表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の幼馴染(モブ)に転生しました 〜断罪イベントで彼女を救ったら、王子たちの嘘が崩れ始めた〜  作者: あうまる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/23

第11話 公爵家の怒りは安くない

 王城に泊まることになった。いや泊まるというより、帰してもらえなかった。俺だけではない。

 父上もオスカー公爵も、エレオノーラもだ。

 理由はわかる。第二王子が公爵令嬢を斬ろうとした。しかもその裏に、学園側の不正とミリア・ベルティナの怪しい動きがある。

 ここで当事者を帰すと、その間に誰が何をするかわからない。


 わかる。すごくわかる。でも王城の客室は落ち着かない。

 ベッドはふかふかだし、部屋も広いし、壁の絵なんか一枚で我が家の馬車が買えそうだ。だからこそ落ち着かない。

 俺みたいな庶民魂が残っている転生者にはつらい。高級すぎる部屋は心を削る。知らんけど。


 朝になって廊下へ出ると、エレオノーラが先に立っていた。薄い青のドレスを着ている。昨日より顔色はいい。

 ただ目元の疲れは隠せていなかった。


「眠れたか?」

「少し」


「俺は寝た気がしない」

「あなたはどこでも寝られそうなのに」

「ひどくない?」


 エレオノーラは口元を緩めた。本当に小さい笑みだった。それでも昨日の夜よりはましだ。


 俺はほっとして、すぐに何も言わないことにした。ここで余計なことを言うと台無しになる。父上にもよく言われる。

 余計なことを言うなと。言わなくても怒られる時は怒られるけどね。


「今日は、どうなるのかしら」

「王家が謝って終わり、とはいかないだろうな」


「ええ」


 エレオノーラの指が手袋の端をつかんだ。白い布が少しよれる。


「怖いか?」


 聞いたあとで、しまったと思った。こんな聞き方は雑だ。怖いに決まっている。

 けれどエレオノーラは怒らなかった。


「怖いわ」


 まっすぐ返ってきた。


「でも、逃げたくはないの」

「そうか」

「逃げたら、きっと私はずっとあの日の会場に残ることになる」


 その言葉に、俺は何も返せなかった。あの日の会場。剣を向けられた瞬間。

 周囲の視線。婚約者に罪人だと叫ばれた声。

 それは簡単には消えない。俺は言葉を探した。見つからなかった。

 かわりに一歩だけ近づく。


「なら一緒に行く」

「当然でしょう。あなたは証人なのだから」

「そこは少し感動してくれてもよくないか?」

「考えておくわ」


 また口元を緩めた。今度はさっきより少し柔らかかった。会議室には、昨日より人が増えていた。

 ユリウス殿下。ラウレンツ宰相。父上。

 オスカー公爵。レオンハルト殿下。それから数人の重臣。


 レオンハルト殿下は青い顔で座っていた。昨日のような勢いはない。剣を振りかざしていた男とは別人みたいだ。

 まあ勢いがあればいいというものでもない。昨日の勢いは最悪だったし。

 ミリアはいなかった。別室で監視されているらしい。本人は相当泣いたそうだ。

 その涙がどこまで本物かは、今の俺にはわからない。ユリウス殿下が口を開く。


「まず確認しておく。エレオノーラ・フォン・レインフォード嬢に対する嫌がらせの証拠は、複数に偽造の疑いがある。ボルマン副学園長は関与を認めた。ミリア・ベルティナ嬢の指示があったとも証言している」


 重臣たちの顔が動いた。昨日から知っている者もいるのだろう。だが口に出されると重い。


「レオンハルト」


 ユリウス殿下が弟を見た。


「お前はその偽造の疑いがある証拠をもとに、婚約者を罪人と断じた。そして剣を向けた。間違いないな」

「……はい」


 レオンハルト殿下の声はかすれていた。


「俺は、エレオノーラの話を聞きませんでした」


 重臣の一人が、椅子の肘掛けを握り直した。


「証拠があると思い込んだ。ミリアが泣いていた。取り巻きたちが怒っていた。だから正しいのは自分だと決めた」


 彼は拳を握った。


「最初から、エレオノーラを信じる気がなかった」


 エレオノーラは視線を逸らさなかった。レオンハルト殿下を見ていた。強いなと思う。

 でも強いから傷つかないわけじゃない。そこを間違えると、昨日の王子と同じになる。


「よく言った」


 ユリウス殿下の声は冷たい。褒めてはいない。


「だが、それで罪が軽くなるわけではない」

「わかっています」


 レオンハルト殿下がうなずいた。その時だった。


「恐れながら」


 一人の男が口を挟んだ。年は四十ほどだろうか。細い髭を整えた貴族だ。

 名はたしか、ヴァインベルグ伯爵。王家寄りの法務官だったはずだ。

 昨日まではいなかった。今日から呼ばれたらしい。


「殿下の責は重いものです。しかし、この件をそのまま公にすれば王家の威信に傷がつきます」


 オスカー公爵の目が細くなる。父上は何も言わない。黙っている時の父上は胃に悪い。

 怒鳴っている時より逃げ場がない。


「王家の威信」


 ラウレンツ宰相が一語ずつ繰り返した。


「はい。レインフォード公爵家には、もちろん相応のお詫びを。ただ、婚約破棄はあの人数の前で口に出ております。今さら取り消したところで、噂だけが残りましょう。ならば、両家の話し合いで婚約を解いたことにして、嫌がらせの件は学園の不始末として切り分ける。それが現実的かと」


 紙をめくる音が止まった。ヴァインベルグ伯爵は続ける。


「幸い、エレオノーラ嬢に実害はありませんでした」


 俺は、その瞬間に息をするのを忘れた。実害はない。その言葉が、部屋の中を転がった。

 エレオノーラの指がぴくりと動く。オスカー公爵の顔から表情が消えた。

 父上が机を一度叩いた。大きな音ではなかった。でも十分だった。


「ヴァインベルグ伯爵」


 父上の声は低い。


「今、何と言った」

「いえ、私はあくまで王国全体の安定を」

「何と言ったか聞いている」


 伯爵の喉が動いた。


「実害は、なかったと」


 記録官の羽ペンが紙の上で止まった。俺は口を開いていた。


「剣を向けられたんですよ」


 父上の視線が来た。余計なことを言うなという顔ではなかった。続けろとも言わない。

 ただ止めなかった。なら言う。


「婚約者に罪人だと叫ばれて、会場中の前で斬られかけた。俺が間に入らなければ死んでいたかもしれない。それを実害がないで済ませるんですか」

「アルト殿、私はそういう意味で」


「どういう意味なら許されるんですか」


 伯爵の顔が赤くなる。俺は席を立っていた。自分でも気づかなかった。


「傷が残らなければ被害じゃない。死んでいなければ問題じゃない。公爵令嬢の名誉を踏みつけても、王家の威信のためなら飲み込め。そういう意味ですか」

「若造が、言葉を慎みなさい」


「慎むべきはそちらでしょう」


 声が低くなった。自分の声じゃないみたいだった。


「エレオノーラは物じゃない。王家の面子を守るための布でもない。傷ついた人間を見て、まず隠す話をするなら、あなた方は何を守っているんですか」


 誰も動かなかった。ユリウス殿下も、ラウレンツ宰相も。レオンハルト殿下も。

 エレオノーラだけが俺を見ていた。

 その目を見た途端、少し冷静になる。まずい。俺、ものすごく怒っている。


 いや怒って当然だろう。当然だけど場所が王城だ。相手は伯爵だ。

 父上があとで怒るかもしれない。でも、今は後悔しなかった。


「アルト」


 父上が呼んだ。


「はい」

「座れ」

「……はい」


 俺は座った。勢いで立ったあとに座るのは少し恥ずかしい。足が変に震えていた。

 かっこつかないな本当に。父上は俺から視線を外し、ヴァインベルグ伯爵を見た。


「息子の言葉は荒い。だが間違ってはいない」


 おお。父上が味方をしてくれた。明日は雪かもしれない。


「クライゼル公爵家も同意見だ。この件を学園内の不正で片づけるなら、我が家は王家に正式な抗議文を出す」


 オスカー公爵が声を低くして続けた。


「レインフォード家は、抗議文だけでは済ませません」


 伯爵の顔色が変わる。


「オスカー公爵、それは王家への反逆と取られかねませんぞ」

「娘を殺されかけた父親に、その言葉を向けるのか」


 低い声だった。伯爵は口を閉じた。オスカー公爵は怒鳴らなかった。

 だから余計に読めない。


「私は王家と争いたいわけではありません。だが、娘の名誉を守らずに家を名乗る気もない」


 エレオノーラが少し唇を噛んだ。その横顔を見て、俺は何も言えなくなった。彼女は守られることを嫌がるかもしれない。

 でも、守りたいと思う人間がいることまで否定しないでほしい。ユリウス殿下が立ち上がった。


「ヴァインベルグ伯爵」


「は、はい」

「君の提案は退ける」


 短い言葉だった。


「この件を隠して終わらせることはしない。弟の罪も、学園の不正も、偽証に関わった者も調べる。王家の威信は、被害者に沈黙を強いることで守るものではない」


 ユリウス殿下の目がレオンハルト殿下へ向く。


「そうだな、レオンハルト」

「はい」


 レオンハルト殿下は顔を上げた。目は赤い。けれど逃げてはいなかった。


「俺は、自分の罪を隠してほしくありません」


 ヴァインベルグ伯爵がぎょっとする。


「殿下、それは」

「黙れ」


 レオンハルト殿下の声は震えていた。


「今さら黙っていても、俺がエレオノーラに剣を向けた事実は消えない。消してはいけない」


 彼はエレオノーラへ向いた。


「俺は、君に償う」


 エレオノーラはすぐには答えなかった。紙をめくる音もしない。誰かの息遣いだけが聞こえる。


「償いは、私が決めることではありません」


 やがてエレオノーラは言った。


「けれど一つだけ。私を理由に、あなたが悲劇の王子にならないでください」


 レオンハルト殿下の顔が歪んだ。


「私はあなたに傷つけられました。だから、あなたがかわいそうだという話に変えられたくありません」


 静かだった。叫んでもいない。責め立ててもいない。

 でもその場にいた全員が聞いた。レオンハルト殿下は深く頭を下げた。


「わかった」


 それ以上は言わなかった。言えばまた、自分を守る言葉になるとわかっていたのかもしれない。会議はそこで一度止まった。

 ヴァインベルグ伯爵は退室を命じられた。本人は何か言いたそうだったが、ラウレンツ宰相が一瞥しただけで黙った。宰相の目、強い。

 あれは俺も黙る。


 部屋に残った人数が減ると、窓の外の鳥の声が聞こえた。良くなったわけではない。息ができる程度になっただけだ。

 ユリウス殿下は椅子に座り直し、こめかみを押さえた。


「恥をさらした」

「殿下の恥ではありません」


 ラウレンツ宰相が言う。


「王家に仕える者の中に、ああ考える者がいる。それを知れたのは大きい」

「知りたくなかったがな」


 ユリウス殿下の声には疲れがにじんでいた。


 第一王子って大変だ。

 王家のまとも枠は胃に穴が空く仕事らしい。


「アルト殿」


 呼ばれて、俺は姿勢を正した。


「先ほどの発言は、場としては褒められたものではない」

「はい」

「だが、必要だった」

「……ありがとうございます」


 素直に礼を言った。こういう時に茶化すと父上に椅子ごと斬られそうだ。


「エレオノーラ嬢」


 ユリウス殿下は彼女へ向き直った。


「卒業式にいた者を、もう一度集める。弟にも立たせる。そこで、エレオノーラ嬢への嫌疑が誤りだったこと、弟が手続きを無視して剣を抜いたことを、王家の口から言う。偽証に関わった者の処分も隠さない」


 エレオノーラは深く頭を下げた。


「お願いいたします」

「ただし、準備には時間がいる」

「承知しております」


「その間、君にまた不快な思いをさせる者が出るかもしれない」

「慣れております」


 オスカー公爵の眉が動いた。父上も少し顔をしかめた。俺は喉の奥が詰まった。

 慣れている。そんな言葉を使わせていいはずがない。


 エレオノーラはすぐに気づいたようで、袖口を指で押さえた。


「いえ。慣れてはいけませんね」


 彼女は言い直した。


「今後は、黙りません」


 オスカー公爵の表情が少し緩んだ。俺はようやく肩の力を抜いた。


「では次だ」


 ラウレンツ宰相が机の上に一枚の紙を置いた。


「ミリア・ベルティナ嬢の身柄についてだ」


 ラウレンツ宰相が、書類をめくる手を止めた。ユリウス殿下がうなずく。


「彼女は現在、王城内で監視下にある。自害の恐れも逃亡の恐れもあるため、女官長エリザに任せている」

「自害」


 声に出したあと、喉が少し乾いた。ミリアが死ぬ。

 普通なら、そこで全部終わる。だがあの手帳を見た後だと、素直にそうは思えない。

 泣く。怯える。助けを求める。その全部が本物かもしれない。けれどあの子は、追いつめられた時ほど、こちらが見ていない手を探す気がする。


「アルト殿」


 ユリウス殿下の声で我に返った。


「何かあるのか」

「確証はありません」

「構わない」


 俺は少し迷った。ゲーム知識を全部話すわけにはいかない。話したところで信じてもらえるか怪しい。

 だが、ミリアが危険だということだけは伝えた方がいい。


「ミリア嬢は、自害そのものを終わりだと思っていない可能性があります」


 ラウレンツ宰相の目が細くなる。


「どういう意味だ」

「わかりません。ただ、あの人の言葉には時々、失敗しても別の出口があると思っているような響きがあります」


 言いながら、自分でも曖昧だと思った。

 それでも今は、この曖昧さのまま警戒するしかない。


「追いつめすぎるのは危険です」

「死を選ぶ可能性がある、と」


 ユリウス殿下が言う。


「はい」


 レオンハルト殿下の顔が青くなる。


「ミリアが、死ぬ……?」


 その声にはまだ未練があった。責める気にはなれない。惚れていた相手が自害するかもしれないと言われたら、そうなるのも無理はない。

 だがエレオノーラは顔を上げて言った。


「死なれては困ります」


 強い言葉だった。


「私は、彼女の言葉を聞いていません。どうして私をそこまで憎んだのか。どうして私を死なせる流れを止めなかったのか。それを聞かないまま終わらせるつもりはありません」


 俺は彼女を見た。あの日の会場に残らないために。彼女はミリアとも向き合うつもりなのだ。


「では監視を強める」


 ユリウス殿下がすぐに決めた。


「女官長エリザに伝えろ。ミリア嬢を一人にするな。刃物、紐、薬の類は近づけるな。食事も水も確認する」


 フェリクス殿が一礼して部屋を出る。廊下へ消える足音を聞きながら、俺は妙な寒気を覚えていた。ミリアは泣くだろうか。

 怒るだろうか。それとも笑うだろうか。


 わからない。だが一つだけ、嫌な予感がした。あの少女は、追いつめられた時に弱るどころか、むしろ別の顔を見せそうだった。

 ようやく本性が見え始める気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ