06 王都集結
風竜王テオファヌの背に乗り、リュシアンとセリーヌはアンドル大陸へ戻ってきた。
往復に費やした日数は三日。フェリクスが告げていた期限まで、残りは四日しかない。
上空から見下ろす大地は、不気味なほど静かだった。
「アンドル大陸全体が、奇妙な空気に包まれているように感じます」
セリーヌが不安げに呟く。
リュシアンも眼下へ視線を落とした。
「街道を見ろ。兵の列が途切れてねぇ。港にも船が並びっぱなしだ」
リュシアンも緊張に目を細めた。
各地から集められた兵士たち。軍馬の列。物資を積み込む輸送隊。
戦争前特有の喧騒は確かにある。
だが、それだけではない。
「みんな、わかってるんだろうな」
リュシアンは低く言った。
「これが最後の戦いになるかもしれねぇって」
ひとつの結論に向かって、すべてが無言で動いているようだった。
王都アヴィレンヌの手前。深い森の奥へ、テオファヌは静かに降り立った。
着地と同時に巨躯が淡い光へ溶ける。次の瞬間、そこにいたのは吟遊詩人の姿をした青年だった。
人目を避けるための擬態だ。
「最近は、この姿のほうが落ち着くようになってきたよ」
肩をすくめる仕草まで自然だった。
「それだけ、人の世界に馴染んできたということではありませんか?」
セリーヌの問いに、テオファヌは少しだけ考えるように空を見上げ、微笑んだ。
「馴染んだというより……観測ですかね」
「観測、ですか?」
「竜が去った後、人の世がどう変わっていくのか。それを見届ける義務がある」
穏やかな声だった。
「個人的な興味もあるけどね」
視線の先には、王都の城壁がある。
「少女の姿のときは、ルネでしたよね」
リュシアンが思い出したように言う。
「今の姿では、何て呼べばいいですか?」
テオファヌは、少し照れくさそうに笑う。
「テオ、で構わない。昔から、その名前で各地を放浪してきたんだ」
「じゃあ、これからはテオさんだな」
「様付けではないのですね」
セリーヌがいぶかしげな顔を見せる。
「仰々しくすると、逆に怪しいだろ」
「確かに、リュシアンさんの仰る通りですね。ですが、少々ためらってしまいます」
「セリーヌも気軽に接してくれて構わない。同郷の友人だとでも思ってください」
「なんだか慣れません……」
軽口を交わしながら、三人は森を抜けた。
※ ※ ※
王都アヴィレンヌは、以前とは比べ物にならないほど騒然としていた。
街路を埋める兵士たち。各国の紋章を掲げた使節団。慌ただしく行き交う輸送隊。
市民たちの表情にも余裕はない。
「王都も非常時だな……」
リュシアンは小さく息を吐き、魔導通話石を取り出した。すぐに応答が返る。
『無事に着いたのね』
シルヴィの声だった。
『今、冒険者ギルド本部にいるわ。レオンとアンナも一緒よ』
指定された場所へ向かうと、シルヴィは疲労を隠しきれない顔で迎えた。それでも、その眼には安堵が宿っている。
「マルクさんの容態は?」
「相変わらずね。王城の貴賓館を借りてるわ。レリアさんが付きっきりよ」
シルヴィは眉を寄せた。
「エドモンの見立てだと、回復魔法をかけ続ければ、毒の進行を多少は遅らせられるそうだけど……」
「貴賓館か……」
リュシアンの声音が、わずかに硬くなる。
かつて、フェリクスも療養していた場所だが、その名を聞くだけで胸の奥がざらついた。
「薬草を採りに行った兄貴たちは?」
「まだ戻ってないわ」
「やっぱり、飛竜を借りるべきだったかな」
その呟きに、テオファヌが小さく首を振る。
「誰かに見られれば、それだけで混乱を招く。判断としては正しくない」
正論だけに、誰も反論しない。
空気を切り替えるように、セリーヌが持参していた羊皮紙を差し出す。
「ラモナ島の見取り図です。魔力映写で複製できます。各所への共有をお願いいたします」
「ありがとう。助かるわ」
シルヴィが手を伸ばした時だった。
「それ、アンナに任せて」
横から素早く奪い取った。
「シル姉は働きすぎなんだって。こういう雑務くらい任せてよ」
「いつもありがとう」
「はいはい。御礼は甘い物でいいからね」
笑みを返したアンナは、そのまま受付へ駆けていく。
その背を見送りながら、シルヴィは再び表情を引き締めた。
「王国軍の再編も進んでるわ」
シルヴィは淡々と報告する。
「重装隊長と歩兵隊長が戦死したから、それぞれの副長が昇格したの。重装隊長はフロラン、歩兵隊長はトリスタン」
「戦力は?」
「同盟国と冒険者を含めて、およそ二万五千人規模になる見込みね」
「そんなにも……」
セリーヌが静かに息を呑む。
数字の重みが、そのまま命の数として胸にのしかかっていた。
「ラモナ島までは船で二日。王国軍は準備が整い次第、出航を始めるわ」
シルヴィは続ける。
「まずは周辺海域の魔獣を駆逐して、進路を確保するそうよ」
その言葉に、場の空気が重く沈んだ。
「碧色も、覚悟が決まった顔だな」
レオンが一歩前に出る。
「お互いにな」
リュシアンは視線を返した。
「ブリュス・キュリテールは止めた。でも、倒しきれなかった」
淡々とした声音だ。
言い訳も、悔恨も混ぜない。
「時間を稼ぐのが精一杯だった……あのぬるさが、今の俺だ」
重い沈黙が場を支配する。
「それで充分だ」
リュシアンは即座に返した。
「レオンが火凶星を止めてくれなきゃ、兄貴がどうなってたかわからねぇ」
「慰めはいらない」
「慰めじゃない。事実だ」
短く言葉がぶつかる。
「次は俺が前に出る」
リュシアンは言い切った。
「わかってる」
レオンも即答する。
「背中は預けろ。次は時間稼ぎで終わらない」
覚悟は、もう揃っている。
「生きて帰るぞ」
「当然だ」
レオンの口元が、わずかに吊り上がる。
「死ぬ気はない。だけど……」
一拍の間があった。
「もしもどちらかが倒れたら、残った方が必ずフェリクスを止める」
「わかってる」
確認は、それ以上いらなかった。
その空気を破るように、ギルドの奥から大剣を背負った男が姿を現す。アクセルだ。
「この祭り、俺たちも最後まで付き合うぜ」
迷いのない声音だった。
「命がけの祭りになりますよ」
「今さらだ。それに、王命とあっちゃ逃げられねぇ。派手にいこうぜ」
アクセルは肩を鳴らす。
「抱えてたパーティで五人やられた。それでも十三人も残ってる。存分に戦える」
「心強いですよ」
「ただな」
苦笑混じりに頭を掻く。
「仲間に占い好きの奴がいてよ。不吉な結果ばっか出るって辛気くせぇ顔してやがる。あとで気合い入れてやってくれ」
「それ、俺の役目ですか?」
苦笑するリュシアンの腕を、シルヴィが遠慮がちに引いた。
「行商人のサミュエルが会いたがってるの」
「サミュエルさんが?」
「数日前から王都入りしてるわ」
その直後だった。
まるで呼び寄せられたようなタイミングで、一台の馬車がギルド前へ停まる。
扉が開き、話の当人が姿を現した。
リュシアンは歩み寄り、握手を交わす。
「大変な戦いでしたね。ご無事でなにより」
軽い口調とは裏腹に、サミュエルの眼差しは鋭かった。





