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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.02 ムスティア大森林編

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13 見えない悪意を纏った夜


「やった……」


 銀の軌跡は河面をふたつに裂き、そのまま夜の闇へ溶けていく。


 剣から輝きが失われるのと同時に、全身から一気に力が抜けた。


「がうっ」


 右手の紋章からラグが飛び出し、俺の左肩へ飛び乗ってくる。


「さすがに……限界か」


 竜の力が切れた。


 一日に二度も使った反動は、想像以上だ。呼吸は荒く、指先ひとつまともに動かせない。膝から崩れ落ち、そのまま河原へ倒れ込んだ。


 見上げた夜空には、白い月が静かに浮かんでいる。


「がう、がうっ」


 ラグは胸を張り、勝ち誇ったように耳元で吠える。


「勝った……勝ったぞ……」


 全身は悲鳴を上げている。それでも、不思議と胸には充足感が満ちていた。


「約束どおり、好きにできるぞ」


 まずはパーティ契約を結んで、それから知りたい情報を聞き出す。


 そんな都合のいい妄想をしていた時だった。


 河原の向こうで、小さく砂を踏む音が響く。


「は?」


 どうにか頭だけを持ち上げた。


「あれをくらって、まだ動けるのか……」


 セリーヌが、杖を支えにして立ち上がっていた。


 息は乱れている。それでも、彼女は静かに微笑んでいる。


「お見事です。これが私(わたくし)以外の相手なら、決着はついていたでしょう」


「どういう意味だ?」


 セリーヌは、自らの純白の長衣へ触れた。


「これは神竜衣(しんりゅうい)プロテヴェリ。竜の鱗と骨の粉末を織り込み、神竜の加護を受けた装束です。これが、竜の力による攻撃の威力を軽減してくれました」


 そう言うと、彼女は胸元へ手を当てた。柔らかな癒やしの光が傷口を包み込み、火傷や裂傷がみるみる塞がっていった。


「あなたは、もう動けません。決着です」


 それは静かな宣告だった。


「あなたの力を試すためとはいえ、使わないと約束した竜臨活性(ドラグーン・フォース)を使いかけました。私もそれほどまでに追い詰められました」


 隣へ歩み寄ったセリーヌが、神竜剣を拾う。その姿を見ながら、悔しさが込み上げた。


「覚悟は拝見しました。竜の力も本物です。片鱗は確かにありますが、神器(じんぎ)を操るには、まだ未熟です」


「待ってくれ……」


「今後の可能性を見込み、命までは奪いません。ですが、この剣は返していただきます」


 セリーヌは神竜剣へ視線を落とした。


「責任を持って長老の元へ届けますので、ご安心ください」


「それじゃ駄目なんだ」


 声を張り上げても、身体が動かない。


「兄貴を追う、唯一の手掛かりなんだ……それに、まだ戦える……」


「気持ちに、身体が追いついていませんよ」


 セリーヌはどこか寂しそうに微笑み、俺の胸元へ手を添えた。


「神器と竜臨活性(ドラグーン・フォース)を操りながらも、あなたは突然、その力を手に入れたと仰いました。ならば……一族の者ではないのですね」


「は? 何だって?」


 知らない情報を、一方的に告げられている。


「すみません。あなたの記憶から消していましたね」


 セリーヌは、わずかに目を伏せた。


「私が竜術と呼ばれる力を使えることも……」


 目の前にいるセリーヌが、急に別人になったような気がした。


「この剣は神器。正しき名は神竜剣(しんりゅうけん)ディヴァイン。そして、銀の髪へ変わる身体強化の力が竜臨活性(ドラグーン・フォース)です」


 知らない言葉ばかりが、次々と流れ込む。


「あなたの行動を観察していました」


 セリーヌは一度言葉を切った。


「あなたは、私が思っていたよりもずっと愚かで……ずっと優しい人でした」


 その声音に、先ほどまでの冷たさはない。


「食堂で働く合間にも、人助けを兼ねて依頼をこなし、街の人々からも慕われている。少なくとも、悪い方ではありません」


 そこで再び、彼女は静かに目を伏せる。


「ですが、“災厄(さいやく)の魔獣”を探している素振りは、微塵もありませんでした」


「災厄の……魔獣?」


「やはり、ご存じないのですね」


 月明かりに照らされた瞳だけが、深く沈んでいる。


「あの巨大魔獣を」


 わずかな間を置き、セリーヌは続けた。


「我々の島を、滅ぼしかけた存在です」


 落胆を滲ませた声音に、胸がざわつく。


「それが君の目的なのか……だったら、剣を返してもらえれば、俺も手伝える」


 言葉は届かない。身体は、もう自分のものではないように重かった。


「無理をしないでください」


 セリーヌは俺の隣へしゃがみ込み、両手で包み込むように頬へ触れてくる。


 悔しさと焦燥が、胸を締めつけた。


「竜の力を、どう得たのか興味はあります。ですが、それは別の機会に……」


 彼女は、すべてを割り切ったような口調で続ける。


「本日の大森林での戦闘の一部を含め、竜術や竜撃、竜臨活性(ドラグーン・フォース)に至るまで、すべての情報を消します」


「待て……」


「そして、“神竜剣は魔獣アレニエに奪われた”という記憶へ書き換えます」


「待て……やめてくれ!」


 黄金色の光が、セリーヌの瞳へ宿る。


 ラグの吠える声が遠くに聞こえた。


 視界が滲み、意識がゆっくりと黒に溶けてゆく。


※ ※ ※


 目を覚ますと、街の南門脇にあるベンチに寝かされていた。木陰で倒れていたところを、巡回中の衛兵に運ばれたらしい。


 記憶が妙に曖昧だ。


 終末の担い手に関係しているらしい冒険者の一団と戦い、アンナとレオンに救われた。


 大森林でルノーさんを助け、無事に街へ戻ってきた。


 そこまでは覚えている。


「結局、神竜剣はアレニエに奪われたままなんだよな……」


 その後、気晴らしのつもりで夜の散歩へ出たはずが、それから先の記憶がない。なぜか装備を身につけているのも妙だ。


「どうなってんだ?」


 ラグだけが落ち着かない様子を見せている。膝の上で丸くなっているものの、時折、不安そうに耳を動かしていた。


 胸の奥には、理由のわからない喪失感だけが残っている。


「疲れてるのかもな……帰って寝よう……」


 牡鹿亭へ戻り、ベッドへ倒れ込む。そのまま、泥のように眠りについた。


 そして数時間後。目覚ましには派手すぎる轟音が、街中へ響き渡った。


「なんだ……」


 飛び起きると、窓の外が騒然としていた。


 時刻は深夜三時。通りには大勢の人々が集まり、そのざわめきが街全体へ広がっている。


「何があったんですか?」


 外へ出ると、イザベルさんも不安そうに通りの向こうを見つめていた。


「街の中心で、爆発騒ぎが起きたみたいなんだよ」


「魔獣か?」


 だが、防御壁(ぼうぎょへき)が破壊された痕跡は見当たらない。


 混乱する人波が左右へ割れ、一頭の白馬がこちらへ駆け込んできた。


「びゅんびゅん丸?」


 その背には、ぐったりと倒れ込むナルシスの姿がある。指先から赤いものが滴り、血の匂いが鼻腔を刺した。


「どうした?」


 駆け寄ると、ナルシスは薄く目を開く。そして必死に、俺の腕を掴んできた。


「リュシアン・バティスト……姫の宿泊先、“天使の揺り籠亭”が……賊に襲われた……」


 唇が震え、瞳には涙が浮かんでいる。


「すまない……力及ばず……姫が、さらわれてしまった……」


「セリーヌが!?」


「賊の狙いは……姫だけではなさそうだ……」


 ナルシスは苦しそうに息を吐く。


「姫が持っていた杖と……剣を……大事そうに抱えていった……」


「剣って、何のことだ?」


 セリーヌが持っているのは杖だけだ。


 詳しい話を聞きたいが、ナルシスの呼吸は浅い。意識を保つのも限界に見える。


「賊は、どこへ行った?」


「わからない……姫を助けてくれ……頼れる人物は、君しか思いつかなかった……」


 どうにか、かすれた声を絞り出す。


「妙だった……あいつら……金目当ての盗賊の動きじゃない……」


 そこまで言って、ナルシスは意識を失った。


 胸の奥で、何かが燃え上がる。


 怒り。焦り。そして、得体の知れない不安。


 理屈より先に、身体が動いていた。


 違う。ナルシスのためだけじゃない。俺自身が、セリーヌを失いたくないんだ。


 大森林で疲弊していた彼女が、屋内で奇襲を受けた。もし魔法の使用をためらい、その結果、連れ去られたのだとしたら。


 そんなことは、耐えられない。


「見つけたら叩き潰す」


 誘拐の理由なんて関係ない。


 魔導師だから狙われたのか。それとも、別の目的があるのか。


 今は、そんなことすらどうでもよかった。


「待ってろ。必ず助ける」


 見えない悪意に包まれた夜へ向け、拳を握りしめる。


 明日の行方が見えなくても、今は動き出すしかない。


 セリーヌを助け出すために。

QUEST.02 ムスティア大森林編 <完>


<DATA>


< リュシアン=バティスト >

□年齢:24

□冒険者ランク:A

□称号:碧色の閃光

[装備]

冒険者の服


挿絵(By みてみん)




< セリーヌ=オービニエ >

□年齢:23

□冒険者ランク:D

□称号:ドンブリ娘(仮)

[装備]

神竜杖ディヴィセプトル

蒼の法衣

神竜衣プロテヴェリ

神竜剣ディヴァイン


挿絵(By みてみん)




< ナルシス=アブラーム >

□年齢:20

□冒険者ランク:C

□称号:涼風の貴公子

[装備]

細身剣

華麗な服


挿絵(By みてみん)




< アンナ=ルーベル >

□年齢:22

□冒険者ランク:A

□称号:神眼の狩人

[装備]

双剣

クロスボウ・夢幻翼《レーヴ・エール》

軽量鎧


挿絵(By みてみん)




< レオン=アルカン >

□年齢:24

□冒険者ランク:A

□称号:二物の神者

[装備]

長剣

軽量鎧


挿絵(By みてみん)




< シモン=アングラード >

□年齢:30

□冒険者ランク:なし

□称号:衛兵長

[装備]

戦鎚

軽量鎧


< ルノー=ブラショ >

□年齢:62

□冒険者ランク:なし(元B)

□称号:殺人道具の探求者

[装備]

スリング・ショット

冒険者の服



ラフスケッチ画:やぎめぐみ様

twitter:@hien_drawing

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