13 見えない悪意を纏った夜
「やった……」
銀の軌跡は河面をふたつに裂き、そのまま夜の闇へ溶けていく。
剣から輝きが失われるのと同時に、全身から一気に力が抜けた。
「がうっ」
右手の紋章からラグが飛び出し、俺の左肩へ飛び乗ってくる。
「さすがに……限界か」
竜の力が切れた。
一日に二度も使った反動は、想像以上だ。呼吸は荒く、指先ひとつまともに動かせない。膝から崩れ落ち、そのまま河原へ倒れ込んだ。
見上げた夜空には、白い月が静かに浮かんでいる。
「がう、がうっ」
ラグは胸を張り、勝ち誇ったように耳元で吠える。
「勝った……勝ったぞ……」
全身は悲鳴を上げている。それでも、不思議と胸には充足感が満ちていた。
「約束どおり、好きにできるぞ」
まずはパーティ契約を結んで、それから知りたい情報を聞き出す。
そんな都合のいい妄想をしていた時だった。
河原の向こうで、小さく砂を踏む音が響く。
「は?」
どうにか頭だけを持ち上げた。
「あれをくらって、まだ動けるのか……」
セリーヌが、杖を支えにして立ち上がっていた。
息は乱れている。それでも、彼女は静かに微笑んでいる。
「お見事です。これが私以外の相手なら、決着はついていたでしょう」
「どういう意味だ?」
セリーヌは、自らの純白の長衣へ触れた。
「これは神竜衣プロテヴェリ。竜の鱗と骨の粉末を織り込み、神竜の加護を受けた装束です。これが、竜の力による攻撃の威力を軽減してくれました」
そう言うと、彼女は胸元へ手を当てた。柔らかな癒やしの光が傷口を包み込み、火傷や裂傷がみるみる塞がっていった。
「あなたは、もう動けません。決着です」
それは静かな宣告だった。
「あなたの力を試すためとはいえ、使わないと約束した竜臨活性を使いかけました。私もそれほどまでに追い詰められました」
隣へ歩み寄ったセリーヌが、神竜剣を拾う。その姿を見ながら、悔しさが込み上げた。
「覚悟は拝見しました。竜の力も本物です。片鱗は確かにありますが、神器を操るには、まだ未熟です」
「待ってくれ……」
「今後の可能性を見込み、命までは奪いません。ですが、この剣は返していただきます」
セリーヌは神竜剣へ視線を落とした。
「責任を持って長老の元へ届けますので、ご安心ください」
「それじゃ駄目なんだ」
声を張り上げても、身体が動かない。
「兄貴を追う、唯一の手掛かりなんだ……それに、まだ戦える……」
「気持ちに、身体が追いついていませんよ」
セリーヌはどこか寂しそうに微笑み、俺の胸元へ手を添えた。
「神器と竜臨活性を操りながらも、あなたは突然、その力を手に入れたと仰いました。ならば……一族の者ではないのですね」
「は? 何だって?」
知らない情報を、一方的に告げられている。
「すみません。あなたの記憶から消していましたね」
セリーヌは、わずかに目を伏せた。
「私が竜術と呼ばれる力を使えることも……」
目の前にいるセリーヌが、急に別人になったような気がした。
「この剣は神器。正しき名は神竜剣ディヴァイン。そして、銀の髪へ変わる身体強化の力が竜臨活性です」
知らない言葉ばかりが、次々と流れ込む。
「あなたの行動を観察していました」
セリーヌは一度言葉を切った。
「あなたは、私が思っていたよりもずっと愚かで……ずっと優しい人でした」
その声音に、先ほどまでの冷たさはない。
「食堂で働く合間にも、人助けを兼ねて依頼をこなし、街の人々からも慕われている。少なくとも、悪い方ではありません」
そこで再び、彼女は静かに目を伏せる。
「ですが、“災厄の魔獣”を探している素振りは、微塵もありませんでした」
「災厄の……魔獣?」
「やはり、ご存じないのですね」
月明かりに照らされた瞳だけが、深く沈んでいる。
「あの巨大魔獣を」
わずかな間を置き、セリーヌは続けた。
「我々の島を、滅ぼしかけた存在です」
落胆を滲ませた声音に、胸がざわつく。
「それが君の目的なのか……だったら、剣を返してもらえれば、俺も手伝える」
言葉は届かない。身体は、もう自分のものではないように重かった。
「無理をしないでください」
セリーヌは俺の隣へしゃがみ込み、両手で包み込むように頬へ触れてくる。
悔しさと焦燥が、胸を締めつけた。
「竜の力を、どう得たのか興味はあります。ですが、それは別の機会に……」
彼女は、すべてを割り切ったような口調で続ける。
「本日の大森林での戦闘の一部を含め、竜術や竜撃、竜臨活性に至るまで、すべての情報を消します」
「待て……」
「そして、“神竜剣は魔獣アレニエに奪われた”という記憶へ書き換えます」
「待て……やめてくれ!」
黄金色の光が、セリーヌの瞳へ宿る。
ラグの吠える声が遠くに聞こえた。
視界が滲み、意識がゆっくりと黒に溶けてゆく。
※ ※ ※
目を覚ますと、街の南門脇にあるベンチに寝かされていた。木陰で倒れていたところを、巡回中の衛兵に運ばれたらしい。
記憶が妙に曖昧だ。
終末の担い手に関係しているらしい冒険者の一団と戦い、アンナとレオンに救われた。
大森林でルノーさんを助け、無事に街へ戻ってきた。
そこまでは覚えている。
「結局、神竜剣はアレニエに奪われたままなんだよな……」
その後、気晴らしのつもりで夜の散歩へ出たはずが、それから先の記憶がない。なぜか装備を身につけているのも妙だ。
「どうなってんだ?」
ラグだけが落ち着かない様子を見せている。膝の上で丸くなっているものの、時折、不安そうに耳を動かしていた。
胸の奥には、理由のわからない喪失感だけが残っている。
「疲れてるのかもな……帰って寝よう……」
牡鹿亭へ戻り、ベッドへ倒れ込む。そのまま、泥のように眠りについた。
そして数時間後。目覚ましには派手すぎる轟音が、街中へ響き渡った。
「なんだ……」
飛び起きると、窓の外が騒然としていた。
時刻は深夜三時。通りには大勢の人々が集まり、そのざわめきが街全体へ広がっている。
「何があったんですか?」
外へ出ると、イザベルさんも不安そうに通りの向こうを見つめていた。
「街の中心で、爆発騒ぎが起きたみたいなんだよ」
「魔獣か?」
だが、防御壁が破壊された痕跡は見当たらない。
混乱する人波が左右へ割れ、一頭の白馬がこちらへ駆け込んできた。
「びゅんびゅん丸?」
その背には、ぐったりと倒れ込むナルシスの姿がある。指先から赤いものが滴り、血の匂いが鼻腔を刺した。
「どうした?」
駆け寄ると、ナルシスは薄く目を開く。そして必死に、俺の腕を掴んできた。
「リュシアン・バティスト……姫の宿泊先、“天使の揺り籠亭”が……賊に襲われた……」
唇が震え、瞳には涙が浮かんでいる。
「すまない……力及ばず……姫が、さらわれてしまった……」
「セリーヌが!?」
「賊の狙いは……姫だけではなさそうだ……」
ナルシスは苦しそうに息を吐く。
「姫が持っていた杖と……剣を……大事そうに抱えていった……」
「剣って、何のことだ?」
セリーヌが持っているのは杖だけだ。
詳しい話を聞きたいが、ナルシスの呼吸は浅い。意識を保つのも限界に見える。
「賊は、どこへ行った?」
「わからない……姫を助けてくれ……頼れる人物は、君しか思いつかなかった……」
どうにか、かすれた声を絞り出す。
「妙だった……あいつら……金目当ての盗賊の動きじゃない……」
そこまで言って、ナルシスは意識を失った。
胸の奥で、何かが燃え上がる。
怒り。焦り。そして、得体の知れない不安。
理屈より先に、身体が動いていた。
違う。ナルシスのためだけじゃない。俺自身が、セリーヌを失いたくないんだ。
大森林で疲弊していた彼女が、屋内で奇襲を受けた。もし魔法の使用をためらい、その結果、連れ去られたのだとしたら。
そんなことは、耐えられない。
「見つけたら叩き潰す」
誘拐の理由なんて関係ない。
魔導師だから狙われたのか。それとも、別の目的があるのか。
今は、そんなことすらどうでもよかった。
「待ってろ。必ず助ける」
見えない悪意に包まれた夜へ向け、拳を握りしめる。
明日の行方が見えなくても、今は動き出すしかない。
セリーヌを助け出すために。
QUEST.02 ムスティア大森林編 <完>
<DATA>
< リュシアン=バティスト >
□年齢:24
□冒険者ランク:A
□称号:碧色の閃光
[装備]
冒険者の服
< セリーヌ=オービニエ >
□年齢:23
□冒険者ランク:D
□称号:ドンブリ娘(仮)
[装備]
神竜杖ディヴィセプトル
蒼の法衣
神竜衣プロテヴェリ
神竜剣ディヴァイン
< ナルシス=アブラーム >
□年齢:20
□冒険者ランク:C
□称号:涼風の貴公子
[装備]
細身剣
華麗な服
< アンナ=ルーベル >
□年齢:22
□冒険者ランク:A
□称号:神眼の狩人
[装備]
双剣
クロスボウ・夢幻翼
軽量鎧
< レオン=アルカン >
□年齢:24
□冒険者ランク:A
□称号:二物の神者
[装備]
長剣
軽量鎧
< シモン=アングラード >
□年齢:30
□冒険者ランク:なし
□称号:衛兵長
[装備]
戦鎚
軽量鎧
< ルノー=ブラショ >
□年齢:62
□冒険者ランク:なし(元B)
□称号:殺人道具の探求者
[装備]
スリング・ショット
冒険者の服
ラフスケッチ画:やぎめぐみ様
twitter:@hien_drawing





