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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.03 ムスティア大森林・洞窟編

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04 凍れる獣と、狂った天秤


「死にたい奴から、かかって来いだと? なんなんだ、でべっ!」


 怒鳴りながら飛び込んできた男の顔面を、(さや)に収めたままの長剣(ロングソード)で横殴りにした。


 鈍い衝撃。男の身体が宙で捻れ、砕けた悲鳴を漏らしながら地面へ転がる。


「ぐぇっ……」


 鼻血を撒き散らし、這うように後退していく姿を横目に、今度は五人が曲刀(シミター)を抜いて突っ込んできた。


「命知らずどもが」


 吐き捨てながら、懐へ手を差し込む。


「ほれ」


 放ったのは閃光玉だ。炸裂した白光が広間を焼き、一斉に悲鳴が上がる。


「ぐわぁっ!? またこれだ!」


「目がぁっ!」


 暗闇に慣れた連中には致命的だ。“また”ということは、ナルシスも同じ手を使ったんだろう。


 薄闇を切り裂くように駆け、残っていた賊どもを次々に叩き伏せた。象牙色の剣は、驚くほど手に馴染む。振るうたび確かな重みが返り、抵抗する間もなく男たちは沈んでいった。


「なんだ……こいつ……」


 恐怖に引きつった声。

 返事の代わりに、大型の青い魔法石を床へ転がす。


 冷気が爆発し、氷が地面を走る。賊どもの首から下を一気に覆っていく。十人ほどの男たちが凍りつき、床へ縫い付けられていた。

 呻き声だけが洞窟へ残る。


「汚らしい置き物だな」


 年齢は俺と大差ない。十代にしか見えない顔も混じっている。

 だが、同情は欠片も湧かなかった。


「寒みぃ……動けねぇ……」


「頼む……助け……」


「うるせぇ」


 低く言い放つ。


「その口にも魔法石を突っ込まれたくなきゃ黙ってろ」


 震えながら口を閉ざした賊どもを睨み、円陣の中心へ歩み寄る。

 倒れていた人影を見た瞬間、悔しさに奥歯を噛みしめた。


「ナルシス」


 肩まで伸びた波打つ金髪が乱れている。派手な衣装は裂け、血と泥にまみれていた。


 後頭部へ腕を差し入れ、慎重に身体を起こす。酷い有様だった。

 瞼は切れ、頬は腫れ上がり、口元には血が滲んでいる。


「リュシアン……バティスト、か……」


 血の泡と共に、かすれた声が漏れる。


「すまない……僕の力では……姫を……」


 言葉が途切れる。悔しさに震える拳だけが、まだ折れていなかった。


「喋るな」


 肩に突き刺さっていた細身剣(レイピア)を慎重に引き抜く。


 リュックから止血用の湿布を取り出し、前後から傷口へ貼り付けた。応急処置だが、何もしないよりは遥かにいい。


 足元に転がっていたペンダントを拾い、ナルシスの手へ戻す。


「すぐ終わらせる。ここで寝てろ」


 腹の底では怒りが煮え立っていた。

 だが、激情のまま剣を振れば鈍る。


 深呼吸して気分を落ち着け、凍りついた賊どもに視線を戻した。


「攫った女魔導師はどこだ」


 静まり返る広間。


「答えないなら、ひとりずつ首を落とす」


「リュシアン・バティストかよ……」


 賊のひとりが、(あざけ)る笑みを浮かべる。


「おまえがロンブリックを()ったせいで、後始末が大変だったんだぞ」


「質問に答えろ」


 鞘で顎を打ち抜く。男は吐血し、意識を失った。


「ひとりずつだ」


 そう告げた瞬間だった。


「はいはい。そこまで、そこまで~」


 場違いなほど気の抜けた声と、軽い拍手。柱の陰から、ひとりの男が姿を現した。


「ドミニクのお頭だ」


「助かった」


 凍りついた賊どもが、希望に縋るように声を上げる。


「気を付けろ……」


 ナルシスが苦しげに呟いた。


「宿で……やられたのは……あいつだ……」


「忠告ありがとよ」


 小さく返し、現れた男を見据える。


 四十代半ばくらいか。肩まで伸びた黒髪に、無精髭。曲刃と古びた革鎧だけの、冴えない風体。こんな男が頭とは拍子抜けだが、左肩のラグは違った。


「がるる……」


 牙を剥き、低く唸っている。

 強い。そう本能で理解している声だった。


「いやぁ、派手にやってくれたねぇ」


 ドミニクは凍りついた部下たちを見回し、肩をすくめる。


「さすがは碧色の閃光様だ」


「俺を調べたのか」


「軽くね」


「なら降参しろ。さもないと、あんたが危険だ」


「おぉ、怖い怖い」


 軽薄に笑っていた目が、ふいに細くなる。


「でもねぇ、大事な部下をこんな目に遭わされて、こっちも怒ってんだわ」


 空気が変わった。獲物を見定める魔獣の目だ。


「賊を手荒に扱って何が悪い。こっちも怒り心頭なんだ」


 鞘を捨てる。刃が、洞窟の緑光を反射した。


 踏み込みと同時に心臓を狙う。

 だが、紙一重で上体を捻った。突きが革鎧を掠める。


「くっ!」


 返す横薙ぎも、曲刀で受け流された。


「そら、どうした?」


 短く鋭い連撃が襲う。

 曲刀は軽く、小回りが利く。俺の剣速にぴたりと合わせ、嫌らしく隙を突いてくる。


「くそっ」


 左腕へ浅い熱が走る。斬られた。

 だが、俺も黙ってやられたわけじゃない。皮鎧ごと斬り裂き、相手の脇腹にも血が滲んでいる。


 視線を上げると、ドミニクは笑っていた。


「笑ってんじゃねぇ。腹が立つ顔だ」


 なぜか追撃は来ない。距離を取りながら息を整えると、ドミニクは曲刀をくるりと回した。


 刃が8の字を描く。緑光を照り返した曲刀が、生き物のように蠢いて見えた。


「曲芸でも始める気か?」


「はいはい。威勢がいいのも、ここまでだわ」


 突如、違和感に襲われた。視界がぶれて、刃が何本にも増えたような錯覚を起こす。


「がうっ」


 ラグの警告で、はっとした。まるで、幻視の魔法だ。


「そろそろ効いてきたんじゃないの?」


 嫌な予感がする。

 構え直そうとした瞬間、視界が傾いた。


「くっ……」


 膝が沈む。剣を杖代わりにして、どうにか倒れるのを防いだ。

 酔ったような感覚がする。世界そのものが揺れている。


「何を……しやがった……」


「ちょっとした悪戯だわ」


 羽音が聞こえ、洞窟の奥から三つの影が現れた。大型の蝙蝠型魔獣グラン・ショーヴだ。


 超音波で獲物の三半規管を狂わせる厄介な魔獣。それを理解した瞬間、腹へ蹴りが叩き込まれた。


「がっ……」


 背中から、床に叩きつけられる。


「曲刀には痺れ薬が塗ってある。もうじき動けなくなるよ」


 左肩にいたラグの気配が消えていた。俺の体調に異変が起こると、存在を維持できなくなるのはいつものことだ。


 咳き込みながら身体を起こすと、賊どもを拘束していた氷が崩れ始めていた。魔法石の効果時間が切れたらしい。


「二つ名も所詮は看板だねぇ」


 ドミニクが見下ろしてくる。


「冒険者なんて、コツコツ続けりゃ誰でもそこそこ行ける。本当にご苦労さんだわ」


 横薙ぎの蹴り。どうにか左腕で受けるが、痺れた身体では衝撃を殺しきれない。


 嘲るような笑みが、遥か上から降ってくる。


「俺たちは、追い剥ぎや死体漁りで生きてる。楽な方が賢いだろ?」


 頭上ではグラン・ショーヴが旋回していた。


「どうやって魔獣を操ってるのか気になる? これ、俺のじゃないんだわ。依頼主の私物」


「依頼主?」


 困惑していると、氷から逃れた賊が近付いてきた。


「ドミニクさん。()殺っちまいましょう」


「落ち着きなって。依頼主は殺すな、ってさ」


 セリーヌを攫わせた黒幕が別にいる。

 だが、それ以上に厄介なのは状況だった。


 ショーヴの超音波で平衡感覚は狂い、痺れ薬で身体に力が入らない。対して、賊どもは平然としている。対策済みなんだろうか。


 ドミニクは俺とナルシスを見比べ、歪んだ笑みを浮かべた。


「縛って金目の物を回収しろ。こいつを渡せば依頼完了だ」


 手下どもの歓声を受けたドミニクは、倒れたナルシスの顔を覗き込んでいる。


「こっちはオマケだ。始末しようかねぇ?」


 賊どもが狂ったように笑う。


「くそっ……」


 歯を食いしばる。

 まだだ。ここで終わるわけにはいかない。

 必ず、立つ。

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