03 無自覚な規格外
「実は、先ほどの依頼ですが……複数討伐だったんです」
シャルロットが申し訳なさそうに切り出した。
「父が確認したところ、討伐対象が想定より多かったみたいで。共闘扱いにしないかって」
「なるほどな」
それなら話は早い。
「あの……共闘、とは?」
セリーヌが小さく首を傾げる。
「知らないのか? 一案件限りで手を組む制度なんだ」
歩きながら説明を続ける。
「報酬の分配で揉めることも多いから、嫌がる冒険者もいるけどな」
セリーヌ相手なら問題はない。むしろ、あの魔法があれば依頼はかなり楽になる。
「俺は構わねぇよ。今回の報酬にこだわりはないからな」
あの親子との約束が果たせれば十分だ。
そう考えながら、ちらりとナルシスを見る。
「ってわけで、あんたはもういいぜ」
「リュシアンさん。まさか、この方とふたりきりで依頼を受けるつもりですか?」
シャルロットの一言に、過剰に反応したのはナルシスだ。信じられないものを見る目を向けてくる。
「は? 何か問題あるか?」
「問題だらけですよ。いかがわしい」
真顔で言われ、思わず言葉に詰まる。
顔を背けると、ナルシスが大げさに髪を払った。
「これも何かの縁だ。彼だけでは心許ないし、姫もギルドの仕組みに詳しくないようだ。今回は僕も協力しようじゃないか」
「結構です」
セリーヌがきっぱりと言い放った。
「なぜですか!? 僕では釣り合わないと? ちなみに姫の冒険者ランクは?」
狼狽えるナルシスを、セリーヌは不思議そうに見ている。
「ランク……とは何のことでしょうか?」
「え?」
ナルシスが固まった。
嫌な予感が走り、改めて彼女の腕を見る。
「まさか……」
そこで気付く。加護の腕輪がない。
冒険者登録時に支給される腕輪が、彼女の腕には見当たらなかった。
「あのな。ギルドに登録しないと依頼は受けられないぞ」
「そうなのですか?」
「衝動買いみたいに依頼を取ろうとしてたのかよ。わがまま王女か?」
「私は、わがまま王女などではありません。少し魔法が使えるだけの、ただの村人です」
「あれで少しか……」
カロヴァルを一撃で両断した風魔法が脳裏をよぎる。
あれほどの使い手はそうそう見ないが、本人は本気で言っているようだ。
どこか世間とズレている。なのに立ち振る舞いは妙に洗練されている。
「事情があるのはわかった。まずは登録だ」
魔獣退治より疲れそうな予感がする。
頭を掻きながらギルドへ戻った。
※ ※ ※
「冒険者ギルドでは、登録や解約、依頼の斡旋を行っています」
受付へ戻ると、シャルロットが職員らしい口調で説明を始めた。
「活動内容は、魔獣討伐や護衛依頼、資源採掘など様々です」
セリーヌは素直に頷いている。
「では、こちらの登録証書へご記入をお願いします。本登録まで済めば、正式に依頼を受けられます」
受付に向かったふたりを眺めながら、近くのソファへ腰を下ろした。なぜか、ナルシスまで当然のようについてきている。
「確認ですが、登録条件は十八歳以上です。問題ありませんか?」
「二十三になったばかりです」
「羨ましいですね……」
シャルロットは自分とセリーヌの胸元を見比べ、そっと視線を逸らした。
やめておけ。悲しくなるだけだ。
「それにしても、相棒はどこに行ったんだ」
辺りを見回しても姿がない。好奇心旺盛なあいつのことだ。寄り道でもしているんだろう。
「この服も、女将さんに怒られるな……」
シャツもエプロンも返り血まみれだ。剣の代金を免除してもらえたのがせめてもの救いだった。
気が付くと、シャルロットとナルシスが書類を前に固まっている。
「どうした?」
覗き込み、俺も言葉を失った。
字が壊滅的だった。
読めなくはないが、読み解こうという強い意志が必要になる。
「問題ないだろ。それより金はあるのか?」
この話題には深入りしない。
「登録料と、依頼受注料が必要になります」
気を取り直したシャルロットが、説明を続ける。
「依頼受注時には、報酬の五パーセントを前払いしていただきます。そのお金はギルドの運営資金になりますが、依頼中の事故を懸念して、前払いなんです」
「姫。お困りなら僕が立て替えよう」
ここぞとばかりに、ナルシスがしゃしゃり出てきた。
「成功報酬から返して貰えれば構わない」
「おまえ、まだいたのか」
「失礼だな。共闘を約束したばかりだろう」
「はっきり断られてただろ。勝手に決めるな」
ナルシスが肩を竦める。
「馬鹿だな君は。姫は照れているだけさ」
何をどう解釈したらそうなる。
「ええっ!?」
突然、シャルロットが悲鳴を上げた。
振り返ると、カウンターに宝石が転がっている。
「ぶふっ!」
「うひえぇっ!?」
ナルシスと同時に吹き出した。
ひとつでも相当な価値がある。これだけあれば、一生遊んで暮らせる。
「足りませんか?」
不安げなセリーヌは、渋々言葉を続ける。
「大切な品ですが、この首飾りもございます……」
セリーヌが胸元へ手を伸ばす。
「待て、待て、待て」
慌ててとめた。
「小さいのひとつで十分だ。シャルロット、換金を頼む」
「はい」
革袋へ宝石を戻しながら、冷や汗が流れる。
村人で済む話じゃない。魔法。所作。金銭感覚。やっぱり妙だ。
「ナルシス。他言無用だからな」
「僕がお金に困っているように見えるかい?」
「問題はそこじゃねぇ」
こいつの場合は、付きまといが問題だ。
ほどなくして、シャルロットが紙幣と腕輪を持って戻ってきた。
「こちらが加護の腕輪です」
「説明はあとでまとめてする。今は付けとけ」
腕輪を受け取り、セリーヌの腕に通す。
「少し大きいようですが……」
「大丈夫。ここを押すんだ」
宝石部分を押し込むと、腕輪が収縮し、二の腕にぴたりと収まった。
「凄いですね」
「外す時も同じだ。今は付けてるだけでいい」
感心する彼女から離れ、依頼受注の手続きを進める。
対象は狼型魔獣ルーヴ三十頭。群れで動く厄介な相手だ。
一頭千ブラン。リーダー個体は二千。食堂の最安メニューなら、一週間は食える。
「活動時間は夜が中心だ。馬車の最終便は十六時。遅れるなよ」
「馬車……ですか?」
「ん? どうやって行くつもりだったんだ」
「徒歩で周囲を見ながら向かおうかと」
「徒歩!?」
思わず声が裏返った。
「ランクールまで四時間はかかるぞ」
「そうなのですか?」
本気で驚いている。
街道は比較的安全だ。それでも、こんな目立つ女性がひとりで歩けば厄介事に巻き込まれかねない。
しかも本人に、その危機感がまるでない。
「とにかく、徒歩はやめろ」
少し強めに言ってしまった。
セリーヌがぱちぱちと瞬きをする。
「ご心配、ありがとうございます」
柔らかな微笑みを向けられ、不意に言葉が詰まる。
「別に、心配ってほどじゃねぇよ」
咄嗟に視線を逸らしてしまった。
「それにしても……」
セリーヌが不思議そうにこちらを見た。
「店員さんなのに、ずいぶんお詳しいのですね。先程の剣術も見事でしたし、あなたこそ冒険者になられた方がよろしいのでは?」
「は?」
ここまで気付いてなかったのか。
「服装は店員だけど、これでも冒険者なんだ」
シャルロットが腹を抱えて笑い出した。その無遠慮さが、妙に腹立たしい。
「すみません。戦う店員さんだったのですね。大変失礼いたしました」
セリーヌは申し訳なさそうに頭を下げる。
「もういいって。それじゃ、また後でな」
軽く手を振るとセリーヌは丁寧に会釈し、そのままギルドを後にした。
ナルシスも後ろをついていくが、付きまとい確定だ。衛兵に突き出すべきかもしれない。
ともあれ、ようやく解放された。
女将さんに怒鳴られる未来を想像しながら、食堂への道を歩く。
それでも、世間知らずなあの美女のことが、妙に頭から離れなかった。





