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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.02 ムスティア大森林編

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10 交わらない刃


 断崖を背にしているおかげで、後ろから襲われる心配はない。それだけが救いだった。


 じりじりと距離を詰めてくる冒険者たちを見据えながら、生温い風が森を抜けていく。


 低く身構えたアンナが、素早く周囲を伺う。


「アンナが後衛に斬り込むよ。弓と魔導師を抑えるから、前をお願い。断崖の横にアレニエが掘った洞窟があるの。お爺さんはそこに」


 言い終えるより早く、アンナが地を蹴った。


 それに呼応するように、三十人近い冒険者たちが一斉に襲いかかってくる。


「轟響創造(ラクレア・トネール)!」


 セリーヌの杖が横薙ぎに振るわれ、軌跡に沿って電撃が奔(ほとばし)った。続けざまにナルシスの閃光玉が炸裂し、白光が森を染める。


 だが、敵は止まらない。


 白目を剥いた異様な顔のまま、痛みも恐怖も感じていないように突進してくる。視覚が残っているのかさえ怪しい。閃光玉も効いていないのだろう。


 シモンとナルシスが怒声を上げながら迎え撃む一方で、後方からは魔法と矢が雨のように降り注いでいる。アンナひとりでは、とても抑え切れない。


「がうっ」


 左肩の上から、ラグの警告が飛んだ。


「わかってる」


 俺も火球の接近には気付いていた。


 神竜剣には魔力が宿っている。並の攻撃魔法なら、斬り裂ける。


 横薙ぎに剣を振るうと、火球が真っ二つに裂けた。熱風だけが周囲へ散っていく。


「ルノーさんを早く」


 中堅衛兵を促し、断崖の洞窟へ向かわせる。それでも、胸の奥には重い葛藤が残っていた。


 できれば、人は斬りたくない。


 叶わない願いだとわかっていても、どうしても割り切れなかった。


 だが、現実はそんな甘さを許してくれない。


 前方では、セリーヌが複数人に杖を押さえ込まれ、魔法を封じられている。シモンとナルシスも大勢に囲まれ、押し込まれていた。


「くそっ」


 駆け出そうとしても、身体に力が入らない。


 それでも、セリーヌだけは見捨てられない。守りたいという気持ち以上に、彼女の魔法なら、この状況を覆せるという希望がある。


「人を斬れないなんて言ってられねぇ……」


 剣を握り直す。もう迷っている暇はない。


 セリーヌを助けるためなら、人も斬る。


 覚悟を決めて踏み込んだ、その時だった。


「蒼駆(そらか)ける風、自由の証(あかし)。この身へ宿りて敵を裂け。斬駆創造(ラクレア・ヴァン)!」


 森の奥から突風が吹き荒れ、幾筋もの風刃が飛来した。頬を掠めた風が、肌を裂くように鋭い。


 木々の葉が細切れになって舞い、風刃が敵陣を切り裂いていく。


 その刃は仲間を避けるように駆け抜け、十名近い前衛が一気に崩れ落ちた。


「誰だ……」


 森の奥へ目をこらす。茂みを押し分け、ひとりの男が姿を現した。


 茶色がかった髪が風に揺れている。切れ長の瞳は戦場を静かに見据え、右手には細身の長剣が握られていた。


 敵の斬撃を剣で流し、返す刃で喉を裂く。


 左手に宿した風が足元を抉り、その隙へ剣撃が叩き込まれた。


 剣と魔法がひとつの旋律のように噛み合い、前衛がひとり、またひとりと沈んでいく。


「魔法剣士か……」


 尋常じゃない強さだ。たったひとりで、戦場そのものを支配している。


 最近、ギルドで噂になっている男のことが頭をよぎった。


『剣も魔法も並外れた、神の申し子みたいな奴がいるんだよ』


 もし、あれがこいつなら。


「強い……」


 風刃が通り過ぎるたび、背筋が震えた。


「後ろは崩すね」


 アンナが後衛に駆け込んでいく。


 逆手に構えた双短剣が敵を翻弄する。男の風刃が道を切り開き、魔法や矢の集中を分断した。


 ふたりの連携は、異常に噛み合っている。


「終わったか」


 男は無造作に剣を収めた。感情の欠片もない視線に、不快感がじわりと広がる。


 そこへ、アンナが駆け寄った。


「ありがとね、レン君。助かったよ」


「森にいた魔獣の方が、まだ歯応えがある」


 男の素っ気ない返しに、俺は目を見開いた。


「アンナ。知り合いなのか!?」


「そっか。リュー兄(にい)は知らないんだっけ」


 アンナがいたずらっぽく笑う。


「リュー兄が抜けた後、フェリさんが“秘蔵っ子”だって連れてきたの。年もランクもリュー兄と同じ。二物(にぶつ)の神者(しんじゃ)って言えばわかるでしょ」


 その名に、胸の奥がざわついた。


「こいつが?」


 やはり、ギルドで噂になっていた人物だ。


「レオン・アルカン……なにが神だ」


 吐き捨てると、ナルシスが割り込んできた。


「君が“二物の神者”か。僕はナルシス・アブラーム。会えて光栄だよ」


 差し出された手を、レオンは一瞥すらしない。そのまま、俺に歩み寄ってきた。


 視線がぶつかり、空気が張り詰める。


 込み上げる怒りを抑えきれず、レオンの軽量鎧の襟元を掴み上げていた。


「どうして皆殺しにした。魔獣じゃねぇ、人間なんだぞ」


「そんなことで怒る?」


 レオンは眉ひとつ動かさない。


「どう見ても自我は失われてた。殺さなきゃ、こっちが死んでた。それだけだよ」


 あまりにも無感情だった。


 まるで呼吸をするように、人を斬る。


「抵抗さえ封じればよかったんだ。自我を取り戻す方法があったかもしれねぇだろ」


 レオンは冷え切った目で鼻を鳴らした。


「命の奪い合いの最中に、そこまで考える余裕ある? あんたの言ってることは綺麗事だ。その間に、あの三人は殺されてるよ」


 視線の先に、セリーヌ、ナルシス、シモンの姿を捉え、胸の奥が軋んだ。


 確かに、その通りだった。俺が迷っている間にも、仲間は危険に晒されていた。


 それでも、人を斬ることを簡単には受け入れられない。


 アンナが割って入り、俺の腕に触れる。


「リュー兄……レン君の言う通りだよ。アンナも迷ったけど、迷ってたら誰かが死んでた。これしかなかったんだよ」


 アンナの顔には苦悩が浮かんでいる。


 これが普通の反応だ。それなのに、レオンには何もない。


「セリーヌは敵の自由を奪うように雷(いかづち)を撃った。でも、おまえは違う。平然と命を刈っていく。そんな奴、信じられるかよ」


 レオンの口元に、侮蔑の笑みが浮かぶ。


「碧色の閃光、ぬるいな。口ばっかりで大したことなさそうだね。今も戦ってる姿は見てないけど」


 奥歯をきしませ、怒りを必死に噛み殺す。


「ふてぶてしい奴だな。調子に乗ってるんじゃねぇぞ」


 睨み付けると、アンナが滑り込んでくる。


「ほら、レン君。揉め事起こすなって、フェリさんに言われたじゃん」


 押し返され、レオンが数歩下がった。


「碧色、覚えておきなよ。フェリクスさんが目をかけてるらしいけど、最強は俺だから」


 完全に喧嘩を売る口調だ。


「勝手にほざけ。俺は強さを競いたいわけじゃねぇ。大事なものを守れれば、それでいい」


 すると、レオンの瞳に初めて感情が灯った。


 怒りと敵意。どす黒い気配が、一気に膨れ上がる。


「大事なものを守るには、強さが必要だってわからないか。相手を二度と立ち上がれなくさせるほどの、絶対的な力がね」


 凄まじい圧力に息が詰まる。


「そんな力があれば、人を殺してもいいっていうのか」


「殺すんじゃない」


 レオンの声が低くなる。


「守るために、斬るんだ」


 その言葉が胸に突き刺さった。


 反論しようと思っても、言葉が出てこない。


「次に会う時までに、答えと覚悟を決めておきなよ。碧色」


 それだけ言うと、レオンは背を向けた。


「おい。待てよ」


 呼び止めても、振り返らない。足早に森の奥へ消えていった。


 すかさず、アンナが申し訳なさそうにこちらを見てくる。


「変な空気にしちゃってごめんね……アンナたち、そろそろ行くね」


「は? 街に戻って、剣を探してもらった礼くらいさせてくれよ」


 レオンへの苛立ちは消えないが、アンナとはもっと話していたかった。


「次の依頼の下見に来ただけだから。魔獣も、レン君がほとんど片付けてくれたみたいだし」


「そっか……みんなにもよろしく伝えてくれ」


「うん。またね、リュー兄」


 走り去る背を見送りながら、胸にぽっかり穴が空いたような気がした。


 一年半の旅は、確かに俺を成長させてくれた。それでも、レオンの言葉が胸に引っ掛かっている。


 強さがあれば、大事なものを守れる。


 その言葉を否定しきれない自分が、妙に腹立たしい。


 だが、目の前に残った無数の遺体を見れば、力だけで何もかも守れるわけじゃないこともわかる。強くなったとしても、手遅れになれば守れるものはない。


 こいつらだって、好きでこんな姿になったわけじゃない。何者かに操られ、命を奪い合うところまで追い込まれた。


 ならば、斬る強さだけじゃなく、そもそも命を奪い合わずに済むようにすることも必要なはずだ。


 レオンと揉めている場合じゃない。この冒険者たちをけしかけた黒幕が、終末の担い手なら、本当に追うべき相手はそいつだ。


 そう考えていたところに、セリーヌが神妙な顔で近付いてきた。


「冒険者の方々から、魔力の余韻が……この力は……」


「終末の担い手か?」


 セリーヌは静かに頷いた。


「がるるる……」


 左肩の上では、ラグが森の奥を睨み続けている。まるで、まだ何かを追っているように。


「急いでここを離れましょう」


「あぁ……そうだな」


 みんなが生きて戻れた。


 今は、それだけが何より大事だった。

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