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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.15 ラモナ島編

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05 夜明けの誓い


 浜辺では、出立の準備が整いつつあった。

 潮の香りを含んだ風が、夜明け前の空気をゆっくりとかき混ぜる。

 島はまだ眠っているようで、聞こえるのは波と、竜の羽音だけだった。


 セリーヌは数人の島民と短く言葉を交わしている。

 何気なく、その輪へ近づいた。


「ラモナ島の見取り図は?」


「こちらに」


「危険な役目、ありがとうございました」


「いえ。セリーヌ様のためなら」


 島民は、どこか誇らしげに笑った。

 丸められた羊皮紙を受け取ったセリーヌは、軽く微笑みを返し、それを大切そうに抱える。


「見取り図? そんなものを頼んでたのか」


 立ち去る島民の背を見送り、問いかける。


「以前に伺っていたではありませんか。訓練期間中に、アンナさんが下見に行ってくださったと。ただ、全容の把握には至らなかった、とのことでしたので」


「ああ。確かに話したな」


 本当は、言われてようやく思い出した。

 それが顔に出ていたのだろう。


「本当に、思い出されましたか?」


 疑わしげな視線に焦る。

 責めるというより、拗ねている。


 怒った顔もかわいい。

 こんな時に、余計なことを考えてしまう。


「飛竜を使い、空から制作して頂きました。上陸作戦の一助になればと」


「ありがとう。助かるよ」


 短く返すと、セリーヌは満足したように頷く。


 やがて、ユリスと老剣士コームさん、そして長のディカさんが姿を見せた。


「そういえば……」


 ディカさんが思い出したように口を開く。


「ここ数日、アダンの姿を見ていないのだ」


 一瞬、空気が張り詰める。

 潮騒だけが、やけに大きく響いた。


「ユリス同様、儂の片腕として働いてくれていた男だからな。いなければ困る……自宅は綺麗に片付けられ、島の存続に必要なものはすべて残されていたという話だが……」


 その言葉に、わずかに反応したのはユリスだった。


「以前から、島を出たいと申していました」


 早口で言葉を重ねる。


「誰にも告げず、旅立ったのでしょう」


 嘘だな。


 そう思ったが、口には出さなかった。

 セリーヌとコームさんも何も言わない。ユリスだけが事情を知っているのだろう。

 混乱を避けるために必要な嘘もある。


「それはそうと、リュシアンさん」


 ユリスが話題を切り替える。


「ガルディア様から言伝です。訓練も途中のままですから、竜の力を操る制御訓練を怠らぬように、と」


「耳に痛いな。ありがたくねぇ言伝だ」


「でしょうね」


 硬かった表情が、わずかに緩む。


「ですが、姉さんを守っていただくためにも、さらに強くなってもらわないと」


「わかってる。任せろ」


「それと……姉さんにも思念を送っていたという話だけど。声が届かなかったようだ、と」


「え……それは……その……」


 セリーヌは、はっとして俯いた。

 耳まで赤くなり、両手の指先を落ち着きなく絡めている。


「申し訳ありませんでした。ガルディア様にもくれぐれもよろしくお伝えください。戦いから戻った後、改めて謝罪に伺います」


 胸の奥が、わずかに痛む。

 俺と一緒にいた時間に、思念が届いていたのかもしれない。


「ふたりには、もうひとつ」


 ユリスの表情が引き締まる。


「必ず無事に戻ってください」


「ああ。心配してくれてありがとう」


「あなたのためというより、姉さんのためですから」


「相変わらず、可愛くねぇな」


 軽く言うと、ユリスは小さく肩をすくめた。


「姉さんを……お願いします」


「任せろ。男同士の約束だ」


 握手を交わすと、コームさんが一歩前に出る。


「リュシアン殿」


 低く、落ち着いた声だ。


「少し、いいか」


 浜辺から離れ、岩陰へ移る。

 ここでは風の音だけが強い。


「行く前に、ひとつ……丘でのことだ」


 一瞬、胸が詰まる。

 だが、目は逸らさない。


「私は、誓えなかった側の人間だ」


 ぽつりと落とすような声音だった。


「守ると言えず、背中を預けるとも言えず……結果として、役目も友も失った」


「それでも、ユリスを支えるという新たな役目があります」


 答えは返ってこない。

 だが、墓前で見せた“急に老いたような横顔”と、今の声が重なった。


「だからな」


 コームさんは、まっすぐこちらを見据えてきた。


「御主の言葉は軽くなかった。若さの勢いでも、英雄気取りでもない」


 一拍置いて、短く続ける。


「継いだ覚悟だ」


 胸の奥が、静かに熱を帯びる。


「証人が必要なら、私は喜んで引き受けよう」


 海鳥の羽音が、頭上を過ぎる。


「その代わり……」


 少しだけ、口の端が上がった。


「折れるな。誓いは、守り切ってこそ意味を持つ」


「はい」


 短く答えると、コームさんはそれ以上何も言わなかった。


 しかし、背を向ける直前。


「リュシアン殿」


 不意に名を呼ばれた。


「御主が戻る場所は、もう増えている。それを忘れるな」


 忠告であり、餞だった。


『いつでも飛べますよ』


 風竜王テオファヌの思念が届く。

 すでに準備万端という様子だ。


「毎度すみません。竜王を足代わりにしているようで……これでも、申し訳ないと思っているんですよ」


『構わない。僕も飛ぶことは好きだからね。この島でじっとしているより都合が良い』


「そう言ってもらえると、多少は気が楽です」


 それでも、後ろめたさは消えない。


 島を離れる直前、振り返る。

 ここは帰る場所だ。でも、留まる場所じゃない。


 六凶星(りくきょうせい)とフェリクス。すべては、この先にある。


「リュシアンさん、これを……」


 セリーヌが魔導通話石を差し出してきた。

 マルティサン島の結界すら通り抜ける特別製だ。


「結局、俺たちの所に戻ってきたな」


「そうですね。必要な道具であると同時に、長からの信頼の証でもあるのでしょう」


「そうだな」


「そして……わたくしたちを繋ぐ、絆でもあります」


 通話石を受け取り、握りしめる。


「絆っていうか……もう、愛で結ばれてるけどな」


 半ば冗談めかして言ってみた。


「ええ。愛の絆です」


 意外にも真っ直ぐに返され、俺の方が恥ずかしくなってしまう。


 見つめ合い、わずかに空気が熱を帯びる。


 やがて、出立の刻が訪れた。


 島民は、見送りに来ない。


「それでいい……」


 誰にともなく呟く。


 テオファヌが翼を広げる。

 島が、ゆっくりと遠ざかる。


 セリーヌは一度だけ振り返った。

 手は振らない。声もかけない。


 この島は、もう次の世代へ渡された。


 風の結界に包まれた背に腰を下ろす。

 セリーヌが、自然と左隣に座った。


「リュシアンさんの左側は、わたくしの指定席ですから」


「そうだな」


 この距離は、選び取った未来だ。


 マルティサン島は、俺たちを送り出す。

 このまま王都に戻れば、いよいよ決戦の時が迫ってくる。


 だが、迷いはない。

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