第32話:「セラの無双」
カイロが影の中で兵士たちを翻弄していた、その同時刻。
広場の反対側では、セラが迫りくる兵士たちと向き合っていた。
先頭の兵士が剣を振りかざした。
金属が風を切る音が耳をかすめた瞬間、セラはすでに動いていた。
右へ半歩。剣の軌道から、紙一重で外れる。そのまま兵士の懐へ飛び込み、胴へ肩を叩き込んだ。
重い衝撃音が広場に響いた。
鎧ごと吹き飛んだ兵士が背後の仲間に激突し、二人がまとめて石畳に転がる。
「な、なんだ……!?」
誰かが叫んだ。
セラは構えを取り直した。息が乱れていない。腕が痛くない。体の奥から、熱いものが滾っている。
横から槍が突き込まれた。セラは柄を掴んだ。握った瞬間、兵士の腕に力が入るのが伝わってくる。
掴んだ柄を引いた。
兵士の体が、前のめりに崩れる。膝が上がった。鈍い音と共に、兵士が石畳に沈んだ。
間を置かず、左右から二人が同時に踏み込んでくる。挟み込もうとする動きだ。
セラは二人の間を、真っ直ぐ走った。
すれ違いざまに左の兵士の腕を掴み、右へ投げる。二人が絡み合い、石畳に激突した。地面が揺れるような衝撃が、足の裏に伝わってきた。
「化け物か……!」
震えた声が聞こえた。残った兵士たちが、じりじりと後退っている。足が竦んでいる。武器を握る手が、小刻みに震えていた。
セラは歩みを止めなかった。
踏み込む。一人の剣を手刀で弾いた。金属が甲高い音を立てて宙を舞い、石畳に跳ねて転がっていく。兵士が尻餅をつき、そのまま腰が抜けたように動けなくなった。
最後の一人が槍を投げ捨てた。両手を高く上げ、声を震わせる。
「降参だ! 降参する!!」
広場に、静寂が落ちた。
セラは立ち止まり、息を吐いた。体が熱い。拳の感触が、まだ残っている。
◇◇◇
カイロの戦いが終わり、ゼノリスはセラへ視線を移していた。
兵士たちが、次々と地面に沈んでいく。セラの動きに無駄がない。一撃ごとが確実で、迷いがない。訓練の成果が、そのまま体に染み込んでいる。
ゼノリスの胸に、静かな誇りが広がった。
やがて、広場に沈黙が落ちた。
カイロが戻ってきた。フードの下から、静かな目がゼノリスを見る。
「……終わりました」
「お疲れ様です」
ゼノリスは短く応じた。カイロは無言で隣に並ぶ。
二人は台の上を見上げた。
ジュリアスが、蒼白な顔で立ち尽くしている。盾を構えていた兵士たちも、すでに武器を下ろしていた。守る者が誰もいなくなった支配者が、台の上で震えている。
ジュリアスの唇が、小刻みに動いた。
やがて、その口から声が漏れた。震えているのに、それでも傲慢さを手放せない声が。
「ゴ、ゴミが……! お前ら魔王の残党なんて、俺が一人で殺してやる!」
ジュリアスが台から飛び降り、剣を抜いた。刃が陽光を弾き、鋭く光る。だが、その足は震えていた。顔には脂汗が浮き、目が泳いでいる。
『なぜか』セラへ向かって、駆け出した。
◇◇◇
セラはジュリアスが迫ってくるのを、静かに見ていた。
速くない。さっきの兵士たちより、ずっと遅い。剣を振る腕も、体の軸も、ぶれている。
本当に、ゴールド級なのだろうか。
セラは一歩、前へ出た。
ジュリアスが叫ぶ。
「死ねえ!!」
剣が振り下ろされた。
セラは動じなかった。右手を上げ、落ちてくる刃を正面から受け止める。
金属が、手のひらに当たった。
痛みはない。剣が、止まっている。
ジュリアスの目が、見開かれた。
「な、何……!?」
セラはジュリアスを見た。恐怖で歪んだ顔を、まっすぐに。
ゼノ様が最初に言ってくれた言葉が、胸の中で蘇る。
──君の身に宿る、神をも超える力が見える。
「……私は、魔力ゼロの『無能』と呼ばれました」
セラは静かに告げた。
「でも、ゼノ様が教えてくれました。私は強い、って」
ジュリアスの顔に、何度目かの恐怖が浮かんだ。剣を引こうとするが、セラの手がそれを許さない。
「放せ……! 放せ!!」
セラは剣を握り込んだ。
そして、押し返した。
「これが、私の力です!」
ジュリアスの体が、宙を舞った。
重い衝撃音が広場に響き渡った。石畳に叩きつけられたジュリアスが、転がり、止まる。鎧が砕けた音がした。剣が手から離れ、遠くへ滑っていく。
ジュリアスは動かなかった。
石畳に伏したまま、呻き声を漏らしている。立ち上がろうとするが、腕が言うことを聞かない。肥えた体が、ぶるぶると震えていた。
広場が、しんと静まり返った。
民衆が息を呑んでいる。誰も声を上げない。ただ、地面に倒れたジュリアスを、呆然と見つめていた。
◇◇◇
ゼノリスは、セラの戦いを見届けていた。
魔力ゼロ。世界が『無能』と切り捨てた少女が、支配者を一撃で地面に沈めた。
よくやった、セラ。
ゼノリスは静かに息を吐いた。胸の奥に、誇りと確信が混ざり合った熱が広がっている。
セラが振り返った。頬にうっすらと赤みが差し、目が輝いていた。
「ゼノ様……! やりました!」
ゼノリスは微笑んだ。
「ええ。よくやりました」
カイロが静かに呟く。
「……お疲れ様」
セラが照れたように視線を逸らした。
ゼノリスは地面に倒れたジュリアスへ目を向けた。石畳に伏したまま動けずにいる。鎧の一部が砕け、脂汗が額に滲んでいた。自分が支配してきた広場の地面に、這いつくばっている。
民衆の視線が、ジュリアスに集まっていた。恐怖で硬直していた人々の表情に、少しずつ変化が生まれている。
驚愕、戸惑い。
そして──かすかな希望の色が。
ゼノリスは一歩、前へ踏み出した。




