竜の残留思念。ラグが出て来ないことに関係があるのだろうか。しかも、あの竜が放たれたのが俺のせいなら、このまま野放しにできない。
「結局、戦うしかねぇのか。悪いけど、力を貸してくれ」
「承知しました。任せてください」
「そうだ。これを渡しておくよ。手ぶらじゃ戦えねぇだろ?」
左手へ握ったままの魔導杖を思い出し、セリーヌへ差し出した。
「インチキ導師が使ってた物を偶然に拾ったんだ。触りたくもねぇだろうけど、背に腹は代えられないだろ?」
「有り難く使わせて頂きます」
「じゃあ、竜退治と行こうぜ」
恐る恐る杖を取ったセリーヌへ、元気付けるように明るく振る舞った。
☆☆☆
「とは言ったものの、どうするか……」
草木をかき分け竜の真下へ。見上げた先に腹部が見えるが、距離があり過ぎる。魔法の射程も十メートル程度が限界のはずだ。
周囲は羽ばたきの風圧を受けたのか、木々は折れ曲がり雑草も少ない。程良く開けた草原が出来上がっていた。
「任せてください。相手の注意を引き付ける魔法を使います。リュシアンさんはその後に、少しだけ時間を稼いで頂けますか?」
「少しだけ? 具体的に頼む」
「魔法の詠唱時間を稼いで頂くだけです。私を守って、五分ほど耐えてください」
「わかった。任せろ」
たかが五分なら余裕だろう。緊張を押し隠し、大きく息を吐きながらベルトに差したスリング・ショットを取り出した。
馬鹿にしていたが、これはこれで案外使える。それ見たことかと、ルノーさんの勝ち誇った顔が浮かぶのが腹立たしい。
ひとりで苛立っていると、隣に立つセリーヌは魔導杖を水平にして身構えた。
「リュシアンさん、準備はよろしいですか?」
「おう。いつでも来い!」
語気荒く言い放ち、自分自身へ気合いを入れ直す。何が何でも、ここであいつを止める。
「光竜召印!」
セリーヌの身体を中心に、足下へ光り輝く魔法陣が展開。すると、吸い寄せられるように赤竜の顔がこちらへ向いた。相手の注意を引く魔法。こんなものがあるとは意外だ。
ただならぬ緊張感に、嫌な汗が滲む。
「さっさと来やがれ……」
それに応じるように、急降下してくる竜。激しい風圧が押し寄せるが、両足を踏ん張ってどうにか耐える。竜臨活性と呼ぶ力が切れたこの身体には、風圧だけでもかなり辛い。
大木の幾本かを薙ぎ倒し、翼をたたんだ竜が前方へ着地した。こうして間近で見るとかなりの迫力だ。こんな生物が昔はそこら中にいたと思うと恐ろしい。
背後では、セリーヌが次の詠唱を始めている。後は、それが完成する時間を稼ぐだけだ。
「行くぞ」
圧倒的な迫力に気後れしてはいられない。スリング・ショットへ仕掛けた閃光玉を竜の顔へと解き放つ。
だが、あいつは頭を持ち上げ、それを避けようと首を捻った。
「甘い!」
続け様に打ち出していた小石。それが先行していた玉を射貫き、竜の眼前で炸裂。まばゆい光がその目を刺激した。
まぶしさに悶える赤竜。どうやら、こんな巨体にも閃光玉は有効らしい。
スリング・ショットをベルトへ戻し、魔剣を抜いて駆ける。だが、残り数メートルという所で、竜の口内へ宿る炎を視界に捕らえた。
危険を感じ、背後のセリーヌへ叫ぶ。
「気を付けろ。吐息が来る!」
視界を閉ざされた竜は、ヤケになったように横凪ぎの熱線を吐き出した。
間一髪、しゃがんでそれを避ける。背後では熱線跡から炎の壁が吹き上がり、激しい熱風が吹き付けてきた。それと同時に聞こえてきたのは、セリーヌのものらしき悲鳴。
「大丈夫か!?」
返事がない。炎の壁に視界を遮られ、姿を確認することもできない。
「くそっ!」
目の前には、長い首を激しく振るう赤竜。腰を浮かせ、大地にどっしりとついた四本足が、地面に克明な爪痕を刻んでいる。
俺ひとりで勝てるだろうか。不安ばかりだが、迷っている場合じゃない。
赤竜は徐々に視力を取り戻してきたのだろう。は虫類のような縦型の瞳孔が、はっきりと俺の位置を見定めている。
「やってやるよ。かかって来い!」
剣を構えて赤竜の瞳を睨み返したものの、どうしていいかわからない。力の差は歴然という状況に、苦笑を浮かべるだけだ。こんな時、フェリクスさんや兄貴ならどう戦うのか。
フェリクスさんは、いつものひょうひょうとした調子で何事もなく片付けてしまうだろう。ランクLの力は本物だ。不意に浮かんだのは兄貴の言葉。
“苦しい時ほど笑うんだ。相手に、まだ奥の手があるんだぜ、っていう余裕をほのめかすのさ。敵がひるめばこっちのもの、だろ?”
優しい笑みが思い返されるが、その作戦はさすがに竜には効かないだろう。
“同時に、自分の状況を客観的に捉えるのさ。その時にできる最善の策で挑む。まぁ、こんなのは基礎の基礎だけどさ”
俺の手にあるのは竜骨魔剣。そして、スリング・ショットといくつかの魔法石だけだ。