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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.15 ラモナ島編

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03 守ると決めた日


 一通りの報告が終わると、闘技場を満たしていた熱は、ゆっくりと引いていった。

 島民たちは、それぞれの生活へと戻っていく。


 見慣れた光景のはずなのに、今日だけは違って見えた。


「同じ日常……でも、同じじゃない」


 誰もが何かを失い、何かを背負ったまま、それでも前を向こうとしている。


 その姿を見渡しながら、思う。


「この島が負った傷を、俺ごときが癒やすことなんてできない……それでも、ほんの少しでも、軽くする手助けができたら……」


 セリーヌの笑顔を守ることで、島民の心に寄り添えるのなら。


 横顔を伺うと、広場の端に見覚えのあるふたりの姿があった。


「ジャンさん、オデットさん」


 声をかけた瞬間、胸の奥がわずかに揺れる。


 母の両親だと知ったのは最近なのに、不思議と小さな頃から一緒にいたような気になる。


「顔を見に来ただけだよ」


 ジャンさんが朗らかに笑う。


「嵐の前には、家族の顔を見ておきたくなるものさ」


 胸の内を見透かされた気がして、肩をすくめた。


「まいったな……否定はしませんけどね」


 俺は、また戦いに向かう。


 その事実は、もう疑いようがない。


「また、危ない道に行くんだろう?」


 オデットさんの声は責めるものじゃない。

 ただ、確かめるように静かだ。


 一度息を吸い、頷く。


「理力の宝珠が、まだ敵の手にあります。終わっていません」


 口にすると、重さが増す。

 それでも、目は逸らさない。


「そう」


 オデットさんはそれ以上何も言わず、俺の手を包んだ。

 年老いた手の温もりは、思っていたよりも強く、確かだった。


「帰ってきなさい。それができる強さを、あなたはもう持っているんだから」


 胸の奥に、深く沈み込む言葉だった。


「はい。行ってきます」


 剣よりも、魔法よりも強く、俺を支える言葉だった。


 守られる側じゃない。

 俺は、帰る場所を守る側になった。


 そう思えたことが、何よりも大きかった。


※ ※ ※


 その後、俺たち五人は丘へ向かった。


「僕はここで待たせてもらうよ」


 青年姿のテオファヌと麓で別れる。


 風が草を揺らし、遠くで鳥が鳴いていた。


 並ぶふたつの墓標の前で、足が止まる。


 イザーク・オービニエ。

 リアーヌ・オービニエ。


 姿を知るのは、神竜ガルディアが再現してくれた静止画だけだ。

 それでも、その穏やかな笑顔は、不思議と胸に残っている。


 セリーヌとユリスは墓前に並び、静かに頭を下げた。


 その背を見つめながら思う。


 このふたりは、どれだけの時間を、この瞬間のために生きてきたのか。


「ついに、悲願を果たすことができました」


 セリーヌの声は静かだった。

 だが、その一言に積み重ねた年月が宿っている。


「皆の命を奪った魔獣は、もういません」


 復讐を果たした、とは言わない。

 ただ、事実だけを告げる。


「姉さんは、本当に立派に戦ったんだ」


 ユリスは墓石を見つめている。

 その背が、微かに震えていた。


「遅くなって、ごめんなさい」


 誰のせいでもない。

 それでも、セリーヌは謝る。


 その想いに、胸が締めつけられる。


「悪い。先に行っててくれないか」


 親子としての対話が終わった。

 穏やかな顔になったふたりへ告げると、コームさんを含めた足音が遠ざかっていった。


 振り返らない。

 今、顔を見たら、言葉が変わってしまう。


 残ったのは、俺と、ふたつの墓標だけだ。


 風が吹き、草が擦れる音がする。

 この場所は驚くほど静かだ。


「イザークさん。リアーヌさん……」


 そっと名を呼ぶ。


 セリーヌとユリスの両親。

 そして、俺がまだ何者でもなかった頃に失われた人たち。


 復讐は終わった。

 魔獣は討たれた。


 理屈の上では、すべて片が付いている。


 それでも、胸の奥に沈んでいるものは、消えてくれない。


「すみませんでした……」


 誰に聞かせるでもなく、言葉が零れた。


 遅かった。


「もっと早く、強くなれていれば……」


 意味のない仮定だとわかっている。

 それでも、考えずにはいられなかった。


 墓前に膝をつき、視線を落とす。

 冷たい石の感触が、現実を突きつけてくる。


「セリーヌさんは……本当に、強いです」


 声がわずかに掠れる。


「強くあろうとして……無理をして……それでも、弱さを見せない」


 思い浮かぶのは、あの笑顔だった。


 その裏で、どれほどのものを抱えてきたのか。


「俺は……守っているつもりで、何度も彼女に救われていました」


 不思議なものだ。

 剣を振るう理由も、戦う意味も、気付けば全部、彼女に繋がっていた。


「俺はきっと、本能で理解してる……英雄になりたいわけでも、救世主になりたいわけでもないんです」


 ただ、失いたくないだけだ。


「誓います」


 墓標を前に、背筋を伸ばす。


「セリーヌさんのことは、俺が一生守ります」


 はっきりと、言い切った。


「笑っている時も……迷っている時も……弱くなった時も……間違えた時も」


 言葉を選ばなかった。

 綺麗な誓いにするつもりはない。


「剣が折れても、力が尽きても……俺が俺である限り……離れません」


 少し間を置いて、息を吸う。


「あなたたちが守れなかったぶんまで……なんて言いません。それは傲慢だ」


 でも、と続ける。


「それでも、これから先、彼女が失うものがあるのなら、その前に、俺が立ちます」


 答えは返ってこない。


 それでも、不思議と胸は静かだった。


 振り返ると、少し離れた場所にコームさんが立っていた。


 いつからいたのかはわからない。

 だが、聞かれて困る言葉でもなかった。


「立ち去るべきだったがな……あれを聞いてしまっては、足が動かなかった」


 気まずそうに言いながら、側の大木に立てかけてあった剣を手に取る。


「それ……ジャメルさんの……」


「あんな最期を迎えたが、私にとっては旧友だ。ロランやオラースと同じように、形見として連れ帰ってきた」


 寂しそうに微笑む姿は、急激に老いてしまったような錯覚がした。


「勝手に誓って、すみません」


「謝ることではない」


 短く言い、隣に立つ。


 しばらく、ふたりで墓を見つめた。


「重いな……」


 つぶやくと、コームさんは小さく笑った。


「重くていいのだ」


 その言葉が、妙に胸に残った。


 証人はひとりいればいい。

 それで十分だ。


 夕日が傾き、影が長く伸びる。


 立ち上がり、最後にもう一度、墓標へ頭を下げた。


 守ると決めた。


「もう、迷わない」


 丘を下りる足取りは、来た時よりも少しだけ重く。

 それでも、確かだった。

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