真実 ――depth――(3)
ジェノの術式に応じるように、炉から漏れ出る光はいや増し、不気味な鳴動を始めた。
「かつてはこの封印を解く魔術を、自力で唱えていたそうだ。かつての人々が持つ魔導の技術には脱帽するばかりだね。きみたちも、そう思うだろ?」
「くそったれ、なにしてやがんだ! レイアをどうするつもりだ!」
「レイア? ヒュスビーダの封印を解いているだけだが」
本気で不思議がっているような声に、クラウスは鼻白んだ。
かかか、とシャレコウベが高笑いするような声を上げて、赤いマースが頭を上げる。ハーラを押さえつけたまま、カリオテを振り返った。
「レイアなんて名前つけて、ご丁寧に可愛がってんだな、ええ? ジェノ、こいつらが言ってんのはアレだ、補助頭脳のことだよ!」
「ほじっ……?」
クラウスの声は途切れた。
追い討ちをかけるように、サザは脅かすように大げさにマースの肩を揺らす。
「補助頭脳ってぇのが、妖精頭脳と同じなのは分かるよな。お前らの言うレイアは、端っからヒュスビーダに内蔵される部品なんだよ」
言葉も出ないクラウスに、サザはニヤニヤと笑う顔さえ見えてくるような声をかぶせる。
ハーラがもがく動きに的確に応じて、杭でも打ち込んでいるかのように押さえ込んでいる。そんな芸当をしていながら、サザの口ぶりには余裕があった。
クラウスはマースを振り返ることすら出来ない。
「違う……違うっ!」
「なにが違うってんだよ。お前らの機巧外殻に載せられた妖精頭脳と、なーんも違うところなんかねぇだろーが」
ただ反駁の声を上げるだけのクラウスを鼻で笑って、サザは言葉を重ねる。
「まぁ洗練された妖精技術と違って、体が魔力で出来てる魔族に直接術式をねじ込むっていう、えげつねーうえに乱暴な手法なんだけどな。てめーらの話してた相手は、人族どころか、真っ当な生命ですらねえ、埃かぶった道具だぜ?」
機体をハーラに対応させて動かせないぶん、心を折りに行くかのように。
サザの冷酷な言葉がクラウスの心に載せられていく。
ジェノは笑い声さえ上げて、その滑らかな舌を再び動かした。
「そういうことなら、封印している、と言うほうが正しいかもしれないな。搭乗者がいない間、機体を管理する人格が内蔵されているんだよ。こいつによればね」
まるで自慢するかのように、ジェノは冊子を見せる。
古文書のレプリカ、と彼は言った。
偶然発掘を始めたクラウスたちと違い、その記述を頼りに遺跡までたどり着いたのだろう。だから、遺跡を譲ってくれ、などと言えたのだ。
「小さな神とはいえ、神の名を冠するアーティファクトだ。その名を与えるに足る性能を持ち、また恥じることのない活躍をしたらしい。魔王期の戦争でのことだよ」
ぱら、とジェノはページを繰り、また術式を起動させていく。
その作業のついでとして、ジェノはなおも口を動かした。
「もっとも、魔王軍の反撃によって、ヒュスビーダがいた地域は敢え無く奪われた。それ以来、見つけ出したものはいない。ただ存在を示唆する記述だけが残っていて、破壊されたものとされていたが……これだけのアーティファクトだ。必ずどこかにあると思っていたよ。きみたちが先に見つけているとは、思わなかったがね」
ジェノは苦笑を浮かべる。
クラウスの歯噛みも、渾身の力を込めた操縦桿も、届くことはない。
ヒュスビーダが戦争に使われていた記憶は、レイアから失われている。
だがレイアは、記憶の全てを失っているわけではない。ヒュスビーダが戦争に用いられ、彼女が必ずそこに関わっているとすれば、一つの法則性が浮かび上がる。
彼女が失った記憶は、ヒュスビーダが関わってきた戦争と拠点の記憶だけだ。
ようやく、術式を起動させるジェノの指は止まった。
魔導書と炉は同じ色に輝き、揺らめき、魔力をほとばしらせている。
「さあ、再起動だ。――ヒュスビーダ」
声に応じて、炉が開く。
炉内の炎は消えていた。光を丸ごと吸い込んだかのように、ヒュスビーダの外装は力強く輝きを揺らめかせている。
燃えては揺らぐ篝火のような光ではなく、力強く確かな劫火のように。
「レイア、逃げろッ! レイア!」
クラウスの叫びに、ジェノは気の毒そうな苦笑さえ浮かべた。
「聞こえないさ。補助頭脳は本来の役割に、操縦の補佐へと機能を移行させている。このアーティファクトはもはや、私のものだ」
ジェノが手をかざすと、ヒュスビーダの胴が開く。まるで忠実に従うかのように。
開かれた内部には、シート代わりの台座とベルト、手足の穴がある。
――人の姿はない。
クラウスは呼吸を忘れた。
ばがん、と炸裂したような音が響く。
不意打ちを狙って飛び出したヴァルサに、マースが瓦礫を投げつけていた。
空中で吹き飛ばされたヴァルサの巨体は円筒形の柱に直撃し、柱にひびを残して倒れこむ。
マースが動いた空隙に、ハーラが半身を起こして蹴りを入れていた。
機体を押さえ込んでいたマースの足を弾き、続けて振り上げた腕が大鎌に弾かれ、ハーラは本命のパイルバンカーを叩き込む。
肩をかすめ、かわされた。
衝撃だけでマースは体勢を崩し、本棚に激突する。
「やりやがったな!」
サザは癇癪を起こした番犬のように吠え立て、姿勢を低くし大鎌を構える。
それを諌めたのはジェノだ。
ヒュスビーダの胸部装甲を重ねて、通常の姿に戻った翡翠の機体は、しかし低い声で余裕を見せ付けるような言葉を弄する。
「これさえ手に入れば、もうあとに用はない。さっさと行くぞ」
「……ちっ。分かったよ、ジェノ」
しぶしぶ、という態度をまざまざと滲ませて、サザは長柄を収めた。
ハーラが警戒に構えている間に、彼らは壁の隠し通路から風のように走り去ってしまう。
炉の火が消え、ヒュスビーダも去った工房は、再び暗闇に閉ざされていく。
おんおんと、石板の震えるような足音の残滓が、波の引くように消える。
ライトを点すハーラが、我に返って瓦礫を蹴飛ばしながらカリオテに駆け寄った。カリオテの肩部装甲から伸びる魔導線を引きちぎる。
「クラウス! 大丈夫?」
カリオテの魔動機が痙攣するように震え、駆動が戻った。
ライトが点灯し、金縛りが解けたように手足が動く。
クラウスは操縦桿を握り直し、カリオテを立ち上がらせる。
「クラウス……?」
沈黙するクラウスを心配するように、サリスは覗き込むようにハーラを傾けた。
その機体を軽く押し返して、クラウスはふざける余裕があることを示す。
「俺は怪我もない。ヴァルサは大丈夫か?」
「なんとかな」
狼頭を振って、鬼の血族は立ち上がった。
身体の強靭な亜人といえども、機巧外殻に生身を打たれてただで済むはずもない。ヴァルサはよろめいて柱に手を突いた。
「うわ、ヴァルサがそんなに苦しそうなんて、初めて見たかも。大丈夫?」
たった今までまるで抱いていなかったヴァルサへの心配を急激に見せて、サリスは気の毒そうに尋ねる。
その態度に、ヴァルサも口の端に苦笑を浮かべる。
息を吐き、奇妙な沈黙が間に下りた。
部屋の瓦礫を探ろうとするわけでもなく、慌てふためいてて後を追うでもない。ただその場に留まっている。
足音の残響はとうに消え、耳に痛いほどの冷ややかな静寂が満ちる。
クラウスはうつむいて、機体の操縦席を見下ろす。
搭乗したからといってクラウスの体が消え去ることはなく、機体の中にせせこましく収まっている。
「レイアは」
沈黙を破った。
「レイアは、どう、なったんだ?」
サリスは答えない。
「どうなったんだ。一緒にメシ食って、命張った仲間は、どうなったんだよっ!」
無音が、沈黙が苛立たしくて、クラウスは誰に向けてもなく怒鳴った。石になったかのように、ハーラは黙り込む。
静寂を強調するように、声だけが工房に反響していく。
クラウスは再び、感情を吐き出すだけのわめき声を上げそうになった。
「いなかった」
冷や水を浴びせられたように、クラウスの言葉は真っ白になる。
真っ直ぐにクラウスを見据えるヴァルサが、冷厳に、機械のように口を動かす。
「少なくともヒュスビーダの操縦席には、なにも痕跡はなかった。あの男が術式をかけてから彼女の反応らしいものはない。炉も魔力を使い果たして、石くれになっている。それが事実だ。……目ぼしい物をかき集めろ。帰るぞ」
冷たく言い放ったヴァルサは、体を翻して工房に転がる瓦礫を漁り始める。
気まずそうにカリオテを盗み見たサリスも、ハーラを動かして物色を始めた。
クラウスはこめかみが冷たくなるのを感じながら、炉に目を向ける。
炎も光も失って、墓石のようになった炉心が、そこに取り残されていた。
「あいつから、ヒュスビーダを取り返せば……レイアは、元に戻るのか?」
まるで夢でも見ているような、曖昧な声。
瓦礫を手に振り返ったヴァルサは、クラウスに言う。
「それは、お前の憶測だ」
そうか、とクラウスは思った。




