奪還 ――recapture――(1)
山の木は赤茶けているようにさえ見える。
藪の生い茂る山林に生える木は、背が高く、遥かな高い場所で枝葉を広げている。
山道はトレーラーのような大型車両が通ることもあり、急な斜面を嫌って張り巡らすように敷かれていた。
トレーラーからの視界が通らない窪地にカリオテを隠して、クラウスは一息吐く。
ずいぶん久しぶりに休んだような気がして、驚いた。
昨日はずっと気を張っていて、寝るときも体を休めるために無理やり眠ったほどだ。
やるべきことが明確になり、気分に余裕が出たのかもしれない。クラウスは苦笑する。
「こういうとき、ヴァルサは浮き沈みもねぇんだろうな。サリスは、どうかな。結構やるべきことは淡々とこなすような気もする」
クラウスは、少なくともヴァルサに対する罪悪感が消えていることを自覚した。
ヴァルサに限らず、亜人という種族は、ひどく現実主義的なところがある。
つまり、クラウスは発掘稼業の冒険者ではやらないことをしたいから、トレーラーを降りた。
それ以上でも以下でもない。
一言謝って、冒険者に戻ることを伝えれば、ヴァルサは迎えてくれるだろう。
彼にとっての仲間とは、作業に対する共同従事者を指している。そういう冷淡な男だった。
であればこそ、レイア救出に淡白だったこともうなずける。
サリスはもう少しウェットではあるが、それは内に向いたものだ。
彼女は守るべき仲間とそうでないものとの間に、明確に線引きをしている。彼女は仲間とともに生きている。
機巧トレーラーが来ていないことを確認して、クラウスはため息を吐いた。
テントを片付けていたのだから出発秒読みだと予想していたが、ずいぶんと悠長な連中だ。
何度目かとも知れないカリオテの状態確認も途中で飽きて、クラウスは座席に頭をつける。
機体に触れる藪に、魔動機の振動が移って震えていた。
それを見るでもなく見上げて、クラウスはつぶやく。
「じゃあ俺は、どうだろうな」
クラウスにとっての仲間とは、なんだろうか。
なにがあっても見捨ててはならない、切り捨てないものでは、もはやない。ヴァルサたちと離別してまでここにいるのは、すでに矛盾している。
それに、レイアを仲間と認めていいかは分からない。一方的に助けられたようなものだったうえ、レイア自身が仲間を求めているとは言いがたい。
であれば、仲間と呼ぶことは、クラウスの押し付けでしかないのだ。
あるいは、レイアに語ったように、出生が曖昧な共感と同情によるものだろうか。
「……さすがに、仲間と離れてまで義理立てする理由はねーよな」
ぼんやりと考えて、クラウスは声を上げて笑った。
どんな理屈を並べ立てても、助けようという意思は変わらない。
不思議なくらい、目的意識がはっきりと立っていた。
クラウスは機体を起こす。
道の向こうから、大型トレーラーが砂利を蹴って道を走ってきた。
「来たな」
木の隙間から一瞬だけ見えた車体は、間違いなくジェノたちのものだ。
操縦桿を絞り、カリオテを戦闘駆動に切り替える。
並び立つ藪と太い幹に隠されてトレーラーの位置はもう確認できない。
クラウスは迷わずスロットルを指で回し、押し込む。術式を起動し、探査の魔術を打ち込んだ。
正確な場所を知る。
トレーラーの走行が乱れ、カリオテは車道に飛び出した。
赤紫の機巧トレーラーが迫る。
土手を離れながら加速を試みるトレーラーに、カリオテの最大戦闘駆動速度は追い越される。目の前をよぎって行くトレーラーに、その巨体で飛び付いた。
コンテナにマニピュレーターを引っかけて張り付く。
同時に、本来は武装を固定するポーチを開放し、鉤やハーケンをぶち撒けた。鈍く弾ける音とともに、ハーケンを踏んだタイヤがパンクする。
金属の擦れる悲鳴と、トレーラーの車軸に備わる緩衝器の金切り声が山間に響く。
激しく揺れる車体が傾ぎ、道路を外れかけた途端、コンテナが鈍く震えた。傾いた車体はその衝撃で姿勢を戻し、急ブレーキをかけて急減速する。
がちん、と重い音がトレーラーに響いた。後部のハッチが開いていく。
傾くハッチを蹴飛ばして、ぐるりと転がるように、赤い巨人がコンテナの上に飛び上がった。
長柄の大鎌を抜き払っており、刻まれた術式が淡く灯って刃を作る。
ち、とクラウスは舌打ちした。当てが外れた。
マースはトレーラーにへばりつくカリオテを見つけると、縄張りを犯された野獣のように肩を怒らせる。
「てめェ! 離れやがれ!」
カリオテは飛び下がるようにトレーラーから離れ、一閃される大鎌をかわす。
カリオテの足が地面にこすれ、つんのめった。トレーラーはほとんど停車している。
マースはトレーラーから飛び降りる。
猫のように全身で屈して、衝撃も柔らかく着地した。伏せた体に大鎌を背負っている。
走り出す寸前の獣のように構えながら、サザは咆哮した。
「しつけぇんだよ! こっちが見逃してやってたら、つけあがりやがって! だからあたしは殺しておけって言ったんだ!」
クラウスはカリオテの右腕を上げて、剣を抜き放つ。
トリガーを絞り、術式を起動させる。
「レイアを解放しろ! アーティファクトなんかくれてやる!」
「はッ! 補助頭脳のないアーティファクトなんざ、置物にもなんねェよ!」
土埃を上げて、マースは踊りかかる。
大鎌の変則的な間合いに、クラウスは一歩対応が遅れる。剣を弾かれ、構えが逸れた。
さらに踏み込んだマースは、鎌の尻を鎚のように振りかぶる。受け止める左腕の防護魔術を刻んでいる装甲が軋んだ。
「なんて出力だ!」
クラウスは予想以上に速いマースにうめく。下がる左足のギアを抜き、右腕の操縦桿を捻り、押し込んだ。
カリオテの腕は逆袈裟に剣を振り上げる。
その剣を軽々と避けて、マースは一度間合いを取った。
クルリと大鎌を構えて、挑発するようにマースは鎌の刃をクラウスに見せ付ける。
「なんでそう執着すんだ? 相手は魔族だ。人族とはなにもかも違う。情けをかけたって、お前のために応えちゃくんねーぜ?」
カリオテは剣を払って刃を構え、地面を蹴って走り出す。
足踏桿を踏み締めて、軸足でないほうの足は素早くギアを入れる。操縦桿を傾けてねじり込みながら、クラウスは怒鳴った。
「そんなもんが欲しいなら、こんなトコまで来ねぇよ!」
そんなクラウスをあざ笑うように、マースは腕を伸ばしてクルリと長柄を回す。いとも簡単に斬撃を払った。
軸足を立ててコマのように回転し、抜いた大鎌を大きく振り回してカリオテの背中に打ち込む。
「じゃ、なんだ。顔か? 跡形もねーぞ。金なら払うぜ。あたしの雇い主は気前がいいんだ。ゼイレンもそうだけどな」
まるで身動きすら取っていないかのような、呼吸の落ち着いた声だ。
カリオテは大鎌に剣を打ち込み、構えたマースの足を蹴って払う。しかし軸足に体重を残すマースはひらりとステップを踏んで体勢を整えた。
なおも全身で圧迫をかけるように、カリオテはマースに挑む。
「金なんか知るか!」
「じゃあなんだよ。ははっ、まさか仲間だからとか頭がお花畑なこと抜かす気じゃねーよな。よしてくれよ? 腹がよじれて機体が動かせなくなっちまう」
「悔しいが――違うッ!」
カリオテは左腕を長柄に叩きつけ、肩からぶつかってマースに圧力を掛ける。
右腕を絞り、剣尖をマースにねじ込んだ。
腕と肩で押さえ込まれるマースの動きは鈍り、肩の装飾を弾き飛ばす。
「ぐ、てめェ」
「あいつは仲間と認めてなんかくれなかったよ! あいつ俺たちを雑魚だと思ってやがる!」
マースの大鎌に剣を合わせて押さえ込み、左腕でマースの装甲を殴り飛ばす。防護術式が刻んであるだろうから損傷は与えられないが、集中力は削げる。
敵を押しのけながら、クラウスの脳裏には、最初にトレーラーに来たときのレイアを思い出していた。
他人を近づける気がない、孤高を気取って隔たりを置く鼻持ちならない態度。
「確かによ、アーティファクト様に比べたら機体性能は格下なんだろうな。だからって勝手に見下して、触れりゃ壊すとびくびくびくびくされたんじゃ、こっちだって腹あ立つんだよ!」
「なに言ってんだよ!?」
「一発叩き込んで、目ェ覚まさせてやるあんちくしょう!」
困惑するサザを恫喝するように、クラウスは怒鳴りつけた。
その対象はサザではない。
言っていてむかむかしてきたクラウスは、さらに声を荒らげる。
「自分だけ特別と思い上がんなよ! お前なんて落とし穴ひとつでどうにでもなる、仲間がいなけりゃなんにもできないオンボロのポンコツにすぎねぇんだよ!」
もはや誰に向かって叫んでいるのかも分からない。
がむしゃらに腕を動かしたカリオテは横殴りにマースを殴り飛ばし、大きく吹き飛ばした。
クラウスは機体を下げる。密接するほどの距離で殴り合っていた二機は間合いを開ける。
「本当に、冒険者というやつは分からんな」
機巧トレーラーの開け放たれたコンテナから、ゆっくりとヒュスビーダが現われた。




