第16話 全員を選べると思ったか
レオンハルト殿下は罪を認めた。
それで全部が終わるなら楽だった。
だが、終わらない。レオンハルト殿下が折れたところで、ミリアに近づいていた者は他にもいる。王子だけなら、王家の不祥事で済むかもしれない。
いや、済まないが。済まないけどまだ形は作れる。問題はその周りだ。
騎士科のカイル・ローデン。文官家のセドリック・バルシュミット。魔術科のノエル・アストレア。
それぞれがレオンハルト殿下に近い位置にいた。そして、それぞれがミリアの言葉を信じて動いた。
悪役令嬢がヒロインをいじめている。公爵令嬢が嫉妬に狂っている。王子を縛る婚約者を退けるべきだ。
まあ、乙女ゲームならよくある流れだ。攻略対象がヒロインを守るために立ち上がる。悪役令嬢が断罪される。
ヒロインは愛されて幸せになる。
前世の画面越しなら、はいはいテンプレねで済んだかもしれない。けれど今、俺の目の前で傷ついているのは、絵でも役でもなかった。
傷ついても視線だけは逃げていない。それなのに、まだ誰かが「役目」だの「流れ」だの言うなら、さすがに俺も黙っていられない。
翌日。
王城の小広間に、三人の若者が呼び出された。小広間と言っても、うちの屋敷の客間より広い。王城の感覚はおかしい。
掃除する人が一番大変だと思う。そんなくだらないことを考えたのは一瞬だけだった。部屋では、誰も先に口を開こうとしなかった。
正面にはユリウス殿下。その横に宰相ラウレンツ閣下。少し離れて父上とオスカー公爵。
エレオノーラは俺の横に座っている。昨日より顔色は良い。良いが、落ち着いているとは言い切れない。
指先が膝の上で固まっている。それに気づいてしまった。俺は声をかけなかった。
ここで大丈夫かと聞けば、彼女は大丈夫と答えるに決まっている。そして無理をする。だから俺は何も言わず、机の下で少し手を動かした。
エレオノーラの指が、ほんの少し俺の手袋に触れる。
指先が布から離れない。
「入れ」
ユリウス殿下の声で扉が開いた。最初に入ってきたのはカイル・ローデンだった。背が高い。
肩幅もある。騎士科で鍛えているだけはある。顔も悪くない。
女子に人気があったのもわかる。
だが今の表情はひどい。怒っている。不安もある。
それを怒りで隠している顔だ。
「ユリウス殿下。これはどういうことですか」
入るなりそれか。礼はした。一応した。
でも腰の折り方が浅い。父上の眉がぴくりと動いた。胃が痛い。
俺が怒られているわけではないのに胃が痛い。
「呼び出しの理由は伝えたはずだ」
ユリウス殿下は低く言った。
「レオンハルトの断罪騒動について確認する」
「断罪騒動などと……ミリア嬢は被害者です」
カイルはそう言い切った。部屋の奥で紙を持っていたエルマーの手が止まる。ラウレンツ閣下は目だけを動かした。
エレオノーラは何も言わない。俺はカイルを見た。この男は、まだ昨日までの世界にいる。
ヒロインを守る騎士。悪役令嬢を責める正義の味方。本人は本気でそう思っているのだろう。
それが一番面倒くさい。
「カイル・ローデン」
ユリウス殿下が名を呼ぶ。
「お前は卒業式の日、レインフォード公爵令嬢を拘束するために前へ出ようとしたな」
「殿下を守るためです」
「剣に手をかけていた」
「万一に備えただけです」
「相手は無抵抗の令嬢だった」
カイルの口が止まった。
「ミリア嬢は何と言った」
「……エレオノーラ様が、自分を殺そうとしていると」
「証拠は見たか」
「殿下が見ておられました」
「お前自身は」
カイルは答えない。カイルの視線が床へ落ちた。彼は見ていない。
聞いただけだ。信じただけだ。
ミリアが泣いたから。レオンハルト殿下が怒ったから。自分が守る側に立てたから。
「私は、弱い者を守ろうとしただけです」
カイルが絞り出すように言った。エレオノーラの指が布を掴んだ。強く。
弱い者。その言葉は、彼女に刺さった。
公爵令嬢だから。悪役令嬢だから。強い側だから。
だから何を言われても仕方ない。そう見られていた。俺は口を開きかけた。
だが、先にエレオノーラが動いた。
「ローデン様」
声は落ち着いていた。
「あなたにとって、弱い者とは誰ですか」
カイルが眉を寄せる。
「それは……助けを求める者です」
「では、助けを求める声を出せない者はどうなりますか」
「何を」
「私はあの場で、誰にも助けを求めませんでした」
エレオノーラは返事の前に、唇を結び直した。
「求めなかったのではありません。求められなかったのです」
カイルの顔が少し変わった。
「王子殿下に剣を向けられました。周囲は私を罪人として見ていました。婚約者は私の言葉を聞く気がありませんでした。その場で、私は誰に助けを求めればよかったのですか」
カイルは口を開く。けれど声は出ない。
「あなたは弱い者を守ろうとしたのではありません」
エレオノーラは言った。
「弱いと決めた相手を守り、強いと決めた相手を傷つけようとしたのです」
きつい。かなりきつい。でも、必要な言葉だった。
カイルの顔から怒りが抜けていく。代わりに浮かんだのは、困惑だった。自分が正義側ではないかもしれない。
それに今、初めて気づいた顔だ。
「私は……」
「ローデン様」
ユリウス殿下が止めた。
「お前には後日、騎士科での処分と家への通達が下る。今日はもう一人、会わせる相手がいる」
扉の向こうで足音がした。ミリア・ベルティナが入ってきた。エレオノーラがこちらを見た。
昨日までのミリアなら、可憐に怯えていた。守ってくださいと震えた。それを見たカイルは一瞬で前に出ただろう。
だが今のミリアは違った。
王城の侍女に両脇を固められている。顔色は悪い。それでも目だけは妙に明るかった。
カイルが振り返る。
「ミリア嬢……」
その声にはまだ情があった。ミリアはカイルを見た。そして笑った。
「カイル様」
甘い声だった。昔から何度も使ってきたのだろう。相手の胸に入るための声。
「やっぱり来てくれたのですね。あなたはいつもそうですもの。私が困っていたら、絶対に来てくれる」
カイルの表情が揺れた。
「ミリア嬢。君は……本当に、エレオノーラ様に」
「その呼び方は嫌です」
ミリアが遮った。笑ったまま。
「あなたはいつも私のことだけを見てくれたでしょう? 私が泣いたら怒ってくれたでしょう? 私が怖いと言えば、相手が誰でも前に出てくれたでしょう?」
「……ミリア嬢」
「だから、今もそうしてください」
ミリアは一歩近づこうとした。侍女が止める。ミリアは不満そうに唇を尖らせた。
「カイル様。私を守って」
カイルの肩が震えた。反射で動きそうになったのが見えた。見ていて危ういくらいだ。
何度も繰り返した人生で、ミリアは彼の急所を知っている。この男が何を言われたら前に出るか。何を言われたら剣を握るか。
全部知っている。
「ローデン様」
エレオノーラが呼んだ。カイルは動きを止めた。ミリアの目が細くなる。
「どうして止まるの?」
ぽつりと漏れた。
「あなたは止まらないはずなのに」
カイルが息を呑む。
「ミリア嬢?」
「いつもそうだったでしょう。私が泣けば、あなたはすぐ怒る。私が怖いと言えば、理由なんて聞かずに走る。なのに、どうして」
ミリアは首を傾げた。
「どうして今回は違うの?」
部屋が冷えた。カイルは一歩下がった。彼の目に浮かんだのは怒りではない。
恐怖だった。自分が愛した少女が、自分を人間ではなく決まった反応を返す何かとして見ていた。そのことに気づいた顔だった。
「……私は」
カイルは喉を鳴らした。
「私は、君を守りたかった」
「知っています」
ミリアはすぐ答えた。
「だから言ったのに」
カイルの顔が歪む。その場に膝をつくことはなかった。だが、もう立っているだけで精一杯に見えた。
「下がれ」
ユリウス殿下の命で、カイルは部屋の端へ移された。彼はミリアを見なかった。次に入ってきたのはセドリック・バルシュミットだった。
細身の青年だ。いかにも文官家という雰囲気で、髪も服も整っている。顔色は悪いが、それでも取り繕う気はあるらしい。
「ユリウス殿下。このたびは私も大変驚いておりまして」
第一声がそれだった。
俺は少し感心した。すごいな。この場面で保身から入れるのか。
父上が俺を見た。何も言っていないのに、余計な顔をするなと言われた気がする。顔に出ていたのだろう。
「驚いた?」
ユリウス殿下が聞く。
「はい。まさかミリア嬢がこのようなことをしていたとは。私も殿下方と同じく欺かれた被害者です」
早い。切り捨てが早い。ミリアが笑みを消した。
カイルよりも先に、彼女の顔が変わった。
「セドリック様」
「ミリア嬢。残念です」
セドリックは振り向いた。声だけは悲しそうだった。
「私はあなたを信じていた。ですが、証拠が出た以上、私も真実に従わなければならない」
「またそれ?」
ミリアの声が低くなった。
「また?」
「あなたはいつも最後だけ逃げるのね」
セドリックの頬が引きつる。
「何を言っているのです」
「前もそうだったわ。都合のいい時は私を愛していると言うのに、家が危なくなったらすぐに帳簿と書類の後ろへ隠れた」
セドリックの目が泳いだ。この人生では知らないことらしい。けれど、言われた言葉に刺さる何かはあったらしい。
「私はそのようなことを」
「言ったわ。あなたは計算が得意ですもの。自分が助かる道をすぐに見つける。でも最後の最後で計算を間違えるの」
ミリアは笑った。さっきとは違う笑いだ。可愛いヒロインの笑みではない。
「だから退屈だった」
セドリックの顔が真っ赤になった。
「無礼な!」
声が裏返った。
「私は君にどれだけ尽くしたと思っている!」
「尽くした?」
ミリアは首を傾げる。
「私が欲しい言葉を言って、私が欲しい贈り物を選んで、私が欲しい噂を流しただけでしょう?」
「それは君が望んだからだ!」
「ええ。だから使いやすかったわ」
その一言で終わった。セドリックは口を開けたまま固まった。カイルがミリアを見た。
信じられないものを見る目だ。エレオノーラの手が離れた。
彼女はミリアを見ている。怒りだけではない。恐れもある。
それから、隠しきれない痛ましさも。ミリアは人の心を知っている。でも、大事にしていない。
何度も読んだ本のページみたいに扱っている。折れたら別のページを開けばいい。そんな顔をしていた。
「バルシュミット」
ユリウス殿下が冷たく言った。
「お前が流した噂と手配した証人については調べがついている。被害者を装うには遅い」
「私は、殿下のために」
「レオンハルトは自分の罪を書面に残した」
ユリウス殿下の声で、セドリックの動きが止まった。
「お前も書け。誰のためでもない。自分が何をしたかだ」
セドリックは唇を震わせた。反論の余地を失っていくのが、こちらにもわかった。最後はノエル・アストレアだった。
彼は足音をほとんど立てずに入ってきた。中性的な顔立ちの青年で、声も柔らかい。攻略対象としてはかなり人気が出そうなタイプだ。
前世の妹なら好きだったかもしれない。
今は、そんなことを考える場面ではないけどな。ノエルは入室すると、深く礼をした。
「お呼びにより参りました」
カイルともセドリックとも違う。彼は抵抗しなかった。ただ、ミリアを見た瞬間だけ、目が揺れた。
「ノエル様」
ミリアの声がまた甘くなる。だがノエルはすぐには返事をしなかった。
「ユリウス殿下」
彼は短く言った。
「私は、ミリア嬢の言葉を信じ、エレオノーラ様への悪評を否定しませんでした。直接手を下したわけではありません。けれど、止めませんでした」
ユリウス殿下が目を細める。
「認めるのか」
「はい」
ノエルはうなずいた。
「ミリア嬢が泣くと、私は安心していました」
その言葉に、ミリアが眉をひそめる。
「安心?」
「私は必要とされているのだと、思えたからです」
ノエルは自分の指を見た。
「恥ずかしい話です。私はずっと、誰かに選ばれたかった。ミリア嬢はそれを知っているように見えました。私が欲しい言葉を、いつも先にくれた」
彼は顔を上げた。
「それが不思議でした。でも嬉しかった」
ミリアは笑おうとした。
「そうでしょう? 私はあなたを理解して」
「いいえ」
ノエルが遮った。静かな声だった。それでもミリアの笑みが止まった。
「あなたは、私を理解していたのではないと思います」
「……何を言うの」
「前の私なら、そう言われて嬉しかったのかもしれません」
ミリアの顔から色が引いた。
「昔の私がどんな言葉に弱かったか。どんな時に笑ったか。どんな孤独を抱えていたか。あなたは、それを知っている」
「同じことよ」
「違います」
ノエルは初めて強く言った。
「今の私が何を思っているかを、あなたは一度も聞いていません」
エレオノーラがわずかに息を呑んだ。
カイルもセドリックも、さっき同じように止まっていた。ミリアの声を聞く前に、自分が押された場所へ手を伸ばしてしまった顔だ。
「ノエル様」
ミリアの声が震えた。
「あなたまで、そんなことを言うの?」
「あなたまで?」
ノエルは苦しそうに笑った。
「ミリア嬢。私は、前の私ではありません」
ミリアの目が大きく開いた。
「駒じゃないわ」
それは叫びに近かった。
「だって私は、みんなを幸せにしたのよ。レオンも、カイル様も、セドリック様も、ノエル様も。みんな私を選んで幸せだった。私だって幸せだった。だから最後くらい、全員を選んでもいいでしょう?」
誰もすぐには言葉を返せなかった。
最後くらい。
その言い方が、妙に生々しかった。ミリアにとって、これは最後の遊びではないのかもしれない。最後の望みだったのかもしれない。
だが、それでも。
「よくありません」
エレオノーラが言った。声は静かだった。
「誰かを選ぶことは、誰かを奪うことでもあります。あなたが全員を選ぶために、私は消されるはずだったのでしょう?」
ミリアはエレオノーラを見た。目に憎しみが浮かぶ。
「あなたはいつも邪魔だった」
「でしょうね」
エレオノーラは、ミリアから目を逸らさなかった。
「でも、私はあなたのために消えるつもりはありません」
「どうして」
ミリアが言った。
「どうして今回は、誰も私の方に来ないの」
カイルは顔を伏せた。セドリックは唇を噛んでいる。ノエルはミリアを見ていたが、もう近づこうとはしなかった。
レオンハルト殿下はこの場にはいない。だが、彼ももう戻らないだろう。
カイルの拳は、さっきまでの勢いを失って膝の上に落ちている。セドリックは反論の言葉を探しているのに、口を開けない。ノエルだけが、何かを惜しむようにミリアを見ていた。
ミリアの周りで、ひとつずつ手が離れていく。
ミリアは震えた。
「違う」
声を落として言う。
「違うわ。こんなの知らない。こんな場面、私は知らない」
彼女の視線が動く。カイル。セドリック。
ノエル。エレオノーラ。最後に、俺で止まった。
「あなた」
声が低くなる。
「あなたがいるから」
来た。俺は背中を伸ばす。ミリアの目は、やっぱりおかしかった。
知らない相手を見る目ではない。自分の知らない場所に突然立っていた何かを見る目だ。いてはいけないものを見る目だ。
「あなたがいなければ、ちゃんと進んだのに」
「何がちゃんとだ」
口が先に動いた。部屋の視線がこちらに来る。父上の眉も来る。
でも今回は止まらなかった。
「エレオノーラが斬られて、殿下たちが君を選んで、それでちゃんとか?」
「そうよ」
ミリアは即答した。ぞっとした。迷わなかった。
考えもしなかった。
「だって、そういう流れだったもの」
エレオノーラの指が俺の服の端を掴む。今度は俺がその手に触れた。指先がかすった程度だった。
ミリアはそれを見て、顔を歪めた。
「違う。あなたたちはそうじゃない。エレオノーラは誰にも選ばれない。最後には一人になる。そうだった。そうでなければいけないの」
「いけないわけあるか」
俺は言った。
「お前が何回それを見たのかは知らない。でも、目の前のエレオノーラにとっては一回目なんだよ」
ミリアの目が揺れる。
「一回しかない人生を、お前の都合で終わらせようとするな」
言ってから気づいた。俺の声は、自分で思ったより低かった。いつもの言葉が出ない。
出す気にもならなかった。ミリアは俺を睨んだ。
「あなたにはわからない」
「わからないな」
「私は何度も生きたのよ」
「だから何だ」
ミリアが息を止める。
「何度生きても、目の前の相手を見ていないなら同じだろ」
ミリアの唇が動いた。反論の形だけが残って、声は出ない。
侍女たちが彼女のそばに寄る。ラウレンツ閣下が近くの書記官へ指示を出した。
「本日の確認はここまでとする」
ユリウス殿下の声が響く。
「ローデン。バルシュミット。アストレア。三名とも後日、正式な処分を伝える。それまで王城内で待機せよ。家への連絡は王家から行う」
三人が頭を下げる。カイルの礼は深かった。セドリックの礼は震えていた。
ノエルは最後までミリアを見ていた。ミリアは何も見ていなかった。ただ俺だけを睨んでいた。
扉が閉まる直前、彼女が呟いた。
「こんな先、知らない」
その声は、誰かに助けを求めるものではなかった。ただ、自分の足元が崩れていくことを認めたくない子供の声だった。小広間に残された俺たちは、しばらく動けなかった。
先に口を開いたのはユリウス殿下だった。
「……ひどいな」
王子らしくない言葉だった。でも誰も咎めなかった。
「彼女は、相手の反応を覚えすぎていたのだろうな」
ラウレンツ閣下が言う。
「帳面にも同じ癖がある。誰に何を言えば動くか、相手ごとに並べていた」
「それで全員を選べると思ったのか」
俺は呟いた。馬鹿げている。だが笑えない。
ミリアは本気だった。カイルが拳を握った時も、セドリックが言い訳を探した時も、ノエルが黙った時も、彼女は驚いていた。
自分の知っている返事が返ってこないことに、腹を立てていた。
同情はできる。でも、許す理由にはならない。
「アルト」
エレオノーラが呼んだ。
「どうした」
「私、少し怖かったです」
素直な言葉だった。彼女が人前で弱さを見せるのは珍しい。だから俺は茶化さなかった。
「うん」
「彼女は、本当に私を見ていませんでした」
「ああ」
「悪役令嬢と呼ばれることより、そちらの方が嫌だったかもしれません」
エレオノーラは自分の手を見た。
「私はここにいるのに」
その言葉が、妙に胸に残った。俺は何かうまいことを言おうとした。出てこなかった。
なので、いつものように正直に言うことにした。
「俺は見てる」
エレオノーラがこちらを向く。
「お前が強がってるところも、怒ってるところも、不安になるとすぐ指先に出るところも」
「……そこは見なくていいです」
「無理だな。近いし」
エレオノーラの頬に赤みが差した。さっきまで止まっていた息が、いくつか戻る。父上が咳払いした。
俺は姿勢を正した。何も悪いことはしていない。していないはずだ。
その後、ユリウス殿下は三人の正式処分を後日に回すと告げた。
この場で必要だったのは、彼らがもうミリアの言葉だけで動かないことを確認することだったのだろう。
少なくとも、それは終わった。
これで事件が終わったわけではない。
だが、ミリアの言葉は一つ壊れた。
愛されるための言葉は、もう同じようには効かない。
小広間の窓の外で、風が木の枝を揺らしていた。俺はその音を聞きながら、少し息を吐く。まだ終わりではない。
けれど、流れは確かに変わった。今度はミリアの知らない方へ。エレオノーラの指が、服の端からそっと離れた。
「アルト」
「ん?」
「さっきの言葉ですが」
「どれ?」
「俺は見てる、というものです」
あ。そこを拾うのか。
「忘れてくれてもいいぞ」
「嫌です」
エレオノーラの口元がゆるんだ。
「覚えておきます」
俺は返事に困った。困ったので窓の外を見る。風が強いな。
うん。風が強い。父上の視線も強い。
こっちは見ないことにした。




