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08 黄金色の魔女


 敵の攻撃に気付いても、体が痺れて動けない。直後、横凪に刃物のような前脚が迫った。このままだと、ヘソを中心に真っ二つだ。


 痺れた体で咄嗟にとった行動は、その場へ倒れること。間一髪、敵の攻撃は頭上を掠めて行き過ぎる。だが、奇跡に二度目はない。倒れた以上、次を避ける(すべ)がない。


 頭上で雄の鳴き声が響く。こんな男に翻弄され、怒り心頭らしい。これで万策尽きた。


「ふたりとも、目を逸らすんだ!」


 声と共に、辺りは真っ白な閃光に包まれた。頭上では、視界を奪われた魔獣どもの悲鳴。


「串刺しの刑!」


 奴が繰り出す細身剣(レイピア)。その鋭い突きが、雄魔獣の腹部へ突き刺さった。


「涼風の貴公子、参上!」


 ナルシスは引き抜いた細身剣を高々と掲げ、勝ちどきを上げるように声高に叫んだ。


 どう考えてもタイミングが良すぎる。隠れて出番を伺っていたんだろう。それを裏付けように、噂のボンゴ虫リュックがない。


「大丈夫かい?」


 雄が悶えている隙に、まさか俺を助け起こしてくれるとは。意外と紳士的な対応だが、次の瞬間には驚愕の顔で息を飲んでいる。


「誰かと思えば、リュシアン=バティスト。これは大きな貸しだ! 姫。このナルシスが、助けに参りましたぞ!」


 竜の力の影響で髪が銀色だったため、俺だと気付かなかったわけか。それにしても、こんな奴に助けられるとは屈辱だ。


 感覚を取り戻してきた身体に鞭を入れ、慌てて立ち上がる。ナルシス劇場はここまでだ。

 魔獣以上に面倒な男を一瞥(いちべつ)すると、ナルシスは不思議そうな顔で俺を見ていた。


「その髪は? それに、なぜ君がここに? 姫が最近、付きまといに遭って困っていると言っていたが、まさか君のことなのか?」


「ここには人捜しに来て、偶然あいつに遭っただけだ。おまえと一緒にするな」


「違うと言うのなら一安心だが。僕は姫の加勢に行く。こちらの魔獣は頼むよ」


「誰に言ってんだ。さっさと失せろ!」


 俺の言葉を待たず、アレニエ・エンセと対峙するセリーヌへ駆け出すナルシス。


「さてと」


 気を取り直し、アレニエ・セドへ目を向けた。奴も閃光玉の効果が切れ、既にこちらの位置を正確に捕捉している。


「そろそろ反撃させてもらうぜ」


 目くらましに続き腹部を刺され、魔獣も怒り心頭だ。しかし、仕掛けたのはナルシスだ。まさか魔獣から八つ当たりされるとは。


 威嚇の声と共に、その口が大きく開いた。粘着糸をまた飛ばすつもりだ。


「くらえ!」


 口内を目掛け、取り出しておいた握り拳ほどの赤い石を投げ込む。それはルノーさんが使った物と同じく、炎の力を封じた魔法石だ。


 魔獣の口内でそれが炸裂。頭部を紅蓮の炎に包まれ、激しく暴れ回っている。


「串刺しの刑!」


 不意にナルシスの声が響いた。まだ、あの変な技を使っているらしい。改名を勧めたいが、あいつにはお似合いだ。


「この剣で勝てるか?」


 アレニエ・セドを襲う炎はもうすぐ消えてしまうが、手にした武器はナマクラ剣。


「きゃあぁぁぁ!」


「うひえぇぇぇ!」


 すると、森をつんざくふたりの悲鳴。何事かと見れば、手の平サイズの幼児アレニエが周囲を覆い尽くしていた。


 ナルシスの細身剣が、雌の腹部にあった白い袋を切り裂いてしまっている。


「あの馬鹿。卵を……」


 余計なことを。見ればわかるだろうに。


 辺りにひしめく幼児アレニエを見て、セリーヌは完全にパニックになっていた。青白い顔で、素早く杖を掲げた。


「気持ち悪い。あっちへ行ってくださいっ!」


 大きいならわかるが、小さい方が気持ち悪いとは。それに、大きければ大きいで前回のように錯乱するし、ほとほと手のかかる奴だ。


火竜煌熱(ヴォロンテ・フラム)!」


 まさか、ここで来た。広範囲に拡散された荒ぶる炎の渦。それが幼児アレニエを焼き尽くし、雌魔獣やナルシスまでも巻き込んだ。


「ぐわあぁぁ! 姫えぇ!!」


 コレは面白い。さぁ、ナルシス。地獄の業火に包まれ、苦しみ悶えるがいい。


 奴の腕輪から漏れる、ガラスが割れたような警告音。ランクCの魔力障壁(プロテクト)を一撃で消失させるとは凄まじい威力だ。


 呑気に眺めていたが、なんだか背中が焦げ臭い。視界が白煙に覆われてゆく。


「うおっ!?」


 背中のリュックに引火している。慌ててそれを降ろし、森の奥へ放った。


 しかし空中で結び口が緩み、そこから飛び出したのは預かった信号弾の筒たち。


「ちょっと待て!」


 燃え上がる筒。そこから打ち出された魔力の光が四方八方へ飛び散った。


 こちらへ飛んできた二発を回避。数発が雄魔獣を直撃。残りは全て空へ。煌々とした光の玉たちが、華々しく上空を彩ってゆく。


「なんてこった……」


 まずい。奴等が来る。魔獣よりも恐ろしい凶悪者たちが。燃え上がる周囲の森が、血の赤へ塗り替えられるのも時間の問題だ。


「セリーヌ、落ち着け。小さいのは焼け死んだ。すぐに鎮火させろ」


 取り乱した彼女は、次の詠唱を始めている。


 恵みの(あかし)、母なる大地……


 生命の証、静寂の水……


 躍動の証、猛るは炎……


 自由の証、蒼駆(そらか)ける風……


 まさかそこまでやるとは。その圧倒的な力で、森林全域を荒野にするつもりなのか。


 詠唱は途切れることなく続き、滅びへ向かう呪文が完成する。魔獣以上に一番危険な存在はすぐ身近にいたらしい。


 力の証、蒼を裂き、


 轟く(いかづち)、我、照らす


 セリーヌの細い体から(ほとばし)黄金色(こがねいろ)の魔力。それが彼女の髪をも染め上げ、美しくも恐ろしい、黄金色の魔女を地上へ降臨させた。


「リュー(にい)!」


 その時だ。森の奥からアンナの声が響いた。

 枝から枝へ飛び移ってくるその手には、探し求めていた愛用の長剣(ロング・ソード)が握られている。


「巣穴から、取り返して来たよ」


「でかした!」


 頭上から落とされた剣を掴み、アレニエ・セドを視界へ捕らえた。こうなれば森が荒野と化す前に、俺が二体を片付ける。


「銀髪のリュー兄。久しぶりに見た」


 隣へ着地したアンナも、背中から取り出したクロスボウを構えている。


 敵も既に臨戦態勢。刃のように鋭い前脚が、俺を狙って繰り出されていた。


「遅せぇ!」


 左から横凪に迫る魔獣の脚を剣で迎撃。碧色の軌跡が踊り、斬った脚先が宙を舞う。


 やはり切れ味は雲泥の差だ。この剣を取り戻した今、眼前の魔獣はザコ同然。


 悲鳴を上げるアレニエ・セド。同時に、右脚が俺の頭を狙って垂直に振り下ろされた。


「失せろ」


 頭上へアーチを描くように振るった一閃。斬り裂かれた右脚が飛び、俺の背後へ鈍い音を立てて転がる。


 痛みにうめいた魔獣は巨体を大きく仰け反らせ、慌てて背を向け逃げ出した。


 だが、そう易々と逃しはしない。剣を構えて腰を落とした直後。


「えへへ。逃がさないよ!」


 悪戯めいた声と共に、黄金色の矢が次々と俺を追い越した。そうして魔獣の後ろ脚へ、援護射撃が突き刺さる。


「アンナ。さすがだ!」


 竜の力で身体能力は飛躍的に向上している。雄の隣へ駆け並び、碧色の刃で斬り付けた。


 左半身の脚を失い、地面へ横倒しになる魔獣。起き上がろうと必死に藻掻いている。


「とどめだ」


 剣先へ意識を研ぎ澄ませ、即座に魔力を収束。そこに生まれた碧色の球体を、狙い違わず雄の顔へと向ける。


竜牙天穿(りゅうがてんせん)!」


 放たれたのは、凄まじく濃密な魔力の塊だ。強力無比な一撃が魔獣の頭部を一瞬で消滅。残された腹部からは雨のように体液が降り注ぎ、周囲を赤く染め上げてゆく。


 これで残るは雌のみ。しかし俺の願いも空しく、裁きの鉄槌は下された。


光竜滅却(リミテ・リュミエール)!」


 閃光が弾け、咄嗟に腕で目元を覆った。続け様に凄まじい爆発が巻き起こった。


 吹き付ける土砂と枝葉。爆風に体を持って行かれる中、側にいたアンナを抱き寄せる。そのまま、背後の大木へ背中を打ち付けた。


「うひえぇぇっ!」


 背中の痛みに顔をしかめていると、ナルシスの情けない悲鳴が聞こえてきた。


 閃光が消えた後には、大地へ巨大な陥没が出現。その中心へ、散り散りになったアレニエ・エンセの死骸と、大量の体液。魔力障壁(プロテクト)のなくなったナルシスだけが血塗れになるという、最高の結末を迎えていた。


「そいつは放っておいても大丈夫だろ」


 俺の言葉に微笑んだセリーヌだが、黄金色の光を解いてナルシスの介抱を始めた。


 その光景に嫉妬心を覚えつつ、竜の力を解いた。そうして俺はアンナと共に、魔力映写(まりょくえいしゃ)で討伐記録を収めていった。

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