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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.02 ムスティア大森林編

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06 女神はFカップ


 セリーヌは、乱れた呼吸を整えながら小さく咳払いした。


「お顔を上げてください。ここはお互い様ですし……こんなことで力を使っては、長老に叱られるでしょうか……」


「え? なんか言ったか?」


「いえ。なんでもありません」


 後半は聞き取れなかったが、とにかく事態が大きくならずに済んだらしい。危うく“スケベ”どころか、“ケダモノ”扱いされるところだった。


 ふと、彼女の腕輪に目が止まる。


「その腕輪……」


 加護の腕輪に刻まれたラインの色が変わっている。ランクEは黒のはずだが、鮮やかな黄色のラインが走っている。


「気が付かれましたか? 実は先日、ランクDへ昇格したのです」


「昇格!? まだ二ヶ月だろ!?」


 思わず声が裏返ってしまう。俺の最速記録に迫る勢いだ。


「本当にDなのか?」


 腕輪を見つめていると、セリーヌが胸元を右腕でそっと隠した。頬までみるみる赤く染まっていく。


「あの……その……ぇふ、です……」


「F? そんな階級、聞いたことねぇぞ」


「はわわっ!? ランクのお話だったのですか?」


 慌てて胸元を押さえる仕草。豊かな膨らみ。

 つまり、そういうことか。なんてけしからん体だ。


「紛らわしい聞き方をしないでください。下敷きにしてしまったお詫びにと答えたのに……絶対に誰にも言わないでくださいね」


 ぷくっと頬を膨らませる姿に、苦笑が漏れる。

 不思議だった。一緒にいると妙に落ち着く。柔らかな笑みには、包み込まれるような安心感がある。


 でもFと聞いてしまった以上、どうしても視線が吸い寄せられてしまう。


「いやらしい目で見ないでください。それに……ふたりきりだなんて」


「まだそんなこと言ってるのか」


 ギルドで見かけるたび、彼女は微妙に距離を取っていた。


 俺だって、傷付いてるんだぞ。


「そういえば話の途中でしたね。ランクDになれたのは、ナルシスさんが同行してくださったお陰です」


 思い出したように話を戻してきたが、天然な性格は相変わらずだ。

 しかし、昇格にあの男が関わっていると知った瞬間、胸の奥がざらつく。


 ナルシスと組めば、受けられる依頼の幅はランクCまで広がる。俺だってフェリクスさんと旅をしたからこそ、一気にAまで駆け上がれた。


「だったら、俺を誘ってくれれば……」


「あなたがスケベなのは間違いありません。それに、ナルシスさんが頻繁に声を掛けてくださって……今日もこうして魔獣討伐に……」


 あいつに先を越されるわけにはいかない。セリーヌは絶対に欲しい戦力だ。

 もちろん下心がゼロとは言わないが、それ以上に本気で仲間に誘いたい。


 ただ、告白みたいで気恥ずかしくて、ずっと言い出せなかった。でも、ナルシスに取られるくらいなら。


「だったら、俺とパーティを……」


「あぁっ!」


 突然の叫び声に、ラグが俺の左肩から転がり落ちた。


「ナルシスさんを忘れておりました。まだ上で魔獣と戦っていらっしゃるはずです」


「あいつなら大丈夫だろ」


「そうはいきません。ナルシスさんは……すごいものを持っていらっしゃるのです」


「すごいもの?」


 セリーヌが、なぜか頬を赤らめる。


「本当に驚きました。あれほど大きなものは初めてで……中にも入りきりませんし、口になんてとても……」


 なにやら興奮しているが、卑猥なことしか想像できない。

 細くくびれた腰と、薄紅色の唇へ視線が吸い寄せられてしまう。


「中にも口にも入りきらないって……」


 世界が砕けた気がした。まさか、至宝が他の男に奪われたのか。


「言葉が足りませんでしたね。ボンゴ虫です」


「は?」


「大きな成虫をたくさん見付けまして。(わたくし)の道具袋の中には入りきらず、ナルシスさんのリュックへ詰めていただいたのです」


 紛らわしい。一瞬でもナルシスに殺意を抱いた自分が恥ずかしい。


「じゃあ、あいつ今、ボンゴ虫でパンパンのリュックを背負って戦ってるのか?」


「はい。きっと」


 だいぶ斬新な戦い方だ。

 ナルシスの好感度が、今静かに死んだ。


「ボンゴ虫はどうでもいいけど、見に行こう」


「お待ちください」


 なんだか険しい顔をしている。


「いま……なんと仰いました?」


「え?」


「ボンゴ虫はどうでもいい、と。謝罪してください」


「そこ!?」


 セリーヌは革袋をごそごそ漁り、丸々と太った手乗りサイズのボンゴ虫を取り出した。


「この子が代表です」


 この流れは、素直に謝るしかなさそうだ。


「どうもすみませんでした……」


「もっと感情を込めてください。食堂でお客様へ謝罪する時も、そのような態度なのですか?」


「誠に申し訳ございませんでしたっ!」


 とんでもない鬼隊長だ。帰りたい。


「以後、気を付けてください」


 満足そうに微笑んでいるが、ボンゴ虫でここまで怒る理由がまったくわからない。

 いや、もうこの悪夢は忘れよう。彼女との間に起きた運命の悪戯。それだけ覚えておけばいい。


 俺、吟遊詩人になれるかもしれない。


 とはいえ、少しでも名誉挽回はしておきたい。気持ちを切り替え、冒険者としての話題へ戻した。


「ところで、討伐記録はちゃんと取ってるか? 横取りされないようにな」


「ナルシスさんから教わりました」


「念のため確認だ。加護の腕輪に付いてる魔力映写(まりょくえいしゃ)の機能について説明してみてくれ」


「はい。静止映像を記録するための機能ですよね。腕輪の位置情報と映写記録の日時によって信憑性を管理し、報酬受領の不正を防止している、と伺いました」


「完璧だな。でもな、最近は随分と物騒になっててさ……」


 そこで少し声を落とす。


「討伐直後の疲弊した冒険者を襲う同業者や盗賊が増えてるんだ。報酬を受け取るには加護の腕輪が必要なんだけど、それごと奪う。本人になりすまして金を受け取る犯罪が横行してるらしいんだ」


「それについても伺っております。貴重な助言をありがとうございます」


 セリーヌも表情を引き締めた。


 利益のために、人同士が争うとは嫌な時代だ。

 そんなことを思っていると、セリーヌがふと険しい表情になった。


「リュシアンさん……気付いていらっしゃいますか?」


「何がだ?」


「この森に漂う不穏な魔力です。ランクールで感じた、あの力に似ています。それに……ずっと見られているような気配がするのです」


 静かな声なのに、背筋が冷えた。

 俺にはわからないが、セリーヌが言うなら間違いない。


「ってことは、ここが“蜘蛛に囚われた森”で間違いなさそうだな」


 胸の奥へ、ようやく確信が落ちてくる。


「この森が?」


「どうせ、ここを選んだのもナルシスだろ。強い魔獣を倒せば報酬も跳ね上がるし、あいつなら飛び付きそうだ」


 借り物の剣を抜きながら続ける。


「ちょうどいい。ランクールの件に関わってた終末の担い手。あの男を見付けて、今度こそ止めるぞ」


 すると、セリーヌの顔色が変わった。


「リュシアンさん。その剣は!?」


「借り物だ。俺の剣は魔獣に奪われて、今そいつを追ってる」


 彼女の顔から血の気が引いていく。


 そういえばセリーヌは、神竜剣に強い興味を示していた。ランクールから戻る時も、見せてほしいとせがまれたくらいだ。


「軽率ではありませんか?」


 先ほどまでの柔らかな雰囲気が嘘のように消えていた。


神器(じんぎ)を奪われた重大さを、理解していらっしゃいますか。それは……命を懸けてでも守るべきものです」


「神器?」


 迫ってくる気迫に、呆然とするしかなかった。

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