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「命乞いした腰抜け」と汚名を着せられた魔王、その瞳で真実を暴く ~「無能」と捨てられた逸材たちを最強へと導き、誠実な国造りを始めます~  作者: ぼん
第二部:咆哮

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第93話:「拠点制圧」

 木立の中に、五人が集まっていた。


 月が薄雲に隠れ、草の上に影が落ちている。拠点の外壁が、暗がりの向こうに黒く立っていた。風は止んでいる。虫の声だけが、遠くで鳴いていた。


 ゼノリスは声を落として言った。


「作戦を伝えます。カイロが正門側の衛兵を処理します。その間、セラが城門を突破。シルヴァは敵の連携を断ってください。ガルムは退路を塞ぎ、避難路を確保します」


 一拍置いた。


「繰り返します。歌姫を傷つけてはなりません。彼女は敵ではない。中央棟には手を出さないでください」


 誰も返事をしなかった。

 ノアが低く口を開いた。


「補足します。正門の六人が動く前に、カイロさんが北側の衛兵二人を処理します。それを合図にセラさんが城門へ。シルヴァさんは東の兵舎から魔術連絡が出る前に術式を断つ。ガルムさんは城門が開いた直後に南の通用口へ。三十秒以内に動線が交差しない順序で動けば、拠点内で鉢合わせしません」


 ガルムが短く頷いた。カイロが顎を引いた。セラが拳を軽く握った。シルヴァが指先を胸の前で合わせた。


「行きましょう」


 ゼノリスが言った瞬間、カイロの姿が消えた。


◇◇◇


 最初に動いたのは、影だった。


 北側の衛兵が振り返る前に、それは終わっていた。倒れる音はない。草が揺れる音もない。ただ、二人分の人影が消えた。


 ゼノリスは城門へ目を向けた。


 松明の光の中、正門の六人が不審そうに北の方角へ顔を向けた。


 その瞬間、地面が揺れた。


 音よりも先に衝撃が来た。石造りの城門が、外側から叩き割るように砕ける。鉄の蝶番が宙を飛び、石の欠片が夜の中に散った。砂埃が白く広がる。正門の衛兵たちが、咄嗟に剣の柄へ手を伸ばした。


 その腕が、止まった。


 砂埃の中から、セラが歩いて出てきた。外套の裾が揺れている。拳の甲に、石の粉が白く残っていた。振り返りもせず、真っ直ぐ前を向いたまま歩いてくる。


「やっぱり城門ってこれくらいかかりますね」


 独り言のような声だった。


 六人が動けなかった。剣を抜く、という動作に繋がる何かが、そこで完全に切れていた。


 東の兵舎から、光が噴いた。


 誰かが魔術の詠唱を始めたのだ。橙と白が混ざった光が、窓の外へ漏れ出す。警戒の連絡か、増援の要請か。どちらにせよ、術式が完成すれば外部へ届く。


 だがその前に、シルヴァが右手を上げていた。


 指先が、虚空の一点を捉える。目が細くなった。唇が動く、音のない言葉で。


 兵舎の光が、途中で止まった。


 膨らみかけた術式が、根元から解けていく。砂が崩れるように、静かに、形をなくす。窓の明かりが揺れ、それから消えた。詠唱の声が途切れた。


「術式の構造が粗い」


 シルヴァが言った。感想を述べるような、静かな声だった。


「直す前に、壊します」


 拠点の中が、崩れ始めた。


 城門が砕けた音は拠点全体に響いていた。兵舎の窓に人影が増え、廊下に足音が重なり、あちこちで怒声が上がる。だが、その怒声がどこへ向かえばいいか、誰も知らなかった。


 南の通用口に、ガルムが立っていた。


 巨体が出口の前に位置を取り、両腕を下げたまま動かない。盾は背に負ったままだ。逃げようとした兵士が三人、その前で足を止めた。前に進もうとした足が、空気の壁に阻まれたように動かなかった。


「下がれ」


 ガルムが低く、静かな声で言った。


「わしは、無闇に傷を負わせたくはない」


 三人が後退した。一人が剣を抜きかけて、やめた。ガルムは動かなかった。ただ、そこに立っていた。


 拠点の各所から声が上がり続けている。


 ノアは拠点の中央、兵舎と中央棟の間の空き地に立っていた。帳面は持っていない。両手を下げたまま、目だけが拠点全体を動いていた。


「カイロさん、東の廊下に三人。シルヴァさん、北棟の窓から術式が組まれています」


 声は落ち着いていた。走る緊張も、焦りもない。ただ、事実を告げる声だった。


 カイロが東の廊下へ消えた。声が出る前に、三人分の足音が途絶えた。シルヴァが北棟へ指先を向け、窓の光が瞬いて消えた。


「ゼノ様、中央棟の指揮官が南口へ向かっています。ガルムさんの位置で止まります」


 ゼノリスは中央棟の方角へ足を向けた。


 石畳の角を曲がったところで、男と鉢合わせた。四十がらみの体格のいい男が、剣を抜いたまま立っている。甲冑の胸に指揮官を示す金の徽章。その男が、ゼノリスを見た瞬間、足が止まった。


 沈黙があった。


 男の目が、ゼノリスの顔を見て、城門の方向を見て、砕けた術式の痕を見て、また戻ってきた。膝が、わずかに揺れた。


「な……」


 声が出なかった。もう一度、口を開く。


「お前は……なぜこんなに強い!」


 叫びというより、悲鳴に近かった。


 ゼノリスは一歩踏み出した。


「投降してください」


 静かな声だった。剣を抜いていない。両手を下げたまま、ただ正面から男を見た。


「あなたの部下は全員、生きています。あなたも同様です。今すぐ剣を置けば、それは変わりません」


 男の手が、震えていた。剣の柄を握る指が白くなっている。それでも、手放せなかった。


 ゼノリスは動かなかった。


 男の目を見たまま、待った。急かさなかった。十秒ほどの間があった。


 剣が、石畳に落ちた。


 乾いた音が、夜の拠点に響いた。


◇◇◇


 拠点が静まるまで、そう長くはかからなかった。


 カイロが各所を確認し、シルヴァが術式の残滓を調べ、セラが怪我人の有無を見て回った。ガルムが捕縛した兵士たちを一か所に集め、ノアが人数を数えた。


 ゼノリスは中央棟の前に立っていた。


 風がなかった。松明の炎が、まっすぐ上へ燃えている。


 ノアが近づいてきた。帳面を開いたまま、歩きながら数字を確認している。


「制圧完了です。負傷者は味方側ゼロ。敵側に軽傷が四人。全員、処置済みです」


「ありがとうございます」


 ゼノリスはノアに向き直った。


 ノアが帳面から顔を上げた。


 ゼノリスは目を細めた。『至極の理』を、静かにノアへ向ける。


 ノアの頭上に、星が浮かんだ。


【黄金の星。☆☆☆☆/☆☆☆☆☆☆】


【盤面の支配者】


 四つ。数日前は、二つだった。


「ノア」


「はい」


「見事でした。今夜の盤面は、あなたが作りました」


 ノアは答えなかった。一拍の間があった。それから、深く頭を下げた。頭を下げたまま、動かなかった。


 ゼノリスは続けた。


「☆4に到達しました。頑張りました」


 ノアがゆっくりと顔を上げた。目の下の薄い隈は、まだある。だが、その目に浮かんでいるものは、牢の中で石床を見ていたときとは違った。


「……ありがとうございます」


 低く、静かな声だった。


 ゼノリスは頷いた。


◇◇◇


 中央棟の扉が、夜の中に立っていた。


 窓に明かりはない。内側から鍵がかかっている。護衛の姿は、すでにない。


 ゼノリスは扉を見上げた。


 壁の奥に、白い星が灯っている。動いていない。ずっと、同じ場所にある。


「歌姫は……どこだ」


 呟きは、誰にも向けていなかった。



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