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09 二物の神者と紅の戦姫


「終末の担い手、とか言ったか? てめぇに終焉をくれてやるよ」


 曲刀シミターを投げ捨て、籠から取り戻した純白の長剣ロング・ソードを抜き放った。改めて見ても、やはり吸い込まれるような魅力を持つ剣だ。


 兄貴から届いた長剣も内から溢れる力強さがあったが、この剣も同様の勢いを感じる。これがあればやれるかもしれないという、確信に近い感触を得たその時だ。


「があっ!」


 広場の入口へ木霊した男の悲鳴。同時に、何かが倒れる物音が聞こえた。


 戦いを忘れ、全員の注意がそちらへ向いた時だった。広間へ姿を現したのは、刀剣ソードブレイカーを手に、軽量鎧ライト・アーマーを纏った男。

 昨日会ったばかりの相手を忘れるはずもないが、どうしてあいつがここにいるのか。


「この派手な男は、お仲間だろ?」


 乱入してきたレオンは、左手に引きずっていた男を床へ転がし、背中を強く踏み付けた。


「あの男、やっぱり……」


 後ろ手に縛られ、踏み付けられている男には見覚えがあった。森の入口ですれ違った商人。いや、正確に言えば商人とおぼしき男。


「ブノワ。おまえもヘマをしたもんだねぇ」


 ドミニクの反応を見る限り、やはり賊のひとりだ。

 すると、レオンが呆れたような表情を見せた。


「ここを吐かせたけど取り込み中らしいね。金目の物だけ頂いて、退散させてもらうか」


「丁度良い。新たなにえとさせてもらおう」


 仮面の男が杖を持った右手を振るうと、神殿の天井から飛来する巨大な三つの影。


 その姿に焦りを覚えた。ここにショーヴを呼ばれては、俺の二の舞になってしまう。咄嗟に、ベルトへ差したスリング・ショットへ手を伸ばしていた。


「超音波に気を付けろ」


 俺がそれを取り出すより早く、レオンの左手は白色の淡い光に包まれていた。


蒼駆そらかける風、自由のあかし。この身へ宿りて敵を裂け! 斬駆創造ラクレア・ヴァン!」


 その手を振るうと、指先から真空の刃が顕現けんげん。放たれた五本の刃が荒ぶる力を振りかざし、飛びかかるショーヴの群れを切り刻んだ。

 体液が舞い、刻まれた肉片が次々と地面へ落ちては生々しい音を立てる。


 心配するだけ無駄だったらしい。レオンは相変わらずの澄まし顔で、地面へ散らばる肉片へ視線を落とした。


「超音波での攻撃か。この男を調べた時、なんとなく察しは付いたけど」


 そう言って、何かを投げ捨てた。


「魔獣の鳴き声を遮断する特殊な耳栓。賊のクセにこんなのを持ってるから、妙だとは思ったんだ」


 そういうことか。賊どもはその耳栓を付けているというわけだ。

 すると、ドミニクは苦い顔をした。


「レオン=アルカンか。ブノワもとんでもない奴を引っ掛けやがって……でも、護衛を頼んだ冒険者はもうひとりいたよねぇ?」


「それって、あたしのこと?」


「は?」


 続いて現れた女性に絶句した。


 色気すら漂う切れ長の細い目で、敵を鋭く見据えている。長い黒髪を後ろで結い上げ、深血薔薇フォンデ・ロジエと呼ぶ深紅の斧槍ハルバードを肩に担いだ細身の戦士。

 胸元と肩、そして腰周りだけを覆った露出の高い深紅のビキニアーマーに、篭手とすね当てという大胆な軽装。


 これは夢か幻か。そういえば、アンナが昨日、言っていたはずだ。次の依頼の下見だと。

 その人は俺に気付き、口端をもたげて妖艶な笑みを見せつけてきた。


「はぁぃ。あたしの可愛いリュシー。あなたの危機に、綺麗なお姉さんが駆けつけてあげたわよ」


「シルヴィ=メロー、だったよねぇ」


 つぶやくドミニクを無視して、呑気に投げキッスをしてくるシルヴィさん。

 喜びや懐かしさ以上に驚きが勝り、呆然とすることしかできない。


「大木に刻んであったサイン。リュシーなんでしょ? お陰で助かっちゃった」


 こちらへ歩み寄りながら、艶やかな唇をもたげて微笑んでいる。口元のホクロが、その妖艶さへ更に拍車をかける。


 相変わらず、内から滲み出るようなこの色気。だが、その色気と比例するように、彼女が近付くにつれ酒の臭いが鼻を突く。


 まただ。コレと大胆な性格さえなければ、文句なしの良い女なのに。


「待ち合わせていた冒険者がシルヴィさんだってわかっていれば、警戒のサインなんて不要でしたね」


 彼女の二の腕には、銀のラインが刻まれた加護の腕輪。くれない戦姫せんきという二つ名を持つ、ランクSの美人戦士だ。


「とりあえず話は後ですね」


 改めて仮面の男へ向き直る。あいつは余裕の笑みを崩さずに、俺たちを眺めていた。


「感動の再会か? これはまた良い素材が揃った。三人まとめて捕らえるとしよう」


「やれるものならやってみな」


 腰の革袋から中サイズの魔力石を取り出す。前方からは、意思をなくした六人の賊どもが迫り始めていた。


「シルヴィさん、こいつらを片付けたい。手伝ってもらえますか?」


「もちろんよ。そのために来たんじゃない。レオン、いいわね?」


 どこか楽しげなシルヴィさんとは対照的に、気怠そうに溜め息をつくレオン。


「どうせ断る権利はなしか。だったら、あの大型魔獣と戦いたい」


「いいわよ。好きにやっちゃって〜」


 シルヴィさんの返事と同時に、颯爽と飛び出すレオン。それを追って俺たちも駆ける。


「リュシー、一緒にいくわよ!」


 斧槍ハルバードを構えたシルヴィさんは、賊どもへ狙いを定めている。


「その前にひとつ、やり残しがある」


「あら、残念……まとめて地獄へ逝かせて、あ・げ・る」


 シルヴィさんの武器が唸る音を聞きながら、賊どもの奥で呆然とへたり込むドミニクを見据えた。その目は完全に戦意を失い、もはや茫然自失といった様相。乱戦に巻き込まれ、命を落とされたら面倒だ。


 そして俺も、無闇に突進したわけじゃない。左手へ握った魔力石から力の吸い上げも完了している。左肩の上には復活したラグの姿。右手の紋章が疼くと共に、碧色の光が刃を包む。


「行くぜ、ラグ。反撃だ!」


 重力を無視したように体が軽くなり、言いようのない解放感と高ぶりが心身を満たしてゆく。そして視界に映る前髪も、黒を失い銀色へと染まる。


 すると、目の前へ飛び出してきたのはひとりの賊。繰り出された曲刀(シミター)を剣で受けるも、両腕は僅かに押し戻された。

 一撃が重い。まさか身体能力まで向上されているのか。


「ジャマすんな!」


 迷い、躊躇ためらっている暇はない。それは昨日、レオンからも釘を刺されたことだ。


 脇へいなすと、体制を崩した賊が背中を見せた。そこへ思いきり剣を振るい、右肘から先を豪快に斬り飛ばす。

 傷口から溢れる鮮血。何度見ても人の血は慣れない。魔獣はともかく、人を傷付けるのは御免だ。


 だが、敵の戦意は失われていない。不気味な白目が俺を捕らえ、残された左手で掴み掛かってきた。口を大きく開き、今にも噛み付かんばかりの勢いだ。


 しかし、ここで再び躊躇(ためら)いが顔を覗かせる。さすがに命を取ることはできそうにない。咄嗟に、その腹を足蹴にして遠ざけてしまった。


「リュシー、こいつらは自我を失くしてる。迷わず止めを刺してあげるのが情けってものよ!」


 シルヴィさんの足下には既にふたりが倒れている。俺も覚悟を決めるしかないのか。


 そう思った矢先、賊どもを追い越して一抱えもある火球が迫ってきた。炎の魔法。あの導師の攻撃に違いない。


 俺が足蹴にした男は、炎が燃え移り炎上。咄嗟に横へ飛び退いたものの、剣先が火球へ飲み込まれてしまった。

 だが次の瞬間、信じられないことに、刃が炎を打ち消したのだ。


「まさか……」


 燃え盛る男の体を避けると、続け様に進路を遮ってくる別の賊が現れた。


 無心でその肩を斬り付けた途端、肉を裂き、骨を砕く嫌な感触が伝った。視覚を閉ざしてしまえば魔獣を切り裂くのと何ら変わらない行為だというのに、この人の夢を、希望を、人生を、そして家族を。複雑な背後関係を思えば思うほど、迷いが生まれてしまう。


「くそっ!」


 力一杯に刃を引き、心臓の位置まで一気に斬り裂いた。

 倒れる男の先へ神殿が映った。そこで呑気に戦況を伺う仮面の男を見据える。


 ランクールの惨状、冒険者たち、そして賊ども。セリーヌとナルシス。彼等の無念の想いを一身に背負い、全て叩き付けてやる。


付与エンチャント! 氷竜刃グラッセ・ラム!」


 刃を包んだのは氷属性の青白い光。それを出口に目掛けて振るうと、絨毯を伸ばしたように氷の道が生まれる。


「上出来だ」


 満足のいく仕上がりを確認し、側で座ったままのドミニクの皮鎧を掴んだ。


「出口で待ってろ。絶対に逃げるなよ。って言っても、その足じゃ無理か」


 こいつの足を刺したことを忘れていた。思わず自嘲じちょうの笑みを漏らし、ドミニクの体を氷の小道へ引き上げる。


 直後、神殿から迫る魔力を感じ、咄嗟に視線を向けた。するとそこには、風の魔法が生みだした真空の刃。


「効かねぇよ」


 扇状に広がった真空の刃。その形に合わせ剣を一閃。鋭い斬撃が、真空の刃を物の見事に打ち消していた。


 この剣は間違いなく魔法剣だ。しかも相当な魔力を秘めている。あんな工房に、とんでもない名品が隠されていたものだ。

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