第23話:「セラの鍛錬」
ゼノ様は訓練場でセラに向き直った。
カイロが少し離れた場所に立ち、静かに聞いている。
ゼノ様は穏やかに口を開いた。
「セラ。あなたの【神域の身体】は、魔力ではなく純粋な物理の極致です」
セラが背筋を伸ばす。
「元々人よりも身体能力が高かったのですが、『魔力がない』という評価に押しつぶされ、自分の力を認識できていなかった」
ゼノ様は訓練場を見渡した。
「これからの鍛錬で、本来の力を思い出し、さらに引き出していきます」
セラの胸に、熱いものが広がる。
力を、思い出す。
私が忘れていた、本当の自分を。
ゼノ様は木を指差した。
「まずは自分の力を知ることから始めます。木を殴る、岩を持ち上げる、走り込む。全力で行ってください」
セラは力強く頷いた。
「はい! 頑張ります!」
訓練場に、土の匂いが漂っている。風が吹き、髪が揺れた。セラは拳を握りしめ、決意を固めた。
◇◇◇
ゼノリスはカイロに声をかけた。
「カイロ、あなたは私と森へ行きましょう」
カイロが短く応じる。
「承知しました」
ゼノリスはセラへ視線を向けた。
「一人で大丈夫ですか?」
セラが胸を張る。
「大丈夫です! 任せてください!」
ゼノリスは頷き、カイロと共に森へ向かった。
二人の背中が、木々の間へ消えていく。
訓練場に、セラ一人が残った。
静けさが、戻ってくる。風が吹き、木の葉が揺れる音だけが聞こえた。
◇◇◇
セラは木の前に立った。
太い幹が、目の前にそびえている。樹皮はざらついていて、ところどころ苔が生えていた。
セラは深く息を吸った。
力を思い出す。
私の身体が、本当はどれだけ強いのか。
これまで抑え込んでいた力を、全部出す。
セラは拳を握った。硬く、強く。指が掌に食い込むほどに。
拳の感触を確認する。これが、私の武器。
セラは一歩踏み込んだ。
全力で、拳を放つ。
ドン、という鈍い音が響いた。
次の瞬間、木が砕けた。
破片が飛び散り、幹が真ん中から割れる。樹液が飛び、地面に落ちた。木が倒れ、地面に叩きつけられる。土煙が上がった。
セラは呆然と立ち尽くした。
「あれ……こんなに……?」
自分の拳を見つめる。指が、わずかに震えていた。
こんなに強かったんだ。
私、ずっとこの力を持っていたのに、使わないようにしてた。
魔力がないから弱いって、自分で決めつけてた。
セラは拳を開き、閉じた。
心臓が、激しく脈打っている。
砕けた木の破片が、足元に散らばっていた。樹液の匂いが鼻をつく。拳に、衝撃の余韻が残っている。
セラは次の木へ向かった。
――もっと確かめたい。
◇◇◇
しばらくして、ゼノ様とカイロが訓練場に戻ってきた。
セラは次の木を殴ろうとしていたところだった。振り返ると、二人が森の端から歩いてくる。
カイロは訓練場の端へ向かい、そこで自主訓練を始めた。縄と木の枝を使い、罠を組み立てている。ゼノ様が時折指導の声をかけ、カイロが頷く。
ゼノ様がセラに近づいてきた。
砕けた木を見下ろし、穏やかに微笑む。
「……たくさん倒しましたね。いい力です。次は岩を持ち上げてください」
セラは頷いた。
「はい!」
訓練場の端に、大きな岩がある。
セラはそこへ駆け寄った。
岩は、セラの腰ほどの高さがあった。表面はごつごつとしていて、苔が生えている。
セラは岩の前にしゃがみ込んだ。
両手を岩の下に差し入れる。冷たい石の感触が、掌に伝わった。表面はざらついていて、土が指に付く。
深く息を吸う。
力を込める。
持ち上げた。
岩が、地面から離れる。思ったより、軽い。倒木より重いはずなのに、腕は震えない。
――もっといける。
セラは高く持ち上げようとした。指に力を込めた瞬間、掌の下でバキッという音が響いた。
岩に、亀裂が走る。
「あっ!」
セラは慌てて岩を地面に降ろした。
ドスン、と重い音が響く。岩の表面に、ひびが入っていた。
ゼノ様の声が聞こえた。
「力加減を学ぶ必要がありますね。意識してみましょう」
セラは自分の手を見つめた。拳を握り、開く。
加減……
そうか、力があっても使い方が分からないと、意味がない。
もっと練習しないと。
◇◇◇
ゼノ様が次の指示を出した。
「次は走り込みです。ただし、地面を壊さないように意識してください」
セラは背筋を伸ばした。
「はい!」
訓練場の端から端まで、走る。
セラは深呼吸をした。
地面を壊さないように。
力を抑えて。
セラは走り出した。
足を踏み出す。地面を蹴る。
速い。
風が顔を叩き、髪が後ろへなびく。視界が流れていく。
だが――
足に力を込めすぎた。
バキッ、という音が響いた。
地面が、砕ける。
足元の土が崩れ、バランスを崩した。
セラは前のめりに倒れた。
地面に叩きつけられる。顔を腕で庇い、体が転がった。土煙が上がり、口の中に土が入る。
痛い。
肘を擦りむいた。膝も痛む。
セラはゆっくりと起き上がった。
振り返ると、足元に穴が開いていた。
地面がえぐれ、土が盛り上がっている。
セラは膝を抱えた。
「あー。……やっちゃった……」
力はある。でも、制御できない。木も粉砕した、岩も地面も壊した。
――壊すことしかできないなら、それは力じゃない。
ふいに、騎士団の試験官の声が蘇った。『魔力ゼロ。欠陥品は不要だ』あの時と同じだ。結果を出そうとして、出せなかった。何をやっても、足りない。何をやっても、証明できない。
私、やっぱりダメなのかな。
ゼノ様に、期待外れだって思われたらどうしよう。
足音が近づいてきた。
顔を上げると、ゼノ様が立っていた。
セラは慌てて立ち上がった。
「ごめんなさい……私、まだ全然ダメで……」
ゼノ様は優しく微笑んだ。
「大丈夫です。あなたは確実に成長しています」
セラが目を見開く。
「力があることと、それを制御できることは別です。焦らず、一歩ずつ進みましょう」
ゼノ様の声は、穏やかだった。
怒ってない。
失望してない。
セラは涙を堪えた。喉の奥が熱い。
「はい……」
一歩ずつ。
そうだ、焦らなくていい。
ゼノ様は、ちゃんと見ててくれる。
◇◇◇
陽が沈み始めた頃、三人は焚き火を囲んでいた。
カイロも訓練を終え、セラの隣に座っている。炎が揺れ、暖かさが三人を包んでいた。
薪が爆ぜる音が、静かに響く。
ゼノリスはセラを見つめた。
「今日は、よく頑張りましたね」
セラが顔を上げる。
「でも、地面、壊しちゃいました……」
ゼノリスは首を横に振った。
「それは成長の証です。力を知り、そして制御を学ぶ。あなたは、その第一歩を踏み出しました」
カイロが短く言葉を添えた。
「……力があるのは、強みだ」
セラはカイロを見た。カイロは炎を見つめたまま、続けた。
「制御は、これから学べばいい」
セラは胸が熱くなった。
「ありがとう、カイロ」
ゼノリスは二人を見つめ、静かに告げた。
「あなたたちは、必ず強くなれます。私が見守っています」
セラとカイロは、静かに頷いた。
炎が揺れる。薪が爆ぜ、火の粉が舞い上がった。
セラは自分の拳を見つめた。擦りむいた皮膚、土に汚れた指。今日一日で、この手は木を砕き、岩を割り、地面をえぐった。
でも、まだ足りない。この手が本当にできることを、まだ私は知らない。
明日が、待ち遠しかった。




