第57話:「五人の絆」
森の中を、五人で歩いていた。
先頭はカイロだった。音もなく、木々の間を進んでいく。足元の枯れ葉を踏む音すら立てない。その後ろにゼノリスが続き、セラ、シルヴァ、そして最後尾にガルムが続いている。
盾の金具が、歩くたびに鳴った。
規則正しく、揺れない音だった。ゼノリスはその音を背中で聞きながら、前を向いたまま歩き続けた。
やがて、カイロが足を止めた。
開けた場所だった。大きな木が三方を囲み、その根元に枯れ草が積もっている。頭上の梢が風を遮り、冷気が和らいでいた。カイロは無言で四方に目を走らせた。それだけで十分だった。ゼノリスは足を止め、その場を見回した。
ここにする。
言葉にしなかった。言葉にする前に皆がもう動いていた。
セラが早足で枯れ枝を集め始めた。両腕に抱えて、また走って、また抱えて戻ってくる。その足音が、落ち葉の上でぱたぱたと軽く響く。
シルヴァは静かに術式を展開し、枝の先に小さな火を灯した。青白い光が揺れ、枯れ枝に移り、橙色の炎になった。
乾いた木の焦げる匂いが、ゆっくりと広がった。炎が揺れるたびに、温もりが肌に触れてくる。冷えた空気の中で、その熱だけが柔らかく、確かだった。
五人が、焚き火を囲んで座った。
炎の向こうに、ガルムがいた。巨体が、膝を曲げて地面に腰を下ろしている。盾を横に置き、両手を膝の上に乗せていた。炎の光が、傷だらけの顔を照らしている。岩石のような輪郭が、橙色に染まっていた。
しばらく、誰も何も言わなかった。
炎が揺れる音がした。枯れ枝が爆ぜ、小さな火の粉が舞い上がった。どこかで夜の虫が鳴き始めていた。森の奥から、冷たい風が流れてくる。
ガルムが、口を開いた。
喉を一度、鳴らした。それから、静かに顔を上げた。炎の向こうで、カイロ、セラ、シルヴァを順に見た。
「……わしは、ガルムという」
低く、重い声だった。
「これから、よろしく頼む」
言葉が、炎の向こうに落ちた。
カイロが、ガルムを見た。一拍、間があった。
「……俺はカイロ。よろしく」
短く、それだけだった。余分な言葉は何もなかった。だが、その目はガルムを真っ直ぐに捉えていた。
セラが、身を乗り出した。
「私はセラです! ガルムさん、よろしくお願いします!」
炎が、一瞬揺れた。セラの声の勢いに押されたように。
シルヴァが、静かに口を開いた。
「シルヴァです。よろしくお願いします」
端的だった。だが、その視線はガルムから外れていなかった。
ゼノリスは、三人の顔を順に見た。
カイロの目に、何かが宿っていた。感情を削ぎ落とした顔の奥に、ほんのわずかに、温度のようなものが。
セラは膝を揃えたまま、背筋を伸ばしていた。はしゃぎたいのを堪えているような、そういう緊張の仕方だった。
シルヴァは炎の向こうのガルムを、静かに、まるで術式を解析するように観察していた。
三人とも、それぞれのやり方でガルムを迎えていた。
ゼノリスは、炎を見た。
橙色の炎が揺れている。五人分の影が、地面に伸びている。
◇◇◇
炎の向こうで、ガルムが動いた。
膝の上に置いた手を、ゆっくりと握りしめた。節くれ立った指が、硬く、拳に変わっていく。それから、カイロを見た。セラを見た。シルヴァを見た。
三人の顔が、炎に照らされている。
ガルムの目が、細くなった。
炎の爆ぜる音がした。火の粉が舞い上がり、暗い空気の中で消えていく。
「皆、若いな」
ガルムが、低く呟いた。
誰かに向けた言葉ではなかった。独り言のように、小さく落ちた。それから、視線を地面に下げた。
「わしで、役に立てるかどうか……」
その言葉の末尾が、炎の揺れに溶けた。
セラが、ぱっと笑顔で顔を上げた。
「でも、シルヴァさんはすごい年上だよ? 見た目は若いけど!」
シルヴァの眉が、わずかに動いた。
「……エルフの年齢換算を、人族の基準で測らないでください」
端的だった。感情を削いだ声だったが、炎の光の中で、その耳の先が心なしか赤い。
「あ、そういうものなんですね!」
セラが頷いた。
納得しているのか、していないのか、判断がつかなかった。
カイロが、視線だけをセラに向けたが、何も言わなかった。
ゼノリスは、口を開いた。
「ガルム」
低く、静かな声だった。
ガルムの顔が上がった。炎の向こうから、ゼノリスを見た。
「あなたは、必ず役に立ちます。私が保証します」
ガルムは、すぐには答えなかった。
その目が、ゼノリスを見ていた。じっと、動かずに。炎の光が、細い目の奥に揺れている。
しばらくして、ガルムの肩から、何かが抜けた。
力が、ゆっくりと抜けていくような動きだった。握りしめていた拳が、膝の上で開いた。指が、ゆっくりと伸びた。大きな手が、膝の上に静かに置かれた。
ガルムは、一度だけ頷いた。
深く、ゆっくりと。
◇◇◇
焚き火が、小さくなっていた。
枝が燃え尽きて、炎の背丈が低くなっている。橙色の光が、五人の足元を照らしていた。頭上の梢の向こうに、星が見えていた。冷えた空気の中に、焦げた木の残り香がかすかに漂っている。
カイロが、追加の枝を火に差し入れた。炎が揺れ、また大きくなった。その動作だけで、何も言わなかった。
セラが、膝を抱えて炎を見ていた。
シルヴァは、外套の裾を整えながら、静かに座っていた。
ゼノリスは、五人の気配を感じていた。
それぞれの息遣い。それぞれの重さ。焚き火を囲んで、五つの体温が、ひとつの場所に集まっている。
一人だった頃のことを、ゼノリスは思った。
思っただけで、言葉にはしなかった。ただ、炎を見た。揺れる炎の中心に、確かな熱がある。
ゼノリスは口を開いた。
「明日から、鍛錬を始めます」
ガルムの背筋が、伸びた。
鎧の金具が、微かに鳴った。
「承知した」
低く、力強い声だった。迷いがなかった。先ほどの、膝の上で拳を握りしめていたガルムとは、もう違っていた。
炎が揺れた。
風が流れてきた。梢が揺れ、葉擦れの音が短く響いて、また静かになった。
五人の影が、地面に伸びている。大きな影と、小さな影と、細い影と。それぞれ形の違う影が、焚き火の光の中で、同じ場所に集まっていた。
ガルムの手が、横に置いた盾の縁に触れた。指先が、傷だらけの表面をなぞる。確かめるように。明日のために。




