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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.03 ムスティア大森林・洞窟編

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06 恥辱のセリーヌと、視姦する野獣


「これが対価だ。ベルヴィッチア、おいで」


 仮面の男が、神竜剣と杖で地面を打つ。


 神殿脇の床が低い轟音と共に沈み込み、闇の底から巨大な影がせり上がってきた。


 丸太を束ねたような太い幹。その先端には、縦に裂けた巨大な口。さらに枝葉のような触腕が四方へ伸び、それぞれの先端に牙と舌を備えた捕食器官が蠢いている。


「植物型の雑食魔獣、ベルヴィッチアか……」


 視界を埋め尽くす異形に、背筋が粟立つ。ただ巨大なだけじゃない。空間そのものを支配するような圧がある。


「そいつは大陸南部の熱帯地方にしか生息できないはずだろ」


「品種改良。この子は血肉と魔力を喰らい、強くなる。神と私が生み出した最高傑作。さあ、おいで」


 男が腕を差し出す。複数ある捕食器官のひとつが、神竜剣と杖を咥え、そのまま中央の大口へ運んでいく。


「それを……食わせる気か」


「対価だ。並の魔導具ではない。膨大な魔力を秘めているのは瞭然」


 剣と杖を呑み込んだベルヴィッチアが、洞窟を揺らす咆哮を上げた。 


 空気が震え、天井から岩の破片が落ちてきた。さすがに、賊たちの顔にも怯えが浮かぶ。


「この子も歓喜。さらに進化。しかし、不足……」


 粘ついた音を立てながら、捕食器官がこちらへ伸びてくる。俺とナルシスの眼前で止まり、牙だらけの口がゆっくり開閉した。


「リュシアン君。仲間になる気があるのなら、誠意を」


「は? 誠意?」


「そうとも。君自身が口にした答えだ。隣の元友人を、この子へ捧げたまえ。彼の背中を、ほんの少し押すだけでいい」


 言葉が刃となり、喉元へ突き付けられた。呼吸が浅くなる。


 ナルシスを見ることもできない。視線を向けた瞬間、すべてが崩れそうだった。


「どうした?」


 仮面の男の声が、粘つくように耳へまとわりつく。奥歯を噛み締めた拍子に、低い呻きが漏れた。


 こんな選択、できるはずがない。


「リュシアン・バティスト。ためらうな」


 顔を上げると、ナルシスが真っ直ぐ俺を見ていた。


 怯えはない。覚悟を決めた目だ。


「僕の命で姫が助かるなら本望さ。君まで助かるのは(しゃく)だけれどね」


 セリーヌのためなら、喜んで死ぬというのか。


「何をごちゃごちゃ言ってやがる」


 背中へ曲刀(シミター)を押し付けられ、乱暴に蹴り飛ばされた。 膝が石床を打つ。すぐに立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。


 焦りと怒りが頭の中で絡み合い、考えがまとまらなかった。


「わかった……やればいいんだろうが」


 睨み返すと、仮面の男は愉快そうに肩を揺らした。


「時間切れ。交渉は決裂」


「待ってくれ」


「即決できぬ迷いは、不信の証」


 男が指を鳴らすと、捕食器官がゆっくりと退いた。


 助かったわけじゃない。処分の方法が変わっただけだ。


「導師様。ひとつ提案が」


 セリーヌの喉へ曲刀を添えていたドミニクが口を開いた。


「お耳を拝借……」


 ドミニクの耳打ちに、仮面の男は楽しげに笑う。


「いいだろう。任せる」


「ありがとうございます」


 ドミニクはセリーヌを引き起こし、首に腕を回した。


「お嬢さんに選択権が回ってきたんだわ。忠誠を誓えるかい?」


 曲刀の刃先が喉元に触れる。


「あいつらには大事な部下を傷付けられた。あっさり死なれてもつまらないんだわ……屈辱と絶望を味わって、最後を迎えてもらわないとねぇ」


 不快な笑みを浮かべたドミニクが、セリーヌの顎を掴む。


 猿ぐつわをされたまま、彼女はドミニクを見据えている。

 刃が喉へ触れている。抵抗すれば、何をされるかわからない。


「やめろ。彼女に触るな!」


 反射的に声が飛び出していた。


「碧色の閃光様ぁ、意見できる立場かい?」


 ドミニクは愉快そうに笑う。


「しかし、こいつは上玉だねぇ。導師様からは手ぇ出すなって言われてるが、俺の女にしたかったわ」


 どこまでも腐った奴だ。


「お頭ぁ。俺にも近くで見せてくれよ」


「馬鹿野郎。順番に決まってんだろ」


 飢えた野獣どもが口々に喚き立てる。


「おまえらは黙ってなよ。こっからが良いところなんだわ」


 ドミニクはセリーヌの猿ぐつわを外し、腕を縛っていた縄を切り落とした。


「お嬢さん。忠誠を誓うなら、ここで裸になりな。そうしたら、命だけは助けてくださるそうだ」


 セリーヌの瞳が、驚きに見開かれる。


「ふざけんな!」


 声を張り上げると、喉が焼けるように熱くなった。

 俺とナルシスの怒声は、賊たちの歓声に呑まれていく。


 交渉ですらない。尊厳を踏みにじり、心を折るための見世物だ。

 それを理解した上で、セリーヌは一歩前へ出た。


「服を脱げば、よろしいのですね」


 落ち着き払った、淡々とした声だった。


「ただし、助けて頂くのは(わたくし)ではありません。この方たちを」


 視線が交わる。セリーヌの頬を、一筋の涙が伝った。それでも彼女は目を逸らさない。


 何か言わなければと思うのに、喉が塞がったように声が出ない。


「こいつらが応じると思うのか!?」


 違う。伝えたいのは、こんな陳腐な言葉じゃない。


 セリーヌは、自分を犠牲にしてでも俺たちを生かそうとしてくれている。

 それがわかっているのに、何もできない。


「この方たちの目的は、私の魔力です。おふたりは生きてください。悲願を果たせないのは心残りですが……いつか、この魔獣を討ち、剣と杖を取り戻してください」


「待てよ。勝手なこと言うんじゃねぇ」


 簡単に諦めてほしくない。何か打開策を探すんだ。


 だが、頭の中は激しく混乱している。セリーヌの悲しそうな表情を前に、次の言葉が出てこない。


「うるせぇよ」


 ドミニクの声が洞窟へ響く。


「主導権はこっちだってこと、忘れてないよねぇ?」


 セリーヌを自分へ向かせ、法衣の胸元に指を掛ける。


「ふたりを解放するかどうかは、お嬢さん次第なんだわ。俺はねぇ、あいつらの悔しそうな顔が見たいの」


 勝ち誇った笑みを見せつけられ、腹の底から怒りが込み上げてくる。 


 奥歯が砕けるのではないかと思うほど、食いしばって耐えるしかなかった。


 こんな奴らに、セリーヌを好きにさせてたまるか。


「おい。こいつらの口を塞いどけ。お嬢さんによる見世物の始まりだ」


 背後から布を押し当てられ、口元を強引に縛られる。


 賊どもが神殿前へ集まり、俺とナルシスを囲むように陣取った。仮面の男は後方で腕を組み、静かに成り行きを眺めている。


「さぁ、お嬢さん。始めようか」


 セリーヌがブーツを脱いだ。裸足が冷たい石床へ触れる。わずかに肩が揺れたが、それでも彼女は立ち止まらない。


 純白の長衣へ手を掛けると、賊たちから歓声が沸き起こった。


 杖を奪われた今、魔法は使えない。絶体絶命だ。


 長衣が床へ落ち、セリーヌは紺色の法衣姿になった。胸元から下を覆い、鎖骨と二の腕を露わにした膝上丈の服装。それだけでも、賊たちの視線が一斉に集まる。


「うおおおおっ!」


 野太い歓声が洞窟へ響く。


「もっとだ」


「早く脱げ」


 こいつらの声を聞くだけで吐き気がする。


 しかし、セリーヌは止まらない。背中で交差した革紐へ手を掛けた。


 これ以上は駄目だ。


「セリーヌ、やめろ!」


 立ち上がろうとした瞬間、背後から押さえ込まれ、肘に鋭い痛みが走った。


 勢い余って、深く当たりすぎてしまった。


 目の前で、革紐が解かれていく。それが、越えてはならない一線だった。


 法衣が身体から滑り落ちると、下着姿のセリーヌは両腕を胸元へ寄せ、顔を伏せた。


 唇を強く噛み締め、肩がほんのわずかに震えている。それでも、泣き崩れようとはしなかった。


 俺は息を呑んだ。

 彼女は、ここまでされても俺たちの前に立っている。


「セリーヌ……」


 声にならなかった。


 賊たちの野太い声が耳を刺す。それを聞くたび、身体の奥から怒りが込み上げてくる。


 何もできない。ただ見ていることしかない自分が、たまらなく悔しい。


 セリーヌが顔を上げる。一瞬だけ、目が合った。


 その瞳には涙が残っていた。それでも、彼女は小さく首を横に振る。


 大丈夫です。


 そう言われた気がして、息が詰まる。


 彼女は自分の尊厳まで差し出して、俺たちを守ろうとしている。それなのに、何ひとつ返せない。


「は・だ・か! は・だ・か!」


 狂った叫びが一層激しくなる。


 その声に囲まれながらも、セリーヌは俯かなかった。震える指を握り締め、ただ耐えている。


 もう、この場に歯止めを掛けられる者はいない。

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