表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の幼馴染(モブ)に転生しました 〜断罪イベントで彼女を救ったら、王子たちの嘘が崩れ始めた〜  作者: あうまる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/23

第17話 神様か悪魔かもしれない

 小広間での話し合いが終わった後、俺たちはそのまま解放されるはずだった。少なくとも俺はそう思っていた。父上の視線は痛いし、ラウレンツ閣下の話は重いし、ユリウス殿下はずっと顔色が悪い。

 王城という場所は、人を疲れさせるために作られた建物なのかもしれない。いや、そんなわけはない。ないはずだ。

 だが、俺の希望はあっさり砕かれた。


「アルト殿。少しよろしいか」


 ユリウス殿下に呼び止められた。よろしくないです。今すぐ帰って寝たいです。

 もちろん口には出さない。そこまで命知らずではない。


「何かありましたか」

「ミリア・ベルティナが、君に会わせろと言っている」


 嫌すぎる。俺の顔に出たのだろう。エレオノーラが横で目を細めた。


「嫌そうな顔ね」

「嫌だからな」

「正直でよろしいわ」


 よろしいのか。ユリウス殿下は苦笑したが、すぐに表情を戻した。


「もちろん無理にとは言わない。ただ、彼女は君の名前ばかり口にしている。私やラウレンツでは話が進まない」


「俺に話したら進むんですか」

「わからない」


 そこは嘘でも進むと言ってほしかった。ただ、ユリウス殿下の顔には疲れが見えた。王子の暴走。

 婚約破棄。公爵令嬢への殺害未遂。そして何度も人生を繰り返したらしい少女。

 王族って大変だな。なりたくない職業ランキング上位に入りました。


「アルト」


 エレオノーラが俺を見る。


「私も行きます」

「いや、それは」

「私を消したいと言った人でしょう。なら私がいないところで話を終わらせるのは嫌です」


 その声は静かだった。怒っているのか。怖いのか。

 両方だろう。でも、逃げる気はないらしい。

 俺は父上を見た。父上は無言だった。駄目なら止める人だ。

 黙っているなら行けということだろう。


「わかった。ただし、俺の後ろにいろ」


「それは嫌です」

「即答するなよ」

「私は下がりません」


 そう言われたら、返す言葉がなかった。俺は少し笑ってしまう。


「じゃあ横で」


「ええ」


 エレオノーラはそう答えた。その手が一度だけ俺の袖に触れた。掴むほどではない。

 ただ確かめるみたいに触れて、すぐ離れた。ミリアは王城の奥の一室にいた。牢ではない。

 だが自由でもない。


 窓には細い鉄格子が入り、扉の前には近衛兵が立っている。部屋の中には机と椅子と寝台があるだけだった。彼女は椅子に座っていた。

 桃色の髪は乱れている。目の下には薄く影が落ちていた。それでも顔立ちは整っている。

 黙っていれば、普通に可憐な少女に見える。

 乙女ゲームのヒロイン。その言葉が似合う見た目だった。黙っていれば、だが。


「来た」


 ミリアが顔を上げた。その目が俺を見た。違う。

 俺だけを見た。横にいるエレオノーラを、最初から数に入れていないような目だった。


「アルト・フォン・クライゼル」

「フルネームで呼ばれるほど仲良くなった覚えはないな」

「あなた、何なの?」


 挨拶も前置きもなかった。ミリアの指が机の縁を掴む。白くなるほど力が入っていた。


「何って言われてもな。クライゼル公爵家の息子だよ」

「違う」


 即座に否定された。


「あなたは違う。あなたはここにいない。いなかった。エレオノーラを助ける人なんていなかった。そんな人、どこにも」


 言葉がこぼれていく。ミリアは自分でも止められていないようだった。


「レオンハルトは私を選ぶの。カイルも、セドリックも、ノエルも。少しずつ違っても、最後はそうなる。私が言葉を間違えなければ。順番を間違えなければ。なのに、あなたが」

「おい」


 俺は低く止めた。ミリアの目が揺れる。


「俺の話をする前に、まずエレオノーラを見ろ」


「え?」


 本当に不思議そうな顔だった。その顔で、俺は少し腹が立った。少しではないかもしれない。


「お前が悪役令嬢って呼んでいた相手だ。消えればいいと思っていた相手だ。レオンハルト殿下に斬られても仕方ないと思っていた相手だ。目の前にいるだろ」


 ミリアの視線がようやく横へ動く。エレオノーラはまっすぐ立っていた。背筋は伸びているのに、靴先だけが内側を向いている。

 手は震えていない。だが、俺にはわかった。彼女の唇が、少し固い。


「……どうして?」


 ミリアがつぶやいた。


「どうしてあなたは立っているの」


 エレオノーラは黙っていた。ミリアは続ける。


「あなたは婚約破棄されて、全部失って、泣いて、消える人でしょう。そうじゃないと次に進めない。なのにどうして」


「立っているわ」


 エレオノーラが口を開いた。声は落ち着いていた。

 ミリアの顔が歪む。


「あなたが何度、私が消えるところを見たのかは知らない」


 エレオノーラはまっすぐミリアを見た。


「でも、今の私は、あなたの筋書き通りには消えません」


「そんなの」

「あなたの都合では、もう座りません」


 ミリアは息を吸った。反論しようとしたのだろう。だが言葉が出なかった。

 エレオノーラは続けない。必要なことだけ言って黙った。俺はそれを見て、内心で少し感心していた。

 強いな。

 いや、強くあろうとしているのか。どっちでもいい。俺の幼馴染はちゃんと立っていた。


「違う」


 ミリアが首を振る。


「違う。そんなはずない。エレオノーラはいつもそうだった。最後まで誇りだけは捨てない。でも負ける。いつも負けるの。私が選ばれる。みんな私を選ぶ」

「それが今までの人生か」


 俺が言うと、ミリアの口が止まった。部屋の隅の近衛が、背筋を伸ばした。扉のそばにいた近衛兵が少し身じろぎする。

 ミリアは俺を見た。


「……やっぱりあなたも知っているの?」

「何を」

「この世界がどう動くか。誰が誰を好きになるか。どこで何が起きるか。どうすれば、誰が笑うか」


 知っている。と言えば知っている。俺は前世で乙女ゲームとしてこの世界を知っていた。

 はなはじのイベントも、攻略対象も、悪役令嬢の末路も知っていた。だが、ミリアの言葉とは少し違った。


 こいつは画面越しに知っているわけではない。もっと近い。もっと生々しい。

 誰かと一緒に笑って、年を取って、死んで、また戻った。そういう知り方だ。


「まあ、少しはな」

「少し?」

「少しだよ。俺は攻略サイトを丸暗記してるほど真面目な男じゃない」


「こうりゃく……?」

「あ、そこは気にしなくていい」


 しまった。要らないことまで言った気がする。エレオノーラが横目で俺を見る。

 あとで説明しろという目だ。逃げられない。ミリアは眉をひそめた。


「あなたも、何かを知っている。でも私と違う。どうして? あなたは何度戻ったの?」


「戻ってない」

「嘘」

「本当だ。俺は一回も戻ってない」

「じゃあどうして邪魔できたの。どうしてあの場にいたの。どうしてレオンハルトの剣を止められたの」


 ミリアの声が高くなる。


「あなたがいなければうまくいった。レオンハルトは私を選んだ。カイルも、セドリックも、ノエルも。みんな私を選んだ。私は全員と幸せになれるはずだったのに」

「全員と幸せ、ね」


 喉の奥が引きつった。笑いかけた口を、奥歯で止める。


「相手の気持ちはどこにあるんだよ」

「あるわ。みんな私を好きだった」


「好きにさせたんだろ」

「同じことよ」


 ミリアは本気で言っていた。冗談でも比喩でもない。その平らな声が、かえって怖かった。


「何度も同じ相手に会って、欲しい言葉を知って、弱いところを知って、逃げ道まで知って、それで選ばせたんだろ」


「だから何?」


 ミリアは首を傾げた。


「私はみんなを幸せにできるの。レオンハルトは私といる時が一番笑った。カイルは私を守る時に自分の価値を感じた。セドリックは私に認められたがっていた。ノエルは私がいないと一人だった」


 彼女はすらすらと言った。人の傷を数えるみたいに。宝石箱の中身を見せるみたいに。

 エレオノーラの肩がわずかに動いた。


「あなたは」


 エレオノーラが言った。


「彼らを愛していたのですか」


 ミリアはすぐ答えなかった。蝋燭の火が揺れた。


「愛していたわ」


「過去形なのね」


 エレオノーラの声は静かだった。ミリアの目が細くなる。


「何度も愛したの。何度も幸せにした。何度も最後まで一緒にいた。それなのに、また戻るのよ。戻ったら最初から。なら今度は違う幸せを選んでもいいでしょう」

「だから全員を選んだのか」

「ええ」


 ミリアは頷いた。


「だって私は知っているもの。みんな私を好きになる。そうなるはずなの」

「ならなかったな」


 俺が言うと、ミリアの顔から色が消えた。わかりやすいくらいに。


「ならなかった」


 俺は繰り返した。


「レオンハルト殿下は自分の罪を認めた。カイルも、セドリックも、ノエルも、お前から離れた。エレオノーラはここに立っている。お前の知っている通りにはならなかった」

「あなたのせいよ」

「そうだな」


 否定する気はなかった。俺がいなければ、エレオノーラは死んでいたかもしれない。少なくとも、ミリアの言う通りに進んでいたかもしれない。

 なら、俺のせいでいい。


「俺のせいでエレオノーラは生きてる」


 ミリアが睨む。


「俺のせいでレオンハルト殿下は剣を止められた。俺のせいで証拠を調べられた。俺のせいでお前の知っている通りにはならなかった」


「……何なのよ」


 ミリアの声が震えた。


「あなた、本当に何なのよ」


 俺は少し考えた。転生者です。前世で乙女ゲームを知っていました。

 推しの悪役令嬢を助けたくて鍛えていました。正直に言ったところで、ややこしくなるだけだ。だから肩をすくめた。


「さあな。神様か悪魔が遣わしたのかね」


 ミリアが目を見開く。エレオノーラも俺を見る。


「……適当なことを言っていますね?」

「うん」

「でしょうね」


 エレオノーラはため息をついた。その反応に、近衛兵の肩がわずかに下がる。ミリアだけは緩まなかった。


「ふざけないで」

「ふざけてないよ。半分くらいは」

「私は何度も戻ったの。何度もやり直したの。やっと全部手に入るはずだった。なのに、あなたみたいな人が急に出てきて」

「急じゃない」


 俺は言った。


「俺はずっといた」


 ミリアの口が止まる。


「お前が見てなかっただけだ。ゲームでも、お前の過去でも、俺は大した役じゃなかったんだろうな。エレオノーラの幼馴染。昔一緒に遊んでいた誰か。そのくらいだろ」


 俺は一歩前に出た。近衛兵が少し動いたが、ユリウス殿下が手で止めた。


「でも俺はいた。エレオノーラのそばにいた。少なくとも、あいつが小さい頃に川辺で転んだ俺を見て、真っ青になって侍女を呼んだことは覚えてる」

「……何よ、それ」

「俺にとっては大事なんだよ」


 ミリアは理解できない顔をした。今のこいつには理解できない。


「お前にとっては、何度も繰り返した中の一人だったかもしれない。邪魔な悪役令嬢だったかもしれない。でも俺にとっては一人だけだ」


 横でエレオノーラが息を止めた気配がした。やばい。少し恥ずかしいことを言ったかもしれない。

 今さら遅い。


「だから助けた。それだけだ」


 ミリアは俯いた。肩が震えている。泣いているのかと思った。

 違った。笑っていた。


「……戻れば」


 小さな声だった。


「戻ればいい。もう一度戻れば、最初にあなたを消せばいい。あなたを近づけなければいい。エレオノーラを先に孤立させればいい。レオンハルトをもっと早く」

「戻れるのか」


 俺が聞くと、ミリアは止まった。


「今も、本当に戻れると思っているのか」


 ミリアの指が机を掴む。爪が木に食い込む音がした。


「戻れる」

「なら、どうしてそんなに焦ってる」

「戻れるわ」


「ミリア」


 エレオノーラが名前を呼んだ。ミリアの目がそちらへ向く。


「あなたは、もう戻りたくないのではありませんか」


 部屋の外で誰かが足を止めた音がした。すぐに遠ざかる。エレオノーラは続ける。


「何度も幸せだったと言いました。なら、何度も失ったのでしょう。何度も終わったのでしょう。あなたがしたことは許せません。でも、あなたが壊れた理由は、少しわかる気がします」


「わかったようなことを言わないで」


 ミリアの声は低かった。


「あなたに何がわかるの。あなたはいつも失う側だった。私に選ばれない側だった。負ける側だった。何度も何度も」

「そう」


 エレオノーラは頷いた。


「でも今回は違います」


 ミリアの目が揺れる。


「私はここにいます。あなたもここにいます。過去ではありません。あなたの知っている結末でもありません」

「嫌」

「これが今です」


「嫌よ」

「あなたは、この先を生きるしかない」


 ミリアは椅子から立ち上がりかけた。近衛兵が動く。だが、彼女は立ち上がれなかった。

 膝から力が抜けたように椅子へ戻る。


「嫌……」


 小さな声だった。


「戻してよ」


 誰に言ったのかはわからない。俺でもない。エレオノーラでもない。

 ユリウス殿下でもない。もっと遠く。見えない誰かに向けた言葉だった。


「戻して。まだ終わってない。私はまだ、全員を」


「もう終わった」


 俺は言った。ミリアが俺を見る。


「少なくとも、お前が知っている流れは終わった。これから先は誰も知らない。俺も知らない。お前もな」

「……そんなの」


 ミリアの声がかすれた。


「怖いじゃない」


 その言葉だけは、やけに普通の少女みたいだった。俺は少し黙った。そりゃそうだろうな。

 何度もやり直してきた人間にとって、知らない未来は足場のない場所なのだろう。でも、それは俺たちも同じだ。

 エレオノーラだって怖かった。剣を向けられた。婚約を壊された。

 悪役令嬢にされた。それでも立っている。


「怖くても進むしかないだろ」


 俺は言った。


「みんなそうしてる」


 ミリアは答えなかった。桃色の髪が顔にかかって、表情が見えなくなる。ユリウス殿下が近衛兵へ目を向けた。


「面会はここまでだ」


 扉が開く。俺たちは部屋を出ることになった。最後にミリアが顔を上げた。


「アルト・フォン・クライゼル」


 またフルネームだ。俺は振り返った。


「あなたがいなければよかった」

「そうか」


 俺はそれだけ返した。怒りはしなかった。怒るところはもう過ぎていた。


「でも俺はいたよ」


 ミリアの目が細くなる。


「これからもいる」


 エレオノーラのそばに。そこまでは口に出さなかった。出さなくても、伝わった。

 扉が閉じる。重い音が廊下に残った。部屋を出てしばらく、誰も話さなかった。

 王城の廊下は長い。壁の燭台の火が揺れている。靴音だけがやけに響いた。

 エレオノーラは横を歩いている。後ろではない。横だ。


「アルト」


「ん?」

「あなた、時々とても腹立たしいことを言うわね」

「え、今その感想?」

「でも」


 エレオノーラは前を向いたまま言った。


「今日は少し、嬉しかったです」


 俺は黙った。父上もユリウス殿下も近くにいる。ラウレンツ閣下もいる。

 ここで変な返しをしたら、一生からかわれる可能性がある。いや、父上はからかわないな。無言で圧をかけてくるだけだ。

 それはそれで嫌だ。


「そりゃよかった」


 結局、そんな返事しかできなかった。エレオノーラが口元を緩める。その笑い方を見て、俺は少し安心した。

 傷は残っている。今日のやり取りで痛みが薄れたとも思えない。

 それでも、彼女は前を向いている。なら俺も横を歩くしかない。

 モブにしては、ずいぶん目立つ場所まで来てしまった気がする。まあ、今さらだ。

 ここまで来たら最後まで付き合うしかない。

 廊下の先で、父上が足を止めた。


「アルト」

「はい」

「先ほどの発言について、あとで詳しく聞く」

「どの発言でしょうか」

「全部だ」


 もう言い逃れはできない。エレオノーラが横で肩を震わせていた。笑っているな。

 完全に笑っているな。俺は天井を見上げた。神様か悪魔かは知らない。

 もしどちらかがいるなら、今だけは助けてほしい。

 父上の説教から。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ