第24話:「鍛錬の日々」
鍛錬が始まって、数日が経過した。
朝日が訓練場を照らしている。橙色の光が地面を染め、草についた露が光を反射していた。空気は冷たく、息を吐くと白く霞む。
ゼノリスは訓練場へ足を運んだ。
カイロとセラが、既に訓練を開始していた。
カイロは森の端にいる。木々の間を移動し、影に身を潜めている。足音は聞こえない。枝を踏む音も、葉が擦れる音もしない。
セラは訓練場の中央で拳を振るっていた。木の幹に拳を打ち込み、踏み込み、息を整える。汗が額を伝い、地面に落ちた。
ゼノリスは二人を見つめた。
二人とも、着実に成長している。
鳥が鳴き、風が草を揺らす音が聞こえた。朝の静けさの中、二人の訓練だけが響いている。
ゼノリスは森の端へ歩み出した。
◇◇◇
ゼノリスは木の幹に手を置き、カイロの訓練を観察した。
カイロは森の中を移動している。木から木へ、影を伝うように進む。体を低くし、枝の下をくぐり、幹に身を寄せる。
動きが、洗練されてきた。
以前は意識して気配を消していたが、今は自然と体が動いている。呼吸も、足取りも、視線の向け方も、すべてが滑らかだ。
ゼノリスは目を細めた。
基礎が、身についてきている。
風が吹き、木の葉が揺れた。森の湿った空気が、鼻をつく。土と苔の匂いだ。
木漏れ日が地面に斑模様を作り、カイロの姿が影に溶け込む。一瞬、どこにいるのか分からなくなった。
だが、ゼノリスの目は見失わない。
カイロは木の陰に隠れ、静止している。呼吸を整え、次の動きを計算している様子だ。
やがてカイロが動いた。
音もなく、次の木へ移動する。足元の枯れ葉を避け、枝を押さえ、体重を分散させる。
完璧ではない。
まだ、わずかに足音が聞こえる。体の動きも時折硬くなる。
だが、確実に進歩している。
ゼノリスは頷いた。
このペースなら、予定通りだ。
◇◇◇
ゼノリスは訓練場へ戻った。
セラが木に向かって拳を打ち込んでいる。
ドン、という音が響く。木が揺れるが、砕けない。
ゼノリスは目を見開いた。
力の制御ができている。
以前なら、木は粉砕されていた。だが今は、木を壊さず、ただ打撃を与えるだけに留めている。
セラは拳を引き、再び打ち込んだ。
ドン、ドン、ドン。
リズムが一定だ。呼吸と拳の動きが連動している。
セラは次に岩へ向かった。
両手で岩を抱え、持ち上げる。筋肉が緊張し、腕が震える。だが、岩にひびを入れず、しっかりと支えている。
ゆっくりと、岩を地面に降ろした。
音は小さい。
以前なら、ドスンと重い音を立てて降ろしていた。だが今は、静かに、丁寧に扱っている。
セラは額の汗を拭った。
呼吸が荒い。疲労が見えるが、表情は明るい。
ゼノリスはセラに近づいた。
「良い動きです」
セラが顔を上げ、笑顔を見せた。
「ありがとうございます、ゼノ様!」
ゼノリスは頷き、訓練場を見渡した。
二人とも、着実に成長している。
力の制御を学び、技術を磨いている。
このまま進めば、☆4到達も遠くない。
◇◇◇
陽が傾き始めた頃、ゼノリスは二人を呼んだ。
カイロが森から姿を現し、セラが訓練場の中央から歩み寄る。二人の額には汗が光り、呼吸が荒い。セラの髪は汗で額に貼りつき、カイロの服には土埃がついていた。
夕日が三人を照らしている。橙色の光が、訓練場を赤く染めていた。風が吹き、草が揺れる。涼しい風が、汗ばんだ肌を撫でた。
ゼノリスは二人を見つめ、【至極の理】を発動した。
カイロの頭上に、星が浮かんだ。
【黄金の星。☆☆☆/☆☆☆☆☆☆】
【万能の影】
セラの頭上にも、星が浮かぶ。
【黄金の星。☆☆☆/☆☆☆☆☆☆】
【神域の身体】
ゼノリスは静かに微笑んだ。
「順調です。このペースなら、予定通り☆4に到達できます」
セラが目を見開いた。カイロは無言で、だが僅かに息を呑む。
夕日を背に、三人の影が長く伸びていた。
◇◇◇
カイロは拳を握った。
☆3。少しずつ、確実に、前へ進んでいる。
視線の端で、セラが胸に手を当てている。目を見開き、心臓の音を聞いているような顔だった。あいつも、同じ場所に辿り着いた。
……俺一人なら、ここまで来られなかった。
認めたくはないが、あいつが隣で泥まみれになりながら拳を振っている姿を見ると、足が止まらなかった。
カイロは夕日を見つめた。赤い光が目に眩しい。風が頬を撫で、汗が冷えていく。
まだ、足りない。だが――止まるつもりはない。
◇◇◇
三人は焚き火を囲んで座っていた。
炎が揺らめき、暖かさが三人を包む。薪が爆ぜ、火の粉が舞い上がった。煙の匂いが、鼻をつく。
ゼノリスは炎を見つめながら、口を開いた。
「あなたたちが☆4に到達したら、次は……」
カイロとセラが、顔を上げる。
ゼノリスは二人を見つめた。
「辺境の街を、取り戻します」
炎の光が、三人の顔を照らしている。
カイロが短く応じた。
「……承知しました」
セラが拳を握る。
「私も、頑張ります!」
ゼノリスは頷いた。
「焦る必要はありません。まずは☆4到達を目指しましょう」
炎が揺れる。薪が崩れ、新たな火の粉が舞った。
しばらく、沈黙が続いた。
カイロが炎を見つめたまま、呟いた。
「……辺境の街、か」
セラが視線を向ける。
「どんな街なの?」
ゼノリスは静かに答えた。
「かつて、私の領地の一部でした。今は聖教会の支配下にあると思います」
カイロが眉を寄せる。
「聖教会が、直接統治しているのですか?」
「いいえ。教会が任命した者が、街を治めているはずです」
ゼノリスは炎に視線を落とした。
「その者が、街の人々をどう扱っているか。それを、確かめる必要があります」
セラが真剣な表情で頷いた。
「分かりました。私たち、ちゃんと強くなります」
ゼノリスは微笑んだ。
「ええ。信じています」
炎が、静かに燃え続けている。
三人の影が、地面に揺れていた。
ゼノリスは立ち上がった。炎の光が、下から顔を照らす。
「明日から、実戦訓練に移ります。個々の技術は身についてきました。次は連携と判断――実際の戦闘で求められる力です」
カイロとセラが、顔を上げる。
二人の表情に、緊張が浮かんでいる。だが同時に、決意も見える。
ゼノリスは夜空を見上げた。
星が、無数に瞬いている。冷たい夜風が頬を撫で、森の奥から低い唸り声が風に乗って届いた。
――魔物の気配。
ゼノリスは微かに目を細めた。ちょうどいい。
明日の相手は、もう決まった。




