05 空から来た女神
「彼等は衛兵ですよ。ルノーさんの奥さんが手配してくれたんです」
「こんな老人のために、すまねぇなぁ」
頭を掻いて苦笑するルノーさんを支え、中堅衛兵に歩み寄る。
「ルノーさんをお願いします。俺はまだ、やり残したことがあるんで」
そこへ、シモンが近付いてきた。
「アレニエ・エンセ。見付からないのか?」
「えぇ。早く探さないと」
頭上の枝葉を見上げた時だった。
「ちょっと待て。アレニエだと?」
ルノーさんが急に声を張り上げる。
「おまえさん、あいつを探してんのか?」
「は? えぇ、まぁ……」
「あいつの粘着糸に巻かれちまってな。盗られた物があるんだ。儂も行こう」
「いや、その足じゃ無理ですよ」
慌てて止めると、ルノーさんは中堅衛兵を眩しそうに見上げた。
「おぶってくれるよな?」
彼は明らかに困っている。
「いや、無茶です。取られた物を教えてくれたら俺が取り返しますよ」
「ダメだ。自分で取り返さねぇと気が済まん」
俺の気が済まない。魔獣より、この人の発明品の方が危険だ。
「御老人。あなたも怪我をされているようだ。ここは彼に任せましょう。民衆の安全を守るのが、我々の務めですから」
シモンを初めて褒めたいと思った。
しかし、ルノーさんは不満そうに鼻を鳴らす。
「おい、熊。それならおまえが守ってくれ。さっさと行くぞ」
熊。妙にしっくりくる呼び方だが、話がどんどんややこしくなっていく。
「ルノーさん。はっきり言いますけど、その怪我じゃ足手まといです」
「牡鹿の。言ってくれるじゃねぇか」
「えぇ、言いますとも。ルノーさんを背負った衛兵が付いてくるくらいなら、俺ひとりの方が絶対に強いです」
勢いで言い切ると、シモンまで血まみれの顔で睨んできた。
「ほぅ。大した自信だな」
そのまま腕を組み、低い声で続ける。
「そこまで言うなら、碧色の閃光の実力を見せてもらおう。我々はここで朗報を待つ」
その瞬間だった。
ルノーさんが、ぎょっとした顔でこちらを見る。
「碧色の閃光だと? おまえさんが、そうだったのかよ……」
驚いたように目を丸くした後、観念したように肩を落とした。
「なら、儂の出番はねぇな」
どうにか話は収まったらしい。
「牡鹿の。これを持っていけ」
ルノーさんはリュックを漁り、筒状の道具を三本取り出した。ラグが興味津々に身を乗り出してくる。
いや、食べ物じゃねぇからな。
「信号弾ですか」
「おう。残りを持ってけ。アレニエを仕留めたら打ち上げろ。魔力光が数分は残る。それを頼りに儂たちが向かうって算段だ」
「最初から、それを使ってくれてたら良かったんですけどね」
「馬鹿野郎。まさか本当に救助が来るとは思わねぇだろ。何本か使っちまったが、ここぞって時のために残してたんだ」
「そういうことですか。わかりました」
信号弾をしまおうとリュックを開けると、包みが目に入った。
「ルノーさん、お腹空いてませんか? 女将さんの弁当、待ってる間にどうぞ」
「おおっ、弁当だと」
さっきまでの険悪な空気はどこへやら。やはり空腹は人を荒れさせるらしい。
本当は俺の昼飯だが、この場が収まるなら安いものだ。
血まみれの熊と、危険物を量産する老人。この凶悪なふたりを大人しく座らせておけるなら、弁当ひとつくらい惜しくない。
「酒はねぇのか?」
「あるわけないでしょうが!」
そして、ようやくアレニエ捜索に戻れた。剣を一刻も早く取り返したい。
別れ際に聞いた話では、俺が助けた若い衛兵は、最初に倒れた仲間を連れて森を出たらしい。ルノーさんを探すため、再び森へ戻ってきたシモンの根性だけは認めざるを得ない。お陰で窮地を救われたのも事実だ。
「さてと。アレニエの巣穴か」
アレニエは岩肌を削り、巣穴を作る習性がある。視線を巡らせると、小高い岩壁が目に入った。
「あの辺、怪しいな……」
そう呟いた時だった。茂みが激しく揺れ、頭上から何かが落ちてきた。
「うおっ」
押し倒され、そのまま後頭部を強打した。視界が一気に闇で覆われる。
「ふがっ……」
顔へ何かが張り付き、激しく圧迫される。息ができない。
混乱しながらも、顔に乗っているものをどかそうと手を伸ばす。すると、指先が食い込むほどの柔らかな弾力に触れた。
「ひゃうぅっ」
頭上から、声が上がった。冒険者としての反射か、体は即座に臨戦態勢へ切り替わる。
おそらく、森に生息するスライム種、スライム・フォレだ。それも二体。
高所から飛び掛かり、吸盤で張り付きながら血を啜る厄介な魔獣だ。大きいものだと成人の頭部ほどになるというが、こいつもかなり大きい。手の平からはみ出すほどだ。
しかし、声を出すスライムなんて聞いたことがない。まさか新種か。
絶対に逃がすまいと、思わず両手へ力を込めた。
「ひゃあぁっ……」
悲鳴を聞きながら、背筋と腹筋に力を込め、勢いよく上半身を起こした。
だが視界の闇は晴れない。それどころか、両袖を引き裂くように何かが絡みついてきた。
触手まで使うとは、とんでもない魔獣だ。
「くそっ」
やむを得ず手を離し、絡み付く触手を振り払う。頭を覆っていた白い布のようなものが、するりと顔から滑り落ちた。
そこで、ようやく視界が開ける。
「はぃ?」
思考が止まった。目の前にいたのは、スライムよりもとんでもないものだ。
「いたたた……」
白い肩と胸元を覗かせながら、後ろ手をついて座り込む絶世の美女。
法衣のコートは大きくはだけ、長い脚が大胆なM字に開かれている。黒い下着まで丸見えだ。
「どうして君が?」
まさかのセリーヌだった。
状況が理解できない。視線だけが勝手に、彼女の白い脚と黒い下着を往復してしまう。
「はわわわわ……」
俺の視線に気付いたセリーヌが、慌てて裾を押さえた。
しかし支えにしていた手が離れたせいで、そのままあっさり後ろへ倒れる。
「きゃっ」
長い脚が跳ね上がり、また黒い下着が覗いた。
起き上がろうと必死にもがく姿が、妙に可愛らしい。
「あの……助けて頂けませんか……」
「悪い……」
慌てて立ち上がり、彼女の手を取る。セリーヌは真っ赤になりながら、乱れた法衣を整えている。
これはどう言い訳すべきか。事故とはいえ、胸を鷲掴みにしてしまった。シモンがいたら、間違いなく捕まっている。
「ごめん。魔獣に襲われたのかと思って……やましい気持ちはまったくない」
勢い余って土下座すると、なぜか隣でラグまで伏せの姿勢になっていた。
おまえは何をしてるんだ。
「落下して巻き込んでしまった私にも非があります。咎めるつもりはありません。ただ……このような醜態を晒してしまうだなんて……どうか忘れてください」
セリーヌは顔を真っ赤にしたまま、法衣の裾をぎゅっと握り締めている。
「わかった。絶対に忘れる。約束する」
黒い下着なんて見ていない。本当に見ていない。
「リュシアンさんは、不思議な方ですね」
セリーヌは一瞬だけ俺を見つめ、それから小さく笑った。
その笑顔は、頭から離れなくなりそうなほど魅力的に映った。





