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機巧外殻と空渡りの獣  作者: ルト
第三章
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16/23

追跡 ――chaser――(1)

「この機体どうする?」


 あらかた工房を探り終えたころ、サリスがふと言った。

 声に反応したクラウスが彼女の視線を追うと、ゼイレンがある。

 ヴァルサは黄土色の機体を一瞥すると、ハーラを見上げる。


「動かせるか?」

「ちょっと待って。今見てみる」


 がしゅ、と音を立てて外装がスライドし、胸部装甲が開いていく。

 半ばも開かない段階で、サリスは機体から滑り降りた。

 太ももにくくりつけたナイフの固定ワイヤーをほどき、引き抜いたそばから横向きに柄を口で持つ。

 するりとゼイレンの操縦席によじ登り、ナイフを手に持ちかえ、背もたれのうえを手慣れた手つきで切り開いていく。

 一連の動作に淀みがなく、熟達していることを窺わせた。


「んー……なんだ、通常認証しか積んでないよ。楽勝だね」


 サリスは目当てを見つけて、からからと笑った。

 そこには銀色をした小さな弁当ほどの金属箱がある。

 ナイフで錠前を割ってこじ開け、上蓋を開くと、薄紫をした極細の針金で造形したような重層術式回路が露出した。

 妖精頭脳という、自動的なシステムを収めた檻だ。

 機巧外殻は指や関節、姿勢など補正するべき情報量が非常に多い。

 そのため、自動人形を動かすような自律機能を搭載し、操縦を補助させている。

 それが補助頭脳だ。

 専ら妖精技術の所産である妖精頭脳が補助頭脳として採用されているが、妖精技術の歴史は四百年ほどで、魔術や術式が積み重ねてきた歴史に比べると圧倒的に浅いものだ。

 サリスは妖精頭脳に目もくれず、そばの基盤に接続されている魔導線を探る。

 そのひとつ、根元にとりわけ太い土台がある魔導線をサッとナイフで切断した。

 代わりにブレスレットから魔導線を引き出して、基盤から垂れる魔導線に結びつける。

 にやり、とそこで悪い笑みを浮かべたサリスは、いたずらっぽく口許を持ち上げた。

 瞳の色合いが深くなる。唇を震わせる。


「さ、起きなさい」


 まるで従順な子どものように、ジェノのゼイレンは魔動機を始動させた。

 ハード的な認証機能をすっ飛ばし、認証したというアンサーを直接打ち込んで、起動命令を妖精に与えたのだ。鍵穴に触らず錠を直接操作したというほうが近い。

 ヴァルサはその手並みを見て、呆れたように笑う。


「さすがは悪名高い魔術の者(マギリア)だな。術式に頼る限り、錠前破りはお手のものか」

「はん。不死身の亜人と違って、か弱い霊人は知性派なのよ」


 まったく説得力のないことをいい、サリスはクラウスを振り返った。


「クラウス、新鋭機。乗ってみる?」

「遠慮しとくよ」


 カリオテから答えて、クラウスは苦い笑みを浮かべた。

 気を使われていることがありありと感じ取れる。

 そう、と空とぼけて気など使っていない素振りを見せるサリスに、ヴァルサは声をかけた。


「サリスはそのままゼイレンに乗れ。トラブルが起きたら頼む」


 ヴァルサは荷物をまとめてハーラに乗り込む。

 胸部装甲が下りていくハーラを見て、はぁいとサリスはいい加減な返事をした。

 撤退準備を始めるヴァルサに、クラウスは問いかける。


「ヒュスビーダは、どうするんだ?」

「諦める。あれは貴重すぎて金にならない」


 即答だった。

 思わず言葉を失うクラウスに、ヴァルサは補足を続ける。


「赤いマースもかなりの手練だ。代償に機体が壊されたら、ヒュスビーダを取り返しても仕事に支障が出る。なにより、そのヒュスビーダ自体が出てくるんだ。リスクが大きすぎる」


 立ち上がったハーラは、とどめに言った。


「俺たちは遺跡探査をしている。機巧外殻の性能より、頭数が必要だ」


 撤退する、と告げたハーラは、自動人形のように歩き始める。

 ジェノたちの残した脱出路を、探索がてら試しに通ることにした。

 ハーラを先頭に、カリオテとゼイレンがゆっくりと急な坂を登る。

 暗闇に沈む縦坑は機巧外殻がぎりぎりで通れるような狭さで、極端な斜面に石段が続いている。ほとんど梯子だった。

 狭すぎてライトが手元を照らす役にしか立たない。

 暗闇のなか、緩やかな壁を登攀するカリオテにサリスがそっと声をかけた。


「亜人はサバサバしすぎてどうかと思うけど……私も、気にしすぎちゃダメだと思うよ。冒険者稼業でやっていくんなら、なおさらさ」


 クラウスはゼイレンを見下ろした。

 視線を向けられていることに気づいているのかどうか、うつむくように手元に気を使っているサリスは登りながら言葉を続ける。


「まだクラウスは酒飲めないし、酒場なんて滅多に連れて行ったことないから、分からないかもしれないけどさ。冒険者の酒場って、すんげーやかましいの。誰も彼もが浮かれて騒いで、喧嘩だって酒の華。なんでか分かる?」


 知っている、とクラウスは思った。

 それは散々聞かされていた。昔は仕事のたびに問われるそれにうなずかなければ、参加させてもらえなかったのだ。


「……次も喧嘩できるか、分からないから」


 改めて口にして、その重さが信じられないほどのものであることに、クラウスは少し驚いた。

 サリスは少し呼吸の間を置く。


「酒が飲める間くらい、感情をむき出しにして全部ぶつけて、同じ時間を共有すんの。そりゃ機巧外殻だってあるし、いろんな装備を揃えるから、滅多に死ぬことなんてない。死ぬことなんてないから、油断して、その油断を的確に狙って、その滅多は攫っていく」


 なにを、とは言わなかった。


「……私さ。狭い世界で朽ちていくのが嫌だったから、村を出て冒険者になった。未熟なくせに自信だけは一人前で、自分で言うのも間抜けだけど、目端が利いて分をわきまえて、ね。手堅くうまく仕事してたのよ、これでも」


 マギリアという種族は、霊脈の濃い秘境の奥に村を作り、そこで長い寿命の一生を暮らすことがほとんどだ。

 そのために閉鎖的で常識に疎く、また寿命の長さから口伝を好む。

 サリスは例外といっていいマギリアだった。

 道を登るハーラのライトが、壁を照らして大きく左右に揺れている。


「昔のなにも分かってなかった私は、帰ってこなかった酒飲み友達を探しに、魔獣の多い森まで行った。霊脈の濃い森は生身で通ったわけだし、お手の物だと思ってね。でも探すと通るじゃ、違いすぎた。幸運にも友達の機巧外殻は残骸を見つけて、死亡を確認できたんだけど……ま、呆気なく体力が尽きてヘマをして死にかけて、ヴァルサに拾われたわけね」


 当時のことを思い出したのか、サリスは声を上げて笑った。

 昔のことを思い出す笑い特有の、古い油のような湿った笑い声だった。


「友達が死んだ、って言ったら、あいつなんて言ったと思う? ……そうか、悲しいことだ、よ? 無表情で。ありえないでしょ?」


 あり得ないどころか、言う情景がありありと思い浮かぶ。クラウスは思わず口の端が緩みかけた。

 笑いを収めて、サリスは呼吸を置いた。

 笑みの残滓を残す言葉を、ゆっくりと並べていく。


「亜人は流浪の民だから、人との別れは本当にどうでもいいことだったのかもしれない。けど、そのとき私は思ったのよ。悲しいことは悲しいことで、間違いなくそこにあってさ。それを悲しむかどうか……どう悲しむかは、私たちが選べるんだ、ってさ。悲しみに限らず、自分のためになる感じ方を、選んでいこうよ」


 サリスは切々と語りかける。


「だからさ、レイアちゃんのことは、無理に追いかけたってダメだよ。無闇な感情で走っても、ろくなことにならない。それで怪我でもしたら、……死んだら。なんにもならないでしょ」

「レイアは」


 遮った声は、すぐに途切れた。

 聞いていられずに思わず吐き出した声は、続く言葉をクラウスのなかに形作る。


「レイアは死んでない」


 サリスが息を呑む音が聞こえた。

 カリオテの操縦桿を動かす。

 上の段をつかみ、足踏桿を踏んで足を持ち上げ、石段を踏む。機体を持ち上げ、高く進みながら、クラウスは声を出した。


「あいつは冒険者じゃない。覚悟があったわけでも、望んで行ったわけでもない。きっと」


 また言葉が途切れた。

 どこかから、それはお前の願望だ、という声が聞こえたように思えた。そうかもしれない、とクラウスは顔を渋らせる。みっともない希望、浅ましい妄想にすぎないかもしれない。

 それでも、クラウスはその言葉を絞り出した。


「きっとあいつは、助けを待ってる」


 ハーラが石板を押しのけ、その出口から這い出ていく。

 影がなくなり、出口の向こうから弱々しい光が差し込んできた。

 カリオテは淵に手をかけて、足を伸ばし、機体を暗闇から脱させる。

 そこは、まだ地下だった。

 表層の魔法燈台が並ぶ部屋のひとつで、特に傷んでいた部屋につながっている。

 このときは魔力でしか探していなかったから、隠し通路に気づかなかったらしい。

 その狭く直方体に区切られた部屋に、クラウスは立ち尽くしている。


「助けられるの?」


 ゼイレンが問うた。

 石段を登り切った黄土色の機巧外殻は、カリオテの背後に立っている。

 値踏みするような、試すような目でクラウスを見ている。

 そしてその目は、こうも言っていた。

 お前にはできない。

 お前は特別ではない。

 お前は有象無象に過ぎない。

 その量産機のように、どこにでもあり、使い潰して壊れても誰も気にしない、代えの利く、世界の一部品でしかない。


「俺は冒険者に憧れてた」


 気づけば、クラウスはそんなことをつぶやいていた。


「ヴァルサは怪力で頭の巡りもよくて、なにもかも見通してるみたいに遺跡を進む。サリスも魔術を軽々と使ってなんでもやっちまうし、魔術支援の精度は半端じゃねえ」


 ゼイレンはなにも言わない。

 表を警戒していたらしいハーラが戻ってきたが、クラウスはそれさえ気づかなかった。


「でっけー機巧外殻を、手足みたいに操ってさ。悪路も軽々と進んじまうし、魔獣だって討伐できちまう。ガキのころからそんな姿みせたら、そりゃ、ヒーローかなにかだと思うさ」


 クラウスの声を聞いたヴァルサも、ハーラを立ち止まらせてカリオテを見る。

 不必要に大きい声で、まるで世界に主張するかのように、クラウスは声を張る。


「でも、実際なってみりゃ、そんなことはなかった」


 白々と響く笑い声が、乾いた遺跡の石を叩く。


「亜人は体が強いのが取り柄で、魔術はろくにできやしない。霊人は魔力に適応してるだけで、霊脈の影響をすぐ受けて変調を起こす。機巧外殻なんか特にそうだ。もともと誰もが手足のように扱えるように設計してあるだけで、しかも実際乗ってる分にはそんな楽々動いてくれるもんじゃない。大して特別なことができるようになるわけでもねえ」


 くだらねえ、とクラウスは口のなかでつぶやいた。

 意味のないことを並べ立てている。


「すげーことはできない。隙間を足場に仕事を作る。泥臭いうえに危なっかしい。それをさ、全員で挑めばやっていけるんだ、冒険者ってやつは」


 クラウスの脳裏には、山羊汁をまずそうな顔で食べるレイアの顔が浮かんでいた。

 その紫紺の瞳を思い出す。

 見た瞬間に見とれた、あの瞳。

 あの瞳をもう一度だけ。

 できるなら、笑ったところを見てみたい。

 そんな風に、思っていた。


「俺は、レイアを見捨てたくない。命を預けあった仲間なんだ。助けに行きもせず、諦めるなんて真っ平御免だ!」

「ならトレーラーを降りろ」


 ヴァルサの声が冷ややかに打った。

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