真実 ――depth――(2)
興奮したサリスを冷静に揺り戻すのは、いつもヴァルサの役目だ。
「童謡ひとつの話だろう、判断の根拠にするには早計すぎる。だいたい今はそんな話をしている場合じゃない。違うか?」
む、とうなったサリスは、興奮を嘘のように収めて、へそを曲げた声で言う。
「そりゃそーだけど……。ごめんレイアちゃん、適当なこと言って。気にしないで。それより、ホントだよ、急がないと。連中にお宝取られたら堪んないわ」
「分かったら行くぞ」
「うーす」
サリスのいい加減な返事を聞いて、ヴァルサは不快そうに眉間にしわを刻む。
しかし、なにも言わず先を急ぐことを優先した。
ライトに照らされる道はまだまだ伸びて、曲線の向こうに行く先を隠している。
クラウスはカリオテを歩かせる前に、ちらりとヒュスビーダを振り返る。
「レイア」
「ん。分かってる、あんたも急ぎなさい」
レイアに急かされ、クラウスは足踏桿を踏んでカリオテの足を動かした。
ヒュスビーダは不安を押し隠すように、いつも通りの挙措で段を下りていく。
先導するヴァルサを追いかけるクラウスは、胸にわだかまるものを感じて眉をひそめた。
壁を見ても、道を見ても、焦燥感を煽るなにかは見つからない。
「まあ、また立ち止まっちまったから、な」
クラウスは、誰に言うでもなくつぶやいた。
背後にあるヒュスビーダを確認し、湿った足元に足を取られないように気を使って、行く道を急いでいく。
カリオテの足を重いと感じたのは、ずいぶん久々のことだった。
道は、煽った不安よりは早い段階で、その終わりを見せる。
緩やかな曲線が道の端を隠していたのは最初のうちだけであり、道の終わりが見えるのは残り半分の距離に計算されていた。
通路の向こうにはまたも広間がある。
これまでの広間と違い、巨大なフラスコ瓶のような炉や円筒形の柱、床面積の三分の一はありそうな作業台、魔結晶を崩す磨り台など、雑多なもので溢れている。
壁際に並べられている書棚には、羊皮紙綴りの本だっただろう物が自壊して積もっていた。
工房、と呼ぶのが相応しい部屋だ。
部屋にはいるや否や、サリスは悲鳴を上げた。
「きっつ! 魔力だらけだよ、この部屋。なんにも見えない!」
「センサ外せ。罠はなさそうだな」
ヴァルサは端的に指示し、鋭く部屋中に目を走らせる。
クラウスはカリオテを巡らせて部屋を見渡し、部屋の三方が壁で塞がれていることを確認した。
「ん……? 連中はどこだ?」
「そういえば。どこ行ったんだろ、また隠し通路かな?」
「探すのは手こずりそうだ」
ふむ、とヴァルサはセンサに目を落として鼻を鳴らす。
部屋中に溢れる強力な魔法の物量に当てられて、センサの挙動が怪しくなっていた。
部屋を確認する三人を他所に、レイアは、ヒュスビーダの体をゆっくりと炉に近づける。
最初にその様子がおかしいと気づいたのは、クラウスだ。
「レイア?」
「見つけた」
クラウスの声に答えず、レイアは夢でも見ているかのような虚ろな声を漏らす。
雲を踏むような足取りは、明らかに正気を失っている。
声はそもそも聞こえていないようだ。
カリオテをヒュスビーダに近づけようと、クラウスは一歩を踏み出す。
まるでそれが契機であったかのように、炉心が強烈な光と熱を撒いた。それ自体が機巧外殻であるかのように前部を展開させ、内部の炎が漏れている。
レイアは導かれるように炉のなかに翡翠の身を投じた。
「レイ――!」
カリオテが炉に駆け寄って手を触れる。魔導線が焼き切れそうな魔力に、慌てて操縦桿を引いた。左腕の動作がもたつき、操縦桿に遅れて腕を離す。
「なんだ、これ……」
「心配しないで」
レイアの声に残響がまとわりついて引き伸ばされている。
「ヒュスビーダの魔導炉に、火を移すだけ……。すぐに終わるわ」
「すぐ終わるって、これ」
クラウスは愕然とつぶやいた。
炉に鮮やかな緑が燃え上がって、漏れ出る光が水面のようにきらめいている。
サリスはおろか、ヴァルサでさえ、呆けたように炉を見つめている。
ゆえに、それに気づくのが遅れた。
「まったく、想定したなかで最悪のパターンだよ」
轟音が机を踏む。
舞い上がる破片を縫って、目を剥いて振り返るヴァルサへと、その長柄は振り抜かれる。
「なに――ぐっ」
「ちょ、ヴァルサッ!」
亜人の巨体が宙を舞い、本棚に叩きつけられた。魔法的な防護機能が備えられていた本棚に弾かれて、ヴァルサの体は地に落ちる。
その動きを目で追ってしまったサリスは、背後から振り下ろされた一撃で足を払われる。
「ぶおっ」
背中を打ちつけたサリスの濁った悲鳴を、金属が噛み合う音が遮った。
「へぇ? やるじゃねぇか」
刺々しい赤を基調とするマースが、長柄の大鎌をハーラに振り下ろしている。ハーラは機械腕を盾に、杭打ちのレールでかみ合わせて受け止めていた。
「あ、あんたら……!」
「サリス!」
クラウスはカリオテを戦闘駆動に切り替えながら足踏桿を踏み替え、機体を翻す。
ギアを抜いて走り出そうとした機体の肩に衝撃が走り、その瞬間、感電したように動きが止まった。
突然、無理やりに棒立ちになったカリオテは、棒を倒すように地面に胸部装甲から倒れる。
「なっ、これは」
衝撃に操縦席のうえを跳ね回ったクラウスは、焦点の合わない目を揺らしながら操縦桿を動かす。まるで手ごたえがなかった。
歯が抜けたように魔動機が空回りをして、機体は指一本動かなくなる。
クラウスは顔を上げて目を巡らせる。
潰れたトマトのような形に潰れた粘着質の弾頭が、肩部に張り付いているのを見つけた。その尻から太く縒られた魔導線が伸びている。
「すまないね。できれば事を荒立てたくなかったんだが……こうなっては仕方がない」
黄土色の分厚い装甲板に覆われたゼイレンが、抜け落ちた壁から悠然と現われた。持っている短銃型の榴弾砲に、魔導線がつながっている。
補助頭脳の機能を妨げる術式だ。
クラウスは瞠目し、歯を噛み締める。
まさか、こんな形で、不覚を取るとは。
「まあ、事後処理の不便を背負ってでも、このアーティファクトには価値がある。これがアーティファクトであること以上の価値が、な」
相変わらずジェノは冗長に語る。
ゆったりと、まるで見せ付けるかのようにゼイレンを歩かせた彼は、炉の前で立ち止まる。
ゼイレンの正面装甲がスライドし、胸部装甲がゆっくりと開き始めた。
「どういう意味だ。なにをするつもりだ!」
クラウスは叫ぶ。
操縦桿を叩きつけるように動かしても、反応はない。魔導線のリンクが阻害されている。機体は沈黙していた。
シートから立ち上がったジェノは、印象以上に若々しい外見をしていた。
オールバックの髪と機能的なジャケットを小奇麗にまとめている。
「どうもしないさ。ただ、正しく使うだけだ」
口角の片側だけを吊り上げて笑った。
いくら外見を小奇麗に取り繕ったところで、粗野な印象は変わらない。
「こんの……レイア、逃げて!」
鎌と足に押さえつけられているハーラがもがきながら、炉に叫んだ。
めぎ、と外装を軋ませてマースは力を込めて踏みにじる。
「うるせェ、黙んな。今いいトコなんだよ、見りゃ分かんだろ?」
「知らんわっ! レイアっぎゃ!」
装甲のこすれる鈍い音と同時に、ハーラが地面をわずかに滑った。マースが蹴ったらしい。倒れ込んでいるカリオテからは姿が見えない。
クラウスは胸部装甲を開放するレバーをあらん限りの力で引くが、無駄なことだった。
うつ伏せに倒れ込んでいるため、動くものも動かない。
「やっとここまで来たな。手間をかけさせてくれる」
ジェノは炉の前に立ち、ひと綴りの冊子を懐から取り出した。
外の状況が見えているのかどうか、レイアは警戒した険しい声を発する。
「あんた、誰?」
「お前の次なる継承者だよ。機体の堅守、ご苦労だったな」
くく、と笑いをこらえるように喉を鳴らし、ジェノは一ページが異様に分厚い冊子を繰り、その一説を探り当てて手を止めた。
指をなぞらせると、刻まれた文字が淡く輝く。
「魔導書……!」
クラウスは呪うように声を漏らす。
「その通り。ページそのものに術式回路を張りつけ、束ねて綴ったものだ。もっとも、これは私が命じて作らせた、古文書のレプリカだがね」
笑いながら、ジェノは刻印を次々と起動させていく。
とても長大な術式……高度で複雑な術式を準備している。
応じるかのように、炉から漏れ出る光はいや増し、不気味な鳴動を始めた。




