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「命乞いした腰抜け」と汚名を着せられた魔王、その瞳で真実を暴く ~「無能」と捨てられた逸材たちを最強へと導き、誠実な国造りを始めます~  作者: ぼん
第三部:地固め

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第118話:「五人の指導」

 金属がぶつかる音が、朝の訓練場に響いた。


 まだ露が乾いていない石畳の上に、人が集まっていた。騎士団の外套、魔術兵団の紺の上衣、守護隊の鈍色の胴当て、戦術戦略部の地味な作業着。色がばらばらだった。互いの顔を確かめるように、視線が交差している。


 シルヴァは訓練場の端に立ち、全体を見渡した。エルネスとドルンが左右に並んでいる。


 今日は、騎士団、魔術兵団、守護隊、そして戦術戦略部の連携訓練だった。


 セラが前に出た。


「副長たちは顔を合わせるのが初めての人もいるから、まず名乗っておこう。騎士団から」


 セラの右隣に立っていた獣人族の女が一歩前に出た。耳が尖り、短い毛並みが首筋を覆っている。肩幅が広く、重心が低い。名乗る前から、すでに半歩、前に出ていた。


「ライカ。騎士団副団長、前線担当です」


 続いてライカの後ろから、魔人族の男が静かに前へ出た。皮膚が青みがかった灰色で、目が細く、口が一文字に結ばれている。動きに無駄がない。


「グラドです。同じく騎士団副団長、規律・軍紀を担当しています」


 次はシルヴァの番だった。


「魔術兵団から」


 シルヴァが短く言い、エルネスに目を向けた。エルフ族の女が前に出る。細い耳が横に伸び、銀がかった髪が朝の光を受けている。視線が落ち着いていた。


「エルネスといいます。術式の運用担当です。シルヴァ様の設計を現場に落とすのが仕事です」


 その隣から、ドワーフ族の男が腕を組んだまま一歩出た。がっしりした体格で、背は低いが横幅がある。顎鬚が整えられ、目が鋭い。


「ドルンだ。補給と安全管理を見ている。術式の暴発を止めるのも俺の仕事だ」


 ガルムが腕を組んだまま顎をしゃくった。


 バルカが前に出る。獣人族の男。首が太く、両手が大きい。バルカの隣にミレイナが並んだ。エルフ族の細身の女で、バルカとは対照的に、足音がほとんどしなかった。


「バルカです。守護隊副隊長、防衛線を担当しています」


「ミレイナです。守護隊副隊長、救護連携を見ています」


 二人の名乗りは短かった。


 最後に、戦術戦略部から二人が出た。まず魔人族の男が前に出る。皮膚がグラドより薄い青灰色で、眼鏡をかけている。背が高く、立ち姿が静かだった。


「ヴェルナーと申します。参謀補佐です」


 続いて獣人族の女が前に出た。耳がライカより小さく、体が細い。目だけが油断なく動いている。


「リゼットです。諜報連携を担当しています。皆さんのことは、すでに把握済みです」


 場が一瞬、静まった。


「……把握済み?」


 セラが首を傾けた。


「訓練場に入ってくる前から確認していました。習慣なので」


 リゼットがさらりと答えた。グラドが何も言わずに目を細めた。ドルンが「厄介な同僚ができた」と小声で言い、エルネスが「黙っていてください」と静かに返した。


「よし! 全員揃ったね。始めよう」


 セラが手を叩いた。


 副長たちが前に出た。セラ、シルヴァ、ガルムは後方に下がり、それぞれの位置につく。ノアとヴェルナーは訓練場の端に立ち、全体を見渡せる位置に移動した。


◇◇◇


 訓練は実戦形式だった。


 仮想の突破口を騎士団が開き、そこにエルネスの術式で圧力をかけ、守護隊が後方と側面を固める。ノアとヴェルナーが全体を俯瞰して指示を入れ、リゼットが死角から情報を拾う。


 最初の一回は、崩れた。


 ライカが前に出すぎた。エルネスの術式が展開される前に突入したため、援護が間に合わなかった。バルカが側面に回ろうとしたところで、守護隊の後方に穴が開いた。


「止め」


 ノアの声が訓練場に通った。静かだったが、全員の動きが止まった。


「騎士団の突入が二歩早い。術式の展開と合わせてください。守護隊の後方ラインは、騎士団が前に出た瞬間に一歩詰める。そうしないと隙間が生まれます」


 短かった。しかし場の全員が、次の動きに備えて姿勢を変えていた。


「次」


 二回目が始まった。


 シルヴァは自分の位置を確認してから、エルネスに目を向けた。


「術式。騎士団の踏み込みに合わせて」


「はい」


 エルネスが両手を前に出した。空気が収縮するように光の筋が走り、術式の展開が始まる。緻密だった。シルヴァが設計した術式の輪郭をそのまま再現している。


 その瞬間、シルヴァの左肩の辺りで、小さな花が一輪、音もなく開いた。


「……咲きましたね」


 ドルンが隣から言った。


「……何が?」


「見えてますよ」


「……よくわかりません。集中してください」


 ドルンが何か言いかけたが、前方でセラの声が響いた。


「いくよ! ライカ、グラド、合わせて!」


「先に行きます!」


 ライカが弾けるように走り出した。石畳を蹴る音が短く響く。グラドが二歩後ろを一定の速度で続く。ライカの突入と、エルネスの術式展開が、今度は噛み合った。光の幕が仮想の突破口の両脇に張られ、ライカが中央を抜ける。


 守護隊の側面が動いた。


 バルカが一歩前に出て、穴を塞ぐ。その動きを見てミレイナがわずかに後退し、後送ラインを確保した。二人の間でひとことも言葉が交わされなかった。


 ガルムは腕を組んだまま、その場に立っていた。


「バルカ」


 一言だった。


 バルカが振り向く。ガルムは何も言わなかった。ただ、深く頷いた。バルカが短く息を吐き、前を向いた。


 訓練が一区切りついた。


 ノアが全員の前に出た。手元に紙を持っている。


「今の連携に、穴が二箇所あります。一つ、ライカさんの突入後の速度減衰が不均一です。術式展開の維持コストに影響します。もう一つ、リゼットさんの情報伝達のタイミングが、後方への到達が遅い。伝達経路を一段階短くしてください」


 静かだった。しかし場の全員が聞いていた。


「セラさん」


「次はやれる! 絶対!」


 セラが即座に返した。


「根拠を聞かせてください」


「……み、みんながいるから!」


 ノアが一瞬だけ目を止めた。それから視線を紙に戻した。


「採用します」


 セラが「え? いいの?」と言った。ノアはすでに次の修正点を書き込んでいた。


 グラドが静かにセラの横に来た。


「団長、今の訓練で一名、着地に失敗しました」


「え! 誰!? 大丈夫!?」


「ライカです」


「なんで本人が報告しないの?」


「先に行っているので」


 訓練場の端で、ライカがすでに次の走り出し位置についていた。


 シルヴァは訓練場の全体を見渡した。金属の擦れる音、石畳を踏む足音、声が重なっている。セラの熱量が、ライカの速度が、バルカの重心が、それぞれの形で場に出ていた。ノアは静かに紙を見ていた。ガルムは動かなかった。


 ゼノ様が見出したものが、ここに集まっている。


 シルヴァはそれを言葉にしなかった。訓練場に目を向けたまま、エルネスに短く告げた。


「もう一度」


「はい」


 エルネスが術式の構えを取った。その瞬間、また花が一輪、シルヴァの肩の近くで開いた。


 ドルンが口を開きかけた。


「何か?」


 シルヴァが先に言った。


◇◇◇


 カイロは城内を回っていた。


 訓練場を外から一度見た。ライカが走り、術式の光が広がり、ガルムが腕を組んで立っている。


 声が飛び、足音が重なり、団ごとの動きが噛み合い始めていた。城壁の方角からは、普段より少ない人数で持ち場を守る守護隊員の声が届いた。各隊が、動いていた。


 カイロは執務室の隣室に戻った。


 机の前に座り、一枚の紙を前に置いていた。


 紙の上には、図が描かれていた。四角い枠が並び、線で繋がれている。枠の中には短い文字が書き込まれていた。才能の評価、配置の基準、育成の段階。それぞれが線で繋がり、一つの流れを作っている。


――城壁が落ち着いたら、話をしましょう。


 ノアがそう言った。今は城壁も落ち着き、市場も動き始めた。約束の条件は、すでに揃っている。


 カイロはペンを持ち直し、枠の一つに文字を書き加えた。『評価の基準を誰が決めるか』という問いに対する、暫定の答えだった。ゼノリス様の【至極の理】があれば、才能の評価は正確だ。しかし【至極の理】はゼノリス様にしか使えない。ゼノリス様の目が届かない場所でも制度が回るためには、別の基準が要る。


 カイロはそこで手を止めた。


 ペンの先が紙の上で静止したまま、少しの間、動かなかった。


 答えは、まだない。しかしどこに問いがあるかは、見えてきた。それで十分だった。カイロは紙を引き出しの中に静かにしまい、小さな鍵をかけた。


◇◇◇


 夕暮れが執務室の窓から差し込んでいた。


 五人が揃っていた。セラが窓際に立ち、シルヴァが椅子に座り、ガルムが部屋の隅で腕を組んでいる。ノアが机の端に書類を積み上げ、カイロが扉の近くに立っていた。


 ゼノリスは五人の顔を順に見た。


 朝から動いていた顔だった。疲れがないわけではない。しかし目が落ちていなかった。


 カイロが口を開いた。


「騎士団、魔術兵団、守護隊、戦術戦略部、いずれも順調に強化が進んでいます」


 ゼノリスは問い返した。


「連携訓練の成果は?」


「穴が二箇所、ノアから指摘が出ました。次の訓練までに修正します」


 ゼノリスはセラを見た。セラが胸を張った。


「次はもっとうまくやります!」


 ゼノリスは微笑んだ。


「楽しみにしています」


 シルヴァが静かに付け加えた。


「エルネスの術式展開の精度が上がっています。副長たちの習熟は、想定より早い」


 ガルムが低く言った。


「バルカとミレイナも、よくやっておりましたぞ」


 ゼノリスは五人を見渡した。朝にそれぞれの場所へ向かった者たちが、夕方に戻ってきている。それだけのことだったが、それだけではなかった。


 夕陽が窓の角度を変え、床の四角が少し伸びた。


「ありがとうございます」


 ゼノリスは言った。


 五人が静かに受け取った。


 カイロが書類を一枚取り出した。一呼吸置いて、口を開いた。


「ゼノリス様」


 カイロが続けた。


「勇者軍の偵察部隊の動きが、ここ数日で増えています」


 誰も驚かなかった。ただ、全員が少しの間、口を閉じた。


 ゼノリスは窓の外を見た。夕の光が城下の石畳を染めている。農地があり、街道があり、市場がある。その全部を、誰かが遠くから見ている。


「……彼らに、見せましょう」


 ゼノリスは言った。


「この国がどれほど変わったかを」



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