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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.03 ムスティア大森林・洞窟編

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01 夢の中、彼女は遠ざかる


 思い詰めた表情のセリーヌがいた。その姿が、闇へ溶けるように遠ざかっていく。


「待て。待ってくれ」


 必死に右手を伸ばすが、指先は届かない。


 距離はわずかなはずだった。それでも埋まらない。

 先の見えない闇へ突き出したこの手は、何を掴めるのだろう。


「セリーヌ」


 叫ぶと同時に、勢いよく飛び起きる。視界へ飛び込んできたのは、見覚えのない天井だった。


 簡素なベッドに、小さなテーブル。壁際には洗面台が据え付けられている。白を基調とした室内は清潔に整えられていた。粗末ではない。ただ、どこか無機質で、夢の余韻を切り捨てるには十分すぎるほど現実的だった。


「がうっ」


 目を覚ました俺を迎えるように、ラグが左肩に飛び乗ってくる。


「ラグか……」


 ようやく意識が現実へ引き戻される。


 ぼんやりと辺りを見回していると、部屋の片隅に女性が立っていることに気付いた。驚いたように目を見開き、こちらを見つめている。


 年齢は近いだろう。美人というより、愛嬌のある可愛らしい顔立ちだ。純白の法衣をまとい、胸元には寺院の刻印がある。助祭(じょさい)か。


「ここは?」


「寺院ですわ……気が付かれて安心しました。運び込まれたことは……覚えていらっしゃいますか?」


「いえ。まったく」


 記憶を辿る。


 天使の揺り籠亭が襲撃され、セリーヌが攫われた。そこまでは、はっきり覚えている。


 その後、重傷を負ったナルシスを寺院へ運び込んだはずだ。


「ひょっとして、俺も倒れたんですか?」


 助祭はえくぼを浮かべ、柔らかく微笑んだ。


「怪我をした冒険者を運び込んだ直後に……寺院の入口で気を失われたそうです……ご立派なことをされ……お疲れだったのでしょう」


 穏やかな声音に、妙に力が抜けた。胸の奥へ、じわりと優しさが染み込んでくる。


 これが天使ってやつだ。わかるか、セリーヌ。


「って、そうだった。こんな所で寝てる場合じゃねぇ。今、何時だ?」


 テーブルに置かれた時計を見て、息を呑む。


「もう昼か!? すぐに行かねぇと」


「大丈夫ですか? 眠っている間も……随分とうなされていましたわ」


 夢の中で何度も彼女を呼んでいた。否定できるほど冷静じゃない。


「お持ち帰りしたい……とか、なんとか……」


「そっちかよ!?」


 思わず声が裏返る。

 どれだけ欲求不満なんだ、俺は。


「あの……そんなに枕を殴るほど……どこかお痛みが?」


「いえ、大丈夫です。すごく繊細で、個人的な問題なんで」


 これ以上は誤解を深めるだけだ。

 気を取り直して洗面台へ向かい、冷水で思考を引き締める。


「そうだ。お名前を伺っても?」


「私は……ブリジットです」


「俺はリュシアン・バティストです。一晩、お世話になりました」


 この名前は覚えておこう。そう思える程度には、心がささくれている。


 受付で退院の手続きを済ませ、寺院の外へ出る。降り注ぐ陽光がやけに眩しく、思わず目を細めた。


「セリーヌ……」


 胸の奥が、鈍く軋む。攫われただけで、ここまで取り乱している。気付かないうちに、彼女の存在は自分の中で大きくなっていたらしい。


 街はいつも通りだ。人々は行き交い、笑い、商いを続けている。昨晩の事件など、彼らにとっては数ある出来事のひとつに過ぎない。


「まずは手掛かりと足だな」


 加護の腕輪には追跡機能がある。ギルドでシャルロットを頼れば、居場所を掴めるはずだ。


 問題は移動手段だ。馬車では遅い。馬が必要になる。


 真っ先に思い浮かんだのは、天使の揺り籠亭だった。宿なら、旅人に貸し出す馬を飼っている。


 急ぎ足で向かったものの、宿の周囲はすでに封鎖されていた。衛兵たちが警戒線を張り、その中心では、入口を塞ぐように男が仁王立ちしている。シモンだ。


「熊さん。昨日の今日でご苦労様です」


「貴様か。何の用だ」


 相変わらず愛想の欠片もない。


「一緒に戦った仲じゃないですか」


「冒険者と馴れ合うつもりはない。昨日は利害が一致しただけだ」


 無愛想な横顔を見ながら、昨晩イザベルから聞いた話を思い出す。


 衛兵という仕事に誇りを持ち、その日暮らしで適当に暮らす冒険者を軽んじる男。

 だが、本音は違う。冒険者に憧れていたものの、厳格な父に猛反対され、その道をあきらめた。

 裏に秘めた憧れと挫折を、俺はもう知っている。


「用がないなら消えろ」


「あるから来たんだ。この宿を調べたなら知ってますよね。セリーヌが、ここを襲撃した相手に攫われた」


「セリーヌ……襲撃された部屋に泊まっていたという女性か」


 あんたの脳は正常か。


「そうか……噛み砕いて言うなら、ドンブリ娘。でしたね」


「ドンブリっ!?」


 なぜか赤面して後ずさる。

 さては、熊殺しを思い出したな。


「今から助けに行くんです。馬が必要だ。それに武器も」


「何が言いたい」


「宿の馬を借りたい。それと、ナルシスから没収した細身剣(レイピア)を貸してください」


 シモンは深々と溜め息を吐いた。


「馬小屋は全滅だ。追跡を嫌った連中の仕業だろう。剣は兵舎の倉庫だ。場所は知らん」


「そこを何とか。魔法剣が必要なんです」


 シモンはしばらく黙り込んだ後、真っ直ぐこちらを見据えてきた。


「剣は貸せん。だが馬なら構わん。そこに俺の馬がある」


「ついでに剣も」


「ダメだ。武器屋で買え」


「並の武器屋に魔法剣なんてありません。希少品です。あったとしても値段が桁違いだ」


 愛用の剣がない。それだけで、身体の奥に焦燥が積もっていく。

 蜘蛛型魔獣アレニエに対する苛立ちが、胸の底で燻った。


「普通の剣で我慢すればいいだろう」


「それができないから頼んでるんです。今日だけでいいですから」


「何が何でもダメだ。騒ぐなら馬も貸さん」


 これ以上は無理だ。馬を借りられただけでも良しとするしかない。


 そうして、手綱を引きながら通りを進む。剣がないというだけで、落ち着かなかった。


「今頃、セリーヌは……」


 賊というケダモノたちに囲まれているかもしれない。想像は、最悪の形ばかりを描いていく。


「あいつに何かあれば、賊は八つ裂きだ」


 人を斬ったことはない。

 だが今なら、その一線を越えることに躊躇はなかった。


「この手が、血に染まっても構わない」


 あの笑顔を守れるなら、自分のことなんて後回しだ。


「よお、牡鹿(おじか)の」


 不意に肩を叩かれ、我に返る。


「どうした、ボサッとしやがって。これからおまえの店へ、一杯やりに行く所だぜ」


「一発やる?」


 危うく殺気が漏れかける。腰に剣があれば、迷わず抜いていた。


「昼間っから、なに言ってんだ。欲求不満か? 若い奴は歓楽街で発散してこい」


 否定しきれない沈黙が、余計に苛立ちを増幅させた。


「昼間からって、人のこと言えないでしょう。これから酒なんですよね?」


「構わんだろ。余生短い老人の楽しみだぜぇ」


 そんな寂しそうな目を向けないで欲しい。


「お好きにしてください……俺は急いでるんで、ここで」


「牡鹿の。剣はどうした? 取り返したはずだろ」


 その一言で、足が止まる。


「俺の剣は、アレニエに奪われたままじゃないですか」


 ルノーさんが怪訝そうに眉をひそめる。


「おまえさん、大丈夫か?」


 同じ言葉を、そのまま返したくなる。


「よくわからねぇが、剣を探してるんだな。なら、儂の取って置きをやる」


「え?」


 ルノーさんは俺の手を掴み、何かを強引に握らせてきた。


「昨日の礼だ。金はいらん」


 それは、Y字型の(さお)にゴム紐を張った武器だった。


「スリング・ショットじゃないですか。こんなので戦えますか?」


「こんなのって、馬鹿か!?」


 怒鳴られ、思わず口を閉ざす。


「なんだ。不満か?」


「当たり前じゃないですか。俺は剣士ですから」


 ルノーさんは困ったように頭を掻いた。


「仕方ねぇ。付いてこい……取って置きの男を紹介してやる」


「は?」


 訳がわからないが、今は縋れるものに縋るしかない。

 半信半疑のまま、その背中を追いかけた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] それぞれの話の表現や描写、戦闘シーン、キャラクターなどは高水準で面白いと感じました。 [気になる点] ストーリーの展開、つなぎ目が強引すぎてちょっとついていけないです。 テンポを意識して間…
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