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「命乞いした腰抜け」と汚名を着せられた魔王、その瞳で真実を暴く ~「無能」と捨てられた逸材たちを最強へと導き、誠実な国造りを始めます~  作者: ぼん
第三部:地固め

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第125話:「破壊の企て」

 夜が深かった。月明かりが水路の表面に落ちていた。風はない。虫の声だけが聞こえている。


 カイロは上下水道施設の裏手に立っていた。石組みの壁に背をつけ、気配を消している。


 影が、二方向から動いていた。


 一つは、ここ。上下水道施設。もう一つは、城の西側にある農業用水路。カイロの【万能の影】は、どちらの動きも捉えていた。五人と四人。計九人が、同時に二か所を狙っている。


 カイロは動かなかった。


 農業用水路の方は、すでにガルムに伝えてある。一刻前、ガルムに短く告げた。『西の水路に四人来る。押さえてくれ』。ガルムは一言「承知した」と返し、それで終わりだった。あの男に任せておけば、水路は問題ない。


 残りの五人は、こちらに来る。


 足音が近づいてきた。抑えているつもりだろうが、訓練が足りない。石畳を踏む音が不規則で、呼吸が荒い。緊張している。


 先頭の一人が、水道施設の入口に手をかけた。


 カイロが動いた。


 影から出る、という感覚はない。そこにいなかった場所に、いる。先頭の男の背後に立ち、首の横を手刀で打った。声が出る前に崩れた。


 二人目が振り返った。カイロの手が伸び、男の顎を下から押し上げる。意識が飛んだ。


 三人目と四人目が同時に反応した。一人が短剣を抜き、もう一人が後退しようとした。カイロは短剣の男の手首を掴んで捻り、刃を落とさせながら、もう片方の足で後退する男の膝裏を蹴った。二人が同時に地面に落ちた。


 五人目が走り出した。背を向けて逃げようとしている。


 カイロは追わなかった。影が先に回り込んでいた。男が角を曲がった先に、カイロが立っていた。男の足が止まった。目が見開かれている。


「……ば、化け物……」


「動くな」


 カイロが男の腕を取り、地面に押さえつけた。


 これで五人。始まりも終わりもなかった。


 カイロは施設の周囲を見渡した。損傷はない。水路も無事だった。壁に月明かりが落ちている。さっきと同じ景色だった。何も変わっていない。


 ゼノリス様の国を、壊させはしない。


 カイロは工作員たちを縛り上げ、施設の脇に並べた。五人とも気を失っている。あとは夜が明けるのを待つだけだった。


◇◇◇


 朝の光が執務室に差し込んでいた。


 ゼノリスが机に向かっていると、扉が開いた。カイロが入ってきた。その後ろから、ガルムが続いた。


「ゼノリス様。昨夜、上下水道施設と農業用水路に侵入者がありました」


 カイロが報告した。


「上下水道施設の方は俺が押さえました。五人です。全員捕縛し、施設に被害はありません」


「水路の方は、わしの守護隊が押さえました」


 ガルムが続けた。


「四人でしたな。夜番の者たちが取り囲んで、一人も逃がしておりません。水路に傷一つついておりませんぞ」


「九人、全員確保です」


 カイロが締めくくった。


 ゼノリスは二人を見た。


「二人とも、ありがとうございます。怪我はありませんか?」


「ありません」


 カイロが短く答えた。


「わしの方も問題なしです。守護隊の連中は張り切っておりましたからな。怪我をしたのは向こうの方ですぞ」


 ガルムが腕を組んだまま言った。口元がわずかに緩んでいる。


「それで、捕らえた者たちの処遇ですが……」


 カイロがゼノリスを見た。


「処刑しますか?」


「いいえ」


 ゼノリスは首を振った。


「処刑はしません」


 カイロもガルムも、黙ってゼノリスを見た。


「この国がどれほど平和か、自分の目で見てもらいましょう。数日間、領内を見せてから帰します」


 カイロが一瞬だけ目を伏せた。何かを飲み込んだ顔だった。


「……承知しました」


 ガルムは腕を組んだまま、ゆっくりと頷いた。


「ゼノリス様らしい判断でありますな」


 ゼノリスは微笑んだ。


「まず、領内を案内してください。農地、市場、水道施設。すべて見せてあげてください」


◇◇◇


 工作員を領内に歩かせてから、三日が経っていた。


 カイロが執務室に入ってきた。手元に紙はない。口頭での報告だった。


「工作員の件です。三日間、護衛付きで領内を歩かせました。農地、市場、上下水道施設。自分たちが壊そうとした場所も含めてです」


「様子は?」


「初日は警戒していました。二日目から黙ることが増え、三日目は市場で商人に声をかけられて固まっていました」


 カイロの報告は短かった。


 ゼノリスは少し考えた。


「明日、帰しましょう。城門の前で、私が送ります」


「承知しました」


◇◇◇


 翌朝、城門の前に工作員たちが並んでいた。


 ゼノリスが門の前に立った。カイロが半歩後ろにいる。


 九人の工作員たちは、初日とは違う顔をしていた。鋭さが抜けている。どこか居心地の悪そうな顔をしていた。


 年嵩の男が一歩前に出た。顔に古い傷がある。この四日間で一番変わった男だと、カイロの報告にあった。


「……聞いていいか」


「どうぞ」


「俺たちを、なぜ殺さなかった?」


「壊しに来た人を殺しても、何も変わりません」


 ゼノリスが言った。


「でも、見てもらえれば変わるかもしれない。この国に何があるのか、ここで暮らす人たちが何をしているのか。それを知った上で、壊す必要があると思うなら、もう一度来てください」


 男は黙っていた。隣の工作員が顔を伏せた。


「……俺たちは、何のために破壊しようとしたんだ」


 年嵩の男が呟いた。ゼノリスに向けた言葉ではなかった。目が、地面に落ちていた。


「あなた方が見たものを、どう伝えるかはあなた方の自由です」


 ゼノリスはそれだけ言った。


 工作員たちが歩き出した。城門をくぐり、街道へ出ていく。年嵩の男が一度だけ振り返った。何も言わなかった。そのまま前を向いて歩いていった。


 カイロがゼノリスの隣に立っていた。


「戻って報告しても、信じてもらえないでしょう」


「そうでしょうね」


「それでも、帰すのですか」


「ええ。あの人たちの中に、種は落ちました。芽が出るかどうかは、あの人たち次第です」


 カイロは何も言わなかった。城門の外に目を向けたまま、少しの間、動かなかった。


◇◇◇


 執務室に戻ると、ノアがいた。


 机の端に紙を広げ、何かを書き込んでいる。ゼノリスが入ると、顔を上げた。


「ゼノ様。工作員の件、カイロさんから聞きました」


「ええ。今朝、帰しました」


「そうですか」


 ノアが一瞬だけ目を止めた。それからペンを置いた。


「ゼノ様らしいですね」


「……ノア。何か報告があるのですか?」


 ノアが紙を一枚、ゼノリスの方へ滑らせた。国境周辺の地図だった。


「風評妨害、物流妨害、内部対立工作、破壊工作。段階を上げながら攻めてきました。結果、そのすべて失敗しました。となると、次は手段を変えてきます」


「軍事行動ですか」


「はい。予想では、そろそろ勇者軍が来るでしょう」


 ノアの声は静かだった。地図の上に指を置いたまま、ゼノリスを見ている。


「妨害ではなく、直接の侵攻です。規模はまだ分かりませんが、これまでとは質が違います」


 ゼノリスは地図を見た。国境の線が引かれている。その向こう側から、まだ見えないものが近づいてくる。


「分かりました。準備を始めましょう」



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