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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.03 ムスティア大森林・洞窟編

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11 取り戻したもの、失われたもの


 赤竜(せきりゅう)は出口を探しているのか、俺の頭上をゆっくりと旋回していた。ベルヴィッチアを攻撃した際に崩れた岩肌へ狙いを定め、炎の吐息(ブレス)を放とうと首をもたげる。


 その時、魔獣の巨体が地底湖へ落下した。神殿は完全に崩れ、轟音とともに瓦礫までもが湖に沈んでいく。


「これで終わりだ……」


 あれでは仮面の男も下敷きだろう。この手で制裁できなかった悔しさは残るが、今はそんな感情に浸っている場合じゃない。


「リュシーはどうするの?」


 走る足音に混じり、シルヴィさんの声が届く。


「魔獣の体内に仲間がいるんです。何としても助ける」


 剣を(さや)に収め、そのまま大穴へ飛び込む。


 魔力障壁(プロテクト)のおかげで耐水と呼吸は確保される。持続は五分ほどだが、それだけあれば足りる。


 竜の力で強化された身体は、水中でも異様なほど軽かった。潜って間もなく、沈み続けるベルヴィッチアに追いついた。


 熱線で焼かれた巨体は黒く焦げ、水中には崩れた肉片が漂っている。すでに生命反応は感じない。


 竜牙天穿(りゅうがてんせん)で穿たれた傷口から内部へ潜り込む。肉壁の奥で、セリーヌは意識を失ったまま閉じ込められていた。


 考えるより先に脇へ腕を差し込み、そのまま引きずり出した。

 魔獣はなおも沈み続ける。湖底まで落ちれば、回収など不可能だ。


 落石を避けながら浮上し、水面へ顔を出した。直後、胸の奥に張り詰めていたものがようやく少しだけ緩んだ。


「急げ……」


 セリーヌを抱えたまま崩落地点から距離を取る。対岸には、神殿と繋がっていたらしい石階段が見えた。


「悪い」


 肩へ担ぎ直し、一気に駆け上がる。下着姿の柔らかな体温が頬に伝わってくるが、そんなことに意識を向ける余裕はない。生き埋めなんて、冗談にもならない。


 避難の途中、崩れた神殿の傍らで魔導杖(まどうじょう)を見つけた。


「あの男の杖か」


 迷わず拾い、そのまま壁面を蹴って上へ跳ぶ。


 杖を杭代わりに岩へ突き立てながら登っていく動きは、完全に竜の力頼みだ。今は、その恩恵に感謝するしかない。


 やがて洞窟を抜け、森林へ飛び出した。差し込む日差しが、やけに眩しい。


「間一髪か」


 上着を脱ぎ、そこにセリーヌを横たえる。

 安堵と共に息を吐いた瞬間、頭の奥へ唐突に映像が流れ込んでくる。


「なんだ……これ……」


 夜の河原。セリーヌと向かい合う俺を、上空から見下ろしている。


(わたくし)竜眼(りゅうがん)という力を行使できます。使用した相手の記憶を書き換える力です。二十四時間以内の記憶に限られますが』


 これは、記憶か。


『あなたには既に二度、この力を行使しました。正体を掴み損ねているものですから』


 俺は、記憶を書き換えられていた。


神器(じんぎ)竜臨活性(ドラグーン・フォース)を操りながらも、突然にその力を手に入れたと仰いました。つまり、一族の者ではないということですよね?』


 神器。竜臨活性(ドラグーン・フォース)

 知らないはずの単語が、妙に胸へ引っかかる。


『すみません。神器も竜臨活性(ドラグーン・フォース)も、あなたの記憶から消し去っていました。私が竜術(りゅうじゅつ)と呼ばれる力を使えることも……この剣は神器。正しき名は神竜剣(しんりゅうけん)ディヴァイン。そして、銀の髪へ変わる身体強化の力が竜臨活性(ドラグーン・フォース)です』


 断片だった情報が、一本の線として繋がっていく。


 兄から届いた剣が神器であること。

 この力が後天的なものではないこと。

 そして、セリーヌが最初からそれを知っていたこと。


災厄(さいやく)の魔獣を探す素振りは微塵もない。やはりご存じないのですね。我々の島を滅ぼしかけた存在です。あの大型魔獣を』


 彼女の目的は復讐。故郷を襲った魔獣を討つために動いていた。


『この戦いの記憶を消します。そして、“神竜剣は魔獣アレニエに奪われた”という記憶に書き換えます』


 思い出した。

 俺はセリーヌに敗れ、剣を奪われた。

 この映像はきっと、ラグの記憶だ。


「ラグ、助かった」


 忘れたままだったら、取り返しがつかなかった。


 直後、全身に強い虚脱感が走る。竜の力が切れた。

 だが、いつも現れるラグの姿がない。


「まぁ、そのうち出て来るか」


 尻餅をついて荒い息を整えていると、セリーヌがゆっくりと目を開いた。


「ここは?」


「洞窟の外だ。敵は全滅……いや、大きな問題がひとつ残ってるけどな」


「私は、なぜここに?」


「魔獣の体内から引きずり出した。ナルシスも無事だ」


 彼女は勢いよく身を起こし、周囲を見回す。


「神器も無事なのですよね!?」


「は?」


 一瞬だけ、しまったという顔を見せた。


「寝ぼけていたようです。奪われた剣と杖は、どちらに?」


 誤魔化す気か。それも、自分を守るための壁なんだろう。


「魔獣の腹の中だ。セリーヌを助けるのが精一杯だった」


 セリーヌは四つん這いになり、大穴を見下ろす。

 形の良い尻が目の前へ突き出され、視線の置き場に困る。


「あのな……急にどうした?」


 黒い下着だけを身に付けた姿でそんな体勢を取られれば、男として平静ではいられない。


「取り戻します」


「正気か?」


 立ち上がろうとする腕を掴むと、鋭く睨まれた。


「なぜ私を助けたのですか。その時間があれば、剣と杖を……」


「本気で言ってるのか?」


「どれほど大切なものか、あなたにはわからないのです」


「わかってねぇのはおまえだろうが!」


 自然と声が強くなる。


「あの武器に、どれだけの想いが込められているとお思いですか? それを抱えて、託されて、ここにいるのですよ」


「あれがどれだけ凄い物かなんて、俺には知ったことじゃねぇ。たかが剣と杖だ。代わりなんていくらでもある。でもな……」


 胸の奥から、感情が噴き出した。


「おまえの代わりは、どこにもいねぇだろうが!」


 セリーヌの瞳が大きく揺れる。


「どうして助けたなんて、そんな悲しいこと言うなよ……俺たちは生きてるんだ。かけがえのない仲間だろうが……」


 背を向ける彼女の後ろ姿は、どこか危うく見えた。


「リュシアンさんには、わからないのです」


 小さく呟き、夕空を見上げる。

 その背中は、いまにも壊れてしまいそうなほど頼りない。


「ですが……助けてくださったこと。かけがえのない仲間だと仰ってくださったことは、絶対に忘れません。ありがとうございます」


 その言葉を聞きながら、俺は別の問題に気付いてしまった。

 伝えるべきか。気付くまで黙っているべきか。実に悩ましい。


「さっきの“大きな問題”……もうひとつあった」


「どういうことですか?」


 振り向いた彼女に、視線の置き場が定まらない。


「早く仰ってください!」


 尻餅を突いているところに前屈みで迫られ、黒い下着に包まれた大きな胸が視界へ飛び込んでくる。


 腕を動かすたびに柔らかそうに揺れ、そのたび理性が削られていく。


 これは大きな問題というより、大きな凶器だ。


「リュシー。無事だったの?」


 絶妙な間で、シルヴィさんが現れた。

 そして状況を見るなり、楽しそうに笑う。


「仲間を助けに行ったはずが、お楽しみ中? ムッツリは相変わらずね」


「ムッツリって言うな」


 言い返しながら、俺も冷静さを取り戻すことができた。


 誰かが外で踏みとどまり、誰かが中へ踏み込む。

 それぞれが役割を選んだからこそ、今ここに立っている。

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