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「命乞いした腰抜け」と汚名を着せられた魔王、その瞳で真実を暴く ~「無能」と捨てられた逸材たちを最強へと導き、誠実な国造りを始めます~  作者: ぼん
第一部:再始

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18/90

第18話:「三人の旅立ち」

 扉を押し開けた瞬間、朝の風が頬を撫でた。


 冷たく、湿った風。森の匂いを含んだ風。


 ゼノリスは振り返り、小屋を一度だけ見た。傾いた壁、崩れかけた屋根。この場所でセラと出会い、二人目の家臣を得た。


 だが、もう振り返らない。


 ゼノリスは、カイロとセラを見た。


 カイロは壁際に立ち、わずかな荷物を整えている。動きは無駄がなく、音も立てない。手慣れた様子で、小さな袋に道具を詰めている。


 セラは窓の近くに立ち、外を見ている。青い髪が、朝の光を受けて微かに揺れている。その表情には、期待と緊張が混ざっている。拳を握り、また開く。何度も繰り返している。


 ゼノリスは、二人に声をかけた。


「カイロ、セラ」


 二人がゼノリスを見る。


 ゼノリスは、静かに告げた。


「これから、私たちは隠れ里を目指します」


 セラの目が、輝く。カイロは無表情のまま、頷いた。


 ゼノリスは言葉を続けた。


「そこで拠点を整え、力を蓄える必要があります。二人の力を貸してください」


 カイロが、即座に応えた。


「承知しました」


 その声は淡々としているが、確かな決意が込められている。


 セラも、声を上げた。


「喜んで!」


 その声は弾んでいて、嬉しさが溢れている。拳を握り、胸の前で小さくガッツポーズをする。その仕草が、まだ幼さを残している。


 ゼノリスは、微笑んだ。


「ありがとうございます」


 ゼノリスは小屋の中を見回した。ここには、もう何も残っていない。わずかな荷物だけだ。


 カイロが、袋を肩にかける。布の擦れる音が、小さく響く。セラも、自分の荷物を手に取った。


 ゼノリスは、街道に目を向けた。轍の跡が残っている。人の往来がある道だ。


 そして、小屋の裏手へ視線を移した。そちらには、鬱蒼とした森が広がっている。


「街道は使えません。人目につきます」


 カイロが、静かに言った。


「裏手の森を抜けて、隠れ里へ向かいましょう」


 ゼノリスは頷いた。


「そうですね。森の中を進みましょう」


 三人は、小屋の裏手へ回った。足元の地面は固く、小石が転がっている。靴底に、ゴツゴツとした感触が伝わってくる。


 小屋の裏手には、鬱蒼とした森が広がっていた。木々が密生し、その間から朝の光が差し込んでいる。風が吹き、葉が擦れ合う音がする。サラサラと、静かに。鳥の声が、遠くから聞こえてくる。


 ゼノリスは、森の中へ足を踏み入れた。


 足元の地面は、柔らかかった。落ち葉が積もっていて、踏むとフカフカとした感触がある。湿った土の匂いが、鼻をつく。森特有の、草木と腐葉土が混ざった匂い。


 ゼノリスは深く息を吸った。冷たい空気が、肺に満ちる。清々しい匂い。森の匂い。


 カイロとセラも、少し遅れてやってきた。


 カイロは周囲を見回している。警戒するように、音に耳を澄ませている。その目は鋭く、何かを探している。


 セラは、森を見上げていた。目を輝かせて、木々を見つめている。深く息を吸い込み、森の空気を味わっている。


 ゼノリスは、静かに言った。


「これから、この森を抜けて、隠れ里を目指します。道は険しいですが、ついてきてください」


 セラは、力強く頷いた。


「はい! 任せてください、ゼノ様!」


 カイロも、短く応えた。


「問題ありません」


 ゼノリスは、森の奥を見た。


 木々が密生していて、奥は暗い。光が届かず、影が濃く落ちている。だが、その奥に、隠れ里があるはずだ。


 ゼノリスは、歩き出した。


◇◇◇


 私は、ゼノ様の後ろを歩いている。


 カイロは先を歩いていて、時々立ち止まって周囲を確認している。その動きは静かで、音も立てない。まるで影のようだ。


 私はゼノ様のすぐ後ろを歩く。足元の落ち葉を踏むたびに、カサカサと音が鳴る。カイロの足音は聞こえないのに、私の足音だけがやたら大きい。少し恥ずかしい。


 でも、不思議だった。


 森の中を歩いているのに、怖くない。


 ほんの数日前、私は一人でこの森を這っていた。暗くて、冷たくて、どこにも行けなくて。あの時の森は、私を飲み込もうとする牙のようだった。


 今は――同じ森なのに、全然違う。


 前にゼノ様がいる。先にカイロがいる。それだけで、森がこんなにも穏やかに感じられる。


 私は、ゼノ様の背中を見つめた。


 黒い外套が、歩くたびに揺れている。背筋は真っ直ぐで、迷いがない。その背中は、頼もしい。


 私は、この人についていく。


 どこまでも。


 私は拳を握った。この拳で、ゼノ様を守る。この体で、ゼノ様の力になる。


 そう決めたのだ。


 前を歩くカイロが、立ち止まった。


 ゼノ様も立ち止まる。私も足を止めた。


 カイロが、振り返った。


「この先、少し道が狭くなります。一列で進んでください」


 その声は、いつも通り淡々としている。


 ゼノ様が頷いた。


「分かりました。カイロ、先導をお願いします」


「承知しました」


 カイロは再び前を向き、歩き出した。ゼノ様がそれに続き、私も後ろを歩く。


 森が、少しずつ深くなっていく。


 木々の密度が増し、光が届きにくくなっている。足元も、少しずつ暗くなってきた。


 でも、怖くはない。


 ゼノ様がいる。


 カイロがいる。


 私は、一人じゃない。


 私は深く息を吸い、前を見つめた。


◇◇◇


 ゼノリスは、二人の足音を聞きながら歩いていた。


 前方のカイロの足音は、ほとんど聞こえない。意識しなければ見失うほど静かだ。後方のセラの足音は、落ち葉を元気よく踏み鳴らしている。時々、枝に引っかかる小さな悲鳴も混じる。


 対照的な二つの音。だが、どちらもゼノリスの耳には心地よかった。


 ゼノリスは、セラの方を振り返った。


 セラは一生懸命に歩いている。顔には汗が浮かんでいて、息も少し荒い。だが、その目は輝いている。疲れているようには見えない。


「セラ、大丈夫ですか?」


 ゼノリスが尋ねると、セラは即座に頷いた。


「はい! 全然平気です!」


 その声は、力強い。


 ゼノリスは微笑んだ。


「無理はしないでください。疲れたら、言ってください」


「はい! でも、本当に大丈夫です」


 セラは、また元気良く歩き出した。


 ゼノリスは前を向き、歩を進める。風が吹き、木々の葉が揺れる音が聞こえる。ザワザワと、森全体が呼吸しているような音だ。


 カイロが、立ち止まった。


 ゼノリスも足を止める。セラも、その後ろで止まった。


「どうしました?」


 ゼノリスが尋ねると、カイロは前方を指差した。


「木が倒れています。迂回します」


 ゼノリスは、カイロが指差す方向を見た。確かに、太い木が倒れていて、道を塞いでいる。幹は苔むしていて、緑色に変色している。その下には、キノコが生えている。


「分かりました。お願いします」


 カイロは頷き、右へ進路を変えた。ゼノリスとセラも、それに続く。


 倒木の脇を通り抜けながら、ゼノリスは幹に手を触れた。湿った苔の感触が、手のひらに伝わってくる。ひんやりとしていて、柔らかい。木の幹は冷たく、生命の温もりはない。


 ゼノリスは、手を離した。


 三人は、再び森の奥へ進んでいく。


 しばらく歩くと、カイロが再び立ち止まった。


「休憩しましょうか」


 カイロが、ゼノリスを振り返って言った。


 ゼノリスは頷いた。


「そうですね。少し休みましょう」


 三人は、木の根元に腰を下ろした。地面は少し湿っていて、冷たい感触が尻に伝わってくる。ゼノリスは外套の裾を敷き、その上に座った。


 セラも、近くの木の根元に座る。深く息を吐き出し、額の汗を手の甲で拭う。


「ふぅ……歩くって、こんなに大変なんですね」


 セラが、笑いながら言った。


 ゼノリスは、セラを見た。


「体は、大丈夫ですか?」


「はい。疲れましたけど、痛いところはありません」


 セラは、自分の足を見下ろした。靴は泥で汚れていて、裾も濡れている。


「でも……ちょっと汚れちゃいました」


「気にする必要はありません」


 ゼノリスは、微笑んだ。


「これから、もっと汚れることになりますから」


 セラは少し考えてから、頷いた。


「そうですね。これから、色々やらなきゃいけませんもんね」


 カイロが、袋から何かを取り出した。布に包まれた固まりだ。布を開くと、干し肉が数切れ入っている。


「食事にしましょう。街道沿いに乗り捨てられた荷馬車がありましたので、そこからもらってきました」


 ゼノリスは、少し驚いた表情でカイロを見た。


「いつの間に?」


「小屋を出る前に、少し周辺を確認していました」


 カイロは、いつもの淡々とした口調で答える。


「食料が必要だと思いましたので」


 ゼノリスは、小さく息をついた。


「そうでしたか。助かります」


 カイロが、干し肉をゼノリスとセラに渡す。固くて、茶色く変色している。だが、腐ってはいない。


 ゼノリスは干し肉を受け取り、一口齧った。硬い。歯を立てると、ガリッと音がする。噛むほどに、塩気と肉の味が口の中に広がってくる。乾いていて、喉が渇く。


 セラも、干し肉を齧っている。顔をしかめながら、一生懸命に噛んでいる。


「硬い……です」


 セラが、ようやく飲み込んでから言った。


「でも、美味しいです」


 ゼノリスは、微笑んだ。


「贅沢は言えません。これでも、貴重な食料です」


 カイロが、水筒を取り出した。これは小屋に残っていたものだ。


「水もあります。少しずつ飲んでください」


 カイロが水筒をセラに渡す。セラは水筒を受け取り、口をつけた。ゴクゴクと音を立てて飲む。


「ぷはぁ……」


 セラが、息を吐き出した。


「生き返ったー」


 水筒がゼノリスに回ってくる。ゼノリスも、一口飲んだ。冷たい水が、喉を通って胃に落ちていく。乾いた喉が、潤される。


 三人は、しばらく無言で食事を続けた。硬い干し肉を噛み、水を飲む。森の中に、咀嚼する音だけが響く。


 食事を終えると、セラが尋ねた。


「ゼノ様。隠れ里には、食料はあるんですか?」


 ゼノリスは、少し考えてから答えた。


「分かりません。私も聞いた話なので……」


 セラの表情が、少し曇る。


「そうですか……」


「ですが」


 ゼノリスは、セラを見た。


「森には、狩りができる魔物がいます。川があれば、魚もいるでしょう。食料は、自分たちで確保します」


 セラが、頷いた。


「分かりました。私も、頑張ります」


 カイロが、木に背を預けて座っている。目を閉じて、休んでいるようだ。だが、その耳は周囲の音を捉えている。少しでも異変があれば、すぐに反応するだろう。


 ゼノリスは、森を見回した。


 木々が、どこまでも続いている。光が届かず、奥は暗い。鳥の声が、時々聞こえてくる。風が吹くたびに、葉が揺れる音がする。


 ゼノリスは、静かに呟いた。


「これから、私たちの国を作ります」


 その言葉は、森の中に静かに響いた。


 セラが、顔を上げた。


「国……ですか?」


 ゼノリスは、頷いた。


「はい。正しい者が正しく評価される国です。才能が正当に認められる場所を、作ります」


 セラの目が、輝いた。


「私も、手伝えますか?」


「もちろんです」


 ゼノリスは、セラを見つめた。


「あなたの力が、必要です。カイロの力も、必要です。そして──これから出会う、多くの者たちの力が、必要になります」


 カイロが、目を開けた。


「ゼノリス様。それは、長い道のりになります」


「はい」


 ゼノリスは、頷いた。


「長く、険しい道です。ですが──」


 ゼノリスは、二人を見た。


「私は、諦めません。必ず成し遂げます」


 カイロとセラが、頷いた。


 しばらく休んだ後、ゼノリスは立ち上がった。


「そろそろ、行きましょう」


 カイロとセラも、立ち上がる。服についた葉を払い、荷物を持ち直す。


 三人は、再び森の奥へ歩き出した。


◇◇◇


 俺は、森の奥へ進んでいく。


 先頭を歩く俺。その後ろを歩くゼノリス様。さらに後ろを歩くセラ。


 三人で、森の奥へ進んでいく。


 足音が、森の中に響く。カサカサと、落ち葉を踏む音。ザッ、ザッと、枝を避ける音。


 森は、どんどん深くなっている。


 木々の密度が増し、光が届きにくくなってきた。影が濃く落ち、足元が見えづらい。だが、俺の目はそれを捉えている。暗闇の中でも、道を見つけることができる。


 俺は、周囲を警戒しながら進む。魔物が出てくる可能性もある。だが、今のところ気配はない。


 ゼノリス様の足音が、後ろから聞こえてくる。規則的で、迷いがない。その足音を聞きながら、俺は前を見据える。


 セラの足音も、聞こえてくる。少し不規則だが、元気がある。疲れているはずなのに、弱音を吐かない。


 強い奴だ。


 ゼノリス様が認めただけのことはある。


 俺は、前方の茂みを避けながら進む。枝が顔に当たりそうになるが、手で折っておく。トゲのある枝だ。気をつけないと、怪我をする。


 森の奥。


 そこに、隠れ里がある。


 人の目を逃れて暮らす者たちがいるらしい。


 今も、あるのだろうか。


 俺は、足を進めた。


 森が、さらに深くなっていく。木々が密生し、枝が頭上で絡み合っている。光は、ほとんど届かない。薄暗く、静かだ。


 だが、三人の足音は、確かに森の中に響いている。


 ゼノリス様。


 セラ。


 そして、俺。


 三人で、新しい未来へ向かって歩いている。


 森の奥へ。


 隠れ里へ。


 そして──国を作る場所へ。


 俺は、前を見据えた。


 長い道のりになる。


 だが、俺はついていく。


 ゼノリス様が目指す場所まで。


 三人は、森の奥へ消えていった。木々の間を縫うように進み、やがて深い影の中へと溶け込んでいく。足音だけが、しばらく森の中に響いていたが、それもやがて静寂に飲み込まれた。


 森は、再び静けさを取り戻す。風が吹き、葉が揺れる。鳥が鳴き、木々が呼吸する。


 三人の旅は、始まったばかりだった。



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