表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「命乞いした腰抜け」と汚名を着せられた魔王、その瞳で真実を暴く ~「無能」と捨てられた逸材たちを最強へと導き、誠実な国造りを始めます~  作者: ぼん
第三部:地固め

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
131/133

第131話:「魔物の掃討」

 セラは城の訓練場で、拳を振っていた。


 素振りではない。吊るした砂袋を相手に、踏み込みの角度を変えながら打ち込んでいる。右の拳、左の肘、右の膝。三連打のあとに半歩退いて間合いを取り直す。砂袋が揺れるたびに、鎖が軋んだ。


 外縁部の荒廃地では、シルヴァが残滓の除去を進めている。騎士団からは先遣の護衛を出した。セラ自身の出番は、その後だ。ノアにそう言われた。分かっている。分かっているが、体がうずうずして待てない。


「団長」


 副団長のグラドの声だった。訓練場の入口に立っている。息が上がっている様子はないが、足音に急ぎがあった。


「ノアさんから伝令です。荒廃地で魔物の気配が確認されました。ゼノリス様が現地で感知し、カイロさんの偵察と照合済みとのことです」


 セラの拳が止まった。砂袋が揺れている。


「ノアさんの判断で、掃討の前倒しが決まりました。除去が完了した区画から順に、騎士団が入ります」


 セラは砂袋を掴んで揺れを止めた。


「……編成は?」


「軽装突入隊、準備完了しています。ライカが隊を集めています」


 セラは砂袋から手を離した。拳を開き、また握る。待っていた出番が、ようやく来た。


「よし! 行こう!」


 訓練場を出ると、副団長のライカが中庭で兵たちを並べていた。軽装の鎧に身を包んだ突入隊が、二列で待機している。重い鎧は外し、荒廃地の不整地に対応できる装備に替えてある。


 ライカがセラに気づいて駆け寄った。


「団長! 準備できてます!」


「よし」


 セラは隊列の前に立った。兵たちの顔を見る。緊張はある。


「荒廃地に魔物が棲みついてる。カイロの偵察で、巣の場所と数は分かってる。私たちの仕事は、それを全部潰すこと」


 セラは拳を上げた。


「シルヴァが残滓を取り除いてくれた。私たちは前に進んで、叩くだけ。簡単でしょ?」


 兵たちの間に、小さな笑いが漏れた。セラの口元が上がる。


「行くよ!」


◇◇◇


 荒廃地に踏み入れた時、空気の質が変わった。


 街道から外れ、黒い土の上を進む。残滓が除去された区画には、術式陣の痕跡がうっすらと残っていた。シルヴァたちが刻んだ線だ。その上を歩いている間は、足元に不快な感触はなかった。


 だが、除去が済んでいない区画に近づくにつれ、風の匂いが消えた。草も虫もいない領域。カイロの偵察報告では、魔物の巣はこの先にある。


 セラは足を止めた。


 前方の窪地に、低い唸り声が響いている。枯れ木の隙間から、灰褐色の毛が見えた。


「ライカ、右から回り込んで。グラド、隊列を崩さないで」


 二人が頷いて動いた。セラは正面に立つ。


 窪地の岩陰から、魔物が顔を出した。四足で背丈はセラの腰ほど。口元から涎が糸を引き、牙が剥き出しになっている。一匹ではない。岩陰のあちこちから同じ姿が現れる。五、六匹。その奥にも気配がある。


 先頭の一匹が地面を蹴った。


 セラは踏み込んだ。


 拳が魔物の顎を捉え、そのまま叩き伏せる。地面に打ちつけられた魔物が痙攣し、動かなくなった。踏み込みから着弾まで、一瞬だった。


 右から二匹目が飛びかかる。セラは半身をずらし、前腕で首を弾いた。魔物が地面を転がったところに、ライカの剣が胴を裂く。


「三匹目、左!」


 グラドの声にセラは振り向かず、左足を軸に体を回した。踵が魔物の側頭部を捉える。岩に叩きつけられた魔物は、岩ごとひび割れて沈んだ。


 突入隊の兵たちが左右に展開し、窪地の縁を囲んでいく。逃げ出そうとした魔物をライカが追い、グラドが隊列の穴を埋める。セラが正面を砕き、ライカが散った敵を拾い、グラドが陣形を保つ。


 窪地の奥から、さらに魔物が湧いた。十匹を超えている。残滓に引き寄せられて巣食っていた群れの本隊が、ようやく動き出したのだ。


 セラは息を吐いた。


「みんな、行くよ!」


 突入隊が一斉に前に出た。セラが先頭で群れの中央に突っ込む。


 拳が振られるたびに魔物が吹き飛ぶ。一撃で沈む。魔力のない純粋な肉体が生む衝撃は、この程度の魔物には過剰なほどだった。


 ライカがセラの右翼を走り、逃げた魔物を追い詰めている。グラドが左翼の隊列を指揮し、回り込みを塞いでいた。


 群れが浮き足立ち、窪地の外へ散ろうとした。


 だが、逃げ場はなかった。


 窪地の出口に、壁が立っていた。


 ガルムだった。巨大な盾を地面に据え、その背後に守護隊副隊長バルカと守護隊の兵たちが並んでいる。盾と身体で組まれた防壁が、窪地の出口を完全に塞いでいた。


「ここから先は通さん」


 ガルムの声は低く、揺るぎがなかった。逃げ出した魔物が防壁に体当たりする。盾が微動だにしない。バルカが盾の隙間から槍を突き出し、魔物を弾き返す。


 ノアの計画通りの配置だった。守護隊が後方と側面を封じ、領民が作業している区画への突破を許さない。ガルムが中央に立ち、バルカが右翼を固めている。一匹たりとも通していなかった。


 セラは窪地の中央で足を止めた。前にはもう動く魔物がいない。後ろではガルムの防壁が最後の数匹を封じ、ライカが仕留めていく。


 窪地が静かになった。


 セラは拳を下ろし、息をついた。額の汗を腕で拭う。一つ目の巣を潰した。だが、カイロの偵察報告では、巣はまだいくつもある。


「次、行くよ」


 セラは踵を返した。荒廃地の奥から、また唸り声が聞こえた。


◇◇◇


 三つ目の巣を潰した時、セラの拳には血がこびりついていた。


 自分の血ではない。魔物の血だ。乾いた黒い土の上に、骸が点々と転がっている。突入隊の兵たちが息を整えながら、周囲の安全を確認していた。


 一つ目の巣より、二つ目のほうが魔物の数が多かった。三つ目はさらに多い。


 荒廃地の奥へ進むほど、残滓の濃度が高い。生命力を奪われる環境の中で生き残れるのは、それに耐えられるだけの力を持った個体だけだ。奥に棲みついた魔物ほど、大きく、頑丈だった。三つ目の巣では、セラとほぼ同じ背丈の魔物が二匹混じっていた。それでも、一撃で沈む。拳を振れば倒れる。だが、数が多い分、隊の消耗が気になった。


「グラド、怪我人はいる?」


「軽傷が三名。戦闘継続に問題はありません」


 グラドが隊列を確認しながら答えた。冷静な声だった。


「ただ、突入隊の足が重くなってきています。不整地の連続で、脚に負荷が溜まっています」


 セラは頷いた。ここから先、カイロの偵察報告ではあと二つ巣がある。突入隊だけで押し続けるのは、もう無理があった。封鎖線を前線まで引き上げる。


「グラド、重装封鎖隊を前に出して」


「了解」


 グラドが伝令を走らせた。後方で待機していた重装封鎖隊が、鎧の音を響かせて前進してくる。掃討済みの区画を固め、魔物が戻れないよう封鎖線を形成していく。突入隊が叩いた後を、封鎖隊が塞ぐ。


 最初の巣では守護隊が後方を抑えていた。だが掃討が奥に進むにつれ、封鎖すべき範囲は広がっていた。


 ガルムの守護隊は、領民の作業区画に面した外縁を固めている。封鎖隊は荒廃地の内側、掃討済みの巣と巣の間を繋ぐ線を張る。守護隊が外を、封鎖隊が内を押さえることで、魔物の逃げ場はもうなかった。


「団長! 四つ目、見えました!」


 ライカの声が前方から飛んだ。セラは血のついた拳を腿で拭い、走り出した。


 四つ目の巣は岩場の裂け目に作られていた。狭い。だがセラは構わず踏み込み、裂け目の中を力ずくでこじ開けた。


 長くはかからなかった。


 五つ目の巣は、荒廃地の最奥にあった。


 窪地ではなく、枯れた大木の根元に穴が掘られている。中から這い出てきた魔物は、これまでで最も大きかった。セラの倍近い高さがある。見上げるほどの巨体だった。牙が太く、爪が地面を抉っている。


 セラは息を吸った。


 踏み込む。


 その瞬間、魔物の爪が地面を抉った。跳ね上がった土が足元を崩す。


 セラの踏み込みがわずかに鈍る。


 それでも前に出る。


 拳が魔物の額に入る――はずだった。乾いた衝撃音が鳴り、拳が弾かれる。骨のように硬い皮膚が、打撃を受け止めていた。


 セラの目が細くなる。


 半歩、踏み込みを深くし、もう一度、拳を叩き込む。


 魔物の頭蓋が砕ける感触が、拳の骨を通じて腕に伝わる。魔物が後方に吹き飛び、枯れ木の幹に叩きつけられた。幹が折れ、魔物と一緒に倒れる。


 残りの魔物にライカと突入隊が殺到した。


 動くものがなくなるまで、長くはかからなかった。


 セラは荒廃地の最奥に立ち、周囲を見渡した。唸り声は、もう聞こえない。風だけが、枯れ木の間を抜けていく。


「掃討完了」


 グラドが静かに告げた。


◇◇◇


 掃討戦から一夜明け、セラとガルムが執務室の机の前に並んでいた。


 ゼノリスは机の向こう側から、二人を見た。セラは拳を腰の横で握ったまま、まだ興奮が抜けきっていない顔をしている。ガルムは盾を背に立て、微動だにしない。


「ゼノ様、報告します!」


 セラが一歩前に出た。


「荒廃地の魔物の巣、五か所すべて掃討しました。カイロの偵察報告にあった魔物は、全て討伐済みです」


「騎士団の被害はどうですか?」

「軽傷が七名です。重傷者はいません」


 セラの声に誇りがにじんでいた。


 ゼノリスはガルムに目を向けた。


「ガルム、守護隊の方も報告お願いします」


 ガルムの声は低く、落ち着いていた。


「防衛線は維持いたしました。掃討の間、魔物が領民の作業区画に近づくことは一度もありませんでした。守護隊の損害もありませぬ」


「ありがとう。二人とも見事でした」


 ゼノリスの声は穏やかだった。


「ただ――」


 ガルムが続けた。


「わしの守護隊で、巡回体制を敷いております。掃討済みの区画に魔物が再び棲みつかぬよう、外縁部の警戒は継続いたします」


 ゼノリスは頷いた。


「お願いします。セラの封鎖隊も、掃討済みの区画の封鎖を維持してもらえますか?」


「もちろんです! 任せてください!」


 セラが拳を握った。


 ゼノリスは机の上の地図に目を落とした。荒廃地の外縁部に、シルヴァが除去を進めた区画が色分けされている。その中に、今日セラたちが掃討した巣の位置が書き込まれていた。


 ゼノリスは顔を上げた。


「セラ、ガルム。あなたたちのおかげで、安全になりました」


 二人を見て、続けた。


「次は、あの土地に人の手を入れます。明日、私が現地に行きます」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ