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09 消息不明の冒険者


 しばしの後に現れた凶悪者たち。戦鎚(ウォー・ハンマー)を担いだ血塗れのシモンと、中堅衛兵におぶわれたルノーさん。これだけ見たら何の集団かわからない。ともすれば、か弱い老人を攫っていく人狩りに見えなくもない。


 力を使い果たした俺は、疲労と倦怠感で話す気力もなかった。セリーヌとナルシスもいる手前、橋渡しをしてくれたのはアンナだ。


 そして怪我を負ったルノーさんを目にするなり、セリーヌが手当を願い出た。もちろん、あの爺さんが断るはずもない。


 岩場へ腰掛けたルノーさんの前にしゃがみ、痛めた足首へ左手を添えるセリーヌ。


癒命創造(ラクレア・グラッセ)


 右手の杖に青白い光が灯り、患部を包んだ。


「十分ほど大人しくしていてください。すぐに痛みも引きますから」


「おぉ、ありがとよ。便利な力だなぁ」


 ルノーさんは関心しながら、目の前に広がる陥没へ視線を移した。


「にしても凄まじい力だなぁ……まるで伝説にある竜の一撃だ。とてもおまえさんがやったとは思えねぇ」


「天をも破壊すると言われた竜の一撃、竜撃(りゅうげき)ですか。確かにそうですね」


 シモンが、俺の渡したタオルで魔獣の血を拭いながら答えた。中堅衛兵も深く頷いているが無理もない反応だ。


「竜撃だなんてとんでもない。魔法を多少、(たしな)んでいる程度ですから」


 治療の途中だというのに、即座に否定するセリーヌ。確かに、竜術を操るなどと知れたら騒ぎになるのは確実だ。


 すると、隣にいたアンナが肩を叩いてきた。


「リュー(にい)の一撃が凄くて、あの人の魔法を見てなかったんだよ……でも、フェリさんが知ったら絶対に仲間へ誘うよね。そうなったら間違いなく、エド君と入れ替えかぁ」


「おまえ、サラリと酷いこと言うのな」


 アンナは意地の悪い笑みを浮かべているが、あり得ない話でもない。絶望するエドモンの姿を思い浮かべていると、ルノーさんの豪快な笑い声が聞こえてきた。


「謙遜するな。魔導師ってだけでも凄いんだ。冒険者なんだろ? こんな力を持ってんのに、今まで無名だったのが不思議だぜぇ」


「田舎の出身なもので。冒険者ギルドなどというものもありませんでしたから」


「でも、これからは大活躍だな。この魔法と、ドンブリをひっくり返したようなデカイ胸があれば、どんな魔獣もイチコロだろ?」


 ルノーさんの言葉に、ついセリーヌを見てしまう。あの人の前にしゃがんでいるせいで豊かな胸は押し潰され、脇から溢れるように膨れ上がっている。なんだか苦しそうだ。


 すると、アンナがルノーさんを指さした。


「お爺さん。胸に関する発言は不潔だから! まったく……リュー兄みたいにムッツリじゃないから、まだ許せるけどさ」


「おい、誰がムッツリだ!?」


 どうして俺に振る。と言いたいが、セリーヌの胸へ釘付けになっていたのは事実だ。


「あなたさえその気があれば、宮廷魔導師として推薦することもできるが」


 シモンがとんでもないことを言い出した。


「待ちたまえ! 勝手なことを言わないでくれ。彼女は僕のパートナーとして……」


「ナルシス、てめぇは、どさくさに紛れて何を妄想してやがる」


 奴の首に巻かれていた血塗れのタオルを掴み、首を締め上げてみた。


「みなさん、やめてください。(わたくし)は王宮に勤めるつもりも、パーティを組むつもりもありません。ただの村人ですから、どうかそっとしておいてください」


 泣き出しそうなセリーヌの声で、騒ぎはたちまち鎮静化。和やかなムードに包まれた。


 ルノーさんはともかく、壁を感じていた衛兵たちとも笑い合っていることが不思議でたまらない。


「リュー兄。パス!」


 ナルシスの首を絞めていたタオルを離し、アンナが投げてきた何かを掴み取った。


「は? これって……」


 手の中には、一握りサイズの白い魔法石。


「これ、ふたつ一組で使う通話用の魔法石だよな? ペアで五万ブラン以上の高級品だろ」


 魔導通話石(まどうつうわせき)。冒険者ギルドで各支部を結ぶ連絡用に使われているが、間近で見るのは初めてだ。富裕層たちの嗜好品としても広まり始め、互いにひとつずつを持てば、離れていても相手の声を届けることができるという優れ物だ。


『え!? その声、リュシーなの!?』


「は? シルヴィさん!?」


 石の向こうから届いた声は思わぬ相手だった。不意に、懐かしさと喜びが込み上げる。


『ちょっと! どうして、リュシーとアンナが一緒にいるわけ? あぁん。こんなことなら、あたしも行けばよかったぁ!』


「魔獣討伐なんて退屈だから、残ってお酒を飲んでるわ、って言ったのはシル(ねえ)でしょ」


 側へ駆け寄ってきたアンナが、通話石に向かって声を投げた。


『だって、そんなことになってるなんて思わないじゃない。酷いわよ!』


 誰に対しての文句なのだろう。


『ちょっと、リュシー。何を黙ってるのよ? 綺麗なお姉さんの声を久しぶりに聞けたっていうのに、何もないわけ? 愛の言葉のひとつでも囁いたらどうなの?』


 なんだか無茶な要求が来たんだが。


「いや。声を聞けたのは嬉しいですけど、唐突に愛の言葉とやらを催促されても……」


 相変わらず、この勢いについて行けない。


『うふっ。照れてるの? もぉ、相変わらず可愛いんだ・か・ら……久しぶりに声を聞いたら、欲しくなってきちゃった』


「一体、なにを言ってるんですか」


『ナニって、わかってるクセに……』


「降参!」


 手にしていた通話石をアンナへ返すと、周囲は微妙な空気に包まれていた。シルヴィさんの性格を知っているアンナはともかく、他の面々からの視線が痛い。


 すると、しゃがんで治療を続けていたセリーヌが不安そうな顔を向けてきた。


「よろしいのですか? その方は『なに』という物が欲しいと仰っていたようですが。それがないと困るのではありませんか?」


 周囲がこぞって笑いを漏らすと、セリーヌはますます不思議そうな顔で俺たちを見た。


「なにがおかしいのですか?」


「ドンブリ娘。なにがなにがと勘弁してくれ」


 ルノーさんは腹を抱えて笑い、シモンは真っ赤な顔で押し黙っている。


「セリーヌ、いいんだ。あの人は冗談で言ってるだけだから気にするな」


「そう……なのですか?」


 きょとんとしている彼女が余りに可愛い。抱きしめたくて堪らないほどの愛くるしさだ。


「君たち、いつまで笑っているんだ。姫に失礼だとは思わないのか?」


 自分のことを棚に上げ、金髪を振り乱したナルシスが叫んだ時だった。


「がるるる……」


 左肩に留まっていたラグが威嚇の唸りを上げ、それまでの空気が一変した。治療を中断したセリーヌが険しい顔で立ち上がり、アンナはクロスボウを手に周辺を警戒している。


「急にどうしたんだよ?」


 アンナへ尋ねると、険しい顔で森の奥を見ていた。


「静かにして。敵に囲まれてる……みんな、近くで固まって」


 促されるまま断崖を背にして、焼き払われた森の一角で密集した。すると、杖を構えたセリーヌが不安げな顔を向けてくる。


「リュシアンさん……感じていた魔力が次第に強く、濃くなっています」


 その言葉を聞きながら、ランクールで話した男の言葉が蘇ってきた。


「面白い物を見せる、とか言ってたな……なにが起こるっていうんだ」


 すると、木々を掻き分け続々と現れたのは、冒険服や軽量鎧(ライト・アーマー)に身を包んだ者たちだった。


 ざっと三十人はいるだろうか。その手には剣や槍だけでなく、斧や弓まで装備は様々。恐らく全員が冒険者だが、その目は正気を失ったように白目を剥き、口からは獣のような唸りが漏れている。不意に頭を過ぎったのは、ギルドの探索依頼だ。


「ここ半年、大森林絡みの依頼を受けた冒険者たちの中で、消息不明になってる奴等がいる。ひょっとしたら……」


「その、消息不明の冒険者ってこと!?」


 アンナが悲鳴のような声を上げる。


「身なりからして、その可能性があるっていうだけだ。しかも正気を失ってる……話し合いに応じるような相手じゃねぇ。衛兵、ルノーさんの護衛は頼むぞ」


 剣を引き抜き、油断なく身構えた。ルノーさんの治療も終わっていないというのに、こんな災難に見舞われるとは。


 竜の力は既に使ってしまった。今は激しい倦怠感に襲われ、動くこともままならない。しかも情けない話だが、俺は生身の人間を斬ったことがない。魔獣が相手ならためらいはないが、人となれば話は別だ。


 緊張に手が震え、脇汗が滲んでくる。乱れた呼吸を必死に整えながら、ついに訪れてしまった場面へ焦りを隠せない。


 細身剣(レイピア)を手にしたナルシスと、戦槌(ウォー・ハンマー)を握ったシモンを前に、杖を持ったセリーヌと、クロスボウを構えたアンナが両脇を固める。俺の後ろには、ルノーさんを抱えた中堅衛兵。


 果たして、敵に囲まれたこの状況を無事に切り抜けられるだろうか。

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