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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.15 ラモナ島編

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04 夜を越えて


 島の夜は、驚くほど静かだった。

 遠くで波の砕ける音だけが、規則正しく耳に届く。松明の火は風に揺れ、地面に影を落としている。


 簡単な宴が終わり、みんながそれぞれの家へ戻ったあとも、すぐには眠れなかった。

 一日で決まったことが、多すぎる。


 小道を抜け、用意された客用の家屋へ戻ろうとしたとき、隣に足音が並んだ。


「眠れませんか」


 振り向くと、セリーヌが立っていた。

 戦いの装備ではなく、島の民族衣装に身を包んでいる。この姿を見るのは、久しぶりの気がする。


「正直に言えばな」


 小さく息を吐く。


「頭が、追いついてねぇ」


「奇遇ですね」


 セリーヌも、わずかに肩をすくめた。


「わたくしもです」


 並んで歩き、家屋の前で足を止める。

 吹き抜ける風が、彼女の髪を揺らした。


「婚約のことだけどさ……」


 少し間を置いて、口を開く。


「本当に、あれでよかったのか」


 問いというより、確かめるための言葉だ。


「はい」


 迷いのない即答。


「後悔はしておりません」


 セリーヌは俺を見上げる。ほんの一瞬、言葉を探すように視線を伏せた。


「リュシアンさんは、約束を守ってくださいました。災厄の魔獣を討ち果たした暁には、身も心も捧げると……そう、お約束いたしました」


 静かな声。その奥に、確かな決意がある。


「誰の隣に立つのか。以前から、決めていたことです」


 胸の奥に、ゆっくりと重みが沈んでいく。


「守っていただくばかりでなく……あなたの隣に、寄り添う存在でありたいのです」


 言葉が、真っ直ぐに届く。


「それと……」


 少しだけ間を空け、彼女は続ける。


「リュシアンさんに、父の面影を見ていたのかもしれません」


 息が止まりかける。


「強くて、優しくて……それでいて、無理をするところが」


 神竜の意志でも、島の掟でもない。

 彼女自身が選び取った道だった。


「きっと、こう思っていらっしゃるでしょう」


 静かに、言葉が重なる。


「わたくしを守ったことなどない、と」


 図星で、言葉が詰まる。


「違うのか」


「はい」


 セリーヌは、やわらかく微笑んだ。


「守られてばかりの人間が、あのような決断はできません」


 島を出ること。

 両親を失った場所を、背にすること。


「リュシアンさんは、わたくしに“選ばせて”くださいました。だから、わたくしはあなたを選んだのです」


 背中を押された記憶が、胸の奥で繋がる。


「夢を、夢のままで終わらせるのか……」


 彼女が星空を見上げ、小さくつぶやいた。


 思い出す。

 あの日、俺が口にした言葉。


『何があっても、生きろ』


 言葉が重なり、苦笑が漏れる。


「わたくしは、リュシアンさんと共に生きると決めております」


 家屋の扉が閉じられ、外界の音が遠ざかる。

 灯りは弱く、影が壁に揺れている。


 しばしの沈黙があった。


「初めて……ですね」


 それを破ったのは、セリーヌだった。


「ああ」


 ぎこちないやり取りに、小さな笑いがこぼれる。

 でも、軽く流せる夜じゃない。


 触れた指先。

 互いの体温を確かめるように、ゆっくりと距離が縮まる。


 先にあったのは情欲じゃない。

 失うことへの、静かな恐れだった。


 ラモナ島へ行けば、生きて帰れないかもしれないという予感。


「リュシアンさん」


 彼女は、俺の胸に額を預ける。


「もし、戻れなかったら……」


「戻る」


 即答した。


「戻ってこられる強さを、俺は選ぶ」


 伝えるべき言葉を探し、本音を零す。


「冒険者になるっていう目的を果たして、兄貴を探し出すこともできた。夢にまで見た竜にも出会えたし……こうして、最愛の人とも結ばれた」


 自分でも驚くほど、素直な言葉だった。


「これ以上を望むのは、贅沢なんだろうな」


「いいえ」


 セリーヌは、ゆっくりと首を振る。


「生きて戻ることは、贅沢ではありません」


 そして、わずかに頬を染めながら続けた。


「それに……婚姻が、まだ済んでおりません」


 思わず息が漏れる。


 約束を交わし、身を寄せる。

 静かで、拙く、それでも確かな時間。


 戦いの前に許された、唯一の安らぎだった。


※ ※ ※


 夜明け前。

 薄く差し込む光の中で、目を覚ます。


 腕の中で眠るセリーヌの表情は、穏やかだ。

 右手を伸ばし、艶やかな髪を撫でる。


 ここが、彼女の新たな指定席だ。


 守るためだけじゃない。

 帰るために、共に在る場所だ。


 外で、風竜王テオファヌが低く鳴いた。

 出立の時が近い。


 理力の宝珠は、まだ遠い。

 だが、選ぶべき道は、もう揺れていない。


※ ※ ※


 セリーヌが鎧の着用を手伝ってくれる。

 そんな小さな喜びを噛みしめつつ、身支度を終えて家屋を出た。


「大丈夫か?」


「まだ、腹部の奥に違和感はありますが……すぐに収まると思います」


「なんだか、悪い……」


「リュシアンさんが謝る必要はありません」


 やわらかく首を振る。


「むしろ……ひとつになれたことが嬉しいのです」


 言葉に、少しだけ熱が混じる。


「とても、満たされた夜でした」


 思わず視線を逸らす。


「俺もだ……幸せだった」


 正直すぎる言葉に、自分でも苦笑する。


「無我夢中だったけどな」


「ええ……少し、驚きました」


 セリーヌは恥じらいながらも、どこか真剣な目で続ける。


「恥ずかしい姿勢もいくつかあり、男女の営みとは随分と激しいものだと驚きはしましたが……」


 セリーヌは恥じらいながらも、疑うような目を向けてきた。


「もしや、あれは普通ではないのですか?」


「いや、普通だって。なんなら、もっと凄いことをやってるからな」


 騙しているようで、罪悪感に胸の奥が痛む。


「皆様、精力的なのですね」


「四十八の手があるって言われててさ……」


 正当性を主張しようと考えを巡らせる。


「そんなに……」


 セリーヌは目を見開き、口元に手を当てた。


「では、生きて戻る必要ができましたね」


「ん? それはどういう……」


「それらすべてを経験させていただかなくてはなりませんから……そうですよね?」


 耳まで赤くしたその笑みに、息を呑む。


「おっ、おう……」


 答えながら、顔が熱くなるのを止められなかった。

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