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11 蘇った記憶と、下着姿の美人魔導師


 赤竜は出口を探しているのか、俺の頭上をゆっくりと旋回していた。ベルヴィッチアを攻撃した際に崩れた岩肌へ狙いを付けたようで、炎の吐息(ブレス)を浴びせようと首をもたげた。


 魔獣の巨体は地底湖へ落下し、神殿は完全に崩壊した。あれでは仮面の男も下敷きだ。この手で制裁できなかったのは残念だが、それを気にしている場合じゃない。


「リュシーはどうするの!?」


 走っていると、シルヴィさんの声が聞こえた。


「魔獣の体内に仲間がいるんです。何としても助けてみせる!」


 剣をさやに収め、魔獣が落下した大穴へ飛び込んだ。魔力障壁プロテクトのお陰で耐水機能に加え、水中でも酸素を維持できる。時間にして五分程度だが、それだけあれば充分だ。


 強化された身体で潜水すると、落下を続ける魔獣へすぐに追いついた。熱線で焼かれた全身は黒ずみ、一部が崩壊。既に息絶えている。


 竜牙天穿りゅうがてんせんで開いた大きな傷口。そこから体内へ潜り込むと、セリーヌの姿はいとも容易く見付かった。両脇へ腕を差し込み、引きずり出すように魔獣の体内から脱出した。


 尚も落下するベルヴィッチア。恐らく、湖の底に着くまで止まらないだろう。


 落ちてくる岩を避けながら、急いで浮上した。ナルシスとセリーヌを助けられたのは不幸中の幸いだ。言いようのない安堵感が胸を覆い尽くしていた。


「ぷはあっ!」


 水面へ顔を出すと同時に、落石を避けるため、崩れた場所から遠ざかった。


 湖はそれほど広くない。目の前には広間と同等の地底空間が広がっており、その半分程度を湖が占めていた。

 地表によじ登ると、石を削って作られた階段を見付けた。どうやら神殿と繋がっていたらしい。


「セリーヌ。悪いな」


 下着姿の彼女を左肩へ担ぎ上げる。柔肌の感触と体温が腕と頬を伝い、とんでもなく悪いことをしているような気持ちになってきた。

 だが、早く逃げないとここで生き埋めだ。天井を見上げると、赤竜が開けたらしい大穴から光が差し込んでいる。


「助かった」


 階段を昇っても神殿は完全に崩れている。危うく脱出手段を失う所だった。


 すると、階段の側に魔導杖まどうじょうを見つけた。先端に赤い宝石のついたそれは、仮面の男が持っていたものと同じだ。恐らく、神殿の床が熱線で引き裂かれた際に落ちて来たのだろう。


「とりあえず貰っておくか」


 素早くそれを拾い、強化された身体で壁を目掛けて全力疾走。大きく跳躍し、壁を蹴り上がる。その最中にも、右手へ握った杖を杭代わりに打ち付け、ただひたすら上を目指した。

 竜の力がなければ不可能な動きだが、今はただ、この力に感謝するしかない。


 薄暗く、埃っぽい空気を纏った洞窟を抜け、木々の青臭さが充満する森林へ飛び出した。日光をこれほど有り難く感じたのは久しぶりだ。ようやく生きた心地を覚えた。


 背後では洞窟が崩れるけたたましい音が続き、土煙が溢れ出している。


「間一髪か」


 セリーヌを抱えたまま、手早く冒険服の上着を脱いだ。それを下敷きに彼女を横たえ、整った顔を覗き込んだ瞬間だった。


「なんだ……これ……」


 頭の中へ何かの映像が流れ込んで来た。夜のとばりが落ちた河原の側で、俺がセリーヌと対峙している。その姿を上空から眺め下ろすという不可思議な光景。


わたくし竜眼りゅうがんと呼ばれる力を行使することができます。使用した相手の記憶を書き換える力です。二十四時間以内の記憶に限られるという制限付きではありますが”


 これは一体、なんなんだ。


“あなたには既に二度、この力を行使しています。正体を掴み損ねているものですから”


 俺の記憶は書き換えられたということか。


神器じんぎ竜臨活性ドラグーン・フォースを操りながらも、突然にその力を手に入れたと仰いました。それはつまり、一族の者ではないということですよね?”


 神器。竜臨活性。何の事かわからない。


“すみません。神器も竜臨活性も、あなたの記憶から消し去っていたのですね。私が竜術と呼ばれる力を使えることさえも……その剣は神器と呼ばれる秘宝。正しき名は、神竜剣ディヴァイン。そして、銀の髪へ変わる身体強化の力が、竜臨活性ドラグーン・フォースと呼ぶものです”


 アニキの残した長剣が神器で、竜の力が竜臨活性。こいつは何をどこまで知っている。


災厄さいやくの魔獣を探す素振りは微塵もありません。やはり、ご存じないのですね。我々の島を突如襲った、あの恐ろしい大型魔獣を……”


 あいつが探しているのは魔獣なのか。故郷の島を襲った宿敵。


“私が勝ったら、その剣を渡して頂きます!”


 そうだ。思い出してきた。俺はセリーヌに負けて、愛用の剣を取り上げられたんだ。

 この映像はきっと、ラグの記憶。


「ラグ、助かった。おまえのお陰で大事なことを思い出したよ」


 これらを忘れたままだと思うと、途端に恐ろしくなってきた。俺は危うく、兄貴へ繋がる手掛かりを永久に失う所だった。


 直後、全身が急に重くなり、言いようのない虚脱感が襲う。竜の力が切れた。

 だが、違和感に気付いたのはその時だ。いつもなら右手の紋章からラグが姿を現すはずが、どこにもいない。


「まぁ、そのうち出て来るか」


 その場へ尻餅をつき、乱れた息を整える。すると隣では、ようやく眠り姫が瞼を開けた。


「ここは?」


 目を覚ましたセリーヌは、俺の顔を見るなり不思議そうに声を上げた。


「洞窟の外だ。とりあえず敵は全滅。大きな問題がひとつ残ってるけどな」


「私は、どうしてここに?」


「魔獣の身体に空いた穴から引きずり出したんだ。ナルシスも無事だ」


 すると突然に身を起こし、何かを思い出したように辺りを見回している。


「神器も無事なのですよね!?」


「は?」


 セリーヌは、しまったという驚きの顔をした。


「寝ぼけていたようです。奪われた剣と杖は、どちらにあるのですか?」


 あくまでシラを切るつもりか。まぁ、それもそうだろう。寝ぼけていたという機転は、こいつにしては上出来だ。


「剣と杖なら魔獣の腹の中だ。セリーヌを助けて、洞窟を出るのが精一杯だった」


 すると彼女は四つん這いになり、土煙の吹き出す大穴を見つめて。そして俺は、セリーヌの形の良い尻を間近で見つめて。


「あのな……急にどうした?」


 俺も男だ。黒い下着一枚で隠されただけの陰部を至近距離で見せられて、冷静でいられるほど悟りを開いた人間じゃない。


「取り戻します!」


「正気か?」


 立ち上がろうとするセリーヌの右手を掴むと、振り向き様に険しい顔で睨まれた。


「なぜ私を助けたのですか!? その時間があれば、剣と杖を回収できたはずです!」


「おまえ、本気で言ってるのか?」


 感謝でなく、文句を言われるとは。


「あれがどれほど大事な物なのか、あなたにはわからないのです」


「わかってねぇのは、おまえだろうが!」


 向けられる敵意にも似た強い眼差し。それを正面から受け止め、睨み返していた。


「あの武器に、どれだけの想いが込められているとお思いですか? それを抱えて、託されて、ここにいるのですよ」


「あれがどんなにご大層な物かなんて、俺には知ったことじゃねぇ! たかが剣と杖だ。代わりなんていくらでもある。でもな、おまえの代わりはどこにもいねぇだろうが!」


 澄んだ目が大きく見開かれた。


「どうして助けたなんて、悲しいこと言うなよ……俺たちは生きてるんだ。かけがえのない仲間だろうが……」


 俺の言葉から逃げるように手を振り払い、背を向けるセリーヌ。


「リュシアンさんにはわからないのです」


 つぶやきながらゆっくりと立ち上がり、澄み渡った空を振り仰いでいる。


「ですが、助けてくださったこと。かけがえのない仲間だと仰ってくださったことは絶対に忘れません。ありがとうございます」


 まるで何かを決意したような、頼りなく、か細い背中。今にも崩れて消えてしまいそうな、そんな脆さと儚さを感じてしまった。


 その最中さなか、前方に立つセリーヌの後ろ姿を眺める俺は、別の問題に気付いてしまった。


 これを伝えるべきだろうか。気付くまで知らぬふりで堪能するのも有りか。でも、後で何を言われるかわからない。最悪、死後の世界への扉が開くかも。


 実に惜しい。形も良く、程良く引き締まったそれを記憶へ焼き付けるように再度凝視しながら、恐る恐る口を開いてみた。


「さっき、大きな問題がひとつ残ってるって言ったけど、もうひとつあった」


「どういうことですか?」


 深刻な顔で振り向く姿に、思わず視線が泳いでしまう。どこを見ればいいんだ。


「早く仰ってください。何なのですか!?」


 尻餅を着く俺を覗いて前屈みになるものだから、今度は下着一枚の大きな胸が視界へ飛び込んできた。おまけにセリーヌが腕を振るうと、それに合わせて柔らかそうに激しく揺れ動く。これは大きな問題というより、大きすぎて問題だ。本当にけしからん。


「リュシー。無事だったの?」


 良いのか悪いのか。草木を掻き分ける音と共に、シルヴィさんが絶妙のタイミングで現れた。

 そして、俺の眼前に立つセリーヌを目にするなり、困惑した表情で立ち止まる。


「仲間を助けるっていうから心配してたのに、こんな所でお楽しみ中だったわけ? ムッツリは相変わらずね」


「ムッツリって言うな。俺はいつでもあからさまですから!」


 相変わらずはお互い様だ。飲んだくれのあんたに、とやかく言われたくない。

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