04 忘れられた神殿
「急に開けたな……」
洞窟を抜けた先は、巨大な空間が広がっていた。冒険者ギルドの建物が丸ごと収まりそうな広さだ。壁面には淡い緑色の光が滲み、不気味なほど静まり返っている。
「聖域みたいな雰囲気だな」
広間の奥には、朽ちかけた石造りの神殿が佇んでいた。巨大な石柱が三角屋根を支え、長い年月を耐え抜いてきたことだけは一目で伝わってくる。
「かなり古そうだな……何を祀ってたんだ?」
石柱の基部には、翼を広げた巨大な獣のような彫刻が残されている。さらに近付くと、地面の一角が黒く煤けていることに気付いた。
「火を焚いた跡……誰か使ってるのか?」
警戒しながら視線を巡らせ、神殿の入口へ近付く。上部にある三角形の装飾。その中央に刻まれた紋章を見た瞬間、息を呑んだ。
「これって……」
自分の右手に目を落とすと、甲に刻まれた紋章と同じだった。
風化して欠け、汚れも目立つ。それでも、見間違えるはずがない。
「ラグ、何か知ってるのか?」
「きゅぅ……」
ラグは耳を伏せ、小さく鳴いた。
「聞いても、わかるはずないか」
苦笑した時、肌にまとわりつくような不快感が走った。
「何だ……」
ラグが牙を剥き、低く唸る。
同時に足元の地面が鈍く震え始める。地震かと思ったが、揺れ方がおかしい。
地面が盛り上がり、裂けた場所から赤褐色の巨体が這い出してきた。
「ロンブリックか……」
ミミズ型魔獣。しかも三体だ。
ぬめった巨体を揺らしながら、包囲するようにゆっくり距離を詰めてくる。
土中の魔獣特有の生臭さが鼻を刺し、剥き出しの敵意が空間を満たしていく。
「魔獣はいないんじゃねぇのかよ」
剣を抜き、出口に向かって駆け出す。
「ルノーさん、魔獣です。外へ」
足を痛めているルノーさんが、まともに走れるとは思えない。俺が止めるしかない。
直後、背後で殺気が膨れ上がった。
咄嗟に右へ飛び退くと、巨大な顎が左腕をかすめた。鋭利な歯が激しく噛み合わされ、耳障りな音が洞窟へ響き渡る。
「噛まれたら終わりだな……」
さらに別の気配が背後へ回り込む。
振り返る暇もなく剣を振り抜いたものの、浅く斬れただけだった。
すぐに横へ飛び退くと、ロンブリックは勢いそのまま岩壁に激突した。轟音と共に壁が崩れ、巨体が大きく揺れる。
「もらった」
隙を逃さず踏み込み、顎へ剣を突き立てた。
剣先が岩壁へ深く食い込み、ロンブリックの頭部が半ば固定される。俺は魔獣の頭の真下へ潜り込んでいた。
「さぁ来いよ」
剣を押し込み、暴れる巨体を抑え込む。ぬるりとした体液が刃を伝い、足元へ広がった。
「ほら。どうした」
声と体液の臭いに引き寄せられるように、残る二体がこちらへ迫ってきた。
敵の動きを見極め、剣を抜いて背を向ける。
狙い通り、一体が動けない仲間へ噛み付き、その頭部を噛み砕いた。
囮の一体に噛み付いた個体は動きを止め、次の獲物を探すように頭を振る。
「よし」
ロンブリックは目を持たない。音と臭いを頼りに獲物を追う性質を逆手に取った作戦だ。
これで、残るは二体。
「若いの。こっちだ」
通路の先で、ルノーさんが四つん這いになって手招きしている。
俺は滑り込むように暗い通路へ飛び込んだ。
「そりゃっ」
振り返ろうとした瞬間、ルノーさんが床の金属板を勢いよく踏み込んだ。
床下から鉄柵が突き上がり、先頭のロンブリックの頭部を串刺しにした。
続く最後の一体は仲間に激突し、狭い通路の中でのたうち回っている。
「どうだ。恐れ入ったか」
「これ……いつ仕掛けたんですか?」
「ここへ逃げ込んですぐだ」
「俺が踏んでたらどうするつもりだったんですか? 殺す気ですか?」
「馬鹿野郎」
ルノーさんに怒鳴られた。
「男が戦場に出るってのは死を覚悟するってこった。生半可な覚悟で冒険者なんかするんじゃねぇ」
あまりにも堂々とした開き直りだ。
この人を助けるために命を張っていたと思うと、少しだけ虚しくなった。
「とりあえず、出ましょうか」
肩を貸しながら出口へ向かうが、ルノーさんの背負っているリュックが妙に重い。
ようやく外へ出ると、肺の奥へ冷たい空気が流れ込んできた。張り詰めていた呼吸が少しだけ落ち着く。
背後の洞窟を振り返る。
鉄柵のせいで今すぐ戻るのは難しいが、あの神殿は調べておきたかった。あの場所には、まだ何か隠されている気がする。
「行きましょうか」
その直後、地面の影が再び盛り上がる。
「こいつ……」
最後の一体だ。地中を移動し、先回りしていたらしい。しかも今は、ルノーさんに肩を貸しているせいで剣が抜けない。
俺が囮になれば、この人だけでも逃がせる。
そう考えた時、ルノーさんが腕を離した。
Y字型の棹へゴム紐を張った武器を構える。スリング・ショットだ。
「くらいやがれ」
赤い魔法石が弾き出され、爆ぜた炎がロンブリックの頭部を包み込む。
炎にのたうち回る魔獣を放り、ルノーさんがこちらを見た。
「若いの。今のうちにずらかるぞ」
腕を掴まれ、駆け出そうとした時だった。
ロンブリックが炎に包まれながらも最後の抵抗を見せ、地面を抉りながら突進してくる。
剣へ手を伸ばすが、間に合わない。死を覚悟した、その時だ。
「このバカタヌキめ」
横合いから怒号が飛んだ。
振り抜かれた巨大な戦鎚が、ロンブリックの頭部を粉砕した。
体液が盛大に飛び散り、魔獣はそのまま崩れ落ちる。
「んなろう。んなろう」
戦鎚を振り下ろしているのは、まさかのシモンだ。
助かった安心感はある。
だが、全身返り血まみれで魔獣を叩き潰し続ける姿は、どう見ても怖い。
そこへ茂みをかき分け、中堅衛兵が駆け寄ってきた。数時間ぶりの再会だ。
「あっちゃ~……兵長、その辺で勘弁してくださいよ。鎧を掃除する若手の身にもなってくださいな」
シモンはようやく我に返り、不自然なほど爽やかな笑みを浮かべる。
返り血まみれで笑う姿は不気味だ。
「ふたりとも無事でしたか」
満面の笑みを向けられ、ルノーさんは顔をしかめた。
「なんだあいつは。新手の魔獣か? 最近の魔獣は人の言葉まで喋るんだなぁ……」
「いやいや。ちゃんと人間ですから」
どこまで本気で言っているのか、いまいち判断できなかった。





