03 死にたい奴から、かかって来い
工房の前で、アランさんとルノーさんを見送る。
アランさん自前の馬車へ荷物を積み込むと、ふたりはあっという間に出発していった。
思い立ったら即行動。老人らしからぬ行動力には脱帽だ。
しかし、家族は何も言わなかったのだろうか。二ヶ月もの長期外出。勢いだけで決められる話じゃない。
それでも、去っていく背中に迷いは見えなかった。大切なものを守ると決めた人間は、年齢なんて関係なく強い。ああいう背中は、まっすぐ前だけを見て進んでいく。
ブリスさんに代金を支払い、純白の剣を受け取った。元の鞘は気に入らなかったので、工房に置かれていた別の物へ差し替える。
抜き放った剣身は、白く、冷たい。どこか無機質で、感情を拒絶するようにも見えた。
「いや、違うか」
これはきっと、持ち主の覚悟を映す色だ。
そう思うと、不思議と手に馴染んだ。
「準備完了っと」
中央広場の大時計は、すでに十四時を回っている。剣を手に入れるためとはいえ、かなり時間を使ってしまった。ギルドでの用事を手短に済ませるしかない。
焦りはあるが、理由は時間だけじゃない。胸の奥で、嫌な予感が燻り続けていた。
「リュシアンさ~ん」
冒険者ギルドのある通りに差しかかった時だった。勢いよく扉が開き、お下げ髪を揺らしたシャルロットが飛び出してくる。
「どうした?」
「それは私が聞きたいですよ。ナルシスさんと一緒じゃないんですか?」
「あいつは怪我をして、寺院で治療中だ」
ナルシスから聞いた話を思い出す。
毎晩、天使の揺り籠亭の前で張り込みを続けていたらしい。宿へ戻るのは朝方。睡眠時間は三時間程度。善意というより、執念に近い。正義を口にしながら、少しずつ視野を失っていく人間の目を、俺は何度も見てきた。
『姫を……助けにいかなければ……』
ベッドから這い出そうともがき、癒やしの魔法を使える高位の司祭を連れて来いと喚いた。金ならいくらでも出すと言っていたが、万人に公平な司祭が金で動くとは思えない。
それでも、あいつは止まらない。止まれない理由が、きっとある。
「ナルシスさん、怪我してるんですか? さっき、ギルドに来ましたけど」
「は?」
「セリーヌさんの加護の腕輪、その位置情報を知りたいって。個人情報だから本当はダメなんですけど……命が危ないって言われて……」
「教えたのか!?」
思わず声が鋭くなり、シャルロットが驚きに肩をすくめた。
「はい……リュシアンさんが一緒だから、心配いらないって」
「くそっ……あいつ」
背筋を冷たいものが走る。まさか、寺院を抜け出すとは思わなかった。
「いつ頃だ?」
「一時間くらい前だと思います……反応は、ムスティア大森林の中でした」
「ムスティア大森林?」
また、あの森か。
胸の奥で燻っていた嫌な予感が、はっきり形になる。
「すぐ地図を持ってきます。まだ追いつけるかもしれません」
地図を受け取り、南門を抜ける。考えるより先に身体が動いていた。
ナルシスがそこまで思い詰めていたとは誤算だった。
ひとりで敵う相手じゃないことは、あいつ自身が一番わかっているはずだ。
「くそっ。急げ。急げ」
馬を走らせながら、何度も手綱を叩く。
焦っているが、この感情は恐怖とは違う。
遅れたくない。
守ると決めた場所へ、間に合わないことが怖かった。
『男なら、大事な物は自分の手で守らなきゃダメだって』
わずか十歳のエリクでさえ、事の重要性を理解していた。
俺も、この力で守り抜いてみせる。兄も、ヴァルネットのみんなも、そしてセリーヌも。
時折、ふと怖くなることがある。
もし兄が、この世からいなくなったら。
失う痛みを知っているからこそ、止まれない。同じ穴を、誰にも開けさせたくなかった。
※ ※ ※
がむしゃらに馬を走らせ、ムスティア大森林に辿り着く。
森の中心から蜘蛛の巣状に伸びる獣道。その一本へ馬を止めた。
「無茶させたな。よく頑張ってくれた」
荒い息を吐く馬の首を撫で、大木へ手綱を括り付ける。
周囲には、魔獣避けの匂い袋を撒いた。
「ナルシス、セリーヌ……無事でいろよ」
胸ポケットから地図を取り出そうとした時だった。
「がうっ」
ラグが警戒を促すように吠える。
相棒が見つめるのは前方の木陰。枝葉へ埋もれるように、怪しげな男の姿が見える。
「冒険者か? それとも……」
賊の仲間なら好都合だ。締め上げて、根城まで案内してもらえばいい。
剣の柄に手を掛け、木々に身を隠しながら慎重に近付く。
やがて相手の姿が鮮明になった。どうやら街人のようだ。
口髭を生やした、恰幅のいい中年男。煌びやかなベストに、首飾りや指輪といった派手な装飾品。まさしく、商人のお手本のような姿だ。
「どうしたんですか、こんな所で?」
「えっ!? あぁ、冒険者の方でしたか」
驚きに目を見開いている。そっと現れ、突然に声を掛けたのがまずかったか。
「森へ鉱石を探しにね。護衛を頼んだ冒険者と待ち合わせているんですよ」
「こんな場所で? ここは危険な森だから気を付けてくださいよ」
思わず周囲を見回す。
「護身用の武器は持つべきですよ。って、そんな大きな指輪をしてたら、武器を扱うには邪魔ですね」
男の手には、大ぶりな指輪がいくつも嵌められていた。
俺は腰の短剣を抜き、近くの木へ軽く斬り込む。
「最近の短剣って、結構斬れるんですよ。案外、馬鹿にできません」
「なるほど……あなたの言う通りですね。次からは気を付けます」
軽く会釈を交わし、その場を後にする。申し訳ないが、今は他人に構っている余裕はない。
木々の濃い匂いに包まれながら、薄暗い森を進む。その途中、ふと違和感を覚えた。
「この景色……」
見覚えがある。
地図を広げ、位置を確認する。
「もしかして……」
枝葉を掻き分けた先で、視界が開けた。目の前に、大きな洞窟が現れる。
「やっぱり」
昨日、ルノーさんを助けた洞窟だ。その証拠に、近くには頭を潰された魔獣の死骸が転がっている。
ただし、昨日と違う点があった。
「死骸が三体?」
俺とルノーさんが倒したのは二体だ。誰かがここまで運んだのか。
洞窟の入口には、薄汚れた格好の男がふたり倒れている。
警戒しながら近付くと、すでに絶命していた。
ひとりは喉。もうひとりは胸。どちらも鋭利な刃で一突きにされている。
「ナルシスの細身剣か?」
憎むべき相手とはいえ、命を奪うのはやり過ぎだ。ナルシスも、かなり冷静さを失っている。
警戒しながら洞窟へ踏み込んだが、どうやらここは賊どもの根城らしい。ルノーさんは魔獣が入ってこないことを不思議がっていたが、何か仕掛けがあるのかもしれない。
「がうっ」
ラグが洞窟の奥へ向かって吠える。俺はそれを制しながら、足音を殺して進んだ。
内部構造は覚えている。通路に人の気配はない。おそらく、連中はヒカリゴケの広場に集まっている。
賊相手に後れを取るつもりはないが、警戒は緩めない。
広場へ抜ける直前。怒鳴り声と、何かを叩く鈍い音が聞こえてきた。ナルシスが戦っているのかもしれない。
壁へ背を預け、慎重に覗き込む。
十人ほどの男たちが円陣を組んでいた。その足元には、三、四人が倒れている。
「このクソガキがぁっ」
中心で誰かが殴られていた。よろめいた身体を別の男が掴み上げ、さらに横から拳が飛ぶ。そんな光景が繰り返されている。
「口先だけで、大したことねぇじゃねぇか」
息を切らした男が、引きずり起こした相手の顔を覗き込む。
「あいつらの礼は、しっかりさせて貰うからな。覚悟しろっての」
しゃがみ込み、床から何かを拾い上げた。それが緑の淡い光を照り返し、不気味に輝いた。
「こいつも返しておかなきゃなぁ。大事な物なんだろ?」
そのまま、下から抉るように肩へ突き刺した。
「ぐっ……ぁあっ!」
声を押し殺し、必死に頭を振るう人影。
後ろから羽交い締めにされ、逃げることもできない。
「なかなか頑張るな。だったら、これはどうだ?」
肩へ突き立てた刃を、捻る。
周囲の男たちから、次々と笑いが沸き上がる。
「おまえ、ほんと陰湿だな」
「敵に回したくねぇよ。何されっかわかんねぇ」
狂ったような笑い声の中で、別の男が革袋を漁っていた。
「おい見ろよ! 金がたんまり入ってやがる。今夜は酒盛りだぁ」
狂った獣たちの歓声が広場を満たし、異様な雰囲気に吐き気がする。
「男のくせに、こんなもん持ってやがる」
押さえつけられた人影の首から、ペンダントを奪う。
「返せ……」
かすれた声は、喧噪に飲まれた。
「女の写真か?」
「ちげぇよ。こりゃあ、母親っぽいな」
「ぎゃっはっ。甘ったれかよ」
「あんた、最ッ高に面白ぇよ」
頭を小突かれ、笑い者にされる。
「女を助けに来て返り討ちに遭う、甘えん坊剣士。おもしろ過ぎ」
「それにしても、あれはいい女だよなぁ」
「わかる。見た目も体型も完璧。いい匂いがした」
「だよな! お頭は、今頃お楽しみ中なんじゃねぇの? ずりぃよなぁ」
気付いた時には、身体が動いていた。
怒りだけじゃない。これは、判断だ。
見過ごせば、きっと一生、剣を握れなくなる。
剣は、人を斬るためだけの道具じゃない。
守れなかった自分を誤魔化すための言い訳でもない。
だから踏み込む。
「ふっ!」
鞘に収めたままの剣で、三人まとめて薙ぎ払った。
悲鳴を上げる暇すらなく、男たちが崩れる。
倒れ伏した連中を見下ろし、残る賊どもに視線を向けた。
慌てふためく男たちへ、死の宣告を解き放つ。
「さぁ。死にたい奴から、かかって来い」
おまえらだけは、絶対に許さない。





