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「命乞いした腰抜け」と汚名を着せられた魔王、その瞳で真実を暴く ~「無能」と捨てられた逸材たちを最強へと導き、誠実な国造りを始めます~  作者: ぼん
第二部:咆哮

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第79話:「裏切り」

 朝の光が、窓から斜めに差し込んでいた。


 管理施設の一室。机の上に昨夜の地図が広げられたまま残っており、朝の光がその端を照らしている。羊皮紙の黄ばみが白く飛んで、街道の線が光の中に溶けかかっていた。


 ゼノリスは地図の前に立ち、旧魔王領の奥の一点を見ていた。


 廊下から足音が届いた。扉が開き、カイロが入ってくる。帳面を一冊、脇に抱えていた。カイロは机の前に立ち、地図を一度だけ見た。


「魔人領主の領地……魔人族のザフィールの領地です」


 カイロが口を開いた。ゼノリスが見ていた一点を、指先で示す。


「かつてゼノリス様の下にいた、元魔王軍幹部です。勇者側に寝返り、その対価として旧魔王領の一部を手に入れました。それが今の領地です」


 ゼノリスは地図から目を離さなかった。離さなかったのではない。離せなかった。地図の上のその一点が、知っている名前になった瞬間、視線が縫い止められていた。


 カイロが続ける。


「その後、魔人領主を名乗り、領地を支配しています」


 室内に静けさが戻った。朝の光の中で、埃が一粒、宙を漂った。窓の外から潮の音が届く。遠くで、鳥が鳴いた。


 ゼノリスの視線が、地図の一点に止まったまま動かなかった。


 指先が、机の縁を静かに押さえた。木の感触が、掌に伝わる。押さえた指に、わずかに力が入った。それだけだった。表情は変わらない。声も変わらない。ただ、指先だけが知っていた。


「……そうですか」


 声は穏やかだった。カイロはその声を聞いて、一瞬だけゼノリスの手元を見た。それから、視線を戻した。


 カイロが帳面を開いた。


「ザフィールの領地は、ゼノリス様が敗れた後、勇者側から与えられた土地と混乱に乗じて自ら奪い取った土地もあります」


 ゼノリスは帳面に目を移した。カイロが開いたその頁には、地名と数字が並んでいた。領地の範囲、住民の数、税の記録。ザフィールがこの数年でどのように領地を固めたか、その痕跡が数字として残っている。


「奪い取った……」


「はい。混乱期に周辺の集落を取り込み、現在の規模になっています」


 カイロが淡々と答えた。


 ゼノリスは帳面の数字を見たまま、少し黙った。窓の外で潮風が唸り、ガラスが微かに震えた。


 数字の列が、目の前にある。ザフィールが積み上げたもの。


 扉が開き、シルヴァが入ってきた。


 薄い革表紙の帳面を手に持ち、カイロの隣に立つ。机の上の地図と帳面を一度見てから、ゼノリスに視線を向けた。


「ザフィールの現在の統治について、報告します」


 シルヴァが口を開いた。声は端的だった。


「ザフィールは領地の民を恐怖で支配しています。反抗する者は力で抑え込み、領地の外への移動も制限しています。民は逃げることも、助けを求めることもできない状態です」


 ゼノリスはシルヴァを見た。


「領地の規模は」


「元魔王領の北西外縁の一部です。港湾からここへ向かう街道の北側に位置します」


 シルヴァが地図の上で、領地の範囲を指でなぞった。港から内陸へ延びる街道の北側に、ひとつの区域が広がっている。街道を挟んで、ゼノリスたちが今いる港湾都市と向かい合う位置だ。


「近い」


 ゼノリスが言葉にした。


「はい」


 シルヴァが答え、地図から目を上げた。


「領地内の民の状況については、詳細はまだ掴めていません。ただ、外部への情報が極端に少ない。それ自体が、中の状況を示しています」


 ゼノリスは地図の上のその区域を見た。街道の北側に広がる一帯。港湾都市からさほど離れていない。それだけの距離に、恐怖で支配された領地がある。


「民の数は」


「把握できている範囲で、数千規模です。実数は不明です」


 シルヴァが帳面を閉じた。革の表紙が、乾いた音を立てた。


 三人は地図を囲んだまま、しばらく動かなかった。窓から差し込む朝の光が、机の上を横切っている。地図の端が光の中にあり、旧魔王領の北西の一帯がその光に縁取られていた。


 ゼノリスは地図から目を離し、窓の外に視線を向けた。


 港が見えた。朝の光の中で、水面が鈍く輝いている。沖に停泊した船の帆が、風を受けて微かに膨らんでいた。昨日まで、この港は辺境伯の配下が支配していた。今は、ゼノリスたちのものだ。


 取り戻した場所がある。まだ取り戻せていない場所がある。


 ゼノリスは窓から視線を戻し、地図に目を落とした。


◇◇◇


 カイロが帳面を閉じ、机の上に置いた。


「情報は以上です。侵攻の準備については、予定通りの出発で問題ありません」


 ゼノリスは地図の上のザフィールの領地を、もう一度見た。


 立ったまま、地図に手を置いた。指先が、その区域の上で止まる。指の下に、数千の民がいる。声を上げられず、逃げることもできず、今もそこにいる人たちが。


 掌が、地図の上で熱を持った気がした。紙の冷たさの向こうに、体温がある。そう思えた。


「彼との決着です」


 声は静かだった。怒りでも、昂ぶりでもなく、ただ事実を確認するような声だった。


 カイロが頷いた。シルヴァは地図を見たまま、動かなかった。


 ゼノリスは地図から手を離し、身を起こした。


「出発の準備をしてください」



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