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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.01 ランクール編

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02 涼風の貴公子


 衛兵たちが訓練を積んでいるのはわかるが、街の治安を守ることと、野外で魔獣を討伐することは別物だ。


 槍を構えた六騎を見て、嫌な予感がした。


「こいつら……本気か?」


 その予感は、すぐに現実となった。


 衛兵たちは速度を緩めず、槍を構えてカロヴァルに突っ込んでいく。あの巨体を相手に、真正面からぶつかるつもりらしい。


「無理だ……」


 思わず、低い呻きが漏れた。


 直後、カロヴァルたちが一斉に地を蹴った。


 想像以上の跳躍力だった。六騎の衛兵をまとめて飛び越え、前脚から地面へ着地する。そして勢いを殺すどころか、強靭な後脚を振り抜いた。


 蹄が衛兵を捉え、馬上の身体が大きく弾き飛ばされる。


 大木にすら跡を刻むほどの脚力だ。まともに受ければ、人間などひとたまりもない。


 三騎がまとめて崩れ、衛兵たちの隊列は一瞬にして乱された。


 街道の中央では、馬車が激しく揺れている。


「くそっ……」


 胸の奥に苛立ちが滲んだ。


 もっと早く魔獣の前に出ていれば。


 だが、まだ助けられる。


 後悔を振り払うように、前へ踏み出した。


 一頭が衛兵たちを無視して馬車へ向かって走り出す。残る二頭は倒れた馬へ群がり、鋭い角を振り下ろしていた。


 馬車には人がいる。優先すべきは明らかだ。


「これ以上、好き勝手させるかよ」


 歯噛みしながら、こちらへ迫る馬車へ向かって走る。左手に鞘を持ち、御者に向かって大きく腕を振った。


「こっちだ!」


 御者が一瞬だけこちらを見る。


 進路を示すように手を振ると、状況を理解したらしい。馬車は速度を落とさず、俺の脇を抜けるように方向を変えた。


 その背後から、黒い巨体が迫ってくる。


 引きつけながら距離を測り、魔獣と視線をぶつける。


 奴にとって、俺など小石のようなものだ。軽く飛び越え、そのまま馬車を獲物にするつもりだろう。


 だからこそ、跳ばせる。


「くらえ」


 数メートルまで引き寄せたところで、左手の鞘を足元へ投げ込む。


 進路を塞がれたカロヴァルが、反射的に大きく跳躍した。


「ここだ」


 軌道を捉え、身を翻す。着地点へ視線を合わせ、前脚が地面に触れる瞬間を狙って踏み込んだ。


 左前脚の付け根へ、下から刃を突き込む。肉を裂き、骨をかすめる鈍い手応えが伝う。


 そのまま身体を沈め、刃を引き上げる。胸元を裂き、喉元まで一気に切り上げた。


 普通の獣なら、これで終わっていた。


「浅いか……」


 カロヴァルは絶叫にも似た鳴き声を上げ、激しく身体を振り回した。傷口から血が噴き出す。それでも倒れない。


 すぐに間合いを切ると、カロヴァルが痛みに狂ったように突進してきた。


 地面を砕く勢いで巨体が迫る。頭部から伸びた巨大な角が、唸りを上げて襲い来る。


 真正面から受ければ、腕ごと持っていかれる。剣で押し返すのではなく、衝撃の方向へ身体を流した。


「くっ……」


 それでも腕が痺れる。剣を握る指が、わずかに震えた。


 だが、カロヴァルの突進は空を切った。


 角を振り抜いた巨体が前へ流れ、その喉元が一瞬だけ無防備になる。


 迷わず踏み込み、横薙ぎの一閃を見舞う。


 血しぶきを避けながら、舌打ちが漏れた。


「切れ味が足りねぇ……」


 愛剣なら、もっと深く断ち切れていた。首を落とせないまでも、ここまで長引かせずに済んだはずだ。


 今は間に合わせの剣に加え、防具もない。まともに一撃を受ければ、こちらが終わる。


 それでも、勝機は見えていた。魔獣の動きは明らかに鈍り、呼吸も浅くなっている。


 今なら届く。


「とどめだ」


 踏み込んだ、その時だった。


斬駆創造(ラクレア・ヴァン)!」


 風が鳴った。空気そのものが裂ける。


 白い風刃が俺の横を駆け抜け、カロヴァルに向かって走った。


 俺の刃が刻んだ傷を正確に捉えるように風刃が深く食い込み、魔獣の身体を断ち切る。


 巨体が地面へ崩れ落ち、土煙が舞った。


 思わず息を呑み、振り返る。


 少し離れた場所で、杖を構えた美女が静かに立っていた。柔らかな雰囲気は消え、別人のように空気が張り詰めている。


「今の魔法……君か?」


「はい。遅れてすみません」


 見慣れた風魔法とは明らかに違う。威力も精度も、何もかも別格だ。


「いや、それより……いつからそこにいた?」


 途中まで一緒に走っていたはずだ。


 振り返った時には姿が消えていた。それなのに、気づけば絶妙な位置から俺の戦闘を援護している。


 美女は、わずかに視線を逸らした。


「少し、回り道をしておりました」


 それだけ告げると、再び杖を構える。


 詳しく聞く時間はなかった。残る二頭が、まだ衛兵たちに襲いかかっている。


「助かった。残りも片付けるぞ」


「承知しました」


 気持ちを切り替え、混戦へ飛び込んだ。


 残る一頭が、倒れた衛兵に角を向ける。


「右を頼む」


「はい」


 美女が短く答え、杖を掲げる。


 地面を走った風が魔獣の足元を削り、巨体がわずかに体勢を崩した。


 その一瞬で充分だった。


 踏み込み、横から喉元へ刃を走らせる。


 間に合わせの剣は決して上等じゃない。それでも、狙う場所さえ間違えなければ致命傷は与えられる。


 カロヴァルの巨体が崩れ落ちた。


 振り返ると、最後の一頭が衛兵たちへ突進している。


 美女の魔法が風となって進路を逸らし、衛兵たちが一斉に槍を突き出した。


 巨体が止まる。


 そこへ再び、美女の放った風刃が走った。


 最後の魔獣も地面へ倒れ、ようやく、街道に静けさが戻った。


 代償がなかったわけじゃない。蹴られた二頭の馬は即死。残る一頭も脚を骨折し、立ち上がれないほどの重傷を負っている。


 それでも、馬車の乗客と御者、そして衛兵たちは生きていた。


「人が死ななかっただけでも、よかった」


 そう呟くと、衛兵たちが気まずそうな顔で立ち上がった。


「冒険者に助けられたなんて知られたら、兵長にどやされるな……」


 そんな声が背中越しに聞こえてくる。


 街の入口まで馬車を見送り、ようやく大きく息を吐いた。


 助けを求める人を見ると、いつもあの言葉を思い出す。


『冒険者もひとつの才能だ。魔獣に(あらが)う力があるのなら、持たざる弱者を救うべきだ』


 その言葉は、今も俺の支えになっている。


「皆様がご無事で、何よりでしたね」


 隣に立つ美女が、柔らかな微笑みを浮かべている。


 さっきまでの鋭い空気はすっかり消え、戦闘中とはまるで別人だ。その切り替えに、また少し心が揺れる。


「どうかされましたか?」


「いや。なんでもない」


 頬を掻きながら、視線を逸らした。


 笑顔ひとつで動揺するとは情けない。


「そういえば、名乗ってなかったな。俺はリュシアン・バティストだ」


(わたくし)は、セリーヌ・オービニエと申します」


 名乗り方にも、育ちの良さを感じさせる。


 さっきまで依頼を奪い合っていたのが、なんだか馬鹿らしく思えてきた。


 こうして一緒に戦った以上、一時的にでもパーティを組むという選択肢はある。少なくとも、さっきまでのように依頼書を挟んで言い争うよりは、よほど建設的だ。


「でもな……」


 あいにく、パーティを組む先約がある。


 急場しのぎで彼女と組み、依頼が終わればすぐ解散というのも失礼な話だ。


 どうするべきか迷っていると、大通りの向こうから駆けてくるシャルロットが見えた。


「おふたりとも、ご活躍だったみたいですね」


「まぁな。それより……」


「待ちたまえ、君たち」


 芝居がかった声が、俺の言葉を遮った。


 うねりのある肩までの金髪を払いながら、ひとりの男が近づいてくる。


 フリルの付いた煌びやかな服装。腰には細身剣(レイピア)を下げ、その鍔が歩くたびに耳障りな音を立てていた。


「ギルドでのやり取りから、すべて見ていたよ。その立ち振る舞い、そして素晴らしい魔法の才もね。これほど気高く、美しい女性には、相応の騎士が必要だ」


 男は俺の眼前で立ち止まると、何気ない仕草を装いながら足を踏みつけてきた。


「おうっ!?」


「美しい姫君が困っているではないか。あの依頼はあきらめたまえ」


「は? 誰だてめぇは」


 押し返すと、男は大げさに目を見開いた。


「おや。涼風(すずかぜ)貴公子(きこうし)と称される僕を知らない? 遅れてるね」


 口元へ手を当て、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「リュシアンさん。この方はナルシス・アブラームさんです」


 シャルロットが、そっと教えてくれた。


「二十歳でランクCに昇格した、史上最年少の大型新人なんですよ」


「へぇ」


 俺より四歳も若く、腕も立つ。中性的な甘い顔立ちも含め、確かに人気が出そうだ。


「応じてくれるのなら、依頼報酬の倍額……」


「ふざけんな! だったら全財産を寄越せ」


「この方の言う通りです」


 セリーヌの言葉に、全員が固まった。


「私も、この依頼をあきらめません。それをお金で解決しようとは……」


「あの、姫君……僕はあなたのために、彼にだけ……」


「この方を丸め込めば、次は私の番ですか」


 駄目だ。会話が微妙に噛み合っていない。


「は……ははは……」


 ナルシスは乾いた笑いを漏らし、思い出したように俺を見てきた。


「申し訳ない。僕が愚かだったよ。改めて提案しよう」


 腰の細身剣へ手を添え、優雅に一礼する。


「依頼の優先権を賭けて勝負というのはどうだい? 姫君の代わりに、僕が相手になろう。木剣での模擬戦だ」


「優先権を賭けるってことでいいんだな?」


「その方が公平だろう。参加料を払えば後追い受注も可能だ。負けた方が半日遅れで出発。どうかな?」


「俺は構わねぇ。君は?」


 セリーヌに視線を向ける。彼女はなぜか、少し不満そうに唇を尖らせていた。


「なぜ私の代わりなのか、理解できません。異論があるなら、まとめてお相手いたします」


「どうしてそうなる……」


 斜め上の反応に、思わず溜め息が漏れる。


「あの~、そろそろいいですか?」


 申し訳なさそうな声とともに、シャルロットが俺たちの間へ割って入ってきた。


「実は、おふたりにご提案があって追いかけてきたんです」


「提案?」


 意味ありげに見上げてくる。


 その表情を見た瞬間、さっきとは別の種類の嫌な予感が胸を掠めた。

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