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悪役令嬢の幼馴染(モブ)に転生しました 〜断罪イベントで彼女を救ったら、王子たちの嘘が崩れ始めた〜  作者: あうまる


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18/23

第18話 消えなかった令嬢

 名誉回復の場は、学園の大講堂で行われることになった。なぜわざわざ学園なのか。俺としては王城の奥でひっそり済ませてもらいたかった。

 だが父上は短く言った。


「貶められた場所で、正されねば意味がない」


 正論だった。反論する余地がない。俺は大人しく制服を着て、父上に連れられて学園へ向かった。

 馬車の中は静かだった。

 父上はいつも通り隙のない顔。俺はいつも通り落ち着かない顔。自覚はある。


「アルト」


「はい」

「余計なことは言うな」

「信用が薄いですね」

「厚いと思うか」


「思いません」


 即答したら父上の眉間にしわが寄った。なぜだ。正直に答えたのに。


「必要な時だけ話せ」

「必要な時の判断が難しいですね」


「お前が話したいと思った時は、たいてい不要だ」


 ひどい。いや、否定しきれないのがつらい。俺が黙ると、馬車の車輪の音だけが残った。

 学園へ近づくほど、馬車の揺れがやけに腹に響いた。あの大講堂。


 レオンハルト殿下が剣を抜いた場所。エレオノーラが罪人のように見られた場所。ミリアが泣きそうな顔で殿下に縋った場所。

 乙女ゲームなら断罪イベントの舞台。俺にとっては、幼馴染が殺されかけた場所だ。

 ゲーム知識なんて言葉で片づけるには、あの剣の音は生々しすぎた。大講堂には、すでに多くの生徒と教師が集められていた。

 さらに、王城での説明に同席した一部の貴族家の者たちも、後方に席を与えられている。


 前方には王家の紋章が掲げられている。その下にユリウス殿下が立っていた。横にはラウレンツ閣下。

 少し離れた場所に学園長のヴェルナー殿と、記録係のリーナがいる。

 レオンハルト殿下はいない。ミリアもいない。


 ただ、カイルとセドリックとノエルはいた。王城から護衛付きで連れてこられたらしい。前列の端に立たされている。

 顔色はそろって悪い。

 彼らの親らしき貴族もいた。その中の一人は息子を見ようともしない。もう一人は汗をぬぐい続けている。

 最後の一人は何度も口を開きかけて、隣の役人に睨まれて黙った。


 なるほど。なるほど。見方がひっくり返る前の顔ってこういうものか。

 周囲の生徒たちは、俺たちが入ってきた瞬間にざわめいた。

 視線が刺さる。俺ではなく、その後ろに。エレオノーラが入ってきた。


 レインフォード公爵と並び、背筋を伸ばしている。今日の彼女は制服ではなく、淡い青のドレスだった。派手ではない。

 けれど、誰が見ても公爵令嬢だとわかる装いだった。会場のざわめきが一段落ちる。

 俺は彼女の顔を見た。表情はいつものように整っている。でも、指先が固い。

 怖くないわけがない。


 ここで彼女は罵られた。婚約を壊された。剣を向けられた。

 それでも戻ってきた。

 俺は彼女のそばへ行きたかった。だが、今は立ち位置が決まっている。クライゼル公爵家の息子として、父上の少し後ろに控えなければならない。

 面倒な身分である。


 エレオノーラの視線が一瞬だけこちらに来た。俺は頷いた。彼女の指から力が少し抜ける。

 俺もそこで、少し息ができた。ユリウス殿下が一歩前に出る。

 大講堂は静まり返った。


「本日、この場に集まってもらったのは、先日の卒業式において行われた断罪について、王家より学園へ正式な通達を行うためである」


 声はよく通った。レオンハルト殿下とは違う。人を従わせるために張り上げる声ではない。

 それでも自然と聞いてしまう声だった。


「本件については、すでに王城において一部の貴族家へ説明が行われている。だが、事が起きたのはこの学園であり、レインフォード公爵令嬢が疑いの目を向けられたのも、この大講堂であった」


 ユリウス殿下の視線が、ゆっくりと会場を渡った。

 王城で同じ内容を聞いた者たちは、驚かなかった。

 代わりに、顔を伏せた。

 あの時は広間で聞いた事実が、今度は逃げ場のない形で、自分たちの前に置き直されている。


「ゆえに王家は、ここで改めて明言する。エレオノーラ・フォン・レインフォード公爵令嬢に対する嫌がらせの訴えは、王家および宰相府の調査により、虚偽であると確認された」


 ざわめきは起きた。

 だが、それは新事実に驚く声だけではなかった。

 事情を噂でしか知らなかった下級生や教師たちの間に動揺が走り、王城で説明を受けていた貴族たちの間には、重い沈黙が落ちる。

 同じ事実でも、学園の大講堂で読み上げられる意味は違った。

 ここは、彼女が貶められた場所だ。


「提示された証拠の一部は捏造であり、一部は時刻および場所に矛盾があった。学園の出席記録、侍女の証言、教師の記録、筆跡の鑑定結果からも、レインフォード公爵令嬢の関与は認められない」


 何人かの生徒が顔を見合わせた。その中に見覚えのある令嬢たちがいた。断罪の場で、エレオノーラを見て笑っていた連中だ。

 あの時は扇子で口元を隠していた。

 今は、その扇子が少し震えている。


 驚いたからではない。

 自分たちが笑った相手に、罪がなかったと公式に突きつけられたからだ。


 人の不幸を笑うなら、自分の足元も見ておいた方がいい。俺はそう思ったが、口には出さない。父上の言いつけは守る男である。

 守れているはずだ。


「また、レオンハルト王子による婚約破棄の宣言は、王家の承認を得たものではない。さらに、無抵抗の令嬢に剣を向けた行為は、王族としても婚約者としても許されるものではない」


 扇を持つ令嬢の手が止まった。

 今度は、ざわめきではなかった。

 王城で既に聞かされていた者たちも、この場では顔色を変えた。


 第二王子の非が、王族の口から、学園の記録として残される。

 それは噂でも内々の説明でもない。

 この場にいた者たちが、あとから知らなかったとは言えなくなるということだ。


 カイルがうつむいた。セドリックは唇を噛んでいる。ノエルは目を閉じたまま動かない。


 彼らを見ていた貴族たちの中で、年配の男が舌打ちを噛み殺した。身内だろう。そばの夫人が泣きそうな顔でその腕を掴んでいた。

 ユリウス殿下は巻物を広げた。


「ここに、王家はエレオノーラ・フォン・レインフォード公爵令嬢の潔白を正式に認める。同令嬢の名誉を傷つけたことについて、王家は深く謝罪する」


 ユリウス殿下が頭を下げた。大講堂が凍った。王族が、公爵令嬢に頭を下げた。

 王家の面子も、貴族の序列も絡む。頭を下げるという動作ひとつに、いくつもの家の思惑がまとわりつく。

 でも、ユリウス殿下は下げた。ラウレンツ閣下も一礼する。ヴェルナー学園長も深く頭を下げた。


「学園としても、虚偽の訴えを見抜けず、令嬢を危険にさらした責任がある。加えて、根拠の不確かな噂が広がるのを止められなかった。レインフォード公爵令嬢。誠に申し訳なかった」


 エレオノーラは動かなかった。怒鳴りもしない。泣きもしない。

 勝ち誇りもしない。ただ、前を見ていた。


「謝罪を受け取ります」


 静かな声だった。


「ですが、私がここで受けた恐怖も、失われた信頼も、すぐに元へ戻るものではありません」


 誰も息をしなかった。いや、しているはずだ。でもそれくらい静かだった。


「だからこそ、私はこの場に立ちました。私が逃げてしまえば、きっと噂だけが残ります。悪役令嬢だと呼ばれたままになるでしょう」


 悪役令嬢。その言葉に何人かが肩を震わせた。エレオノーラは続けた。


「私は、誰かをいじめてなどおりません。誰かを貶めてもおりません。私は私です。誰かが望んだ役を押しつけられるために、ここにいるのではありません」


 会場の奥で、すすり泣く声がした。味方ではないだろう。自分が何に乗っていたか、ようやく気づいた誰かの声だ。

 遅い。それでも、気づかないよりはいいのだろう。

 エレオノーラは一度だけまばたきをした。それから前を向く。


「私を笑った方々にも、同じことを返します。私は消えません」


 淡々とした言葉だった。だが、効いた。扇子を持っていた令嬢の手から、それが落ちた。

 乾いた音が床に響く。誰も拾わなかった。


 ざまぁというやつは、こういう瞬間を言うのだろう。大声で罰を叫ぶより、よほど刺さる。俺は少し胸がすいた。

 いや、かなりすいた。口に出さないだけ偉い。

 その後、ラウレンツ閣下が調査結果の概要を読み上げた。

 ただし、それは王城での説明をなぞるだけではなかった。


 学園の記録に残る形で、誰が何をしたか。

 どの証言が事実と食い違ったか。

 どの噂が、確認もされないまま広がったか。

 そして、学園側の対応がどこで遅れたか。


 必要なことだけを述べる。それでも十分だった。

 名前を呼ばれた生徒たちは、顔を青くしていた。ミリアに証言を頼まれた者。噂を広げた者。

 断罪の場で便乗した者。


 全員が重い処分を受けるわけではないだろう。だが、貴族社会で「王家の公式発表に名前が出た」というだけで傷になる。自業自得だ。

 そう思ったところで、ひとりの男子生徒が前へ出かけた。


「お、お待ちください! 私はただ、ミリア嬢に相談を受けただけで」


 誰かの息子らしい。名前は知らない。その父親らしい男が、ものすごい速さで彼の肩を掴んだ。


「黙れ」

「父上、ですが」

「黙れと言った」


 低い声だった。男子生徒は口を閉じた。顔が真っ白だった。

 父親はユリウス殿下に頭を下げる。


「我が家の者が失礼をいたしました。後ほど、然るべき形で詫びを入れます」


 ユリウス殿下は頷いただけだった。こわい。貴族社会の親、こわい。

 だが今のは、親が正しい。下手な言い訳は火に油だ。

 その火は、下手をすると家ごと燃やす。俺は横目で父上を見た。父上もこちらを見ていた。

 なぜだ。


 俺は何もしていない。今は。次に、カイルたちが前へ出された。

 カイルは拳を握っていた。セドリックは視線を床に落としている。ノエルは目の焦点が合わず、前に立つ人影だけを見ているようだった。

 ユリウス殿下が彼らを見る。


「そなたたちの処分は、別途それぞれの家を通して通達する」


 三人の肩が揺れた。


「だが、その前に、この場で言うべきことがあるなら聞こう」


 誰もすぐには話さなかった。最初に口を開いたのはカイルだった。


「……申し訳、ありませんでした」


 声が潰れていた。


「俺は、あの場で止めるべきでした」


 エレオノーラは黙っている。カイルは頭を下げた。深く。

 次にセドリックが唇を震わせる。


「私は……正しい側にいるつもりでした。ですが、正しさを確認することを怠りました」


 いかにも文官家の言い方だ。でも声は震えていた。最後にノエルが目を開けた。


「ごめんなさい」


 短かった。ノエルはそれ以上、言葉を足さなかった。エレオノーラは三人を順に見た。


「謝罪の言葉は聞きました」


 三人の視線が上がりかける。


「けれど、許すかどうかは別です」


 また下がった。うん。謝ったら全部終わり、なんて都合がよすぎる。

 エレオノーラは続けなかった。発表が終わる頃には、大講堂のあちこちで視線が下がっていた。

 断罪の時、エレオノーラを罪人のように見ていた者たちは、今は目を合わせようとしない。中には涙ぐんでいる者もいた。青ざめている者もいた。

 親に腕を掴まれている者もいた。俺はその光景を見て、思った。


 人は群れになると残酷になる。そして旗色が変われば、あっさり怯える。なんともまあ、嫌な話である。

 今日はそれでいい。

 エレオノーラを包んでいた悪意が、少しずつ剥がれていく。扇を握る手が下がり、視線が床へ落ち、さっきまで彼女を値踏みしていた顔が散っていった。

 もちろん、それで傷が消えるほど都合よくできていない。けれど大講堂の中央に立った彼女は、誰かに背を押されるのを待たず、自分でそこまで歩いてきた。


 式が終わった後、俺は廊下でエレオノーラに追いついた。

 彼女は窓の外を見ていた。学園の庭が見える。昔、俺たちが子供の頃に走り回った野原とは違う。

 だが、陽の光だけは似ていた。


「お疲れ」


「ええ」


 エレオノーラは短く答えた。顔色は悪くない。でも、強く張っていた糸が切れかけているように見えた。


「大丈夫か」

「大丈夫よ」


 即答だった。信用できない大丈夫である。俺は何も言わず、半歩横に立った。

 しばらく二人で庭を見た。

 人の声は遠い。廊下の端では、教師や貴族たちがまだ話している。でもここだけ少し静かだった。


「怖かったわ」


 エレオノーラが言った。小さな声だった。


「また見られるのだと思ったら、足が止まりそうになったの。あの時と同じ場所で、同じ人たちに」

「うん」

「でも、逃げたくなかった」


「うん」

「あなたが頷くと、少し腹が立つわね」

「なんでだよ」

「全部わかっているみたいな顔をするから」


「わかってないよ」


 本当にわかっていない。あの場で浴びた視線も、剣の先に立たされた時の息苦しさも、俺の体験としては持てない。

 けれど、横に立つくらいはできる。


「ただ、頑張ったのはわかる」


 エレオノーラは黙った。それから、口元だけがゆるんだ。


「あなたに言われると、なぜか悔しいわ」

「褒めてるんだけどな」

「わかっているから悔しいの」


 難しい。公爵令嬢の感情は難しい。俺が悩んでいると、彼女の指が俺の袖口へ触れた。

 布が引かれる程度に。

 前にもあった触れ方だ。でも今度は、すぐには離れない。


「もう少し、このままでいて」


 俺は返事をしなかった。父上に釘を刺されている。ここは黙る場面だ。

 窓の外で風が吹いた。庭の木が揺れる。

 エレオノーラの手は、しばらく離れなかった。その力は強くない。けれど、今は距離を戻したくないと言っているようにも見えた。

 俺はただ横に立った。モブにできることとしては、上出来だろう。


 その後、父上に見つかった。


「アルト」

「はい」

「必要な時だけ話せと言った」


「話してません」

「……確かにそうだな」


 父上が少し困った顔をした。勝った。何に勝ったのかはわからない。

 エレオノーラの肩から力が抜ける。それを見て、今日ここに来てよかったと思えた。


 紙一枚で名誉が戻るなら苦労はしない。謝罪を受けたところで、傷がその場で塞がるはずもない。それでも彼女は、大講堂の中央に立っていた。

 悪役令嬢なんて役を押しつけられても、顔を伏せなかった。そこまで来た。なら、あとはもう少しだ。

 ミリアの処遇。レオンハルト殿下たちの処分。そして、クライゼル公爵家とレインフォード公爵家の今後。

 面倒なことは山ほど残っている。だが、エレオノーラは笑った。


 俺はそれ以上、何も言わなかった。

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第14話で、 > 「本日集まってもらったのは、先日の卒業式で起きた一件について、王家より説明を行うためだ」  声は若い。  だが軽くはない。 「まず、レインフォード公爵令嬢エレオノーラ・…
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