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「命乞いした腰抜け」と汚名を着せられた魔王、その瞳で真実を暴く ~「無能」と捨てられた逸材たちを最強へと導き、誠実な国造りを始めます~  作者: ぼん
第二部:咆哮

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第36話:「旧魔王領への侵攻」

 黒門街クロムントから数日が経っていた。


 ゼノリスは足を止め、周囲を見渡した。


 景色が、変わっていた。


 草原は消え、枯れた木々が立ち並んでいる。幹は灰色に変色し、枝は折れたまま地面に突き刺さっていた。葉は見当たらない。あるのは、黒ずんだ樹皮と、地面を覆う枯れ草だけだ。


 空気が重い。


 鼻をつくのは、湿気と腐敗の混じった匂いだ。土が湿っている。だが、生命の匂いではない。何かが朽ちていく匂いだ。


 ゼノリスは木の幹に手を置いた。ざらついた樹皮が、冷たく掌に触れる。鳥の鳴き声も、虫の音もない。風に枯れ枝がきしむ音だけが、森に響いていた。


 ここが、旧魔王領。


 かつて私が統べていた領域。今は、誰にも顧みられず、朽ちていくだけの場所。


 背後で、カイロが静かに声を出した。


「……この先、気配があります」


 ゼノリスは振り返った。カイロが前方を見据えている。切れ長の目が、何かを捉えている。


「魔物ではありません。人です」


 セラが、拳を軽く握った。


「敵、ですか?」


 カイロは短く頷いた。


「……恐らく」


 ゼノリスは前を向いた。


 枯れ木の向こう、薄暗い森の奥に、何かが動いている気配がある。足音はまだ聞こえない。だが、確かに何かがいる。


「行きましょう」


 ゼノリスは歩き出した。


 足元の枯れ葉が、乾いた音を立てて砕ける。湿った土の感触が、靴底から伝わってくる。一歩進むたびに、腐敗の匂いが濃くなっていく。


 やがて、開けた場所に出た。


 そこは、かつて何かの建物があった場所だろう。石造りの壁が崩れ落ち、柱だけが天を突いている。地面には、割れた石畳が散乱していた。


 その奥に、人影があった。


 五人。黒ずんだ鎧を纏い、剣を手にしている。鎧は古く、錆びついている。剣も、刃こぼれが目立つ。まるで、長い間放置されていた武具を無理に身につけたかのようだ。


 かつて私の軍に所属していた兵士だろうか。それとも、勇者が勝利した後に、この地へ逃げ込んだ別の者たちか。


 先頭に立つ男が、ゼノリスたちを見た。


 目が、血走っている。顔は痩せ、頬が窪んでいた。唇が歪み、笑みの形を作る。


「……おい、見ろよ。旅人だ」


 男の声は、しわがれていた。喉が渇ききっているような、かすれた声だ。


 他の四人も、剣を構えた。


「金を出せ。荷物も全部置いてけ」


 男が一歩前へ出た。剣を掲げ、刃先をゼノリスへ向ける。


「抵抗したら、殺す」


 ゼノリスは、男たちを見た。


 彼らは追い詰められている。目の奥に、恐怖と絶望がある。それを隠すために、暴力を選んでいる。


 ゼノリスは静かに告げた。


「私たちは、ただ通り過ぎるだけです。剣を収めてください」


 男が、鼻で笑った。


「舐めてんのか? てめえら三人だけだろうが。こっちは五人だ」


 男が剣を振り上げた。


「殺す!」


 男が踏み込んだ、その瞬間。


 影が動いた。


 カイロだった。冷たい目が、男を捉えている。


 次の瞬間、カイロの姿が消えた。


 男が驚愕の声を上げる間もなく、背後にカイロが立っていた。短剣の柄を逆手に持ち、男の首筋へ当てる。


「……動かないでください」


 淡々とした声だった。だが、その声には、拒絶の余地がない。


 男の体が、硬直した。


 他の四人が、慌てて剣を構え直す。だが、その一人の足元が崩れた。


 セラだ。地面を蹴り、一瞬で間合いを詰めている。拳が、男の腹部へ吸い込まれた。


 鈍い音が響く。


 男が呻き声を上げ、地面に倒れ込んだ。剣が手から離れ、石畳の上を滑っていく。


 残りの三人が、後退した。


「な、何なんだこいつら……!」


 一人が叫ぶ。だが、その声は震えている。


 セラが、もう一歩前へ出た。拳を構え、低い姿勢で睨みつける。


「……降参するなら、今ですよ」


 真っ直ぐな声だった。威圧ではない。ただ、事実を告げている。


 三人は顔を見合わせ、やがて剣を地面に投げ捨てた。膝をつき、両手を上げる。


 ゼノリスは、倒れた二人と、降伏した三人を見た。


 戦闘は、数秒で終わった。


 ゼノリスは二人へ目を向けた。


「二人とも、見事です」


 カイロが短剣を収め、男から離れた。男は膝をつき、肩で息をしている。


 セラが降伏した三人を見渡し、それから振り返った。


「ゼノリス様、どうしますか?」


 ゼノリスは、倒れた男たちを見た。


 追い詰められた者たちだ。この荒廃した領域で、生き延びるために暴力を選んだ。だが、それは彼らが望んだ道ではないだろう。


「放っておきましょう。彼らは、もう襲ってこない」


 先頭にいた男が、顔を上げた。


「……なんで、殺さねえ」


 ゼノリスは男を見た。


「殺す理由がありません」


 男の目が、見開かれた。何かを言おうとして、だが言葉が出ない。ただ、俯いた。


 ゼノリスは三人へ向き直り、歩き出した。


 カイロとセラが、黙ってついてくる。


 廃墟を抜け、また森の中へ入った。枯れ木が続く。足元の枯れ葉が、音を立てて砕ける。


◇◇◇


 ゼノリスたちは、開けた場所で野営の準備を始めた。枯れ木を集め、焚き火を起こす。炎が揺れ、周囲を橙色に染めていく。


 三人は焚き火を囲んで座った。


 パチパチと木が爆ぜる音が、静かな夜に響く。冷たい空気が肌を刺すが、炎の温もりが身体を包んでいる。


 ゼノリスは炎を見つめながら、口を開いた。


「次の目標について、話しておきます」


 カイロとセラが、顔を上げた。


「黒門街クロムントで聞いた話ですが。この近くに、聖教会が管理する幽閉施設があります」


 セラが、眉を寄せた。


「幽閉施設……?」


「そこには、聖教会に楯突いた者たちが捕らえられています」


 ゼノリスは二人を見た。


「その中に、一人の魔術師がいると聞きました」


 カイロが、静かに尋ねた。


「……誰ですか?」


「わかりません」


 ゼノリスは首を横に振った。


「ただ、聖教会の教義に逆らい、沈黙を強要されたと聞いています」


 炎が、パチリと音を立てた。


 セラが、拳を握った。


「……また、そんなことを」


 カイロは、何も言わなかった。ただ、炎を見つめている。その目の奥に、何かが揺れている。


 ゼノリスは続けた。


「その方を、救出します」


 セラが顔を上げた。


「はい!」


 カイロが頷いた。


「……承知しました」


 カイロとセラの表情が、引き締まった。


 炎が揺れ、三人の影が地面に長く伸びている。その影は、まっすぐ森の奥へ向かっていた。



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