06 恥辱のセリーヌと、視姦する野獣
「これが対価だ。ベルヴィッチア、おいで」
仮面の男が、神竜剣と杖で地面を打つ。
神殿脇の床が低い轟音と共に沈み込み、闇の底から巨大な影がせり上がってきた。
丸太を束ねたような太い幹。その先端には、縦に裂けた巨大な口。さらに枝葉のような触腕が四方へ伸び、それぞれの先端に牙と舌を備えた捕食器官が蠢いている。
「植物型の雑食魔獣、ベルヴィッチアか……」
視界を埋め尽くす異形に、背筋が粟立つ。ただ巨大なだけじゃない。空間そのものを支配するような圧がある。
「そいつは大陸南部の熱帯地方にしか生息できないはずだろ」
「品種改良。この子は血肉と魔力を喰らい、強くなる。神と私が生み出した最高傑作。さあ、おいで」
男が腕を差し出す。複数ある捕食器官のひとつが、神竜剣と杖を咥え、そのまま中央の大口へ運んでいく。
「それを……食わせる気か」
「対価だ。並の魔導具ではない。膨大な魔力を秘めているのは瞭然」
剣と杖を呑み込んだベルヴィッチアが、洞窟を揺らす咆哮を上げた。
空気が震え、天井から岩の破片が落ちてきた。さすがに、賊たちの顔にも怯えが浮かぶ。
「この子も歓喜。さらに進化。しかし、不足……」
粘ついた音を立てながら、捕食器官がこちらへ伸びてくる。俺とナルシスの眼前で止まり、牙だらけの口がゆっくり開閉した。
「リュシアン君。仲間になる気があるのなら、誠意を」
「は? 誠意?」
「そうとも。君自身が口にした答えだ。隣の元友人を、この子へ捧げたまえ。彼の背中を、ほんの少し押すだけでいい」
言葉が刃となり、喉元へ突き付けられた。呼吸が浅くなる。
ナルシスを見ることもできない。視線を向けた瞬間、すべてが崩れそうだった。
「どうした?」
仮面の男の声が、粘つくように耳へまとわりつく。奥歯を噛み締めた拍子に、低い呻きが漏れた。
こんな選択、できるはずがない。
「リュシアン・バティスト。ためらうな」
顔を上げると、ナルシスが真っ直ぐ俺を見ていた。
怯えはない。覚悟を決めた目だ。
「僕の命で姫が助かるなら本望さ。君まで助かるのは癪だけれどね」
セリーヌのためなら、喜んで死ぬというのか。
「何をごちゃごちゃ言ってやがる」
背中へ曲刀を押し付けられ、乱暴に蹴り飛ばされた。 膝が石床を打つ。すぐに立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
焦りと怒りが頭の中で絡み合い、考えがまとまらなかった。
「わかった……やればいいんだろうが」
睨み返すと、仮面の男は愉快そうに肩を揺らした。
「時間切れ。交渉は決裂」
「待ってくれ」
「即決できぬ迷いは、不信の証」
男が指を鳴らすと、捕食器官がゆっくりと退いた。
助かったわけじゃない。処分の方法が変わっただけだ。
「導師様。ひとつ提案が」
セリーヌの喉へ曲刀を添えていたドミニクが口を開いた。
「お耳を拝借……」
ドミニクの耳打ちに、仮面の男は楽しげに笑う。
「いいだろう。任せる」
「ありがとうございます」
ドミニクはセリーヌを引き起こし、首に腕を回した。
「お嬢さんに選択権が回ってきたんだわ。忠誠を誓えるかい?」
曲刀の刃先が喉元に触れる。
「あいつらには大事な部下を傷付けられた。あっさり死なれてもつまらないんだわ……屈辱と絶望を味わって、最後を迎えてもらわないとねぇ」
不快な笑みを浮かべたドミニクが、セリーヌの顎を掴む。
猿ぐつわをされたまま、彼女はドミニクを見据えている。
刃が喉へ触れている。抵抗すれば、何をされるかわからない。
「やめろ。彼女に触るな!」
反射的に声が飛び出していた。
「碧色の閃光様ぁ、意見できる立場かい?」
ドミニクは愉快そうに笑う。
「しかし、こいつは上玉だねぇ。導師様からは手ぇ出すなって言われてるが、俺の女にしたかったわ」
どこまでも腐った奴だ。
「お頭ぁ。俺にも近くで見せてくれよ」
「馬鹿野郎。順番に決まってんだろ」
飢えた野獣どもが口々に喚き立てる。
「おまえらは黙ってなよ。こっからが良いところなんだわ」
ドミニクはセリーヌの猿ぐつわを外し、腕を縛っていた縄を切り落とした。
「お嬢さん。忠誠を誓うなら、ここで裸になりな。そうしたら、命だけは助けてくださるそうだ」
セリーヌの瞳が、驚きに見開かれる。
「ふざけんな!」
声を張り上げると、喉が焼けるように熱くなった。
俺とナルシスの怒声は、賊たちの歓声に呑まれていく。
交渉ですらない。尊厳を踏みにじり、心を折るための見世物だ。
それを理解した上で、セリーヌは一歩前へ出た。
「服を脱げば、よろしいのですね」
落ち着き払った、淡々とした声だった。
「ただし、助けて頂くのは私ではありません。この方たちを」
視線が交わる。セリーヌの頬を、一筋の涙が伝った。それでも彼女は目を逸らさない。
何か言わなければと思うのに、喉が塞がったように声が出ない。
「こいつらが応じると思うのか!?」
違う。伝えたいのは、こんな陳腐な言葉じゃない。
セリーヌは、自分を犠牲にしてでも俺たちを生かそうとしてくれている。
それがわかっているのに、何もできない。
「この方たちの目的は、私の魔力です。おふたりは生きてください。悲願を果たせないのは心残りですが……いつか、この魔獣を討ち、剣と杖を取り戻してください」
「待てよ。勝手なこと言うんじゃねぇ」
簡単に諦めてほしくない。何か打開策を探すんだ。
だが、頭の中は激しく混乱している。セリーヌの悲しそうな表情を前に、次の言葉が出てこない。
「うるせぇよ」
ドミニクの声が洞窟へ響く。
「主導権はこっちだってこと、忘れてないよねぇ?」
セリーヌを自分へ向かせ、法衣の胸元に指を掛ける。
「ふたりを解放するかどうかは、お嬢さん次第なんだわ。俺はねぇ、あいつらの悔しそうな顔が見たいの」
勝ち誇った笑みを見せつけられ、腹の底から怒りが込み上げてくる。
奥歯が砕けるのではないかと思うほど、食いしばって耐えるしかなかった。
こんな奴らに、セリーヌを好きにさせてたまるか。
「おい。こいつらの口を塞いどけ。お嬢さんによる見世物の始まりだ」
背後から布を押し当てられ、口元を強引に縛られる。
賊どもが神殿前へ集まり、俺とナルシスを囲むように陣取った。仮面の男は後方で腕を組み、静かに成り行きを眺めている。
「さぁ、お嬢さん。始めようか」
セリーヌがブーツを脱いだ。裸足が冷たい石床へ触れる。わずかに肩が揺れたが、それでも彼女は立ち止まらない。
純白の長衣へ手を掛けると、賊たちから歓声が沸き起こった。
杖を奪われた今、魔法は使えない。絶体絶命だ。
長衣が床へ落ち、セリーヌは紺色の法衣姿になった。胸元から下を覆い、鎖骨と二の腕を露わにした膝上丈の服装。それだけでも、賊たちの視線が一斉に集まる。
「うおおおおっ!」
野太い歓声が洞窟へ響く。
「もっとだ」
「早く脱げ」
こいつらの声を聞くだけで吐き気がする。
しかし、セリーヌは止まらない。背中で交差した革紐へ手を掛けた。
これ以上は駄目だ。
「セリーヌ、やめろ!」
立ち上がろうとした瞬間、背後から押さえ込まれ、肘に鋭い痛みが走った。
勢い余って、深く当たりすぎてしまった。
目の前で、革紐が解かれていく。それが、越えてはならない一線だった。
法衣が身体から滑り落ちると、下着姿のセリーヌは両腕を胸元へ寄せ、顔を伏せた。
唇を強く噛み締め、肩がほんのわずかに震えている。それでも、泣き崩れようとはしなかった。
俺は息を呑んだ。
彼女は、ここまでされても俺たちの前に立っている。
「セリーヌ……」
声にならなかった。
賊たちの野太い声が耳を刺す。それを聞くたび、身体の奥から怒りが込み上げてくる。
何もできない。ただ見ていることしかない自分が、たまらなく悔しい。
セリーヌが顔を上げる。一瞬だけ、目が合った。
その瞳には涙が残っていた。それでも、彼女は小さく首を横に振る。
大丈夫です。
そう言われた気がして、息が詰まる。
彼女は自分の尊厳まで差し出して、俺たちを守ろうとしている。それなのに、何ひとつ返せない。
「は・だ・か! は・だ・か!」
狂った叫びが一層激しくなる。
その声に囲まれながらも、セリーヌは俯かなかった。震える指を握り締め、ただ耐えている。
もう、この場に歯止めを掛けられる者はいない。





