第14話 名前を取り戻す日
今日、王城の大広間で見られているのは俺ではなかった。
視線の先にいるのは、エレオノーラだ。
先日の卒業式で、第二王子に婚約破棄を告げられ、罪人のように断罪され、剣まで向けられた公爵令嬢。
そして今日、その嫌疑が王家の口から否定される女。
大広間には、あの日の会場にいた有力貴族の子女、学園関係者、王家の近衛、それから関係する貴族家の者たちが集められていた。
広い。
人が多い。
胃に悪い。
正直に言うと、俺は今すぐ帰りたかった。だが帰れるはずもない。俺はクライゼル公爵家の子息で、あの日レオンハルト殿下の剣を止めた当事者で、なによりエレオノーラの隣に立つと決めた人間だからだ。
逃げる理由は山ほどある。
でも、逃げていい理由はなかった。
周囲の視線は痛い。
あの日、エレオノーラを疑っていた者たちが、今日は彼女の顔色をうかがっている。
人間は勝手だ。
あの時は遠巻きに見ていたくせに。
あの時は、誰も止めなかったくせに。
今さら目を伏せるなら、最初から笑うな。
そんなことを考えていたら、隣から小さな声がした。
「アルト」
「何だ?」
「顔が怖いわ」
「嘘だろ。俺は今、礼儀正しい公爵子息の顔をしているはずだぞ」
「礼儀正しい公爵子息は、普通そこまで相手の首元を見ないわ」
見ていたらしい。
まずい。
父上に見られていたら、あとで確実に説教だ。
俺は慌てて前を向いた。
エレオノーラは、ほんの少しだけ笑っていた。
無理をしていない笑みではない。けれど、昨日までのように痛みだけを押し殺した顔でもなかった。
白いドレスを着ている。
派手ではない。飾りも控えめだ。けれど背筋を伸ばして立つ彼女には、それがよく似合っていた。
顔色はまだ少し悪い。
指先にも力が入りすぎている。
それでも彼女は立っていた。
悪役令嬢だの、罪人だの、勝手な名前を押しつけた者たちの前に、もう一度、自分の足で戻ってきた。
「無理はするなよ」
「それは昨日も聞いたわ」
「今日は今日の分だ」
「では、明日も言うの?」
「必要ならな」
エレオノーラは視線を落とした。
ほんの一瞬だけ、彼女の指先が俺の手袋に触れる。
すぐに離れた。
人前だからだろう。
だが、その一瞬だけで十分だった。
彼女は逃げていない。
俺も逃げない。
大広間の奥には国王ヴァルフリート陛下が座していた。
その右にユリウス殿下。
少し下がって、ラウレンツ宰相。
そのさらに横に、レオンハルト殿下がいる。
あの日のような勢いはない。
髪は整えられているし、服装も王子らしい。だが顔色が悪い。目の下には疲れが見える。
当然だろう。
自分が何をしたのか、ようやく見始めたのだ。
遅い。
あまりにも遅い。
けれど、見ないよりはましだ。
カイル、セドリック、ノエルも別の場所に立たされていた。
護衛に囲まれている。拘束されているわけではないが、自由に動ける扱いではない。
カイルは拳を握って俯いていた。
セドリックは青い顔で唇を動かしている。
ノエルはずっと扉の方を見ていた。
ミリアが来ると思っているのかもしれない。
だが、来ない。
今のミリアをこの場に出せば、貴族たちの視線はそちらへ流れる。
泣けば誰かが庇う。怯えれば誰かが動く。彼女はもう、ただの被害者として扱える相手ではなくなっていた。
ユリウス殿下が一歩前へ出た。
広間のざわめきが消える。
「本日集まってもらったのは、先日の卒業式で起きた一件について、王家より説明を行うためだ」
声は若い。
だが軽くはない。
「まず、レインフォード公爵令嬢エレオノーラ・フォン・レインフォードに向けられた嫌疑について述べる」
広間全体が息を詰めた。
俺の隣で、エレオノーラの指がわずかに動く。
俺は何も言わない。
ここで言葉を挟むのは違う。
彼女は、自分の名前を取り戻すために立っている。
「現時点で確認された証拠および証言から、彼女がミリア・ベルティナに対して継続的な嫌がらせを行った事実は認められない」
大広間に、細いざわめきが走った。
「むしろ、提出された証拠の一部には改ざんと偽造の疑いがある。関係者の供述からも、レインフォード公爵令嬢を罪人として扱う根拠はないと判断する」
根拠はない。
たったそれだけの言葉だ。
だが、その一言にどれだけの重みがあるか。
あの日、誰もその根拠を確かめなかった。
証拠と呼ばれた紙を見て、誰かの涙を見て、王子の言葉を聞いて、それで十分だと思った。
十分なはずがない。
人一人を罪人にするのに、十分なはずがない。
エレオノーラは前を向いていた。
表情は崩さない。
俺は周囲をちらりと見た。
あの日、彼女を見てひそひそ笑っていた令嬢がいる。
名前は知らない。
知りたくもない。
その令嬢は扇で口元を隠していた。だが、手が震えている。
別の子息は、父親らしき男に腕をつかまれていた。父親の顔は赤い。耳元で何かを低く言っている。
説教だろう。
もっと言ってやってほしい。
「加えて」
ユリウス殿下の声が少し低くなる。
「先日、レオンハルトはエレオノーラ嬢へ剣を向けた。卒業式の場で、裁きもなく、無抵抗の令嬢に刃を下ろしかけた。王家はこの事実から目をそらさない」
レオンハルト殿下の肩が揺れた。
扇を閉じた令嬢が息を止め、後方の貴族が隣の者と目を合わせる。
王家が、王子の非を認めた。
その意味は大きい。
貴族たちの顔色が一斉に変わった。誰がどこに立つべきか。誰に近づき、誰から距離を取るべきか。
そんな計算が、この広間のあちこちで動いているのがわかる。
嫌な世界だ。
だがエレオノーラは、この世界で生きてきた。
ずっと。
だから、あの日の屈辱は、俺が思うよりずっと深い。
「エレオノーラ嬢」
ユリウス殿下が彼女を見た。
「王家は、この件を重く受け止めている。正式な名誉回復の場は、改めて学園にて設ける」
広間がまたざわついた。
ここで終わりです、と言ってほしい者もいたのだと思う。
王城で頭を下げ、文を出し、あとは各家で口を閉じる。そうすれば楽だ。少なくとも、広間にいる何人かにとっては。
だがユリウス殿下は、学園の名を出した。
あの日、エレオノーラが罪人として立たされた場所へ、もう一度戻すと言ったのだ。
エレオノーラは膝を折った。
「承知いたしました。ユリウス殿下」
声は澄んでいた。
震えていない。
それだけで、俺は少し息を吐きそうになった。
だが、彼女はそこで終わらなかった。
「ただし、一つだけ申し上げます」
広間の視線が彼女に集まる。
エレオノーラは顔を上げた。
「私が傷つけられた名誉は、私一人のものではありません。レインフォード公爵家、そして、あの場で私を守ろうとした者たちにも関わるものです」
ざわめきが消えた。
「私は王家を責めるためにここに立っているわけではありません。ですが、なかったことにもできません」
俺は黙っていた。
ここに俺の出番はない。
彼女は自分の言葉で立っている。
俺は隣にいるだけでいい。
「先日、私を疑った方々にも申し上げます」
エレオノーラが広間へ視線を向けた。
何人かが、はっきりと体をこわばらせた。
「私を嫌うことは自由です。私の態度を冷たいと感じることもあるでしょう。ですが、嫌いだから罪人にしてよいわけではありません。噂が面白いからといって、人の命に関わる断罪を眺めてよいわけでもありません」
扇が閉じる音がした。
誰かの靴が床をこする音がした。
彼女の声は大きくない。
怒鳴ってもいない。
それなのに、大広間の端まで届いていた。
「正式な場では、改めて私の口から申し上げます。今日はただ、事実を曲げないでいただきたい。それだけです」
俺は手のひらに力を入れた。
危ない。
泣きそうではない。
泣きそうではないぞ。
ただ、少し目が熱いだけだ。
父上がこちらを見た気がした。
やめてほしい。
今だけは見ないでほしい。
「恐れながら」
横合いから声がした。
一人の中年貴族が前へ出る。
名前は知らない。ただ、立ち位置と態度から見て、王家寄りの貴族だろう。
「レインフォード公爵令嬢の無実が確認されたことは喜ばしいことです。しかし、先日の騒動は学園内で長く積み重なった不和の結果とも言えましょう。すべてを一方の責任とするのは――」
言い終わる前に、オスカー公爵がその男を見た。
それだけで男の声が細くなる。
圧がすごい。
うちの父上は怒る時にわかりやすく怖いが、オスカー公爵は声を荒げずに退路を削る。
どちらも胃に悪い。
「不和」
オスカー公爵が短く言った。
「我が娘が無実の罪を着せられ、剣を向けられたことを、不和と呼ばれますか」
「い、いえ。私はそのような意味で」
「では、どのような意味で?」
男は黙った。
そこへ父上が続ける。
「あの日、剣を止めたのは我が息子です。もし止められなかった場合も、不和で済ませるおつもりか」
声が低い。
かなり怒っている。
俺は父上の横顔を見た。
あの日、俺が剣を止めたことについて父上はあまり多くを語らない。叱るところは叱った。余計なことをするなとも言われた。
でも、今の父上の声には、息子を失いかけた父親の怒りも混じっていた。
男の額に汗が浮かぶ。
「軽率な発言でした。お詫び申し上げます」
引くのが早い。
なら最初から言うな。
そう思ったが、貴族社会では言えるなら言うものなのだろう。
まず踏み込む。
まずければ下がる。
俺は好きになれない。
エレオノーラは、その男を見ていた。
責めるでもなく、許すでもなく。
「お詫びの言葉は聞きました」
男の表情が少し緩む。
しかし、エレオノーラは続けた。
「ですが、私の前でなくとも同じことを言えるか、次からはお考えください」
男の顔がまた青くなった。
強い。
今のは強い。
俺なら拍手していた。
父上の目があるのでしない。
その後、あの日エレオノーラを遠巻きにしていた令嬢たちが動きかけた。
先頭の令嬢は顔が真っ白だ。
「レインフォード様、私たちは――」
「今はよい」
ユリウス殿下が短く止めた。
「謝罪の場は改めて学園で設ける。ここは王城での説明の場だ」
令嬢たちは動きを止めた。
頭を下げることも、言い訳をすることもできない。
その方が苦しそうだった。
だが、それでいい。
今すぐ謝って楽になりたいのは、謝る側の都合だ。
刺された方は、すぐには笑えない。
噂で人を刺すのは簡単だ。
だが、刺された傷は、謝罪の一言で消えるものではない。
ユリウス殿下が再び前へ出る。
「以上をもって、現時点でエレオノーラ・フォン・レインフォードに対する嫌疑は事実として扱わない。正式な通達までは、噂の拡散と私的な処断を禁じる」
はっきり言った。
広間にいた貴族たちが静まり返る。
もちろん、これで全員が黙るとは思わない。
貴族は表で黙っても、裏で言う。
だが、表で言えなくなっただけでも違う。
エレオノーラの足元に、ようやく板が一枚戻された。
そう思った時だった。
「兄上」
レオンハルト殿下が声を出した。
広間の視線が一斉に集まる。
ユリウス殿下が振り返った。
「何だ」
「俺にも、話をさせてください」
レオンハルト殿下の声は掠れていた。
あの日のような勢いはない。
人を断罪する時の高慢さもない。
ただ、逃げようとしている顔でもなかった。
ユリウス殿下はしばらく黙った。
それからエレオノーラを見た。
許可を求めている。
王族が、公爵令嬢に。
エレオノーラは一度だけ目を閉じた。
そして開く。
「聞きます」
短い返事だった。
レオンハルト殿下は、エレオノーラの方へ向き直った。
その顔を見た瞬間、あの日の剣が頭に浮かんだ。
銀の光。
金属音。
腕に残った重み。
俺は無意識に拳を握っていた。
エレオノーラが一歩前へ出る。
反射的に止めかけた。
だが、止めなかった。
彼女は守られるだけのためにここへ来たわけではない。
レオンハルト殿下は唇を動かした。
一度、声が出なかった。
大広間に、誰かが息を呑む音だけが残る。
「エレオノーラ」
ようやく彼は言った。
「俺は、君の言葉を聞く気がなかった」
広間から音が消えた。
誰も笑わない。
咳払いもしない。
さっきまで扇で顔を隠していた令嬢たちも、今は扇を閉じたまま固まっている。
当然だ。
第二王子が、自分の罪を認めた。
しかも、公の場で。
「君が何を言っても、聞くつもりがなかった。ミリアが泣いていたから。震えていたから。俺は、自分が正しいのだと思い込んだ」
レオンハルト殿下の声は震えていた。
しかし、言葉は逃げていなかった。
「俺は王族だ。俺が裁く側だと思っていた。君を疑うことに理由はいらないと思っていた。君が弁明するなら、それは罪人の言い逃れだと決めつけていた」
ひどい言葉だ。
だが、これが本音なのだろう。
ミリアに騙された。
そう言えば、少しは楽になれたはずだ。
それなのに今のレオンハルト殿下は、そこを言い訳にしなかった。
遅い。
遅すぎる。
それでも、言わないよりはましだ。
「俺は、君を見ていなかった」
レオンハルト殿下は深く頭を下げた。
「すまなかった」
王子が、公爵令嬢に頭を下げる。
その光景に、広間が揺れた。
ざわめきが起きかける。
だが、ユリウス殿下の視線ひとつで止まった。
エレオノーラは動かなかった。
顎は上がっている。
背筋も伸びている。
けれど、俺には見えていた。
彼女の指先が、白くなっている。
ここで近づきたかった。
袖でも手でも、何でもいいから支えたかった。
けれど動かない。
ここで俺が前に出たら、彼女が立っている意味を薄くしてしまう。
そばにいる。
今はそれでいい。
そう思っていたのに。
彼女の指が、俺の袖を掴んだ。
人前だ。
貴族社会的にはよろしくない。
父上の視線も飛んできた気がする。
でも、俺は動かなかった。
振りほどくわけがない。
エレオノーラは俺の袖を掴んだまま、前を向いていた。
やがて、彼女は口を開いた。
「お言葉は、確かに聞きました」
レオンハルト殿下の肩が動く。
「ですが、許すとは申しません」
扇の音も、靴音も止まった。
当たり前だ。
謝られたから許さなければならない、という決まりはない。
そんな決まりがあったら、世の中の悪人は全員、まず謝罪の練習をする。
「当然だ」
レオンハルト殿下は顔を上げなかった。
「君に許される資格が、今の俺にあるとは思わない」
「それをおわかりなら、私から申し上げることはありません」
エレオノーラの声は冷たかった。
だが、ただ冷たいだけではない。
震えを押し殺した声だった。
「あなたが私を信じなかったこと。私の言葉を聞かなかったこと。私を、人前で罪人として扱ったこと。そして、剣を向けたこと」
彼女は一つずつ言った。
逃がさないためではない。
忘れないためだ。
「それを、今ここで無かったことにはできません」
「……ああ」
「謝罪の言葉としては受け取ります。ですが、許すかどうかは、私が決めます」
「わかっている」
レオンハルト殿下は、もう一度頭を下げた。
今度は長かった。
誰も止めなかった。
王子としての体面。
王家の面子。
そういうものは、今この場では後ろに置かれていた。
少なくとも、そう見えた。
ユリウス殿下が場を切った。
「レオンハルトの謝罪は、後日、正式な文書としても提出させる。今回の件について、王家としての処分も改めて通達する」
レオンハルト殿下は頭を上げた。
顔色は悪い。
だが、あの日とは違う目をしていた。
自分が壊したものを、ようやく見ている目だった。
それでも、壊したものは戻らない。
戻らないからこそ、これから何をするかが問われる。
広間での説明は、それ以上大きく荒れずに終わった。
ユリウス殿下が締めの言葉を述べる。
噂を広めた者への調査。
学園内での正式な名誉回復の準備。
レオンハルト殿下たちの身柄管理。
ボルマン副学園長および関係者への追及。
そして、ミリア・ベルティナへの再聴取。
細かい処分はまだ先だ。
今日はまず、エレオノーラが罪人ではないと示す場だった。
貴族たちは順に退出していく。
さっきまで青い顔をしていた令嬢たちは、何度もこちらを振り返った。
謝りたいのだろう。
でも、今は近づいてこない。
それでいい。
すぐに謝って、すぐに楽になろうとするな。
エレオノーラはまだ、あの日の会場から完全に出られたわけではないのだから。
「アルト」
人が少なくなってから、エレオノーラが俺を呼んだ。
「ん?」
「さっきの顔、怖かったわ」
「またか。俺の顔はそんなに怖いのか」
「ええ。かなり」
「おかしいな。俺は優しさでできているはずなんだが」
「それは初耳ね」
口元だけが緩んだ。
笑ったというには弱い。
けれど、確かに笑みだった。
俺はいつもの調子で返しかけて、やめた。
「疲れただろ」
「……ええ」
エレオノーラは素直にうなずいた。
「でも、立てたわ」
「ああ」
「逃げなかった」
「ああ。見てた」
彼女は俺の袖から手を離した。
少し名残惜しい。
いや、かなり名残惜しい。
でも顔には出していない。
出していないはずだ。
「ありがとう」
「俺は隣にいただけだ」
「それがありがたかったの」
そんなことをまっすぐ言うな。
心臓に悪い。
けれど、その言葉を茶化す気にはなれなかった。
「なら、どういたしまして」
そう答えるのがやっとだった。
大広間を出る時、背後ではまだ誰も大きな声を出していなかった。
これで終わりではない。
レオンハルト殿下の謝罪も、王家の説明も、エレオノーラの名誉回復も、まだ第一歩にすぎない。
学園での場が残っている。
ミリアへの再聴取も残っている。
カイル、セドリック、ノエルが何を見て、何を信じたのかも確認しなければならない。
事件はまだ畳まれていない。
だが、それでも今日、一つだけ変わった。
エレオノーラは、罪人としてではなく、自分の名前でこの場に立った。
悪役令嬢ではない。
断罪される役でもない。
消えるはずだった誰かでもない。
エレオノーラ・フォン・レインフォード。
俺の幼馴染で、俺の隣にいる人だ。
「アルト」
「何だ?」
「次は、学園ね」
「ああ」
「また隣にいてくれる?」
俺は息を止めかけた。
こういう聞き方はずるい。
ずるいが、答えは決まっている。
「いるよ」
エレオノーラは顎を引いた。
「なら、行けるわ」
その言葉だけで、俺は今日ここに立ってよかったと思った。
父上にあとで何を言われるかは知らない。
袖を掴まれていた件で説教されるかもしれない。
公爵子息としての距離感がどうとか、場の空気がどうとか、そういうありがたい話が待っているかもしれない。
でも、まあいい。
エレオノーラが前を向けるなら、それくらいは安い。
……いや、説教はできれば短めでお願いしたい。
俺の胃にも限界がある。
大広間の扉が閉まる。
その音を背中で聞きながら、俺は隣を歩くエレオノーラを見た。
彼女はまだ傷ついている。
許したわけでも、忘れたわけでもない。
それでも、もうあの日の会場に置き去りにはされていない。
彼女は歩いている。
なら俺も歩く。
モブだろうが、邪魔者だろうが関係ない。
彼女が自分の名前で立つなら、俺はその隣に立つ。




