12 月下の決闘
「そもそも、魔導師なのに露出が高過ぎるんだよ。なんなんだ。その、けしからん法衣は」
すると、セリーヌの頬が耳まで染まった。
「その……以前、立ち寄った街で……この法衣が売れないと、今日食べる物にも困ると、商店の男性が泣いていらしたもので……」
「売り付けられたのか? だったら買うだけ買って、着なきゃよかっただろ」
「それが……私の着ていた物を下取りさせて欲しいと仰られて……商店の奥で着替え、差額をお支払いしたのです」
どこまで純粋なんだ。そんな店なら、下手をすれば着替えまで覗かれている。
店を聞きだして、店主を問い詰めたい。
「そんなことはどうでも良いのです」
セリーヌは白の長衣から手を離し、拳をぶんぶん振っている。必死な様子に、思わず息を吐いた。
「こうなれば、今晩お時間をください」
「はい?」
「二十二時。街の南門を抜けた河原でお待ちしております。その装備でいらしてください」
「装備? なんでだよ」
告白かと思ったら、なぜか装備指定。予想の斜め上だ。
「詳細はその時にお伝えします」
強い口調で言い放ち、俺を睨んできた。
「それと、待ち合わせていることは内密に願います。誰かに漏らせば、求める情報は得られないと心得てください。では、後ほど」
「待ってくれ。ちゃんと説明してくれよ」
俺の声を無視して、セリーヌは足早に立ち去っていく。
※ ※ ※
その夜。言われた通り河原にやってきた。月明かりの下、川面を眺めるセリーヌの後ろ姿が見える。
銀色の光が髪を縁取り、淡い霧のような夜気が俺たちを包む。世界がこの一瞬だけ隔離されたかのようだ。
「話って何だ?」
振り返る瞳に、強い意思が宿っているのがわかった。
「先にお伝えしておきます。私は竜眼という力を行使できます」
「竜眼?」
「はい。使用した相手の記憶を書き換える力です。二十四時間以内の記憶に限られますが」
「なんだよ、それ……」
そんな力まで存在するのか。
「あなたにも一度、この力を行使しました。竜の力を使うところを拝見しましたが、正体がわからないままだったものですから」
胸の奥がざらつく。
「俺の、正体?」
「はい。竜の力を扱えるにも関わらず、神器にも疎く、無知と言わざるを得ません」
「だから、それは一方的に与えられた力で……俺に力を授けた竜を探せば、すべての理由がわかると思ってるんだ」
「それが、あなたを警戒している理由です」
セリーヌは諦めたように短く息を吐いた。
「ここへお呼び立てしたのは、その剣、神竜剣ディヴァインについてです。熟考しましたが、あなたに預けておくわけにはいきません。その資格があるかどうか、勝負してください」
「本気か?」
「本気です。私が勝ったら、剣を渡していただきます」
「俺に勝てると思うのか?」
「私が負ければ、知っていることをすべてお話しします。その上で、身も心も好きにしていただいて構いません」
心臓が跳ねたが、流される時じゃない。
「俺だって、この剣は手放せないんだ。他に納得できる方法はねぇのかよ」
「ありません。その剣を持つ資格があるか。それだけです」
きっぱりと言い放ってきた。交渉の余地はないということか。
「ドラグ……」
セリーヌは何かを言いかけたが、慌てたように口をつぐんだ。
「いえ……“竜の力”は使いません。私も疲弊しており、制御できませんから」
「そりゃ大盤振る舞いだな」
こちらも疲労困憊だ。竜の力も一日一回と決めている。
「きゅうぅん……」
ラグが左肩の上で困ったように鳴く。
「では、始めましょう」
「どうあっても戦うしかねぇのか」
杖を構えるセリーヌの姿には、揺るぎない覚悟がにじんでいる。
「手加減は無用です。本気で来てください」
「怪我しても責任は取れねぇぞ」
「負けません。むしろ本気で来なければ、あなたが命を落とします」
静かな殺気が肌へ突き刺さる。呼吸を整え、剣を握り直すと、嫌な汗が背を伝った。
「がうっ」
左肩から飛び立ったラグを合図に、一気に踏み込む。狙うのはセリーヌの魔導杖だ。奪えれば無力化できる。
「雷竜轟響!」
紫電が真一文字に走った。触れれば電撃の餌食だ。
雷の魔法石を投げ込み、雷撃を相殺する。弾けた雷光の横を駆け抜け、低い姿勢で飛び込んだ。闇夜に、碧色の剣光が走る。
「ふっ!」
腹部を狙った横薙ぎの一閃。傷を負わせることになっても、今は手加減できない。
だが、セリーヌは寸前で身を引いた。斬撃を受け止めた杖から、硬い金属音が響く。
「地竜裂破!」
次の瞬間、地面が爆ぜるように隆起した。
「ちっ」
横へ飛び、迫る土壁をかわす。
しかし顔を上げた時には、炎の渦が目前に迫っていた。
「ぐあぁぁぁっ」
全身を灼く熱が襲う。息が詰まり、地面を転げ回って炎を消した。
腕輪の魔力障壁は赤に変わり、身体から煙が立ち上っている。
四つん這いになっているところへ、セリーヌが静かに歩み寄ってきた。
「無力さを思い知りましたか。剣を渡すのならば、命までは奪いません」
冷たい声音だが、その言葉が逆に闘争心へ火を点ける。
「ふざけんな。勝負はまだこれからだ」
ふらつく足で立ち上がり、剣を構え直す。絶対に負けられない。
「吠え面をかかせてやる」
再び駆け、立ち上がる際に腰の革袋から抜き取っておいた閃光玉を、左手で投げつける。
「きゃあっ」
炸裂した閃光が闇を裂く。セリーヌが腕で顔を庇った隙に、雷の魔法石を彼女の足元へ叩きつけた。
「あぁぁぁっ」
電撃に、セリーヌの身体が痙攣する。
胸が痛まないわけじゃない。それでも、ここで情けをかける余裕はなかった。
すかさず杖に手を伸ばした。
だが、セリーヌは強く握り締めて離さない。
「こいつ……」
膝蹴りが頭をよぎるが、格闘戦までは思い切れない。
「渡しません。絶対に」
鋭い瞳がこちらを射抜く。退路を断たれたような圧だ。
卑怯でも構わない。まともに押し切れないなら、こっちも手段を選んでいられない。
「これでどうだ」
杖から左手を離し、法衣越しに胸を掴む。これで狼狽するはずだ。
「飛竜斬駆!」
予想外の反撃だった。セリーヌは眉ひとつ動かさず、腹部へ衝撃波を叩き込んできた。
破砕音と共に身体が浮き、背中から地面へ叩きつけられる。
「がっ!」
肺から空気が抜ける。内臓が軋み、視界が揺れた。
腕輪が警告音を鳴らし、魔力障壁が消滅する。
「まだだ……」
残る力を振り絞り、どうにか立ち上がる。セリーヌは杖を構え、俺を見据えていた。
「もう後戻りはできねぇ」
この剣の先に、まだ知らない何かがある。兄が待っている気がする。
そんな確信にも似た感覚だけが残っている。
「ラグ。来い!」
右腕を水平に突き出すと、甲の紋章に、ラグの姿が吸い込まれた。全身へ凄まじい解放感が広がる。
「まさか竜臨活性を!? 一日に二度も使えば身体が……」
「関係ねぇ。負けたら終わりだ」
全身が悲鳴を上げていた。次が最後の一撃になる。
剣を構え、意識を刃へ集中する。
この剣が神器だなんて大層なものなら、力を示せ。ずっと沈黙していたのは、俺が正当な所有者じゃないからなのか。
「応えろ。神竜剣ディヴァイン!」
血流そのものが流れ込むように、力が剣へ集まっていく。碧色の刃が、銀色の輝きを帯びた。
セリーヌの目が大きく見開かれる。
「神竜剣が呼応している……」
その反応を見て確信した。今ならすべてを斬り裂ける。
セリーヌが杖を振るう。
「飛竜斬駆!」
真空の刃が顕現した。受ければ終わりだが、俺にもこの力がある。
脳裏へ、一閃の光景が浮かんだ。ラグを模した銀竜が、大地を抉り、空を裂いて駆け抜ける。
「ここだぁ!」
咆哮と共に、上段から剣を振り下ろした。
銀の竜が奔流となって迸り、迫る真空の刃を打ち砕く。
勢いは止まらない。そのままセリーヌを飲み込み、轟音が夜へ響き渡った。
彼女の腕輪から警告音が鳴る。
光が弾け、最後に残ったのは、仰向けに倒れたセリーヌの姿だった。





