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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.03 ムスティア大森林・洞窟編

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08 牙を剥く世界


 地を蹴るより早く、体が動いた。思考を追い越し、ドミニクの背中に肩から叩き込む。


「があっ!」


 うつ伏せに倒れた背を踏み、転がった曲刀(シミター)を掴む。両腕に力を込めると、縄はあっさり裂けた。


 最初から狙っていた。セリーヌに見惚れる賊の刃に身を寄せ、縄に傷を通しておいたお陰だ。


「形勢逆転だ」


 踏み込んでいた足を振り上げ、顔面を蹴り抜く。

 血を噴き、仰け反るドミニク。それを視界の端へ追いやり、刃を構えた。


「この野郎っ」


 ふたりが迫る。同じ得物なら、遅れを取る相手じゃない。


 低く沈み、払い、捻る。舞うように位置を奪い、一太刀ずつ刻み込む。手前の男を蹴り飛ばし、背後の男にぶつけた。


「碧色の閃光……やってくれたもんだねぇ。おまえたちもかかれ」


 立ち上がったドミニクが歩み出てきた。残るふたりは、敵わないと悟った顔で立ち尽くしている。


「使えない奴等だねぇ。宴はお預けだ。留守番してな」


 ドミニクは、倒れた男から曲刀を奪った。

 俺たちは、刃を向け合ったまま睨み合う。


「宴は永遠に終わりだ。てめぇらは、ここで止める」


 セリーヌとナルシスの顔が脳裏をよぎる。


「恨みは返す。何倍にもしてな」


「ふはっ……俺の連撃に転げ回ってたのは誰だっけ?」


 嘲笑を置き去りに、踏み込む。ショーヴの妨害はない。全力だ。


 振り下ろされた曲刀を躱し、左手に隠していた縄の切れ端で右腕を絡め取る。


「うらぁっ」


 渾身の力で引き寄せ、体勢を崩して地面へ叩きつけた。曲刀が乾いた音を立て、床を滑っていく。


 小動物のように怯える顔は滑稽で、吐き気がした。


「待て、降参だ」


 俺からの答えは蹴りだ。顔面を踏み抜き、後頭部を床へ叩きつける。


「降参する? 謝る? 都合のいいこと言ってんじゃねぇ。覚悟しろ。あの世でふたりに詫び続けろ」


 こんな奴に、ふたりの命を奪われた。悔しくて堪らない。絶対に許せない。


 右脚で頬を踏み付けながら、思い知らせる方法を探る。


 手下は動く気配がない。いや、動けないと言った方が正しい。向かってきても返り討ちだ。仮面の男は、我関せずといった様子で眺めている。


 逃げ切ることも考えたが、この場に残る全員を見過ごす選択肢はない。

 怒りと共に、どす黒い感情が奥底から溢れ出す。


 暴れろ。許すな。

 本能が叫び、破壊衝動が身を焦がした。


「セリーヌとナルシスの恨みだ」


 身を低くし、逆手の刃を右太ももに突き立てる。

 醜い悲鳴が足裏を伝う。それでも、まだ足りない。


「あいつらの苦しみは、こんなもんじゃ済まねぇってよ」


 刃を引き抜き、喉元へ押し当てる。力を加減しながら、皮鎧ごと腹部まで裂いた。汚い絶叫が止まらない。


「わめくな。痺れ薬が効けば、痛みも和らぐだろ。太ももはナルシスの分だ。斬り裂いたのは、セリーヌが受けた恥辱の分だ」


 刃先で皮鎧をめくり、血に染まった胸板を露出させる。


「本当は丸裸にしてやりてぇが、面白くも何ともねぇ」


 吐き気を堪えつつ、残る報復を思い出す。


「そうそう。ナルシスの左肩を随分と痛めつけてくれたよな。この辺りか?」


 刃を振り上げた時だ。


「もうやめてください!」


 手下のひとりが、必死の形相で叫ぶ。


「頭の命は助けてください。この仕事からも足を洗います。お願いします」


「俺からもお願いします」


 一瞬、こちらが悪者になったような錯覚に陥る。

 だが、直前までの仕打ちは忘れていない。


「止められるわけねぇだろうが」


 半端に見逃せば、ヴァルネットに報復が向くかもしれない。こいつらは知りすぎた。

 その時、足下でドミニクが呻いた。


「導師様……助けてくれませんかねぇ……」


「んふっ、仕方ない。君の力では、ここまでか」


 嫌な声な聞こえると、捕食器官が唸りを上げた。


 ドミニクから飛び退き、迫る捕食器官を躱す。距離を取りながら、籠のある位置まで後退した。


 それにしても、魔獣の攻撃範囲は異常だ。本体だけで十メートルを超える巨体。捕食器官はさらに長く、広間のどこにいても安全地帯はない。

 だが、深追いはしてこない。仮面の男は、賊どもに視線を巡らせた。


「動ける者は、仲間を連れてここへ」


 懇願してきたふたりが動く。ひとりは奥へ。もうひとりはドミニクと、痺れたふたりを引きずって後退した。


「リュシアン君。その判断力と行動力は惜しい。争いを止め、私と来ないか?」


 答えず、籠から長剣と道具袋を拾う。奥に消えた賊は、俺が顎を打ったふたりを連れて戻ってきた。


 籠に残る細身剣(レイピア)と法衣。それを見た瞬間、胸が締め付けられた。


「さぁ、答えを聞かせてもらおう」


 朗々と響く声。答えは最初から決まっている。


「俺の答えはひとつだ。今ここで、てめぇら全員をぶちのめす」


「誠に残念。ベルヴィッチアの糧となれ」


 仮面の男。ベルヴィッチア。ショーヴ三体。

 勝ち目は薄い。それでも、退く気はない。


「丁度いい。次の実験だ。ドミニク君、駒を少し分けてもらう」


 捕食器官が一斉に動き、賊たちへ襲いかかる。頭部を噛まれ、悲鳴が連なった。


「導師様、どういうことですか」


 除外されたドミニクが、地面に座り込む。


「んふっ。牙から注入される毒素で理性は崩壊。痛みと恐怖を奪う。殺戮兵士を量産する究極の魔獣。それが、ベルヴィッチアの真の能力」


 昨日の冒険者たちの姿が脳裏に重なる。


「殺戮兵士の量産って……冒険者たちも……」


「選別だ。兵士を選ぶために集めさせた。だが、この子は食欲旺盛。数が足りない」


 兵士と餌。使い分けられていたに過ぎない。


「光栄に思いたまえ。彼等も私の下で、神のために働ける。武器と人間を取り込み、ベルヴィッチアがどこまで成長したかを知りたい」


「そんなのはどうでもいいんですよ。俺の部下を使うなんて、あんまりでしょうが」


 家族同然の部下。怒りは当然だ。

 しかし、仮面の男は嗤う。


「平民、愚民は不要。選ばれた者だけが生きる世界。それが神託」


 ドミニクの、憂いを帯びた視線がこちらを向く。


「すまなかったねぇ……俺たちに、とどめを頼む。こんな奴の人形なんて御免だわ」


「そうはいかない」


 仮面の男の声が、背を刺す。


「君の顔の広さは評価している。今後も協力してもらうため、君だけは残した」


 苦しんでいた六人が、獣の唸り声を上げながら起き上がる。

 白目を剥き、口は半開きのまま。そこに理性は存在しない。


 本当に倒すべき敵が、ようやく見えた。

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