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ルシアは学院を卒業し結婚をして甘い時を過ごし幸せに過ごしていた。
ある日庭に出ようとした時だった。
急に立っていられなくなるほどの頭痛がルシアを襲った。周りの景色がぐにゃりと揺れ、意識が遠のき闇に引き込まれた。
ルシアを近くで素早く支えたメイドが
「誰か、お医者様を呼んで。奥様が倒れられたわ」と叫んだ。
その時に頭の中になだれ込んできたのはここではない別の世界の映像だった。
四角い鉄の塊が勢いよく地面を走り、煌々と明かりが輝き、大きくて空に届きそうな建物が沢山見えた。
その世界で地味な格好の20代くらいの女性が手の平に乗る長方形の箱を見ている。その人が読んでいる物は小説のようだ。あれは私だ。
毎日夜遅くまで働いて、帰宅してからの唯一の楽しみがスマホでweb小説を読むことだった。
私は死んだのか。そうでなければここにいない。幸い死んだ時のことは覚えていない。
死ぬ直前に読んでいた小説がこの世界だ。何てことだろう。
タイトルは覚えていないが、当時流行りの「すまない、真実の愛を見つけてしまった。離婚して欲しい」と夫に言われ捨てられる小説の中の妻ルシアに転生していた。
夫の名がウィルヘルムで公爵令息。合っている。すうっと冷や汗が流れた。
結婚をしても幸せにはなれない設定なのか。
どこまでいっても家族とは縁が薄い。それがルシアだ。可哀想で仕方が無い。
あのウィル様がそんな馬鹿なことを言うのかと思うが、恋愛脳になればあり得るらしい。恋愛脳って何だ?馬鹿になるってこと?
ため息しか出ない。物語の強制力も知っている。不憫すぎるよルシア。
愛していると言ってくれたのは物語のせいかも知れない。
これからヒロインに会うのだろうか?それとももう会ってる?
暗い闇の中へもう一度引きずり込まれた。
「……ルシア、ルシア目を覚まして」
どこかでそう呼ぶ声がした。手を握られている気がする。
私はゆっくり目を開けた。愛しい人の顔が目に入ってきた。
「ウィル……」
「良かった。熱が高くてうなされていた。3日も目が覚めなかったんだ。このまま起きなかったらと思うと心配でたまらなかった。もう大丈夫?どこも痛くない?」
「うん、大丈夫。ありがとう。お水が飲みたいわ」
背中を支えられコップに入った冷たい水を飲ませて貰った。
「とても頭が痛くなったの。ごめんなさい、心配をかけたわ」
「医者が言うには休みなく働いていたせいだって。ゆっくり休ませてあげてくださいと言われた。ごめんね、疲れているのに気づかなかった」
「素敵なウエディングドレスを着て憧れのウィルのお嫁さんになったんだもの、嬉しくてじっとしてなんていられなかったの」
もやもやとした気持ちを何とか誤魔化そうと無邪気に言った。
「憧れのって…。そういう事をさらっと言うのはずるいな。熱は下がったようだ。暫くはベッドの住人になるんだよ。休むのがルシアの仕事だ。いいね?」
大きな手で頬を撫でてくれたウィルの耳が赤くなった気がした。
「ええ、じっとしてるわ」
記憶の中のウィルを認めたくなくてことさら明るく言った。
前世の情報処理がしたい。暫く1人になる時間が欲しいと思ったのに、持ってきて貰った粥を食べるとまた眠気が襲ってきた。
再び目が覚めると陽射しが明るかった。随分寝てしまったようだ。
ベッドの側にあるベルを鳴らしてメイドを呼んだ。
「奥様お体をお拭き致しますね。寝間着も着替えましょう」
「ありがとう、よろしくね。元気になったらお風呂に入りたいわ。髪も洗いたいの。臭くないかしら?」
「臭いなんてことはありません。花のような香りしかしません」
「良かった。臭いなんて思われたくないもの」
「旦那様は奥様のどんな香りでもお好きだと思います。お目覚めになりましたと旦那様にお知らせしてきますね」
着替えを手伝い終えたメイドがそう言って部屋を出ていった。
私はその隙に机の引き出しから愛用の手帳を取り出した。
覚えている事とこれからの計画を書き出したい。
見られても読めないように念のために日本語で書くことにした。
もし小説のようになったら泣くわ。大泣きする。今でも泣きそうだもの。
けれどもう絶望には染まらない。子供の頃のように我慢はしない。
1人で生きてやる。慰謝料だって取ってやる。
前世は庶民だったのだ。知識はある。それを利用する。
ウィルと結婚するまでは手をかけてもらっていない。きっと大丈夫。
けれど黙ってウィルを取られるのは嫌だ。手は打たせてもらう。
ヒロインの名前は覚えている。ルシアは戦う決意をした。
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