03 無自覚な規格外
「実は、先ほどの依頼ですが……討伐対象が複数だったんです」
シャルロットは俺の顔色を窺いながら、申し訳なさそうに切り出してきた。
「父が依頼主へ改めて確認したところ、討伐対象が当初の想定より多いことがわかったそうなんです。それで、おふたりに共闘という形で受けていただけないかと」
「なるほどな。それなら話は早い」
これなら、どちらかが依頼を譲る必要もない。俺としては一安心だ。
「あの……共闘、とは?」
セリーヌは小さく首を傾げている。
「知らないのか?」
冒険者なら普通は知っている制度だ。
少し引っかかりを覚えながらも、歩きながら説明を続ける。
「ひとつの案件に複数の冒険者やパーティが協力して当たる制度なんだ。討伐対象が多すぎたり、一組だけでは危険な時に使われる」
「なるほど。一時的に手を組むのですね」
「そういうこと。ただ、報酬の分配で揉めることも多いから、嫌がる冒険者もいるけどな」
セリーヌとの共闘なら問題ない。あれだけの腕なら、依頼達成もかなり楽になる。何より、こんな美女と一緒というのは悪くない。
「俺は構わねぇ。目的は報酬じゃないからな」
あの親子との約束を果たせれば、それでいい。そう考えながら、ナルシスを見る。
「ってわけで、あんたはもういいぜ」
「リュシアンさん。まさか、この方とふたりきりで依頼を受けるつもりですか?」
過剰な反応を見せたのは、シャルロットだ。
「は? 何か問題あるか?」
「問題だらけですよ。女性とふたりきりで遠方の依頼なんて。いかがわしいです」
あまりにも真顔で言われ、言葉に詰まった。
気まずさを覚え、咄嗟に視線を逸らすと、今度はナルシスが大げさに金髪を払う。
「彼女の言うとおりだ。姫を、君のような男とふたりきりにするわけにはいかない。ギルドの仕組みにも詳しくないようだし、今回は僕も同行しようじゃないか」
「結構です」
ナルシスの提案は、セリーヌの一言であっさり切り捨てられた。
「なぜですか!? 僕では釣り合わないと? ちなみに、姫の冒険者ランクは?」
「ランク……とは、何のことでしょうか」
「え?」
ナルシスが固まった。俺も、一瞬だけ意味がわからなかった。
嫌な予感がして、セリーヌの二の腕を確認した。そこにあるはずのものが見当たらない。
「まさか……」
加護の腕輪がない。冒険者登録時に支給される腕輪を、彼女は身につけていなかった。
「あのな。ギルドに登録しないと、依頼を受けられないんだぞ」
「そうなのですか?」
心から驚いたように目を瞬かせる。
「衝動買いみたいに依頼を取ろうとしてたのかよ。わがまま王女か?」
「私は、わがまま王女などではありません。少し魔法が使えるだけの、ただの村人です」
「あれで少しかよ……」
間に合わせの剣で必死に傷を重ねたカロヴァルを、一撃で両断した風魔法を思い出す。
あれほどの使い手は、そうそう見ない。それなのに本人は冗談を言っている様子もなく、ただの村人だと言い切る。
どこか世間とずれている。冒険者の常識も知らず、金銭感覚も怪しい。その一方で、立ち振る舞いは妙に洗練されていて、言葉遣いも自然と育ちの良さを感じさせる。
聞きたいことは山ほどあったが、今は依頼の方が先だ。
「事情があるのはわかった。まずは登録だ」
魔獣退治より疲れそうだな。
嫌な予感を抱え、俺たちはギルドに戻った。
受付に着くと、シャルロットはすぐに職員らしい表情へ切り替え、セリーヌに登録の説明を始めた。
「冒険者ギルドでは、冒険者の登録や解約、依頼の斡旋などを行っています。活動内容も、魔獣討伐だけではありません。護衛依頼や資源の採掘、危険地域の調査など、様々です」
セリーヌは、ひとつも聞き漏らすまいとするように、真剣な顔で頷いている。
「では、こちらの登録証書へご記入をお願いします。本登録まで済めば、正式に依頼を受けられます」
受付へ向かったふたりを眺めながら、俺は近くのソファに腰を下ろした。
なぜか、ナルシスまで当然のようについてきているのが気になる。
「確認ですが、登録条件は十八歳以上です。問題ありませんか?」
「二十三になったばかりです」
「ですよね。私より上だと思ってました」
シャルロットは小さく呟く。自分とセリーヌの胸元を見比べ、そっと視線を逸らした。
「羨ましいですね……」
何を羨ましがっているのか、あえて聞かないことにした。
「それにしても、相棒はどこに行ったんだ」
見回しても姿がない。好奇心旺盛な奴だ。また勝手にどこかへ寄り道しているのだろう。
「この服も、女将さんに怒られるな……」
シャツもエプロンも返り血でひどい有様だった。武器屋の店主が剣の代金を免除してくれたのが、せめてもの救いだ。
そんなことを考えているうちに、シャルロットとナルシスが、登録証書を前に固まっていることに気が付いた。
「どうした?」
近付いて覗き込み、俺も言葉を失う。
字が、壊滅的だった。
読めなくはないが、解読しようという強い意志がなければ、途中で諦めたくなる。
これには触れない方がいい。
「問題ないだろ。それより、金はあるのか?」
話題を変えると、シャルロットも気を取り直したように頷いた。
「登録料と、依頼受注料が必要になります。依頼を受ける際には、報酬額の五パーセントを前払いしていただく決まりです」
「前払いなのですか?」
「はい。依頼中の事故などで冒険者が戻らない場合もありますので、その際に受注料を回収できなくなることを防ぐためです。前払い分は、ギルドの運営資金として使われます」
「姫。お困りなら、僕が立て替えよう」
意気揚々と、ナルシスが身を乗り出した。
「成功報酬から返してもらえれば構わない」
「おまえ、まだいたのか」
「失礼だな。共闘を約束したばかりだろう」
「はっきり断られてただろ」
ナルシスは肩を竦めた。
「馬鹿だな、君は。姫は照れているだけさ」
何をどう解釈したら、そうなるんだ。
「ええっ!?」
突然、シャルロットが悲鳴を上げた。
振り返ると、カウンターの上に宝石がいくつも転がっている。
「ぶふっ!」
「うひえぇっ!?」
俺とナルシスは、ほぼ同時に吹き出した。
素人の俺でも、どれかひとつだけで相当な価値があるとわかる。革袋の中に転がっている数を見れば、登録料どころか当分の生活費にも困らないだろう。
「足りませんか?」
セリーヌは不安そうに首を傾げると、胸元へ手を伸ばした。
「大切な品ですが、この首飾りもございます」
「待て、待て、待て」
慌てて制止する。
「この小さいやつがひとつあれば足りる。シャルロット、換金を頼む」
「はい」
宝石を革袋へ戻しながら、冷や汗が流れた。
絶対に、ただの村人なんかじゃない。
「ナルシス。他の奴らには黙ってろよ」
「僕がお金に困っているように見えるかい?」
「問題はそこじゃねぇ」
こいつの場合は、付きまといが問題だ。
ほどなくして、シャルロットが紙幣と腕輪を持って戻ってきた。
「こちらが加護の腕輪です」
「説明はあとでまとめてする。今は付けとけ」
促すと、セリーヌは素直に腕を出してきた。
「ここを押すんだ」
腕輪を彼女の腕へ通し、中央に埋め込まれた宝石部分を押し込む。腕輪はゆっくりと縮まり、腕に合わせた位置でぴたりと収まった。
「凄いですね」
「外す時も同じだ。今は付けてるだけでいい」
感心したように腕輪を眺めるセリーヌから離れ、俺は依頼受注の手続きを進めた。
討伐対象は、狼型魔獣ルーヴ三十頭だ。群れで行動する厄介な魔獣で、一頭につき千ブラン、リーダー個体は二千ブランの報酬が出る。俺が働いている食堂の最安定食なら、リーダー個体の報酬だけで一週間は食える。
「魔獣の活動時間は夜が中心だ。馬車の最終便は十六時だから、遅れるなよ」
「馬車……ですか?」
「ん? どうやって行くつもりだったんだ」
「徒歩で、周囲を見ながら向かおうかと」
「徒歩!?」
思わず声が裏返った。
「ランクールまで四時間はかかるぞ」
「そんなに遠いのですね」
落ち着いた口調で、平然と言う。
街道は比較的安全だ。それでも、こんな目立つ女性がひとりで歩いていれば、魔獣以外の厄介事に巻き込まれる可能性もある。
しかも、本人にはその危機感がまるでない。
「とにかく、徒歩はやめろ」
少し強い口調になってしまった。
セリーヌはぱちぱちと瞬きをしてから、ふっと柔らかな笑みを浮かべる。
「ご心配、ありがとうございます」
不意に言葉が詰まった。
「危なっかしいと思っただけだ」
視線を逸らすと、セリーヌは少しだけ不思議そうな顔をしていた。
「それにしても……」
彼女はなぜか、俺をじっと見つめる。
「店員さんなのに、ギルドのことにもお詳しいのですね。剣術も見事でしたし、あなたこそ冒険者になられた方がよろしいのでは?」
「は?」
ここまで気付いていなかったのか。
「服装は店員だけど、これでも冒険者だ」
横で聞いていたシャルロットが、とうとう堪えきれなくなったのか腹を抱えて笑い出す。
「すみません。戦う店員さんだったのですね。大変失礼いたしました」
「もういいって」
本気で謝っているのに、なぜか腹が立つ。
「それじゃ、また後でな」
軽く手を振ると、セリーヌは丁寧に会釈し、そのままギルドを後にした。その後ろを、ナルシスが当然のようについていく。
あれはもう付きまといだ。いっそ衛兵に突き出した方がいいのかもしれない。
ともあれ、ようやく解放された。
女将さんに怒鳴られる未来を想像しながら、俺は食堂への道を歩き出す。
それでも、セリーヌのことが妙に頭から離れなかった。
カロヴァルを一撃で両断した魔法。冒険者の常識を何も知らないほどの世間知らず。登録料として、ためらいもなく取り出した桁違いの宝石。
それらすべてが似合わないはずなのに、不思議なほど自然に見えてしまう洗練された立ち振る舞い。
セリーヌ・オービニエ。彼女は、本当にただの村人なのか。
答えを出すには、まだ何も知らなすぎる。
なのに、そのことが妙に気になっていた。





