第30話:「ジュリアスの傲慢」
日が沈み、街に夜の帳が下りた。
ゼノリスたちは、路地裏にある小さな宿に身を寄せていた。宿の主人は無愛想だったが、銀貨を見せると黙って部屋の鍵を渡してくれた。
狭い部屋には、簡素な寝台が三つ並んでいる。カイロは窓際に立ち、夜の街を見張っていた。セラは壁に背を預け、目を閉じている。
ゼノリスは寝台に腰を下ろし、明日の動きを頭の中で整理していた。
領主館。ジュリアスはそこにいる。
やがて、深い夜の静寂が部屋を包んだ。
◇◇◇
翌朝。
ゼノリスたち三人は、領主館へ向かって歩いていた。
石畳の道が続き、その先に大きな建物が見える。黒い壁と尖った屋根を持つ、威圧的な造りだ。建物の前には広場があり、多くの人々が集められていた。
ゼノリスは足を止め、広場を見据えた。
人々は皆、うつむいている。老人、女性、子供。様々な年齢の者たちが、肩を寄せ合うようにして立っていた。その表情には、恐怖と諦めが刻まれている。
広場の中央には、高い台が設けられていた。その上に、一人の男が立っている。
派手な装飾を施した鎧を身に着け、腰には剣を下げている。髪は金色だが、頭頂部が禿げ上がっていた。顔は肥えており、傲慢な笑みを浮かべている。
ジュリアス・ドドド。
黒門街クロムントを支配する、辺境伯嫡男。
ゼノリスは静かに息を吐いた。カイロとセラも、広場の様子を見つめている。
「……ゼノリス様」
カイロが低く呟く。ゼノリスは短く応じた。
「あれが、ジュリアスですね」
セラが拳を握った。
「あの人が……」
ゼノリスは三人で人々の方へ移動した。人々の間に紛れ、台の上を見上げる。
ジュリアスの周囲には、数人の兵士が立っていた。徴発兵だ。粗末な鎧を着込み、槍を手にしている。その目は冷たく、民衆を見下していた。
ジュリアスが大きく息を吸い、声を張り上げた。
「さあ、税を納めろ! この街で生きるなら、当然の義務だ!」
民衆がざわめく。だが、誰も声を上げない。ただ、怯えたように身を縮めているだけだ。
一人の老人が、震える手を上げた。
「あ、あの……今月は、収穫が……」
「黙れ!」
ジュリアスが怒鳴った。老人がびくりと身を震わせる。
ジュリアスは台の上から、老人を見下ろした。
「言い訳は聞きたくない。税を払えないなら、ここから出ていけ。それとも……」
ジュリアスの口元が、醜く歪んだ。
「娘を差し出せ。それで税の代わりにしてやる」
民衆の間から、すすり泣く声が漏れた。老人の隣に立つ若い女性は震えている。
ゼノリスは静かに拳を握った。
この男は、人を人として扱っていない。
民衆は財布であり、道具であり、捨てられるゴミでしかない。そう考えているのだろう。
ゼノリスの胸に、静かな怒りが広がっていく。だが、表情には出さない。今は、見届ける時だ。
老人が跪いた。
「どうか……娘だけは……」
「うるさい!」
ジュリアスが手を振った。徴発兵の一人が前に出て、老人の肩を槍の柄で突く。老人が地面に倒れ込んだ。
若い女性が悲鳴を上げた。
「お父さん!」
女性が駆け寄ろうとするが、別の兵士に腕を掴まれる。
ジュリアスが高笑いした。
「見ろ、これがゴミどもの姿だ! 税も払えない、価値のない連中!」
兵士たちも笑い声を上げる。民衆は、ただ黙って耐えるしかなかった。
セラが小さく呟いた。
「ひどい……」
カイロは無言で台を睨んでいる。その目には、冷たい怒りが宿っていた。
ゼノリスは深く息を吸った。
もう、十分だ。
◇◇◇
ジュリアスは上機嫌だった。
民衆どもが震えている。この光景が、たまらなく心地いい。自分が支配者であることを実感できる瞬間だ。
父は辺境伯。自分はその嫡男。この街は、自分のものだ。ゴミどもは、自分に従うしかない。
ジュリアスは広場を見回した。誰も逆らおうとしない。誰も声を上げない。完璧だ。
その時、民衆の中に立つ三人組が目に入った。
フードを被った二人と、その前に立つ一人。三人とも、質素な服を着ている。貧乏人だ。
ジュリアスは顎で指した。
「おい、そこの貧乏人ども」
三人が顔を上げる。ジュリアスは鼻を鳴らした。
「お前らも税を払え。今すぐだ」
フードを被っている片方の男が、一歩前に出た。落ち着いた声で応じる。
「税……ですか?」
「そうだ。一人につき銀貨十枚だ。三人なら三十枚だな」
法外な額だ。だが、それがどうした。自分が決めたルールだ。従わないなら、追い出すだけだ。
男が静かに言った。
「お断りします」
ジュリアスは眉を寄せた。
「何だと?」
男が一歩、前へ進んだ。その目は、まっすぐジュリアスを見据えている。
「この街を、あなたから取り戻しに来ました」
一瞬、広場が静まり返った。
ジュリアスは、男の言葉が理解できなかった。
取り戻す?
何を言っている?
そして、理解した瞬間、ジュリアスは大笑いした。
「ははは! 何だと? お前、何を言っているんだ!」
兵士たちも笑い出す。民衆は、怯えたように三人を見ている。
ジュリアスは笑いながら、男を指差した。
「お前ら、まさか……あの魔王の残党か?」
男は何も答えない。ただ、静かに立っている。
ジュリアスは笑いを止め、冷たい目で男を見下ろした。
「笑わせるな。魔王はとっくに勇者様に倒された。その残党なんて、ゴミ以下だ」
ジュリアスは腕を組んだ。
「お前らみたいなゴミが、何ができる? この街は俺のものだ。俺が支配している。お前らに何ができる?」
男が静かに応じた。
「あなたが支配しているのは、恐怖だけです」
ジュリアスの顔が歪んだ。
「何だと……?」
男は続けた。
「この街の民は、あなたを恐れている。だが、敬ってはいない。あなたは支配者ではない。ただの暴君です」
ジュリアスの怒りが、一気に沸騰した。
「貴様……!」
ジュリアスは剣の柄に手をかけた。
「貴様……よくも俺を侮辱してくれたな」
男は表情を変えない。ただ、静かに立っている。
ジュリアスは男を睨みつけた。だが、男の目には恐怖がない。むしろ、哀れみのような色が浮かんでいる。
それが、ジュリアスの怒りをさらに煽った。
「いいだろう。お前らみたいなゴミは、ここで消してやる」
ジュリアスは兵士たちへ視線を向けた。
「こいつらを殺せ! ゴミは掃除しろ!」
兵士たちが一斉に動いた。槍を構え、三人へ向かって駆け出した。金属の鎧が擦れ合い、重い足音が石畳に響いた。
民衆が悲鳴を上げ、広場の端へ逃げ惑った。
◇◇◇
ゼノリスは動かなかった。ただ、静かに兵士たちを見つめている。
カイロが一歩、前へ出た。
セラも、カイロの隣へ並ぶ。
二人は何も言わない。だが、その背中には強い決意が宿っていた。
兵士たちが迫ってくる。先頭の男が槍を振りかざし、カイロへ突き出そうとしている。
カイロは深く息を吸った。
セラは拳を握った。
ゼノリスは二人の背中を見つめていた。
カイロとセラ。二人とも、訓練を重ね、☆4へ到達した。その力を、今、世界に示す時が来た。
ゼノリスは静かに微笑んだ。
見せてあげなさい。あなたたちが『ゴミ』などではないことを。
兵士たちが、あと数歩で二人に到達する。
台の上のジュリアスが、高笑いしている。
「見ろ! ゴミどもが震えているぞ!」
だが、ゼノリスには分かっていた。
震えているのは、ジュリアス。あなただ。
風が吹いた。広場に砂埃が舞い上がり、陽光が地面を照らす。
戦いが、始まろうとしていた。




