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機巧外殻と空渡りの獣  作者: ルト
第三章
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追跡 ――chaser――(2)

 カリオテは足をもつれさせるように振り返る。

 部屋の出入り口に立っていたハーラは、無機質な機体をカリオテに向けてたたずんでいる。


「冒険者は仲間同士助け合う、そうでなければ仕事ができない。その通りだ。だが、いざとなれば仲間も切り捨てる。そうしなければ生き残れないなら、迷ってはならない」

「ヴァルサ!」


 サリスの悲鳴のような声に、手を上げて制する。

 ヴァルサは淡々と、普段とまるで変わらない調子で、言葉を連ねていく。


「お前の我がままに付き合う暇はない。どうしても行きたければ、止めはしない。勝手に行け。そのカリオテは土産にくれてやる」


 もう用はないとばかりに、ハーラは機体を翻して遺跡に進んで行った。

 その背中は、完全にクラウスを路傍の石のように扱っている。


「ヴァルサ! もう、あの頑固!」


 サリスは声を荒げながらゼイレンを走らせた。遺跡の奥に向かったハーラを追いかける。

 残されたクラウスは、倒れかけたカリオテの足を動かして踏みとどまった。


「はは」


 笑う。

 どうやら呆けて倒れそうになるほど、衝撃を受けていたらしい。

 しびれていた心が震えて、焼け付くように熱くなる。


「上等だ、分かってるよ。俺がやりたいことなら、俺が責任持たなきゃな」


 クラウスは強いて不敵な笑みを浮かべた。

 足踏桿を踏み、カリオテの足を踏み出させる。一歩に緩衝器が軋み、座席にかすかな衝撃が伝わる。

 その慣れ親しんだ感触だけが、もはや頼りだった。


「待ってろよ、レイア。助けられた恩は、キッチリ返してやるからな」


 一度トレーラーに戻って、盗んででもカリオテの武装を整えるべきだったと気がついたのは、とうに日が暮れた後だった。


 翌朝、日も差さないうちに、クラウスは目を覚ました。

 目を開けて真っ先に飛び込んできたのは、開け放した胸部装甲の縁と木の枝だ。

 見慣れない光景に驚いた拍子に、眠気と入れ替わるように記憶が戻る。

 クラウスは腕で勢いをつけて起き上がった。

 機巧外殻の腰部に、申し訳程度についている物理コンソールを覗き込む。方位針や湿温度計のほかに、時計が埋め込まれている。早朝も早朝だ。

 もともとクラウスはこの時間にアラームを設定していたが、自然に起きてしまったらしい。

 あと数分で鳴るアラームを切り、クラウスはため息をつく。

 腹の底がしびれるように震える。なんのことはない、ひもじさで目覚めただけだった。


「よし」


 クラウスは軽く体をほぐして、座席に座り直す。

 カリオテの魔動機を始動させて、胸部装甲を下ろさないまま立ち上がった。さまよえる亡霊のように、朝霧が木々の間に揺らいでいる。

 夜明け前は、夜行性の動物も昼行性の動物も動きが鈍る。

 狩りの時間だ。


「とはいえ、そう難しい話でもないけどな」


 機巧外殻には、装填器に術式を数基だけ仕込んでいる。

 霊人のように魔術が得意な者であれば、直接魔術を増幅器で行使したほうが汎用性があり強力だ。

 しかし、術式であれば亜人など魔術が不得手の者でもある程度の魔術が扱える。

 機巧外殻はそのように設計されているのだ。

 クラウスは操縦桿のスロットを回し、押し込む。

 魔力が汲み上げられ、魔導線を伝った魔力が術式を駆け抜けると同時に、魔術がつむがれている。

 探査の魔術を組み込んだ術式を起動した。

 魔力の波が打ち出され、森を広がっていく。

 範囲内にある指定物に波が触れると反射を返すだけの、簡素な魔術だ。

 ある程度以上、魔力に敏い相手であれば、探査の波が走り抜けたことに気づいてしまう。

 幸い、一発で触れた。

 クラウスが迷ったのは一瞬で、即座に次の術式を起動させる。

 狙いは視界外だったが、正確な場所が分かっているうえ、森のなかは無風だ。押し込む。

 不可視の波動がカリオテの腕から放たれ、森の木々をすり抜けてあるいは撃ち抜いた。狙いあやまたず魔術は獲物に命中し、その体を縛る。


「……まだ、余裕はあるな」


 クラウスは魔力槽の残量を横目に見て、ゆっくりと歩かせていく。

 余裕があっても、戦闘駆動や魔術を繰り返して魔力を浪費すると、やがて底を突いてしまうだろう。

 よぎりかけた不安を振り払い、クラウスは見えない獲物を追いかける。

 それは猪だった。

 クラウスは血抜きをして、捌き、細かく切った肉を新鮮なうちに丸焼きにした。

 血が巡った苦味と鼻の曲がるような獣臭に苦悶しながら、無理やり口に押し込んで腹を埋める。

 手元にあるのは非常用の着火材と塩だけだ。

 調理するには、足りないものが多すぎた。

 そもそも美味く作ったところで、喜ぶ者がいるわけでもない。ましてや鹿ではなく猪だ。


「くそ」


 クラウスは限りある飲料水を多く飲んでしまったことに気づき、悔恨に顔を歪める。

 腹ごしらえを済ませたクラウスは、眠気覚ましも兼ねて、すぐにカリオテを歩かせた。

 森の木々を縫うように機体を動かし、足元を滑らせないよう気を使い、行く先が極端な斜面にならないようルートを選定していく。

 一歩ずつで掘り起こされる腐葉土が、むせ返るような湿った土壌の臭いを漂わせた。

 山を横切るような道を選んだのは、道程を短縮するためだ。

 トレーラーの走れる道は大きく蛇行しており、防護柵などもなく危険が多い。夜間の走行は自重するのが常識だった。

 ヒュスビーダを持って逃げるつもりなら、多少の強行軍はしたかもしれない。

 それでも夜を徹して走ることはないだろうと踏んでいた。

 機巧外殻を二機以上収められる大型のトレーラーが安定して停車できる場所も、山道では限られている。クラウスはまず、それらが一望できる広い崖を目指している。

 動いていると胃から空気の塊が突き上がり、一人きりをいいことに音を立ててゲップをした。

 ゲップまで獣臭に満ちていて、クラウスは顔をしかめる。

 土の茶色に目が慣れて、斜面に感覚が麻痺したころ、唐突に山が終わっていた。

 クラウスはカリオテを崖際に立たせる。

 場を奪い合うように茂る木々に隠されて、急落するような崖の斜面は見落としそうだった。

 クラウスは顔を上げて頭上のレバーを引く。

 胸部装甲を開け、双眼鏡で景色を見渡していく。

 木々に隠されて非常に分かりにくかったものの、森を縫う道を見つけることができた。

 それをたどれば、広く開けられた峠の野営場に大型トレーラーを見つけるのは難しくない。


「あれか」


 赤紫の派手な塗装で、しかも最新鋭の機巧トレーラーだ。クラウスは確信した。

 事実を確認し、報告する相手がいないことを思い出す。クラウスは意識して無表情を貫いた。

 頭をもたげた心細さに蓋をして、クラウスは道に下りるルートを探す。

 斜面を直接滑り降りることも検討したが、左腕のマニピュレーターが損傷している今、ワイヤーアンカーの補助さえない状態で挑むのは不安がある。

 回り道になり、時間もかかったが、クラウスは野営場に近づいていく。

 森のなかに一度カリオテを潜め、その身一つで森に下りる。

 饐えたような土の臭いと木の臭いに包まれて、藪に体中を引っ張られながら、野営場近くまで忍び寄った。双眼鏡を目に当てても、藪でほとんど隠される。かといって不用意に払うと、クラウスの姿がさらされてしまう。


「参ったな」


 困り果てて、クラウスはかたわらの幹に寄りかかった。土で汚れた木はボロリと木肌を崩し、独特の生ぬるい温もりを肌に伝える。

 クラウスは体を離して顔を上げた。

 高いところに太い枝が張り出している。

 木登り。


 新鮮なものが食べたくなったときなどに、野山から獲得してくるのはクラウスの役目だった。狩猟もその一環だ。

 木の実を採集する際の木登り道具を、カリオテに積みっぱなしにしていたことが幸いした。

 鉤を束ねてベルトに差し、枝にまたがって、クラウスは双眼鏡の泥を払う。目にあてがうと、上は上で枝振りに隠されてしまっていて肩を落とした。

 それでも藪よりは視界が通っている。

 機巧トレーラーの脇に庇を張るようにテントが立てられて、ジェノが湯気を立てるカップを傾けていた。日も高くなろうという時分であるにも関わらず出発しようという様子もない。

 怪訝に見ていると、寝癖を頭に起こした赤髪の女がトレーラーから姿を見せた。

 着崩したロングシャツを着て、眠たい顔でけだるそうに歩く。

 ジェノと親しげに会話をし、恥ずかしそうにはにかんでいた。自分の体を見下ろし、慌てたようにトレーラーに戻っていく。


「今のが、サザか?」


 クラウスはつぶやいて、少し後悔した。

 どう見ても寝起きだ。

 ジェノもテントを畳み始めている。どうやら寝坊するサザを待っていただけらしい。

 見てはならないものを見てしまったような気がする。


「いや、こんな時間まで寝てるほうが悪い。冒険者の基本は日とともにだ」


 誰も聞いてない言い訳をして、クラウスは木を下りる。

 見る限り、彼らはレイアをヒュスビーダから出していないようだ。

 ヒュスビーダはそれほど大型ではない。単純に二人で乗れるわけもないだろう。なんらかの手段によって、レイアはヒュスビーダと同化、あるいはそれに近い状態にあるのだろう。


「……いや、どんな状態だよ」


 カリオテに戻ったクラウスは起動手順を踏みながら、独り言に首を振った。

 想像の限界を超えた話だ。

 しかし、とクラウスはサザの話を思い出す。

 レイアは魔族だと言った。魔族というのは、肉体を魔力によって形作っている。

 代謝のすべてを魔術によって行い、生命維持は魔力さえあれば事足りる。魔族は生きているというより、生きるという魔術を使っているようなものだった。

 レイアが食事は必要ないと言っていたことを、いまさらのように思い出していた。

 彼女は強がっていたのではなく、本当に食事が必要ではないのだ。

 そしてなによりも、魔族とは、魔王に纏ろう者であることを意味する。

 冒険者にはピンとこないが、魔王期の戦争や、似て非なる存在である魔獣の被害にさらされる街の人間には、魔族は憎らしい存在に見えるらしい。

 差別や迫害が、水面下や無意識程度のものとはいえ、今の時代になっても起こっている。

 だが、ある意味でそれも無理はない。

 魔王期の遺跡から魔族が蘇ることは、ありえない話ではない。彼らにとって生命は魔力だ。山の霊脈から魔力を取り続けていれば、あるいは生き残ることも有り得たかもしれない。

 魔族とは、そういう存在だ。

 それはつまり、あの莫大な魔力を宿すヒュスビーダに収まって、魔力として残っている可能性はゼロではないということだ。

 どんな状態かは分からないが、レイアは、ヒュスビーダのなかで生きている。

 ただ気がかりは、どうして彼らがそれを知っていたか、ということだ。


「古文書、とか言ってたな」


 それさえ奪えば、レイアにまつわる疑問に答えが出るのだろうか。

 クラウスは首を振った。希望的観測で動いてはならない。

 レイアの記憶についてのことや、起動直後の暴走など、彼らも言及しなかった事柄は少なからず存在する。

 ふ、と呼吸を整えた。


「行くぞ」


 立ち上がったカリオテを急がせる。

 彼らが道に出る前に、位置についておかなければならない。


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