03 語られた過去、託された理由
「実はな。儂も昔は冒険者だったんだぜぇ」
「え!?」
「ランクBまで行った。まぁ、おまえさんには及ばんがな。その腕輪、ランクAだろ?」
「はい。でもBだって凄いじゃないですか。中級冒険者ですよ」
そう返すと、ルノーさんは懐かしそうに笑った。
「そういや、あの変ちくりんな格付けはまだ続いてるのか。Eが駆け出し、DとCが初級から並。Bが中級で、Aが上級。Sは超級だったか。Lが……」
「神、ですね。人の域じゃありませんけど」
ふたりで笑い合う。誰が言い出したのか知らないが、冒険者の間ではそんな呼び方が定着している。
憧れる人たちの背中は、まだ遠い。それでも、並び立つ場所まで行ってみせる。
「とはいえ、元中級もこのザマだ。茂みで足を踏み外して転げ落ちてな。偶然この洞窟を見つけて逃げ込んだってわけだ。情けねぇぜ」
「俺も似たようなもんですよ。魔獣を追ってる途中で足を滑らせました」
「おまえさんもか」
ルノーさんは苦笑しながら右足をさする。
「落ちた時に痛めちまってな。街に戻ることもできん」
明かりの下で見ると、足首はかなり腫れていた。
「狼煙を上げても、こんな場所じゃ魔獣しか寄ってこねぇだろ。信号弾もいくつか残ってるが、もう駄目かと焦ってたんだぜぇ」
「見つかって良かったですよ。俺が来たからには、絶対に街まで送り届けます」
言いながら、ふと疑問が浮かぶ。
「でも、よく魔獣に襲われませんでしたね」
「不思議なんだが、この洞窟には入ってこねぇ。奥に妙な建物があるせいかもしれん。儂は近付く気にもならなかったがな」
ルノーさんは顎で洞窟の奥を示した。
暗闇の向こうはぼんやりと霞み、確かに何かありそうにも見える。
「興味があるなら見てくりゃいい。ただ、その前に話を聞かせてくれや。兄貴と、竜ってやつの話をよ。暇つぶしだ」
「いいですけど、暇つぶしにもならなかったらすみません」
「面白さなんざ求めてねぇぜ」
そこまで言われると、少しくらい付き合ってもいい気がした。
「俺が冒険者になったのは、兄貴のせいなんです」
「ほぉ?」
「アンドル大陸の片隅にあるフォールって田舎町が、俺の故郷です。四つ上の兄貴……ジェラルドっていうんですけどね、“冒険者になって竜の伝承を探るんだ”なんて言い出して、家を出たんですよ」
「竜だって? 今じゃ伝説みてぇな存在だろ」
「そうなんですけどね。兄貴、昔から止まらない人だったんです」
自然と口元が緩む。
「穏やかで、優しくて、品行方正。街じゃ“聖者”なんて呼ばれるくらい好かれてました。自慢の兄貴ですよ」
「ほぉ。そいつは確かに器のデカい奴だ」
認めてもらえたのが嬉しくて、つい言葉が滑らかになる。
「頼まれ事は断らないし、責任感もある。親衛隊なんて自称する女の人たちまでいたくらいで」
「なんだそりゃ。とんでもねぇ色男じゃねぇか」
ルノーさんは口元に笑みを浮かべる。
「まぁ、おまえさんも充分男前だがな。お持ち帰りしちまおうって気持ちはわかるぜぇ」
「いや、それは……」
「くっくっくっ……照れやがって。若いってのはいいなぁ」
力任せに腕を叩かれ、思わず身を引いてしまう。
「しっかし、そんな兄貴が言い出したんじゃ誰も止められねぇわけだ」
「はい。でも、三年経っても戻ってこなかった」
笑いながら話していた空気が、少しだけ静かになる。
「代わりに、一本の剣と小さな宝玉、それから黒い手帳が、行商人を通じて家に届いたんです」
「怪しい話だな。手帳に何が書いてあった?」
「それが、単語の殴り書きばっかりで……」
竜が操るという魔法、竜術。竜術を帯びて戦う竜撃という力。そして、兄の旅路に関わる断片的な記録。それらが雑多に記されていたが、ラグの存在も含めて伏せておくことにした。
「兄貴の身に何かあったんじゃないかって、探しに行く決心をしたんです」
「両親はよく許したな。儂なら次男まで危険な目に遭わせるのは断固反対だぜぇ」
「もちろん反対されました。でも、絶対に兄貴を連れ戻さないといけないんです」
「理由があんのか?」
「家業の鍛冶屋を継いでもらわないと困るんですよ。俺は好きに生きたいんです」
ルノーさんは膝を叩いて豪快に笑う。
「本当なら、冒険者になるのは俺のほうなんです。兄貴がいなくなったせいで、親父には弟子扱いされるし……田舎で調理器具を作る毎日なんて、退屈すぎて……」
「そりゃ家も飛び出すわけだ」
「荷物がヴァルネットで預けられたところまでは追えたんですけどね」
「ほぉ。それでここまで来たか。若ぇのに苦労してんなぁ」
腕を組みながら、話に聞き入ってくれている。
「それにしても、その若さでランクAは大したもんだ。家を出てからどんだけ経った?」
「もう三年近くになります。でも、実力だけで上がったわけじゃありません」
自然と、あの背中が脳裏に浮かぶ。
「魔獣に襲われてたところを助けてもらったんです。フェリクスさんってご存知ですか? ランクLの」
「今でも情報収集くらいはな。断罪の剣聖って二つ名だろ。凄ぇ奴に助けられたな」
「はい。一緒に旅をしようって誘われて、一年半くらい同行させてもらいました。稽古をつけてもらって、ランクも上がって……」
堂々とした背中が浮かぶ。
「すぐわかりますよ、フェリクスさん。大剣を背負って歩くあの背中は、一度見たら忘れられません」
飄々としていて、普段は顎髭を撫でながら笑っている。
だが、魔獣が現れた瞬間だけは違う。
「あの人、戦う時だけ目の色が変わるんです」
背筋が冷えるほど鋭い視線。隣にいる自分まで斬られそうな気がするほどだった。
「あの背中を見てると、剣で生きるってこういうことなんだって思い知らされるんです」
ランクL。あの人は、やはり別格だ。
『一年後だ。おまえさんに会いに来る。それまでに全部片付けておけ。絶対、俺の野望に協力してもらうからな』
不意に蘇った言葉に、思わず肩が震えた。
「仲間は少数精鋭だって聞いたぜぇ。おまえさんがそのひとり、ってわけか」
「いえ、俺なんてまだまだです。仲間は三人ですね」
話しながら、個性が強すぎる仲間たちの顔が浮かぶ。
『今夜こそ、リュシーを食べちゃいたい』
スケベで酒好きな女戦士、シルヴィさん。
『小型テント、貸すっスよ。有料で』
金にうるさく、怠け癖のある魔導師、エドモン。
『馬鹿なことばっか言ってないで、寝て』
天真爛漫な弓使いの少女、アンナ。
「あ……」
そこで、現実に立ち戻った。アンナの怒った顔まで、はっきり思い浮かぶ。
「やべぇ。早く戻らないと」
身体の痛みはかなり引いている。立ち上がると、無意識に腰の長剣へ手が伸びた。
「どうだ。全部吐き出して、少しは楽になったか?」
「え?」
「悩んでばっかいても、いいことなんざねぇからな」
俺の表情を見て、察してくれていたのかもしれない。
「気を遣わせてすみません」
「気にすんな。兄貴、見つかるといいな」
「ありがとうございます」
少し気恥ずかしくなって、洞窟の奥へ視線を逃がす。
「ちょっと奥、見てきます」
左肩に乗るラグも、黄金色の瞳で暗闇を見つめている。興味津々らしい。腰の革袋から魔力灯を取り出そうとした時だった。
「そんなもんいらんぜ。ヒカリゴケの一種だろうな。洞窟全体がぼんやり光ってる」
「そうなんですね」
壁へ手を添え、ゆっくり奥へ進む。ルノーさんの気遣いが嬉しくて、自然と頬が緩んだ。
だが、洞窟の奥へ進むほど、森の音だけが妙に遠ざかっていく。





